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惜別~バベルの塔~
エンジェルセンスの弱点
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どれくらい落ちたのだろうか。具体的な距離は分からない。
だが、ここがどんな構造をしているのかは影から伝わってくる。
深い穴の下に落ちたようだ。
多分4階層にあった崖の底だ。スイッチと説明を書いた石版がある。
おかげで助かった。
シャドウワームの支配エリアからは脱出できている。
「咲、いるよな?」
「ええ、なんとか…ホーリーライト…」
弱々しい声で、丸い光が空中に呼びだされ、周囲を照らし出す。
その姿に、言葉を失った。
全身傷だらけなのは分かっていた。
分かっていたが、落ち着いて見た姿は、想像以上に悲惨だった。
脚にはゴブリンの殴り痕があってあり得ない向きに折れている。それも一か所ではなく、何か所もだ。
腕にはバットの吸血の跡が何十もあって、血だらけだ。
極めつけは背中だ。ウルフの爪痕が深く刻まれていて、赤い液体が川のように流れている。
「あはははは…ちょっと無茶をしちゃった」
咲は照れ笑いをすると、血だらけの手を頭に当てた。
それが空元気なのは、一目でわかった。
「何をしたんだ…」
「あのままじゃカケルが食べられそうだったから、モンスターに攻撃されるのも無視して突っ込んじゃった」
「突っ込んじゃった…じゃないだろ!エンジェルセンスはどうした!」
咲は顔を赤らめると、頬を掻いた。
なんでそんな顔をする…傷だらけでするような顔じゃないだろっ!
「エンジェルセンスは発動してたんだよねえ。立っていれば私は無傷だったよ?」
「じゃあなんでっ…ってそうか、悪い、助けてくれたんだよな。ありがとう…」
「おー、カケルが感謝してる!嬉しい!」
血だらけの顔に、ぱっと笑顔が浮かんだ。
楽しげな表情とぼろぼろの体の不釣り合いさに、益々分からなくなっていく。
「カケルはさ、ずっと私の弱点を探っていたよね?」
咲が山をかけるなんてことはまずない。こいつの言葉はすべて、真実なのだ。
ならば隠す必要などない。
「…知っていたのか」
「私を誰だと思っているの?エンジェルセンスの使い手、Aランク魔術師の陽同院咲さんよ?あったりまえじゃない!」
「どこまで知っているんだ?」
「カケルが影の力を使って忍者サルを召喚したこととマッドクラーケン閉じ込めていたこと。闇ギルドにいること…あとはそうだね…最初は私を殺そうとしていたこととか?」
すべてばれていた。
ならどうして俺はこいつに付きまとっていた?改心でもさせるつもりだったのか?
「どうして何も言わなかった。そんな顔をしているね」
「あたりまえだろ。トンデモに聞こえることでも咲が言えば誰もが信じる。俺を退場させることなんていつでも出来ただろ」
「だって、カケルがそれを望んでいなかったから」
俺が膝をつくと、咲の手はゆっくりと伸びて来て、顔に触れた。
指先は優しく頬をなぞり、血が付いたのに気が付いて、咲は困ったように笑った。
「私はカケルのすべてを肯定するよ」
「何を言って…」
「カケルが誰かを殺したいのなら応援する。カケルが本当に一人でいたのならそっとしておいてあげる。カケルが闇魔術師として頑張りたいなら応援する。あとは、うーん…思いつかないや」
どうしてそんな優しそうな笑顔を浮かべる。
どうしてそんな嬉しそうな顔をする。
どうしてそんな楽しそうでいられる。
どうして、どうして…。
疑問が浮かびすぎて、何もわからなくなっていく。
「ねえカケル、今回のクエストはなあに?」
「クエスト…?」
「そう、バベルの塔クリアとは違う、もう一つのクエスト」
こいつ…そこまで知っていたのか…。
「サブクエスト…咲の弱点を探る…」
「あらら…墓穴掘っちゃった…でも自分から聞いたんだし答えないとだよね…うん、おっけー」
咲は目の前で自問自答すると、最後は頷いた。
「私の弱点はカケルだよ」
「は?」
自分でもびっくりするぐらい、素っ頓狂な声が上がった。
俺にまだ、こんな大きな感情があったのか。
「ぷ、あはははは…なにその顔…カケルもそんな顔をするんだ…でも、その様子じゃ伝わっていないみたいね」
咲は改めて考え込むと、言葉を絞り出した。
「愛、だよ」
咲には似つかわしくない、気を抜くと聞き逃してしまいそうな小さな声だった。
「エンジェルセンスは自分が傷つかない未来を見せてくれる。私がモンスターを倒せるのは、そうするのが安全への一番道だったから」
「けど今回は…」
「私が傷つかない未来は、カケルが傷つく未来だった」
やけに悩んでいたのはそのせいか。
咲は俺が無傷でいられるように探っていたのか。
「だったら最初からバベルの塔に連れてこなければよかったんじゃないか?」
「それでは塔の攻略は出来なかった。けれど塔を放っておけば、近い未来、カケルはシャドウワームに飲み込まれる」
咲の言っていることは…多分正しい。
俺は自分が死ぬ未来を想像していなかった。シャドウワームなんて会うことはないと思っていたし、今回だって、もし一人だったら俺は…間違いなく食われていた。
「とういうことで、私の弱点はカケルなのでしたー…ちょっと恥ずかしいね」
咲は自分の顔を隠そうとしたようだが、体は動いてくれなかった。
「どうしてそうまでして俺を助けようとする」
「カケルが私を助けてくれたからだよ」
「バベルの塔での戦いのことか?」
「違うよ。ずっと昔…カケルが影になった日の夜」
「なんだと?」
全く覚えていない。
あの日の記憶は夕方で終わっている。エリス…エリカが走り去っていたあの時で。
「カケルはあの日、私の両親を殺したのよ」
「なん、だと…」
一ミリも覚えていない。
けれど否定は出来ない。
次の記憶は翌日にお母様と出会ったことで、その時の俺は、確かに知らない誰かの血で汚れていたのだから。
だが、ここがどんな構造をしているのかは影から伝わってくる。
深い穴の下に落ちたようだ。
多分4階層にあった崖の底だ。スイッチと説明を書いた石版がある。
おかげで助かった。
シャドウワームの支配エリアからは脱出できている。
「咲、いるよな?」
「ええ、なんとか…ホーリーライト…」
弱々しい声で、丸い光が空中に呼びだされ、周囲を照らし出す。
その姿に、言葉を失った。
全身傷だらけなのは分かっていた。
分かっていたが、落ち着いて見た姿は、想像以上に悲惨だった。
脚にはゴブリンの殴り痕があってあり得ない向きに折れている。それも一か所ではなく、何か所もだ。
腕にはバットの吸血の跡が何十もあって、血だらけだ。
極めつけは背中だ。ウルフの爪痕が深く刻まれていて、赤い液体が川のように流れている。
「あはははは…ちょっと無茶をしちゃった」
咲は照れ笑いをすると、血だらけの手を頭に当てた。
それが空元気なのは、一目でわかった。
「何をしたんだ…」
「あのままじゃカケルが食べられそうだったから、モンスターに攻撃されるのも無視して突っ込んじゃった」
「突っ込んじゃった…じゃないだろ!エンジェルセンスはどうした!」
咲は顔を赤らめると、頬を掻いた。
なんでそんな顔をする…傷だらけでするような顔じゃないだろっ!
「エンジェルセンスは発動してたんだよねえ。立っていれば私は無傷だったよ?」
「じゃあなんでっ…ってそうか、悪い、助けてくれたんだよな。ありがとう…」
「おー、カケルが感謝してる!嬉しい!」
血だらけの顔に、ぱっと笑顔が浮かんだ。
楽しげな表情とぼろぼろの体の不釣り合いさに、益々分からなくなっていく。
「カケルはさ、ずっと私の弱点を探っていたよね?」
咲が山をかけるなんてことはまずない。こいつの言葉はすべて、真実なのだ。
ならば隠す必要などない。
「…知っていたのか」
「私を誰だと思っているの?エンジェルセンスの使い手、Aランク魔術師の陽同院咲さんよ?あったりまえじゃない!」
「どこまで知っているんだ?」
「カケルが影の力を使って忍者サルを召喚したこととマッドクラーケン閉じ込めていたこと。闇ギルドにいること…あとはそうだね…最初は私を殺そうとしていたこととか?」
すべてばれていた。
ならどうして俺はこいつに付きまとっていた?改心でもさせるつもりだったのか?
「どうして何も言わなかった。そんな顔をしているね」
「あたりまえだろ。トンデモに聞こえることでも咲が言えば誰もが信じる。俺を退場させることなんていつでも出来ただろ」
「だって、カケルがそれを望んでいなかったから」
俺が膝をつくと、咲の手はゆっくりと伸びて来て、顔に触れた。
指先は優しく頬をなぞり、血が付いたのに気が付いて、咲は困ったように笑った。
「私はカケルのすべてを肯定するよ」
「何を言って…」
「カケルが誰かを殺したいのなら応援する。カケルが本当に一人でいたのならそっとしておいてあげる。カケルが闇魔術師として頑張りたいなら応援する。あとは、うーん…思いつかないや」
どうしてそんな優しそうな笑顔を浮かべる。
どうしてそんな嬉しそうな顔をする。
どうしてそんな楽しそうでいられる。
どうして、どうして…。
疑問が浮かびすぎて、何もわからなくなっていく。
「ねえカケル、今回のクエストはなあに?」
「クエスト…?」
「そう、バベルの塔クリアとは違う、もう一つのクエスト」
こいつ…そこまで知っていたのか…。
「サブクエスト…咲の弱点を探る…」
「あらら…墓穴掘っちゃった…でも自分から聞いたんだし答えないとだよね…うん、おっけー」
咲は目の前で自問自答すると、最後は頷いた。
「私の弱点はカケルだよ」
「は?」
自分でもびっくりするぐらい、素っ頓狂な声が上がった。
俺にまだ、こんな大きな感情があったのか。
「ぷ、あはははは…なにその顔…カケルもそんな顔をするんだ…でも、その様子じゃ伝わっていないみたいね」
咲は改めて考え込むと、言葉を絞り出した。
「愛、だよ」
咲には似つかわしくない、気を抜くと聞き逃してしまいそうな小さな声だった。
「エンジェルセンスは自分が傷つかない未来を見せてくれる。私がモンスターを倒せるのは、そうするのが安全への一番道だったから」
「けど今回は…」
「私が傷つかない未来は、カケルが傷つく未来だった」
やけに悩んでいたのはそのせいか。
咲は俺が無傷でいられるように探っていたのか。
「だったら最初からバベルの塔に連れてこなければよかったんじゃないか?」
「それでは塔の攻略は出来なかった。けれど塔を放っておけば、近い未来、カケルはシャドウワームに飲み込まれる」
咲の言っていることは…多分正しい。
俺は自分が死ぬ未来を想像していなかった。シャドウワームなんて会うことはないと思っていたし、今回だって、もし一人だったら俺は…間違いなく食われていた。
「とういうことで、私の弱点はカケルなのでしたー…ちょっと恥ずかしいね」
咲は自分の顔を隠そうとしたようだが、体は動いてくれなかった。
「どうしてそうまでして俺を助けようとする」
「カケルが私を助けてくれたからだよ」
「バベルの塔での戦いのことか?」
「違うよ。ずっと昔…カケルが影になった日の夜」
「なんだと?」
全く覚えていない。
あの日の記憶は夕方で終わっている。エリス…エリカが走り去っていたあの時で。
「カケルはあの日、私の両親を殺したのよ」
「なん、だと…」
一ミリも覚えていない。
けれど否定は出来ない。
次の記憶は翌日にお母様と出会ったことで、その時の俺は、確かに知らない誰かの血で汚れていたのだから。
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