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惜別~バベルの塔~
クエスト完遂
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「私はね、虐待されていたの。おかげでとってもとっても自虐的になっちゃっててね、カケルにいろいろ言っちゃった。けどそのすべてをカケルは受け入れてくれた。私を救ってくれた。だからカケルは私のすべて」
狂っている。この時初めて思った。
俺はもちろん狂っている。そんな俺が怯えるぐらいに咲はもっと狂っている。
「カケル、最後にお願いがあるの」
「諦めるなよ」
我ながらどの口が言っているのかと思った。
俺は咲を殺そうとしていたんだぞ?
「私はここで死ぬわ」
「させない」
「私の勘がそう言っているわ」
どんな態度よりも、どんな言葉よりも、説得力のある言葉をぶつけられた。
勘。彼女のその一言は…絶対なのだ。
「カケル、私を貴方の一部にして。私の影を食べるのよ。そうすれば私はカケルと一生添い遂げられる」
「そんなこと…」
「私の望みはカケルと一緒にいられること。貴方の力になれるのなら、それだけで嬉しい」
嘘だろ…何か助ける方法はないのか?
治癒魔法は…俺には使えない。使えたとしても、どうにかなるレベルなのか?
体から流れ出る血は川どころか、池になっている。
「カケル、私を食べて…そしてカケルの成果にさせて。もう時間はないわ」
ゴゴゴゴゴと音がして、小さな石が降ってくる。
何かが…多分シャドウワームが、近づいてきている。
「さあ」
咲はそう言うと、目を細めた。
俺を見つめる視線は優しく、温かい。
弱々しい手は俺の頭にたどり着き、ゆっくりと撫でてくる。
とても落ち着く。すべてを授けてしまいたくなる。
これはまるで…お母様に抱き締めてもらっている時のようだ。
「そうだカケル、貴方のランクを教えて」
「Fだ」
「こんな時まで意地悪なのね」
影を吸収するために、咲の胸に右手を当てる。
「あら…大胆ね…」
優しく笑うと、そっと手を重ねてくれた。
俺を後押しするかのように。
「俺の闇ランクはA…もうすぐSになる」
「あら凄い!さすが私のカケルね!」
重なっている手には、わずかだったが力がこもった。これがきっと…今の彼女の全力だ。
「あとは何が出来るの?」
促されるようにして、左手を上げた。
「シャドウランス…」
手の中に、真っ黒な槍が生み出された。
眼鏡にもらったものではない。正真正銘、影で出来ていて、切れ味はどんな槍よりもずっと鋭い。
「へえ…そんな力もあったのね。それなら確かに武器を持ち歩く必要はないわね。凄い!」
咲はとてもとても…嬉しそうだ。
彼女が喜ぶなら…俺は…俺は…。
「シャドウ…イート…」
咲の影が心臓に集まってきて、俺の中に溶け込んでいく。
過去にも人間の影を取り込んだことはあるが、比較にならないほどの密度だ。
もし俺がいなかったら、真っ先に咲はシャドウワームのターゲットになっていたはずだ。
やがて、咲の影は完全に失われた。
「終わったのよね?あんまり実感がないわ」
「影をもらうだけだからな。あまり体には影響がないはずだ」
「そっか…じゃあ、カケル…今度こそ本当にさようならね」
咲の目が影で作られた槍を見つめた。
「言わなくても、分かってくれるよね?」
なんでなんだ…俺は人を殺すのが好きだ。
絶望、怒り…負の感情に包まれた顔を見るのが好きなのだ。
なのに咲は…優しく笑っている。
それどころか、俺の好きな感情を浮かべているのは、俺自身だ。
おかしい。殺しとはこんなにつらいものだったのか?
俺が前に進むために、ステップに過ぎなかったはずなのに。
「楽しかったよ、カケル…」
「うおおおおおおおお」
左手を、いつものように振り下ろした。
目を反らしても、体は感触を覚えていて、槍が心臓を貫いたのが分かった。
さっきまで目の前にあったはずの気配は薄れ…消滅した。
代わりに、背後にはでかいモンスターが降ってきた。
「ウゴオオオオオオオ」
咆哮を上げるこいつは、メインクエストーバベルの塔攻略のために倒さなければならない相手だ。
「食ってやる…俺は貴様を…食う!」
シャドウワームは、人間を丸呑みにできるほど大きな口を広げ、突っ込んでくる。
ならば俺は、もっとでかい口を作ってやるよ。
右手を突き上げ、イメージする。
口のある、でかい生物を…我ながら想像力が脆弱で嫌になる。
浮かんだのは、目の前にいる相手ーワームだ。
人の腕の形を模していた右腕は真っ黒な影へと代わり、体積を増幅させていく。太さは一瞬で、シャドウワームを越えた。
その先端には口が開き、腕は、シャドウワームに伸びていき、体ごと飲み込んだ。
中から食い尽くそうとしているのだろう。
暴れているのが分かった。
「咲、力を貸してくれ…シャドウプレス」
影の密度を一気に高め、シャドウワームを圧迫していく。攻撃的だった動きが、逃げる動きに変わった。
だが無駄だ、そこは俺の体の中。どちらに行こうとも完全に固めてある。
やがて、抵抗は完全になくなり、シャドウワームは俺の影の中に溶けていった。
最後はあっけなかったな。
シャドウワーム…討伐、完了…。
なんだこの虚無感は…本当なら、隣でうざいぐらいに喜ぶやつがいたはずなのに…。
俺はこんなにも、弱かったのか…?
メインクエスト:バベルの塔クリア…クリア
サブクエスト:咲の弱点を探る…完全クリア(咲討伐完了)
狂っている。この時初めて思った。
俺はもちろん狂っている。そんな俺が怯えるぐらいに咲はもっと狂っている。
「カケル、最後にお願いがあるの」
「諦めるなよ」
我ながらどの口が言っているのかと思った。
俺は咲を殺そうとしていたんだぞ?
「私はここで死ぬわ」
「させない」
「私の勘がそう言っているわ」
どんな態度よりも、どんな言葉よりも、説得力のある言葉をぶつけられた。
勘。彼女のその一言は…絶対なのだ。
「カケル、私を貴方の一部にして。私の影を食べるのよ。そうすれば私はカケルと一生添い遂げられる」
「そんなこと…」
「私の望みはカケルと一緒にいられること。貴方の力になれるのなら、それだけで嬉しい」
嘘だろ…何か助ける方法はないのか?
治癒魔法は…俺には使えない。使えたとしても、どうにかなるレベルなのか?
体から流れ出る血は川どころか、池になっている。
「カケル、私を食べて…そしてカケルの成果にさせて。もう時間はないわ」
ゴゴゴゴゴと音がして、小さな石が降ってくる。
何かが…多分シャドウワームが、近づいてきている。
「さあ」
咲はそう言うと、目を細めた。
俺を見つめる視線は優しく、温かい。
弱々しい手は俺の頭にたどり着き、ゆっくりと撫でてくる。
とても落ち着く。すべてを授けてしまいたくなる。
これはまるで…お母様に抱き締めてもらっている時のようだ。
「そうだカケル、貴方のランクを教えて」
「Fだ」
「こんな時まで意地悪なのね」
影を吸収するために、咲の胸に右手を当てる。
「あら…大胆ね…」
優しく笑うと、そっと手を重ねてくれた。
俺を後押しするかのように。
「俺の闇ランクはA…もうすぐSになる」
「あら凄い!さすが私のカケルね!」
重なっている手には、わずかだったが力がこもった。これがきっと…今の彼女の全力だ。
「あとは何が出来るの?」
促されるようにして、左手を上げた。
「シャドウランス…」
手の中に、真っ黒な槍が生み出された。
眼鏡にもらったものではない。正真正銘、影で出来ていて、切れ味はどんな槍よりもずっと鋭い。
「へえ…そんな力もあったのね。それなら確かに武器を持ち歩く必要はないわね。凄い!」
咲はとてもとても…嬉しそうだ。
彼女が喜ぶなら…俺は…俺は…。
「シャドウ…イート…」
咲の影が心臓に集まってきて、俺の中に溶け込んでいく。
過去にも人間の影を取り込んだことはあるが、比較にならないほどの密度だ。
もし俺がいなかったら、真っ先に咲はシャドウワームのターゲットになっていたはずだ。
やがて、咲の影は完全に失われた。
「終わったのよね?あんまり実感がないわ」
「影をもらうだけだからな。あまり体には影響がないはずだ」
「そっか…じゃあ、カケル…今度こそ本当にさようならね」
咲の目が影で作られた槍を見つめた。
「言わなくても、分かってくれるよね?」
なんでなんだ…俺は人を殺すのが好きだ。
絶望、怒り…負の感情に包まれた顔を見るのが好きなのだ。
なのに咲は…優しく笑っている。
それどころか、俺の好きな感情を浮かべているのは、俺自身だ。
おかしい。殺しとはこんなにつらいものだったのか?
俺が前に進むために、ステップに過ぎなかったはずなのに。
「楽しかったよ、カケル…」
「うおおおおおおおお」
左手を、いつものように振り下ろした。
目を反らしても、体は感触を覚えていて、槍が心臓を貫いたのが分かった。
さっきまで目の前にあったはずの気配は薄れ…消滅した。
代わりに、背後にはでかいモンスターが降ってきた。
「ウゴオオオオオオオ」
咆哮を上げるこいつは、メインクエストーバベルの塔攻略のために倒さなければならない相手だ。
「食ってやる…俺は貴様を…食う!」
シャドウワームは、人間を丸呑みにできるほど大きな口を広げ、突っ込んでくる。
ならば俺は、もっとでかい口を作ってやるよ。
右手を突き上げ、イメージする。
口のある、でかい生物を…我ながら想像力が脆弱で嫌になる。
浮かんだのは、目の前にいる相手ーワームだ。
人の腕の形を模していた右腕は真っ黒な影へと代わり、体積を増幅させていく。太さは一瞬で、シャドウワームを越えた。
その先端には口が開き、腕は、シャドウワームに伸びていき、体ごと飲み込んだ。
中から食い尽くそうとしているのだろう。
暴れているのが分かった。
「咲、力を貸してくれ…シャドウプレス」
影の密度を一気に高め、シャドウワームを圧迫していく。攻撃的だった動きが、逃げる動きに変わった。
だが無駄だ、そこは俺の体の中。どちらに行こうとも完全に固めてある。
やがて、抵抗は完全になくなり、シャドウワームは俺の影の中に溶けていった。
最後はあっけなかったな。
シャドウワーム…討伐、完了…。
なんだこの虚無感は…本当なら、隣でうざいぐらいに喜ぶやつがいたはずなのに…。
俺はこんなにも、弱かったのか…?
メインクエスト:バベルの塔クリア…クリア
サブクエスト:咲の弱点を探る…完全クリア(咲討伐完了)
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