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106.自宅の異変①(怖さレベル:★★★)

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(怖さレベル:★★★:旧2ch 洒落怖くらいの話)

なにより安心できるはずの自宅が、おぞましい恐怖の場所になる。
それって、とてもつらいし、苦しいことですよね。

私の、高校二年生の夏。
実の家が、一時的とはいえ、そうなってしまったことがあります。

私には、三つ年下の妹がいまして。
名前はユナといって、占いやファンタジー、それにオカルトが好きで、
身内の私からみても、不思議な世界感をもっている子でした。

幸い友人は多く、よく自宅に友だちを連れてきては、
明日の運勢がどーだ、性格診断がこーだ、と話していたのを覚えています。

ぎゃくに、私はそういう方面はからっきし興味がなありません。
だから妹には、お姉ちゃんは話が通じないからおもしろくない、なんて言われたりして。
まぁ……姉妹とはいえ、正直、あまり仲はよくなかったんですよね。

そんな、ある日。
忘れもしない、ある夏の夕方のことです。

その日は、テニス部の地区大会が間近にせまっていて、
追い込み練習が終わった夜の七時、自転車をすっとばして帰宅をいそいでいました。

古い街灯がポツリポツリと照らすアスファルトの道路には、
ときおり車が通りすがるだけで、ひと気はほとんどありません。

藍色と赤色の混ざる空。
ジッと見つめているとその境目に引きずり込まれてしまいそうな、
そんな突拍子もない空想が、ゾワリと背筋を撫でました。

(あーダメダメ、変なコト考えちゃ。
 ……今日、ふたりとも帰ってこないんだし)

遠方の親戚が亡くなっただとかで、両親はその日、泊まりで出ていました。
つまり自宅には、妹と自分の二人だけなのです。

こんな時間に帰るわたしとちがって、
帰宅部の妹はもう家についているはずでした。

めんどうくさがりな妹のコト。
どうせ冷蔵庫に作り置きしてある夕食をあっためることすらイヤがって、
菓子でも食べて過ごしているにちがいありません。

私は家に戻ってからの流れを想像しつつ、
ガシガシと自転車をこぐ力を強めていると。

――フッ

「……ん?」

ほんの一瞬。なにかが肩口を通り抜けました。
目の端をかすめた、薄い影のような、その形。

(今の……?)

まるで風のように、真横を通り抜けたそれ。
わずかに視界に映ったのは、黒い蜃気楼を思わせるような、不思議な立体でした。

「…………?」

後ろを振り返っても、日の落ちかけたうす暗い道路には、
等間隔に立つ電柱の影が細く長くのびているばかりで、人の姿ひとつありません。

(なんだったんだろう)

見まちがいか、幻覚か、勘ちがいか。

私が首をかしげつつ、自宅にむかって再び自転車をこぎ出すと、

――フッ

「え……」

また。

また、なにかが傍らを通り過ぎました。

ほんの一瞬。こんどは手首をかすめたそれは、
ヒヤリ、と冷たい感触だけ残して、やはり消えてしまいました。

(なに? これ……目がおかしくなった? でも、感触もあったし……)

まるで、なにかが通った部分だけが、
冷蔵庫のなかに手をつっこんだような、ふしぎな冷気を感じます。

人さし指が、中指が、ピリピリと軽くしびれて、
麻酔でも刺されたと思うほど、感覚が薄くなっていました。

みたび振り返っても、視界に広がるのはスーッと伸びた電柱と電線の影ばかり。
ときおり風にあおられたそれが、まるで自分を笑っているかのようにゆらゆらと揺れています。

さきほどまでは部活終わりの心地いい疲労を感じていた体が、
ドクドクと急速に心臓を脈うたせ、嫌な汗をながし始めました。

(なんか……よくない、予感が)

第六感、とでもいうのでしょうか。

二度の、妙な黒い影。

それが自宅――妹のいる、その方向からやってきたかのような、
そんな気がしたのです。

霊感なんて今まで感じたことのない自分。
その変わりに、妹はいつも自分が霊感があると、幽霊と会話できるのだと言っていました。

いつだったか、友だちたちと、降霊術がどうの、という話をしていた記憶すらあります。

「はやく……はやく、帰らないと……!」

薄暮の赤と青の混じる空の下で、
私はがむしゃらに自転車を走らせました。



自宅の玄関にたどりつくまで、計三回。
それからまた、黒いなにかとすれ違いました。

フッとかたわらを通り、冷えた感触を残していくそれ。

危害を加えてくるわけでもない。
ただ一瞬、姿をみせるその影は、まるでなにかの警告のようで。

接触するたびに、ひざを、肩を、首を。
すぅと冷やして、どこかへと消えていく。

得体のしれないその感覚は、とにかく不気味でした。

そしてまた、自宅につくまでたったの一度。
たったの一度も、人も車も見かけなかったという事実。

人間の存在しない異空間に放り込まれたかのような、
そんな不吉さを、ひしひしと全身に感じます。

玄関にたどりついて出たのは、自分でも驚くほど掠れ声でした。

「よ、やく……ついた」

帰りついた自宅の窓からは、こうこうとうす明かりがこぼれています。
自転車を庭にとめて、さぁ家に上がろう、と扉に手をかけた瞬間でした。

バチッ

手のひらに、熱い電気が走りました。

「痛ッ……!」

痛みを覚えた手を抱え、私はわけもわからず扉を凝視しました。

夏まっ盛りの今、静電気?
昨日の夕立のしめり気の残る、じめじめと蒸し暑いこんな時期に?

……カタン

扉のむこうで、微かな物音。

「ゆ、ユナ……?」

妹が様子見に来たのかと、そっと名前を呼びました。

…………

しかし、物音はその一度きり。
厚い木の扉は、中の明かりひとつ漏らしてはくれません。

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