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108.古いカラオケボックス①(怖さレベル:★☆☆)

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(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)
『40代男性 井筒さん(仮)』

いやぁ、こんなご時世にする話としちゃあ、ちょっとナンなんですけどね。

その昔……カラオケボックスで、イヤな目にあったことがありまして。
若い頃……まぁ、二十代とかそのくらいの時には、そりゃあ遊びまくってましてね。

週末になれば飲み会、二次会、朝までカラオケ……なんてコースはしょっちゅう。
その頃は今みたく、持ち込みOKなんてなかったから、まぁ、かなり金は使ってましたねぇ。

そんで、まぁ……そんな毎回の遊びコース。

今日も今日とて、会社のお決まりのメンツとともに、
なにごともなく二次会を終え、さぁいつも通りカラオケに、と思ったんです。

「えっ……満室?」

ふだんであればすんなりと入れるカラオケルーム。
今日に限っては満室で、しかも、一時間以上は空かないというのです。

「お花見シーズンですからね……しょうがないですよ、井筒さん」

後輩の高田が、オレの肩をなだめるようにポン、と叩きました。

「でも、どうしよっか? ここで解散する?」

メンバー内で唯一の女性、五十嵐さんが残念そうに声を上げます。

「あー……まぁ、仕方ないかァ」

毎回のコースの流れ。一つだけ欠けるとなると、
なんとなく消化不良な雰囲気がメンバー内に漂いました。

そんな微妙な解散ムードのなか、一人の後輩がふと声を上げました。

「そーいえば俺、この近くにもう一つカラオケ店があるの、知ってますけど」
「おっ、マジか? けっこう近い?」
「たしか、道を挟んで裏にあったから……めっちゃボロそうだったですけど」

と、提案した後輩は、申し訳なさそうに眉を下げました。
しかし、がぜん乗り気になったオレたちは、

「いいじゃん、今回だけだし」
「たまには違う店、ってのもイイかもね」
「機種とか、めっちゃ古かったりしてなぁ」

などなど、思い思いの台詞をはきつつ、
先導する彼の後ろへと、ゾロゾロとついていきました。



「あ……ここです!」

暗い夜道を進んで、だいたい十分。
案内のために先を歩いていた後輩が、足を止めました。

「おっ……おもむきが、あるな」
「まぁ……ポジティブに言えば、そうかもね」

ついてきたメンバーが、皆、顔をひきつらせて見上げます。

鉄筋コンクリートのビル。
言われなければ廃ビルと間違えかねないほど、年季が入っていました。

壁には細いヒビ割れがいくつも見受けられ、
なかから洩れてくる光も、ぼんやりと薄いオレンジ色。

入口わきに置かれた看板には、
日に焼けて消えかかった薄い『カラオケ』という文字が、
やけに明るいスポットライトで、ぼんやりと照らされていました。

「とっ、とりあえず、入るか」

ボロくてもイイ、なんて大口をたたいてしまったことを若干後悔しつつ、
年長者としておびえる姿は見せられないと、手押しのドアにまっさきに手をかけました。

チリーン……

入店を知らせる、静かなドアベルの音。
耳に残るような残響が、どこか物悲しい響きをともなっています。

「いらっしゃいませ」

小さな受付でオレたちを出迎えたのは、
意外にも、まだ高校生ほどの年頃の少女でした。

片側で下ろされたみつあみが、
どこか流行とズレた田舎娘的な雰囲気を感じさせます。

当時は今ほど年齢に厳しくなかったので、
遅い時間でも、バイトするのは許されていたんですよね。

「あ、どーも……六人なんだけど、入れる部屋ってある?」
「……お調べします」

オレは少し気が抜けて、その少女に気さくに声をかけました。

内装は、とても新しいとはいえない様相でした。

壁紙は黄ばんでところどころ壁の土が見えているし、
張られているポスターも、演歌歌手の若い頃の姿ばかり。

受付におかれているなにかの割引チケットも、
チラっと見た限りでは、年単位で期限が切れているようです。

これじゃ入っている機種も期待できないな、
なんて失礼なことを考えつつ、再び少女に視線を戻しました。

うす暗い照明の下、こちらの六人をグルリと見回す彼女は、
一人だったのをジャマされたせいか不機嫌そうな仏頂面で、
ポイ、と雑に清算バインダーを置きました。

「301号室です」
「ん、ありがとー」

ヒョイ、とそれを拾い上げ、ゾロゾロとエレベーターに向かおうとすると、

「エレベーターは故障中です」
「あ……そ、そうなんだ」

ロボットのように冷たい声でピシャリと言われ、
仕方なく皆で階段を使うことにしました。

「いやぁ、受付のコ、キツかったですねー」
「つーか、エレベーター故障中ってなに? 直す金もない感じですかね」
「こりゃあ、部屋んなかもそうとうボロいんじゃないかなぁ」

なんて好き放題にしゃべりつつ、揃って三階まで上りきりました。

「301、301と……お、ちゃんとパーティルームになってんな」

階段から一番近い場所に『301号』のプレートがかかっています。
内装の悲惨さを覚悟しつつ、ゴクリとだ液をのみ込んで、ドアを押しました。

「……あー……意外と、ふつう」

一般的なカラオケ店より、多少古臭さは感じるものの、
目立つホコリや破損もありません。

テーブルやソファもところどころ薄くなってはいるものの、
定期的な手入れがされているのか、申し分ないキレイさに思えました。

「つーか、料金表見ました? めっちゃ安かったですよ」
「マジか? ……次からはここにしてもいいかもな」

ただ古いだけであれば、飲んでさわぐのが目的の自分たちにとって、ささいなコト。

さっそく飲み物やツマミを選び、五十嵐さんが電話注文しているなか、
男連中はばんばんデンモクに曲を入れていきます。

さっそくバカさわぎし始めたメンバーに混ざろうとして、
ふと、電話を終えた五十嵐さんが、浮かない表情をしているのが目に止まりました。

「五十嵐さん、どうかした?」
「えっ? いや……ううん、なんでもないの」

彼女は困ったようなあいまいな笑みを浮かべた後、
気をまぎらわそうとするようにマイクを手にとって、

「さーて、私もいっちょ、とっておきの一曲を入れるよー!」

と、後輩たちの輪のなかへ混ざっていきました。

(なんか妙だったけど……まぁ、いいか)

ムリに聞き出すことでもないし、言いたくなったら声をかけてくるでしょう。
オレはたいして深く考えず、そのままみんなとさわぎに興じたのでした。



「……飲みモン、ずいぶん遅くないですか?」

カラオケが何曲目に差しかかった時だったか。
ふと、マイクを握りしめた高田が、そんな声をあげました。

「あ~……そう、いえば」

今まで利用していた店は、注文したら間をいれず酒を持ってきてくれていたので、
どうにも差異が気にかかります。

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