302 / 371
118.恋の呪い③(怖さレベル:★☆☆)
しおりを挟む
そうして、四苦八苦している私の視界に――
フッ、と白いものがよぎりました。
(あっ……まさか……っ)
昼間の先輩との会話が、脳内によみがえります。
(ウソ。もしかして、あれで……?)
白いもやは、ここ連日、先輩と会話した後現れていましたが、
まさか、家にまで出現するなんて。
だから――油断、していたんです。
……サワッ……
(っ……な、なに……?)
再び、腕に感じる奇妙な感触。
まるで筆先で皮ふの表面をくすぐるような、
鳥肌のたつような感覚です。
(なんか、気持ち悪い……これも、あのもやの……?)
あおむけに横たわった私は、動かない首をどうにかむりやり少しかたむけ、
眼球をひっしに動かして、違和感の元凶――左腕へと視線を向けました。
「……うっ……!?」
金縛りのせいで、声が出なかったのが幸いしました。
そうでなければ、深夜の住宅街にとどろく大絶叫を上げてしまっていただろうから。
「……っ、……っ!!」
左腕。
違和感を覚えていた、皮ふを這いまわる物体。
それは、今まで見慣れていた白いもやのような浮遊物ではなく――
人のあたまほどの大きさの、大量の白い髪の毛でした。
モサモサとゆれ動くまるい髪の合間。
そこから更に白い、つるりとした頭蓋骨が覗きます。
「……っ、……!」
ポッカリとあいた眼窩は、なんの感情も見せることなく、
ジーっと腕の上から私を見上げています。
白い、かたまり。
頭蓋骨に付着する髪がシュルリと伸ばされ、
私の腕の表面を、さらさらと滑りました。
(まさか……これが、あのもやの正体……!?)
今までハッキリと姿を認識できていなった浮遊物。
正体は始めから、この白い毛髪の頭蓋骨だったのではないか、
「…………っ!!」
ゾワッ、と悪寒が全身をかけ巡りました。
気持ち悪い、不気味、という直感は当たっていました。
先輩が、お祓いをしてもとり除けなかったモノ。
周囲の人が目撃していた、謎の幽霊。
彼にとりついている、いや、
彼に近づいたものに対して姿を見せる、恐ろしいなにか。
(無理だ……ダメだ……っ!!)
たとえば。
九坂先輩に対して真実の愛を抱いていたのなら。
それでも、彼を諦めなかったでしょう。
白髪のガイコツになど屈さず、
彼とともに戦い、祓う方法でも考えたかもしれません。
でも、ダメでした。
私には、とてもそんな度胸はなかったのです。
腕にスルスルとまきつく、白い髪。
金縛りで動けないこの体相手ならば、するりとその毛を伸ばして、
首をくくることもできてしまうでしょう。
(もう、もうヤダ……もう先輩には近づかないから!
だから、だからもう……私についてこないでッ!!)
そう、心の底から叫んだ瞬間。
――フッ
「えっ……」
いっそ不自然なほどあっけなく。
硬直していた体が、楽になりました。
「……あ」
白い毛髪を生やしたガイコツ。
それはユラユラと宙をただよい、一度私を空洞の眼窩で見つめた後――、
フワッ、と姿を消したのです。
「……今、の……」
私が諦めたから、消えたのでしょうか。
自宅の寝室。
金縛りもとけた私の視界には、
ただただいつも通りの夜の寝室だけが残されていました。
「春川さん、今日の夜どうかな?」
「あっ……スミマセン。今日はちょっと……」
「そっか……残念だね」
その後。
九坂先輩からのお誘いを、
私はスッパリお断りするようになりました。
今までであれば、話しかけられるだけでウキウキと気持ちが高揚していたのに、
あの夜を境に――ふしぎなくらい、彼に対する気持ちが薄らいでしまって。
もったいないとか、残念だとか、そういう気持ちすら湧いてきませんでした。
そうして私が無下にしているうちに、
先輩はいつしか、別の部署の女子とつき合い始めました。
その子は、私が先輩とお祓いの話をしていた日、
先輩に声をかけてきた経理部の女性でした。
(幽霊とか、見えない子だったのかな……たぶん)
彼にとり憑いたガイコツが見えないとなれば、
なにか取り返しのつかない不幸がその女性に起こるんじゃ、という懸念と、
まったく気にしない子なら、かえって大丈夫なんじゃ、という楽観。
そうして、完全に九坂先輩から気持ちがなくなり、
部署移動などですっかり接点も消えた頃。
ふと、今の部署の新しい女先輩に、
こんなことを言われたのです。
「九坂くんと春川さん、ウワサあったけど……つき合ってたの?」
「え、いやいや……たしかに食事に行ったりはしましたけど、それだけです」
「あ、そうだったの。……まぁ、つき合わなくて正解よ」
「……えっ?」
彼女はあわれむような、ホッとしたような、
微妙な表情で頷きました。
「え、あの……どういう」
「九坂くんね、いまの彼女とつき合う前も、何人も彼女がいたんだけど……
みんな、割とすぐ別れてるのよね」
「それって……先輩に問題があったってことですか?」
「だったらまだ……ね。今つき合ってるあのコ。あのコがちょっと問題でね。
あのコ、ずっと前から九坂くんのこと好きで……裏でイロイロやってたってウワサなの。
だから、身をひいて正解」
裏でイロイロやっていた。
その言葉に、私はあの白いガイコツの存在を思い返しました。
あれは、彼にとり憑いていた幽霊――ではなく。
もしかしたら。もしかしたら――。
(……あの女性の、生霊?)
彼女のとんでもない執着に、完全に、
完膚無きまでに、九坂先輩に対する気持ちは消え去りました。
その後……ええ、どうやら例の二人、
まだ続いているようです。
とはいっても、部署のちがう私の耳にまで、
イロイロと……その、よくない話が入ってくるので、
とても円満とはいえないようですが……。
もしかしたら、あの白髪のガイコツを、
彼自身が見ることになる日も……近いのかも、しれませんね。
フッ、と白いものがよぎりました。
(あっ……まさか……っ)
昼間の先輩との会話が、脳内によみがえります。
(ウソ。もしかして、あれで……?)
白いもやは、ここ連日、先輩と会話した後現れていましたが、
まさか、家にまで出現するなんて。
だから――油断、していたんです。
……サワッ……
(っ……な、なに……?)
再び、腕に感じる奇妙な感触。
まるで筆先で皮ふの表面をくすぐるような、
鳥肌のたつような感覚です。
(なんか、気持ち悪い……これも、あのもやの……?)
あおむけに横たわった私は、動かない首をどうにかむりやり少しかたむけ、
眼球をひっしに動かして、違和感の元凶――左腕へと視線を向けました。
「……うっ……!?」
金縛りのせいで、声が出なかったのが幸いしました。
そうでなければ、深夜の住宅街にとどろく大絶叫を上げてしまっていただろうから。
「……っ、……っ!!」
左腕。
違和感を覚えていた、皮ふを這いまわる物体。
それは、今まで見慣れていた白いもやのような浮遊物ではなく――
人のあたまほどの大きさの、大量の白い髪の毛でした。
モサモサとゆれ動くまるい髪の合間。
そこから更に白い、つるりとした頭蓋骨が覗きます。
「……っ、……!」
ポッカリとあいた眼窩は、なんの感情も見せることなく、
ジーっと腕の上から私を見上げています。
白い、かたまり。
頭蓋骨に付着する髪がシュルリと伸ばされ、
私の腕の表面を、さらさらと滑りました。
(まさか……これが、あのもやの正体……!?)
今までハッキリと姿を認識できていなった浮遊物。
正体は始めから、この白い毛髪の頭蓋骨だったのではないか、
「…………っ!!」
ゾワッ、と悪寒が全身をかけ巡りました。
気持ち悪い、不気味、という直感は当たっていました。
先輩が、お祓いをしてもとり除けなかったモノ。
周囲の人が目撃していた、謎の幽霊。
彼にとりついている、いや、
彼に近づいたものに対して姿を見せる、恐ろしいなにか。
(無理だ……ダメだ……っ!!)
たとえば。
九坂先輩に対して真実の愛を抱いていたのなら。
それでも、彼を諦めなかったでしょう。
白髪のガイコツになど屈さず、
彼とともに戦い、祓う方法でも考えたかもしれません。
でも、ダメでした。
私には、とてもそんな度胸はなかったのです。
腕にスルスルとまきつく、白い髪。
金縛りで動けないこの体相手ならば、するりとその毛を伸ばして、
首をくくることもできてしまうでしょう。
(もう、もうヤダ……もう先輩には近づかないから!
だから、だからもう……私についてこないでッ!!)
そう、心の底から叫んだ瞬間。
――フッ
「えっ……」
いっそ不自然なほどあっけなく。
硬直していた体が、楽になりました。
「……あ」
白い毛髪を生やしたガイコツ。
それはユラユラと宙をただよい、一度私を空洞の眼窩で見つめた後――、
フワッ、と姿を消したのです。
「……今、の……」
私が諦めたから、消えたのでしょうか。
自宅の寝室。
金縛りもとけた私の視界には、
ただただいつも通りの夜の寝室だけが残されていました。
「春川さん、今日の夜どうかな?」
「あっ……スミマセン。今日はちょっと……」
「そっか……残念だね」
その後。
九坂先輩からのお誘いを、
私はスッパリお断りするようになりました。
今までであれば、話しかけられるだけでウキウキと気持ちが高揚していたのに、
あの夜を境に――ふしぎなくらい、彼に対する気持ちが薄らいでしまって。
もったいないとか、残念だとか、そういう気持ちすら湧いてきませんでした。
そうして私が無下にしているうちに、
先輩はいつしか、別の部署の女子とつき合い始めました。
その子は、私が先輩とお祓いの話をしていた日、
先輩に声をかけてきた経理部の女性でした。
(幽霊とか、見えない子だったのかな……たぶん)
彼にとり憑いたガイコツが見えないとなれば、
なにか取り返しのつかない不幸がその女性に起こるんじゃ、という懸念と、
まったく気にしない子なら、かえって大丈夫なんじゃ、という楽観。
そうして、完全に九坂先輩から気持ちがなくなり、
部署移動などですっかり接点も消えた頃。
ふと、今の部署の新しい女先輩に、
こんなことを言われたのです。
「九坂くんと春川さん、ウワサあったけど……つき合ってたの?」
「え、いやいや……たしかに食事に行ったりはしましたけど、それだけです」
「あ、そうだったの。……まぁ、つき合わなくて正解よ」
「……えっ?」
彼女はあわれむような、ホッとしたような、
微妙な表情で頷きました。
「え、あの……どういう」
「九坂くんね、いまの彼女とつき合う前も、何人も彼女がいたんだけど……
みんな、割とすぐ別れてるのよね」
「それって……先輩に問題があったってことですか?」
「だったらまだ……ね。今つき合ってるあのコ。あのコがちょっと問題でね。
あのコ、ずっと前から九坂くんのこと好きで……裏でイロイロやってたってウワサなの。
だから、身をひいて正解」
裏でイロイロやっていた。
その言葉に、私はあの白いガイコツの存在を思い返しました。
あれは、彼にとり憑いていた幽霊――ではなく。
もしかしたら。もしかしたら――。
(……あの女性の、生霊?)
彼女のとんでもない執着に、完全に、
完膚無きまでに、九坂先輩に対する気持ちは消え去りました。
その後……ええ、どうやら例の二人、
まだ続いているようです。
とはいっても、部署のちがう私の耳にまで、
イロイロと……その、よくない話が入ってくるので、
とても円満とはいえないようですが……。
もしかしたら、あの白髪のガイコツを、
彼自身が見ることになる日も……近いのかも、しれませんね。
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる