【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~

榊シロ

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148.母化け④(怖さレベル:★★★)

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僕は風呂から上がり、すっかり歯磨きをすませてキレイになってから、
居間で待っていた祖父母とちゃぶ台をかこみ、思い切って話をしました。

『母によく似た女を見た』と。

驚き、悲鳴を上げるかと思っていた僕とは裏腹に、
祖父母は、困ったような、迷ったような、なんともいえない表情をしていました。

そこに、恐怖や狼狽、混乱といったものは見当たりません。

「えぇと……じいちゃんとばあちゃんは、なにか知ってるの?」
「……それを話す前に聞きたい。本当に、お前の母親の顔だったのか?」
「泥で汚れてたけど……見間違えないよ。そっくり、いや、瓜二つだった」
「…………」

祖父は無言で腕を組んだ後、チラリと祖母に視線を向けました。

「ばあさん……やっぱり、アレ、かな」
「……そうとしか、考えられんでしょうねぇ」
「そうかあ……」

と、祖父母はお互いしかわからないような会話を交わした後、
ふぅ、とそろって深いため息をつきました。

「だからアイツに、連れてこないよう言っておいたんだが……いる、いないは関係なしか」
「え……どういう、こと?」

この口ぶりは、なにかを知っているようです。

僕の疑問に、祖父は重たい口を開きました。
なんでも、この地方には『母化け』という名の妖怪が出る、という伝承があるらしいのです。

でも、妖怪と言われてわかる通り、まるきりの眉唾。
いわゆる、河童と同程度の、聞いたことはあるけどいないのはわかっている、
そんな温度感の妖怪らしいのです。

当然、この村一帯でも、そんなものが現れたのを目撃した人はおらず、
ただ、伝承だけが伝えられていたのだとか。

ええ、はるか昔の、眉唾の伝承。

でも一応、うちの家系に代々伝えられていることから、
ゲン担ぎの意味もあり、毎年田植えの際にはクイを打ち込んでいたそうです。

他の家は、来るわけがないだろう、と、
そのままにしているところも多いそうですが。

「え……じゃあ、僕が見たのってその妖怪ってこと……?」
「おそらくそうだろう。……しかし、まさか本当に出るとは……」
「えぇと。……さっきじいちゃんが言ってた『連れてこないよう言っておいた』ってどういうこと? その妖怪と関係してるの?」
「ああ、お前の母……つまり、せがれの嫁だな。あいつは、毎年この時期にこっちに来ないだろう? あの妖怪は母化けの名の通り、女に……それも、子どものいる母に化ける。いくら眉唾とはいえ、念には念をと思っていたんだが……どうやら、意味はなかったらしいな」

と、祖父は深々とため息をつきました。

「お前の父はここらで育ってて、母化けの存在も知っている。ま、信じちゃいないだろうが……だから、ばあちゃんに化けられてもまぁ、大丈夫だと思っていた。しかし……まさか、普段こっちにいない、お前の前に現れるとは」

いや、だから狙われたのかもしれないが。

祖父はそんなことを言って、窓の外をするどくにらみました。
その横顔に、僕は一瞬悩んだ後、一番気になっていたことを尋ねました。

「えっと……その。僕、母化けと話をしちゃったけど……その、憑りつかれるとか、あるの?」

妖怪と話をして、さらに、無意識のうちに稲を食っていた。
明らかに、ただごとではありません。

震えてくる体をどうにか抑えつつ、祈るような気持ちで二人を見ると、
祖父は「んんん」とうなった後、首を横にふりました。

「……わからんのだ」
「え……?」
「なにせ、古い言い伝えだ。ここ最近……というか、おれの記憶にある限りでは、実際に妖怪と会ったという話は聞かない。今回のお前の話だって、母化けの伝承を知った誰かが、イタズラで田んぼを荒しているだけだと思っていたんだ」
「でも……! あれは間違いなく、母さんの顔をしてた……!!」
「そう……だから、間違いないんだろう。だが、母化けが化かした相手をどうするか、というのは伝わっていないんだ。明日、村の他のヤツにも確認をとるが……おそらく、手掛かりはないだろう」
「そ、そんな……!!」

そもそも、僕は憑りつかれているのか。
憑りつかれたらなにが起きるのか。
生き延びられるのか、それとも死ぬのか。それすらもわからない。

そんなことって、あるか!?

絶望に打ちひしがれる僕の背中を、祖母がポンポンとなぐさめるように叩きました。

「とにかく、明日は父ちゃんといっしょに早くうちに帰れ。あれは土地に棲みつく妖怪だというから、都会に行ってしまえば、手出しはできんよ」
「おう。今日はおれたちがちゃんとお前を守ってやる。どうせ眠れないだろう。ここで茶でも飲んでゆっくりしてけ、な」
「う……うん……」

結局その晩は、眠れないまま祖父母とひと晩を明かりしました。

もういい年の二人を徹夜させるのは忍びなかったものの、
妖怪に命を狙われているかもしれない、と思と、
「先に寝てていいよ」とは、とても言えませんでした。

幸い、朝になってもなにも起きることはありませんでした。

父が起きてきたので、さっそく昨晩の出来事を伝えると、
「ホントに出るんだ、あの妖怪……」と、
やはり恐怖よりも驚きと好奇心の方が勝っているようでした。

当然ながら、父も母化けに会うとどうなるか、については知らないようで、
田植えの手伝いも終わったことだし、とにかく早くうちに帰ろう、と話がまとまったのです。

それでも僕は、正直気が気じゃありませんでした。

車の助手席に乗って祖父母の家を出発した後も、
始終キョロキョロしっぱなしで、視界に田んぼが目に入るたびに、
ガタガタと震えていました。

下道を通り、高速道路に乗り、
ようやく、見慣れた都会の街並みが見えてきて。

本物の母が待つ家に戻ってようやく、僕は、息ができたような気がしました。

その間、なにも。
本当に、なにも起きなかった、というのも大きかったと思います。

僕はもう、車に乗っているときに足を掴まれて――だとか、
車のフロントガラスに母化けがドン、と落ちてくる――だとか、
そういう恐ろしいことを想像していたりもしたんですが。

その後、祖父母から安否確認の連絡とともに、
母化けについての情報がありました。

といっても『母化けはなぞの妖怪』としかわからず、
話をした相手をどうこうする、という伝承はない、とだけの報告でしたが。

そして――今、こうしてここでお話ができている通り、
その後、僕の身にはなにも起こってはいません。

ええ、まさか。自分が妖怪と出会ってしまう、なんて考えもしませんでしたよ……。
本当に、害をなすような妖怪ではなくて、本当によかったと思っています。

害――といえば。少しだけ、気がかりなこともあるんですけれど。

あの、母化けと出会った夜。
彼女に――いえ、妖怪に、声をかけられたでしょう?

『息子になってくれるか?』と。

僕は結局、ハッキリした答えを返すことなく、祖父に助けられました。

でも、もしも。
あの時母化けの問いかけに『息子になる』と答えてしまっていたら、どうなっていたのか。

母化けは、滅多に現れないし、対処法もわからない。
なんだかよくわからない妖怪である、としか、伝わっていない。

もしかしたら、その理由が――
『息子になる』と答えた人は、生き残っていないからじゃないか?

『息子になった』人は消えてしまったか、すぐに死んでしまって、
それが母化けのせいである、と知られていないからではないか?

つまり、答えなかった人や逃げた人だけが助かり、
どんな妖怪だかよくわからない、と伝わっているだけじゃないか?

……まぁ、すべては憶測にすぎません。

ただ、よく見知っている人間であっても、
そこに本当にいるのか、別人ではないのか、
冷静になってよく考えるよう、気をつけていますよ。

ええ……また化かされることがないとも言えませんから。

なんだかんだ、翌年からも祖父母の家での田植えには参加させられていますが、
夜には絶対、外に出ないようにしています。
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