上 下
326 / 371

128.夕立のエレベーター②(怖さレベル:★★☆)

しおりを挟む
 階段へ移動するなら、
 『それ』の横を、通り抜けなければなりません。

 オレは、そんな異様な状況になにも考えられなくなって、
 いつもより十倍は重くなった足を、ズズッ、と後ろに三歩ほど引きました。

 ピーンーーガガッ

 と、エレベーターの扉が、オレの足に当たって再び開きました。

 ハッとして、おれは後ろを振り返ります。

 雷が落ちて、停電までしてしまった今、
 再びエレベーターに入ったら、今度こそ閉じ込められてしまうかもしれません。

 本当なら、このまま降りて、
 階段を使って部屋まで戻った方が、ゼッタイに安全。

 でも。

 真正面の通路には、あの、真っ白い人影がいる。

「…………」

 オレは意を決して、そのままエレベーターに舞い戻りました。

 そのまま箱の端に移動して、ガラス扉の向こう、
 白い人影の方をチラリと見ました。

 それは、相変わらず通路の真ん中で、ジーッと動かず止まっています。

(よかった……追いかけてくる、なんてことはないか)

 オレは、怖い話の読み過ぎだ、と自分自身に苦笑しつつ、
 最上階までのボタンをポチリと押すと、エレベーターの壁に背を預けました。

 チン、と音を立てて、扉が再び閉まってきます。

 オレはボーっと、早く家に帰りたい、なんて考えていた、その時。

 目の前の『204号室』の扉が、不意にガチャリと開きました。

「ひ、っ……」

 思わず、悲鳴のようなか細い声が上がりました。

 だって。
 だって、その扉から覗いたのは。

 人間にしては、あまりにも異質な――
 能面のように真っ白い、人間の顔だったのです。

「う、あ……」

 オレは、これ以上下がれないとわかっているのに、
 エレベーター内でズリズリと後ずさろうとしました。

 204号室の扉は半開きで、
 黒い空間から、白い顔だけがポッカリと浮かんでいます。

 それは、さきほど通路の間に立っていた、
 色付け前のフィギュアとまったく同じ白さでした。

 人間としての顔、つまり眉も目も鼻も口も、
 ちゃんとついているにも関わらず、影としての黒さ以外、
 すべてまっ白になっているんです。

 いっそ、お面だったらどんなによかったでしょうか。
 どこにでもいそうな人間の、女性の、色だけが抜けている、
 なんの感情も浮かばない顔。

 本来存在しないはずの204号室の扉から、
 それが、オレをジッと見つめている。

 オレは完全に体が麻痺してしまって、
 息をすることすら忘れました。

 ウィーン……

 エレベーターの扉が閉まり、箱全体が動き始めました。

 ゴゥン、と低い稼働音を立てながら、
 エレベーターはスススッと上に向かって移動していきます。

 それから、エレベーターが8階に移動するまで。
 オレはまったく一歩たりとも動けず、硬直し続けていました。

 


「は、はは……」

 結局、エレベーターはそのまま無事に、
 8階のホールまで到着したのです。

 抜けかけた腰を奮い立たせて、おそるおそるエレベーターを降りても、
 当然『504号室』なんてものはなく、
 505号室と503号室の間のなにもない壁が、そこにはただあるだけでした。

 通路から外を見れば、重々しい暗い空と、
 いよいよ降り出してきた雨がマンションの壁を濡らしています。

 さっきまでの緊張がいっきにほどけて、
 オレは今度こそ、その場で腰が抜けそうになりました。

(さっきのアレは……なんだったんだ……?)

 通路の壁に手を当てて歩き出しつつ、
 オレは一度、階をくだって204号室がどうなっているか、
 確認するべきだろうか、とふと考えました。

 でも、もし確認をしに行って、
 それが本当に『あって』しまったら?

 そして、もしあの白い人影と、白い顔に、
 もう一度出くわしてしまったら?

 ゴロゴローーピシャン!!

「うわっ!!」

 雷が激しく響き渡り、オレはその場でひっくり返りました。
 雨はさらに激しくバシャバシャ振ってきます。

 そうだ、洗濯物!!

 オレは慌てて自分の部屋へ飛び込むと、
 妙な詮索をするのをあきらめたのでした。

 ええ、ほんと参りましたよ。

 せっかく干しておいた洗濯物はズブ濡れで、
 全部洗い直しになってしまうし、
 うっかりベランダの窓を開けっぱなしにしておいたらしく、
 うちの仲間でびしょびしょになってしまっていたし、
 ほんと、あの時は悲惨でしたね。

 でも、不思議なことは、まだあるんですよ。

 ほら、停電があったでしょう。
 エレベーターの中で、オレが体験した、あれ。

 でも、おかしいんです。
 オレの部屋のブレーカー、落ちてなかったんですよ。

 常に点けっぱなしにしてるトイレの換気扇は回りっぱなしだったし、
 予約してた炊飯器のタイマーも、そのままで。

 それに、思い返してみると、
 オレが8階でエレベーターを降りたとき、
 ホールの電気だって、ちゃんと点いていたんですよね。

 なんの電気もついていなかったのは、
 あの、2階で降りた、あの時だけ。

 あれから数日して、真昼間に、おそるおそる2階へ行ってみたんですが、
 当然、204号室なんてものもないし、
 白い人影や、人形が置いてあったり、なんてこともありませんでした。

 今思い返すと、白昼夢かなんかだったのか、なんて思っていますよ。
 いえ……そう、思いこみたいだけ、ですかね。

 なんといいますか、エレベーターに乗ったら別世界に、
 なんて話、けっこういろいろあるじゃありませんか

 あんなちっさい箱であっても、本当にごくまれに、
 異世界の入口になっちまう、ってことが、本当にあるのかもしれませんね

 オレは今でも性懲りもなくエレベーターは使っていますが、
 あれ以来、雷の鳴る日だけは、階段を使うようにしています。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

サクッと読める♪短めの意味がわかると怖い話

レオン
ホラー
サクッとお手軽に読めちゃう意味がわかると怖い話集です! 前作オリジナル!(な、はず!) 思い付いたらどんどん更新します!

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

処理中です...