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112.セキュリティエラー③(怖さレベル:★★☆)
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「えっと、右の引き出し。上から二番目……っと」
年季が入って、開きにくい引き出し。
なにかがひっかかっているのか、ガコガコと揺らしても中途半端にしか開きません。
「っかしいなぁ……」
あまり力任せにして壊したら、いったいなにを言われるか。
ドライバーでも使って慎重に開けるかと、足を自分の机へと向けようとすると。
……ガコッ
「……えっ?」
引き出しが、ひとりでに動いた音。
サッと振り返って、上司の机を凝視します。
当然ながら人影はなく、さきほどの音の後は、すっかりあたりも静まり返っています。
ドッドッドッ、と心臓が急速に血液を押しだし始めました。
口のなかがジワジワと乾き、皮膚の表面にプツプツと鳥肌が湧き起こります。
(いっ……今の……い、いや、さっき自分が動かして、
時間差でひっかかりがとれただけだって……!)
恐怖を必死に理性で否定をして、
現実としてありえそうな――それがいくらムリヤリでも――考えでごまかしました。
そう、ただの偶然。
今日は朝からおかしかった。
不運続きの、へんな一日だった。
だからこんなの――すべて、偶然。
「…………ッ」
ゴク、と無意識のうちに鳴った喉をおさえつつ、
再び上司の机の前に立ちました。
そうっと、二番目の引き出しに手を伸ばします。
指を取っ手にひっかけ、ゆっくりと引きました。
スッ……カコン
あっけないほどあっさりと、それは引き出されました。
「……カギ……」
もはや深く考える余力もなく、上司に指示されたカギを探します。
ふせんやノリ、文房具が乱雑につっこまれているなか、
一番奥に、光るモノ。
「……これか」
ヒョイ、とそれを拾いあげれば、
デフォルメされたカツオのキーホルダーがついた、小ぶりなカギでした。
(よし……さっさと帰ろう)
もう、ここに用はありません。
寒気はいまだ肌の表面をなでているし、
白い蛍光灯で彩られた社内は、不気味さを助長するばかり。
足早に入り口に向かい、パチン、と電気を消して廊下にとび出しました。
「はぁー……」
全身から、冷たくイヤな汗が噴き出してきます。
ガチャン、と音を立てて扉をしっかりと閉めて、ホーッと深く息をはきだしました。
(ちょっとへんなコトはあったけど……たいしたコトは起こらなかったな)
心して入ったわりには、起きたのはささいな物音程度。
妙に強気になった私は、再びセキュリティ機器に目を向けて、
借りたカギを使おうとして――ふと思い立って、
もう一度初めからIDカードとパスワードを入力してみました。
ピッ
『SECURITY OK』
「ハハ……なんだ。やっぱりただの不調か」
パスワードは正しく認識され、なにごともなくロックが完了しました。
あれだけビビりまくり、電話までした自分はなんだったんでしょう。
乾いた笑いが、引きつるように喉からこぼれました。
「あっ……このカギ……」
結局使用しなかったカギは、右手にいまだ握られています。
(郵便受けにいれとけ、って言ってたよな……)
オフィスビルの郵便受けは、一階入口です。
帰る道すがらですし、そのまま流れで入れておけばOKでしょう。
私はすっかり気楽な気持ちになって、
階段をのんびりと下り、玄関まで向かいました。
(えーっと。うちのオフィスの郵便受けは……っと)
キョロキョロと幾重にもならんだ郵便受けをチェックし、
自分のオフィスの場所を確認します。
「はぁ、ようやく帰れるよ……」
心からのため息をはきだして、
カギを郵便のボックスに押しこもうとゆっくり、指先を近づけた、瞬間。
――スルリ。
白い、指が。
ほの白い手のひらが投函口から現れ、
私の手から離れたカギを、郵便受けのなかにまたたく間に引きずり込みました。
……カタッ
箱の床にキーホルダーがぶつかる、軽い音。
蛍光灯の光も届かない投函口は、ただただ暗闇だけが支配しています。
「――――っ!!」
声にならない悲鳴がほとばしりました。
私はそのままビルからとび出して、ほうほうの体で自宅へ逃げ帰ったのでした。
翌日。
ゆううつな気持ちを引きずったまま出社すると、
なぜかニヤニヤと笑みを浮かべた上司に、開口一番声をかけられました。
「おう、おはよう。……お前さあ、けっきょくカギ使わずに済んだみたいじゃねぇか」
「えっ……ど、どうして知ってるんですか」
イヤな予感にジワジワと背筋を凍らせつつ、私は眉をひそめました。
「はぁ? どうして、って……このカギ、
おれの机のなかに入りっぱなしだったからな」
「……えっ?」
ほらよ、と上司はそれを指にぶら下げました。
デフォルメされたカツオのキーホルダーがついた、見覚えのある銀色のカギ。
間違いなく昨日、郵便受けに入れた――いや、白い指がかすめとっていった、それ。
「ま、セキュリティが故障してなかったんなら、いいんだけどよ」
硬直したこちらに対し、上司はニヤニヤとからかうように笑っていました。
あの日。
あの日は、朝からなにもかもがおかしかった。
不運続きの一日。
まるでなにかにとり憑かれたかのように、トラブル続きの一日でした。
だったらせめて、その日の最後くらい、
なにごともなく終わらせてくれればよかったんですけどね……。
その日以降、どんなに仕事が押していても、
私が一人で会社に残らなくなったのは、言うまでもありません。
年季が入って、開きにくい引き出し。
なにかがひっかかっているのか、ガコガコと揺らしても中途半端にしか開きません。
「っかしいなぁ……」
あまり力任せにして壊したら、いったいなにを言われるか。
ドライバーでも使って慎重に開けるかと、足を自分の机へと向けようとすると。
……ガコッ
「……えっ?」
引き出しが、ひとりでに動いた音。
サッと振り返って、上司の机を凝視します。
当然ながら人影はなく、さきほどの音の後は、すっかりあたりも静まり返っています。
ドッドッドッ、と心臓が急速に血液を押しだし始めました。
口のなかがジワジワと乾き、皮膚の表面にプツプツと鳥肌が湧き起こります。
(いっ……今の……い、いや、さっき自分が動かして、
時間差でひっかかりがとれただけだって……!)
恐怖を必死に理性で否定をして、
現実としてありえそうな――それがいくらムリヤリでも――考えでごまかしました。
そう、ただの偶然。
今日は朝からおかしかった。
不運続きの、へんな一日だった。
だからこんなの――すべて、偶然。
「…………ッ」
ゴク、と無意識のうちに鳴った喉をおさえつつ、
再び上司の机の前に立ちました。
そうっと、二番目の引き出しに手を伸ばします。
指を取っ手にひっかけ、ゆっくりと引きました。
スッ……カコン
あっけないほどあっさりと、それは引き出されました。
「……カギ……」
もはや深く考える余力もなく、上司に指示されたカギを探します。
ふせんやノリ、文房具が乱雑につっこまれているなか、
一番奥に、光るモノ。
「……これか」
ヒョイ、とそれを拾いあげれば、
デフォルメされたカツオのキーホルダーがついた、小ぶりなカギでした。
(よし……さっさと帰ろう)
もう、ここに用はありません。
寒気はいまだ肌の表面をなでているし、
白い蛍光灯で彩られた社内は、不気味さを助長するばかり。
足早に入り口に向かい、パチン、と電気を消して廊下にとび出しました。
「はぁー……」
全身から、冷たくイヤな汗が噴き出してきます。
ガチャン、と音を立てて扉をしっかりと閉めて、ホーッと深く息をはきだしました。
(ちょっとへんなコトはあったけど……たいしたコトは起こらなかったな)
心して入ったわりには、起きたのはささいな物音程度。
妙に強気になった私は、再びセキュリティ機器に目を向けて、
借りたカギを使おうとして――ふと思い立って、
もう一度初めからIDカードとパスワードを入力してみました。
ピッ
『SECURITY OK』
「ハハ……なんだ。やっぱりただの不調か」
パスワードは正しく認識され、なにごともなくロックが完了しました。
あれだけビビりまくり、電話までした自分はなんだったんでしょう。
乾いた笑いが、引きつるように喉からこぼれました。
「あっ……このカギ……」
結局使用しなかったカギは、右手にいまだ握られています。
(郵便受けにいれとけ、って言ってたよな……)
オフィスビルの郵便受けは、一階入口です。
帰る道すがらですし、そのまま流れで入れておけばOKでしょう。
私はすっかり気楽な気持ちになって、
階段をのんびりと下り、玄関まで向かいました。
(えーっと。うちのオフィスの郵便受けは……っと)
キョロキョロと幾重にもならんだ郵便受けをチェックし、
自分のオフィスの場所を確認します。
「はぁ、ようやく帰れるよ……」
心からのため息をはきだして、
カギを郵便のボックスに押しこもうとゆっくり、指先を近づけた、瞬間。
――スルリ。
白い、指が。
ほの白い手のひらが投函口から現れ、
私の手から離れたカギを、郵便受けのなかにまたたく間に引きずり込みました。
……カタッ
箱の床にキーホルダーがぶつかる、軽い音。
蛍光灯の光も届かない投函口は、ただただ暗闇だけが支配しています。
「――――っ!!」
声にならない悲鳴がほとばしりました。
私はそのままビルからとび出して、ほうほうの体で自宅へ逃げ帰ったのでした。
翌日。
ゆううつな気持ちを引きずったまま出社すると、
なぜかニヤニヤと笑みを浮かべた上司に、開口一番声をかけられました。
「おう、おはよう。……お前さあ、けっきょくカギ使わずに済んだみたいじゃねぇか」
「えっ……ど、どうして知ってるんですか」
イヤな予感にジワジワと背筋を凍らせつつ、私は眉をひそめました。
「はぁ? どうして、って……このカギ、
おれの机のなかに入りっぱなしだったからな」
「……えっ?」
ほらよ、と上司はそれを指にぶら下げました。
デフォルメされたカツオのキーホルダーがついた、見覚えのある銀色のカギ。
間違いなく昨日、郵便受けに入れた――いや、白い指がかすめとっていった、それ。
「ま、セキュリティが故障してなかったんなら、いいんだけどよ」
硬直したこちらに対し、上司はニヤニヤとからかうように笑っていました。
あの日。
あの日は、朝からなにもかもがおかしかった。
不運続きの一日。
まるでなにかにとり憑かれたかのように、トラブル続きの一日でした。
だったらせめて、その日の最後くらい、
なにごともなく終わらせてくれればよかったんですけどね……。
その日以降、どんなに仕事が押していても、
私が一人で会社に残らなくなったのは、言うまでもありません。
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