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106.自宅の異変③(怖さレベル:★★★)

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「痛ッ……やめ、なさい!!」

ぎりぎりと前歯が皮膚に食い込み、犬歯がプツッと肉を切り裂こうとします。

肉をひきちぎらんとする、激痛。

ギチギチと骨まできしむとてつもない痛みに、
私は一瞬、相手が妹と言うことを忘れました。

「やめ……やめてッ!!」
「ギャブッ!」

容赦のない一撃が、妹の腹に食いこみました。

ユナはもんどりうつように仰向けに倒れ、
気を失ったのか、そのまま四肢を弛緩させています。

デロン、と舌をつきだした顔。
ピクピクと小刻みにけいれんする足の先。

一見死体のような妹の姿に、胸が上下していることを慎重に確認し、
私はホッと息をはきだしました。

(もう、なにこの状況……! わけがわからないけど、とにかく助けを……!!)

警察か、救急か、両親か。
気が狂ったとしか思えぬこの現状。

妹の友人らしき三人は、こちらの乱闘にはいっさい目もくれず、
ひたすら肉塊を口に運びつづけています。

彼女たちの足元には白い骨が積み上がり、
制服は血に濡れ、鉄さびのような臭いが充満していました。

その光景をこれ以上見続けていることもできず、
私は部屋からあわててとび出すと、ドアが開かないように背中で押さえました。

(すぐ、連絡しないと……!!)

携帯から、即座に119番を押下します。

プルルルル……プルルルル……
プルルルル……プルルルル……

(うそ、つながらない!?)

液晶画面はたしかに119番を示しています。

だというのに、携帯はずっと発信音だけを鳴らし続けているのです。

おかしい。そんなワケがない!
私は両手で携帯電話を握りしめ、祈るように目を閉じていると、

ガタガタガタッ

背後の扉が、激しく振動を始めました。

「ゆ……ユナ……!?」

妹たちが、閉じこめられたことを察したのか、
私が必死になって背中で扉を抑えますが、扉の振動はなお激しくなるばかり。

ガタガタガタッ……

(どう……どうすれば……!)

電話はつながらない。妹たちは明らかに異常。
家も暗い。夏に起こる静電気。謎の冷たい黒い影。

理解できない現象が次から次へとまきおこり、
もはやキャパシティーオーバー状態です。

ガタガタガタ……ガタッ

と。背後の扉が、突如揺れをおさめました。

自分を油断させるためかもしれない。
力を抜いたところ、襲ってくるかもしれない。

そう考えたものの、
このままジッとしていてもどうにもなりません。

なら、一刻もはやく家を出て、交番に駆けこむしか――!

そう決心した私が、階段をかけおりようと踵を返したその瞬間。

――フッ

まっ黒い影が、まぶたにかかりました。

キィン、と鼓膜が震え、視界が黒一色に染まります。

自転車でふれた冷気よりなお冷たい、
氷そのもののような凍気が、ブワリと全身を覆いました。

「あ……あ……!!」

おぞましいほどの冷たさが毛穴を通じて入ってくる、
そんな気色のわるい感覚。

小指の先から冷凍されていくような、
血管の一本一本が凍えていくような。

冷たい、冷たい気配が這い上がってきます。

喉をからすほどの絶叫を上げても、凍えた舌はもつれ、
微かな吐息だけがこぼれおちました。

体が自分のものではないような、
思考までもがまっ黒に染められるかのような。

私は、襲い来るあまりの恐怖に足を滑らせ――
あっという間に、階段から転げ落ちてしまったのです。



……次に目が覚めたときは、病院の寝台の上でした。
ベッドの脇には両親がいて、丸二日眠っていた、と教えてくれて。

記憶の混濁でパニックになった私に、
母は落ちつかせるよう手をにぎりながら、妹のことを伝えてきました。

いわく、ユナは私よりもはやくに回復し、
今は精密検査のまっ最中なのだ、と。

あの室内の惨状を覚えていた私が、妹の様子をさらに詳しくたずねると、
ユナはカラスの肉塊を食らっていた記憶を完全に失っていて、
妹の友だちたちもまた、同様のようでした。

最後に、だれが病院につれてきたのか聞くと、
「なに言ってるの? 救急の人があなたから連絡を受けた、って言っていたけど」
と首をかしげられてしまいました。

その後、異常なしと診断された妹に詳しく話を聞いたものの、
やはり、あの日のことはなにも覚えていないようでした。

しかし、話によれば、友だち四人とネットで手に入れた黒魔術の本を使い、
儀式を実行した以降、ハッキリした記憶がない、と言います。

あの日の、あの異常。

何体もすれ違った黒い影は、家に対する警告だったのでしょうか。
階段で私を襲った黒い影は、なんだったのでしょうか。

ただ――関係があるのかはわかりませんが、
二階の階段から落ちたのに、私は軽い打撲ですんで、妹たちも元気に過ごしています。

もしかしたら――私が彼女たちの黒魔術の儀式に横入りして、
妹を殴り、実質的に儀式の中断をさせたから、じゃないか。

それが結果的に、全員を助けることになったんじゃないか――なんて。
楽観的かもしれませんが、そう思っています。

そして――生肉を食らっていた彼女たちの、例の黒魔術の本。
それはなんでも、黒い表紙にまっ赤な唇が印象的な本、だったのだとか。

家に戻ってから、妹と一緒に部屋を捜しまわりましたが、
行方がわかっていません。

その後は妹のオカルト思考も落ちつく――こともなく、
いまだ性懲りもなく、こっくりさんやら肝試しやらに出かけているようです。

姉としては、もう懲りてほしい、と思うんですが……まぁ、しょうがないですね。
聞いてくださって、ありがとうございました。
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