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136.理科室の人体模型・裏③(怖さレベル:★★★)
しおりを挟む誰も、いないはずなのに。
カギも、かかっているはずなのに。
いや、違う。
今のは、カギのかかっているドアノブをむりやり回そうとして、
ひっかかって止めた――そんな、動きでした。
「え……あ、せ、先生? も、もしかして、ビビ、ビビらせようって……?」
自分の声が、つっかえるのがわかりました。
だって、もし、扉の向こうに先生がいるのなら。
カギなんて開けて、サッサとこっち側へこられるはずなんです。
でも、それをしないのは。
扉の向こう側にいる『なにか』は、
理科準備室のカギを開けることができない、ということ。
もし誰か学生がいるのなら、
内カギを開けて出られるはずなんです。
オレの脳裏に、再び昨日見た人体模型が思い浮かびました。
あの人体模型の肉体。
アレは確か、両腕とも、肩の位置から下が無かった――。
ガチッ、ガチャッガチャッ
ノブが、ガタガタと激しく震え始めました。
鼻をつく臭気はさらに強く、
けぶるように扉の向こうから漏れ出してきます。
「っ……オイオイ、シャレになんねぇって……!!」
オレはおどおどと後ずさりし、
その勢いで、理科の机に腕をぶつけてしまいました。
「痛ッてぇ! ったく、なんなん……う、わっ!」
痛むひじに触れて、オレはギョッと手を引っ込めました。
――ひじが、びっしょりと濡れている。
もしかして、血が!?
そう思って腕を見下ろすと、
ひじから手首まで、真っ赤な液体で濡れていたんです。
「う、ウソだろ……!?」
ちょっとぶつけたくらいでそんな、と慌てたものの、
よくよく見てみれば、腕に切り傷はなく、
ただただ、赤い色をした液体が腕に垂れているだけ。
「な、なーんだ……って、え?」
オレは一瞬ホッと胸をなでおろして、
直後、ゾッ、と寒気を覚えました。
たしか。昨日も同じことがあった、ような。
ギギィッ、ガッ、ガガッ
腕に意識が持っていかれている間に、
目の前の理科準備室の扉が、ギシギシと異様な音を上げ始めました。
変な臭い、揺れる扉、濡れた腕。
おかしなことが立て続けに起き過ぎて、
オレの頭はパニックです。
「うわ、わ、あ、……っ!」
オレは真っ赤な両手を振り乱しながら、
もはやなりふり構わず、そのまま手ぶらで理科室を飛び出しました。
そして、廊下に転げ出た瞬間。
ダンッ!!
ものすごい破壊音が準備室からしたかと思うと、
一瞬、時間が大きく揺れました。
(ま、さか……扉、壊れ……!?)
ヒィ、とオレは喉を引きつらせると、
いてもたってもいられずに、そのまま職員室へと駆け出しました。
「お? なんだ則本。もう帰ったんじゃなかったのか」
職員室へ飛び込んで早々。
オレの目に入ってきたのは、のんびりと自分のつくえで
プリントの採点をしている、副担任の姿でした。
「は、ハァ!?」
帰った? 帰ったって、先生はいったいなにを言っているんだ。
オレはドスドスと足音を踏み鳴らしながら、
半ギレ状態で先生へと近づきました。
「だ、だって、先生!! 先生が今日、理科準備室へ来いって言ったんじゃん!!」
「……は? 俺が? だって今日、佐々川が休みじゃないか」
先生は、ぽかん、とあっけにとられた表情で、プリントをつくえに置きました。
「そ、そうだけど……! 放課後、オレが帰ろうってとき、先生声かけてきたじゃん……! 課題みてやる、って言ってさぁ……!!」
かみ合っていない会話に、オレが勢いこんで続けると、
先生は間の抜けた表情から、みるみるうちに顔をこわばらせました。
「俺が、お前に? ……課題をみてやる、って?」
「そ、そうだよ……! い、言ったじゃん。マンツーマンで課題見てくれるってさ……」
先生のおびえたような表情に、
オレはうすら寒いものを感じつつ頷きました。
だって、アレは間違いなく、この目の前にいる副担任でした。
偽物だとか、まさか、そんなはずは――。
「っ、則本、お前……どうした、その腕!? ケガしたのか!?」
と、先生は不意に、オレの腕に気づいて叫びました。
「あ……! いや、これは、その」
びっしょりと赤く濡れた、オレの両腕。
これだけ見たら、確かに大怪我をしたと勘違いされかねない状況です。
「えっと……理科室でつくえに腕をぶつけて。でも、別に痛くないし、これ、血じゃないみたいだし」
「……ひとりで行ったのか? 理科室に?」
「まぁ、一応……でも、途中でなんか変な臭いがして。それで、理科準備室から物音もして、で、オレ……!」
あの時の恐ろしさを思い出して、オレはブルブルと震えました。
ロクに言葉にならず、とぎれとぎれになってしまい、
サッパリ内容が伝えられません。
もしかして、怒っちゃったかな、先生。
オレが思わず、おそるおそる先生の顔を見上げると、
「…………」
先生は、血の気の抜けた顔で、オレを見ていました。
なにも言わず、口も動かさず。
怒りも悲しみもない、完全な『無』の表情で。
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