【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~

榊シロ

文字の大きさ
上 下
348 / 379

137.山登りの遭難①(怖さレベル:★☆☆)

しおりを挟む
(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)

いやぁ、山はいいですよ。

四季折々に咲き乱れる花々。
せわしない日常を忘れられる解放感。
適度な運動による、ストレス発散。

わたしは、登山が好きでして。
今までいったい何度、いろいろな山に挑戦したことか。

今となってはいい歳したオジサンだし、
あんまりハードな山には登るな、とは家族に言われてましてねぇ。

だから、今では仲間たちを呼んで、
のんびりと複数人で登るようにしていますが、
まぁ、若い時には無茶なこともやってねぇ。

ひとりで高い山に挑戦して遭難しかけたり、
装備が甘くて凍えかけたり……
若気の至りを、ようやったもんですよ。

おっと、怖い話、でしたね。

今回お話しますのは、
そんな無謀なチャレンジをよくやっていたわたしが、
けっしてひとりで山に登らなくなった理由について、です。

あの頃はまだ定年前で、
年度初めから毎日仕事が忙しくってねぇ。

それまでは休みの日、定期的に行っていた山登りにも、
しばらく出かけられない日が続いていました。

人間、いくら趣味とはいえ――
いや、趣味だからこそ、ですかね。

大好きなものに触れられないと、
ストレスもどんどん溜まっていく一方で。

ようやく、仕事が落ち着き始めたのは、九月の半ば。

わたしは数日間の休みをとって――
いや、上司からもぎとって、登山に行くことにしたんです。

まぁ、今思えば、山に登るよりもまず、
体と心を休めておくべきだったんですが、
ただでさえ疲れていたところ、判断力もだだ下がっていたようで……。

あのときは、会社や上司に対するストレスを、
ぜんぶ山登りで発散してやる、というような、
荒い心情になっていたんですよね。

そして、いよいよ決行日。
わたしはひとり、とある名山にやってきていました。

ギリギリ、百名山には入らないものの、
登山家の間では人気があり、山好きなら一度は聞いたことのあるような山です。

標高は1400mもなく、
ひさびさの登山の慣らしにはちょうどいい、って思ったんですよ。

平日ゆえ、登山口の駐車場には数台しか車がありません。

わたしも離れたところへ車を停めてから荷物を下ろし、
登山届を山の入口に投函すると、
さっそく、山道へと足を踏み入れていきました。

(傾斜……キッツイな)

急斜面を上りつつ、わたしは内心焦りを覚えました。

以前も上がったことのある、このルート。

ゆえに、今回の装備も前回と同じでいいだろう、と
軽く考えていたのですが、思いの他、飲み物の減りが早いんです。

よくよく考えれば、当然なんですよね。

以前来たのは春先のまだ肌寒い季節でしたが、
今日は、まだ残暑のきびしい秋晴れの日。

オマケに、ここ最近は職場と家の往復だけの日々だったため、
体力自体が、ガタッと落ちていました。

(やばいな……登り切れるか……?)

目指していた休憩ポイントへは、予定通りであれば正午に到着するはず。
しかし、すでにはじめと比べ、一時間もの遅れが出ています。

(まぁ……遭難するような山じゃないし……とりあえず、
 昼まで登ることだけを目的にしよう)

山の地理と、今の時間を確認しつつ、
さらにペースを落として、ゆっくりと進むことにしました。

周囲を見回せば、どこまでも広がる木々。
上を見上げれば、木のこずえからこぼれる緑のライト。

澄んだ空気が、肺のなかにいっぱいに広がりました。

(これだ……これが最高なんだよなぁ)

葉っぱが風に揺れて、キラキラと美しく光っています。

ガラッ、と聞こえた物音に視線を向ければ、
まだ幼い、可愛らしい小鹿の姿もありました。

「おお……!」

めったに見られない、野生動物の姿です。

おもわずそっちに気を取られて、
刺激しないようにと、ゆっくり視線を固定して後ずさった時でした。

ボコッ

「……え、っ?」

右足に、浮遊感。

アッと下に目を向ければ、
ちょうどそこは、土が崩れている場所です。

そしてその下は、土の急斜面。

「うわっ……!?」

わたしは体勢を立て直すことができず、
そのまま足を滑らせて、急斜面をゴロゴロと転がり落ちてしまったんです。

「ぐっ……うぅっ……」

時間にしてみれば、たった数秒。

ようやく止まった場所で、わたしは左足をおさえてうずくまりました。

斜面を転がり落ちて、高所――
およそ3メートルほどの高さからふわっ、と大地に放り出された体は、
左足を下にして、地面にたたきつけられてしまったんです。

膝から下がジンジンとしびれて、
重い痛みが、心臓が脈打つたびに全身に回りました。

(コレは……折れた、か)

尋常ではない痛みです。

額にはあぶら汗がにじんで、
ふぅふぅと荒い息がこぼれました。

背負っていたリュックをなんとか目の前に下ろして、
わたしは緊急用に入れておいた痛み止めを、喉に流し込みました。

「そうだ……助けを……」

この足を動かして下山する、なんて、
とても不可能です。

私が祈るような気持ちで携帯電話を取り出すと、
幸い、電波は届いていました。

(助かった……!!)

低い山で遭難した情けなさはありましたが、
この際そんなこと言ってられません。

急いで連絡を入れれば、無事に話はできた――ものの、
残念な知らせも入ってきました。

なんでも、別で救助要請が入っているうえ、
そっちは生命危機の案件になっているため、
わたしの救助に時間がかかる、というのです。

もちろん心細かったし、
足の痛みもヒドいしで、すぐに迎えをよこしてほしかったですが、
人命の救助が優先されるのは、当然のこと。

私は承知して、通話を終えました。

「……はぁ」

とりあえず、私は大きな岩のところまで体を引きずって、
そこに背中を預けた後、ホッとひと息つきました。

(あー……マズいことになったなぁ)

連絡も負えて、あとは救助を待つばかり。
そうなると、いろいろな後悔が脳内を駆け巡りました。

いくら忙しい時期を過ぎたとはいえ、
足の骨折となれば、しばらく会社を休まざるを得ないでしょう。

同居している家族はもちろん、
離れている両親にも、さぞかし心配をかけることにもなります。

(痛ぇ……さっきより、マシにはなってきたけど……)

ようやく痛み止めが効いてきたらしく、
奥歯をかみしめていないと耐えられないほどの苦しみから、
少しだけ体が楽になってきました。

(栄養、入れとくか……)

リュックの中にしまっていた、いわゆる行動食と言われる
栄養ゼリーを飲み込んで、また深々とため息をつきました。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

処理中です...