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101.公園の時計塔②(怖さレベル:★★☆)
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通知を知らせる緑のランプが、
チカチカと点滅をくり返しています。
(そういえば……さっきも)
外の様子に気をとられ、
メッセージを確認していませんでした。
大学の友人からだろうか、となんの気なしにロックを外せば、
やはり二件ほどメッセージが入っています。
「……え?」
一瞬、機械を落としそうになりました。
見たことのない相手からの、からっぽのメッセージ。
絵文字でもスタンプでもない、空白の文章。
それですら不気味であるのに、さらに恐怖をあおるのは――
その相手のアイコンとして表示されている、時計塔の画像。
それはまさに――目の前の。
「い……いや、まさか。大学の子たちのイタズラでしょ……」
かわいた笑い声が、シラケた空気のなかを漂いました。
こころの中はまるで氷を押し当てられたように冷えていたものの、
こんな異常現象、とても認めたくありません。
私は携帯を半ば放り投げるようにして、再びテーブルの上に置きました。
「バカみたい……」
さっきの時計塔のナゾの縄。
そして今のメッセージ。
偶然。すべてただの偶然だと、なんとか自分を励ましました。
まだ、異常らしい異常も、起きていないのです。
気のせい。気にしすぎ。それでかたづく範囲のこと。
(はー……さっさと、寝よう)
ドッと疲れがおしよせた肩をやわやわと揉みながら、
布団をとりだそうと、押し入れに向かいました。
傍らには、朝、着替えた時に使った姿見が、
ぼうっと自分を映しています。
「……ん?」
ふ、と。
吸い寄せられるように、その銀板に視線が動きました。
「えっ……?」
目が、クギづけになりました。
ベランダの反対側。
押し入れの横に立てかけられたその姿見は、
夜の暮れきった光景を映しています。
その向こうに、公園の景色もいっしょに写し取られていました。
歴史ある時計塔の、美しい文字盤。
その真下でゆらゆらと風に揺れるレンガ色の縄。
その縄の先をぐるりと首に巻きつけた、恨みがましい青年の顔も――。
「ヒィ……ッ!」
ドスン、と。
腰が抜け、その場に座り込みました。
両のふとももがブルブルと震え、力が入りません。
視点が変わり、角度のズレた姿見は、
プラプラと風で揺れる青年の頭頂部だけを、こちらに見せつけてきます。
「な……ど、どうして……っ」
さっきまでは、なにもなかったのに。
空っぽだったロープの先に、
突如首つり死体が現れるなんて、ありえない――!
(……鏡!)
ピン、と脳裏に以前どこかで聞いた話が浮かびました。
幽霊は、直接目には映らない。
カメラレンズや水、ガラスなどの媒体を通じて、
こちらの世界とコンタクトをとろうとするのだ、と。
「…………っ!」
鏡のなかの青年は、首に巻きつく縄をギシギシと風に揺らし、
薄く開いた口からは、まっ赤な口腔がのぞいています。
その、この世を恨み、憎みきった眼差しは、
宙をさまよい、フラフラと焦点なく動いて――ギョロリ、とこちらを睨みました。
「ヒィ……ッ!!」
私は自分でもおどろくほど俊敏に、その姿身をひっくり返しました。
あんな――あんな、おぞましい死体。
ふせてしまえば、それが見えるはずない!
姿身を床に倒して、しばし。
私は、ピクリとも動くこともできませんでした。
「…………っ」
息を吸って、吐いて。
(なにもいない。なにもいない……いるはず、ない)
なんどか深呼吸をくり返し、
意を決して背後を――窓の方を、振り返ります。
「……っ、い、ない」
窓の外。
ガラスを透かしたむこうには、
なに一つ、怪しいものはありません。
ただ、時計塔に巻きついたロープが、
プラプラと風に揺れている、だけ。
「……はぁ」
張っていた肩からホッと力を抜き、
開きっぱなしだったカーテンを思い切りしめました。
気力がもったのはそこまでで、私はそのまま、
ズルズルとベランダを背にしてガラス戸にもたれて座り込みました。
(ほんと、なんだったの? ……疲れてた、だけ?)
すっかり冴えてしまった頭の側頭部をもみつつ、肺の奥から息をはきだします。
このままでは眠れそうもないし、気分でも変えようと、
テーブルの上のテレビのリモコンに触れると、
ピピピ……
その横に放置されていた携帯電話に、再び通知が。
「…………」
ピカ、と点灯した液晶画面に表示されたメッセージに、
冷たい汗が背中を流れ落ちました。
見知らぬ時計塔アイコンの相手から、すでに二度。
そして今回――また、三度目の。
さっさとブロックしておくべきだった、という後悔はすでに遅く、
端末はチカチカとライトを点滅させています。
「べつに……タチの悪いイタズラ……でしょ」
自分にそう言い聞かせ、どうせまた、空白メッセージのイタズラだろうと、
そうっと画面を開きました。
「……ん?」
空っぽじゃ、ない。
なにか――なにかの画像が、送られてきている。
「なに、ほんとにイタズラ……」
ポン、と。
トークルームを押下した瞬間に目に入った映像に、
「いやッ!!」
携帯を床に叩きつけました。
映っていたのは、黒い物体。
夜。暗い公園内。シンボルマークの時計塔。
その頂上で、ゆらゆらと風にそよぐ首吊り男。
その、顔が――。
「…………っ!!」
私は携帯もリビングもそのままにカバンをひっつかんで家をとびだし、
そのまま友人の家におしかけて、そのまま一夜を明かしました。
ええ……次の日、ですか。
半信半疑、というかまるっきり信じていない友人をむりやり引きずって、
自宅。もといアパートの部屋に帰りました。
部屋はでていった当初のまま。
なにひとつとして、異常はありませんでした。
問題の、送り付けられた画像ですが、
床に転がっていた携帯を友人に確認してもらったところ、
そんなメッセージどころか、時計塔アイコンの相手など、
アプリのどこにも存在していない、と言われてしまいました。
そんな出来ごとの、あった部屋です。
優雅にひとり暮らし、なんて幻想は消え、
私はそそくさと実家に戻り、残る大学四年間も、自宅から通うことになりました。
今思い返すと、あの部屋の家賃が異様に安かったのは、
日当たりが悪いから――だけではきっとなかったのでしょう。
ああ……そのアパート、ですか?
今はもう取り壊されて、立体駐車場になったと聞いています。
理由? さあ……でももしかしたら、
私が退去した以降も……なにか、あったのかもしれませんね。
私の話は以上になります。ありがとうございました。
チカチカと点滅をくり返しています。
(そういえば……さっきも)
外の様子に気をとられ、
メッセージを確認していませんでした。
大学の友人からだろうか、となんの気なしにロックを外せば、
やはり二件ほどメッセージが入っています。
「……え?」
一瞬、機械を落としそうになりました。
見たことのない相手からの、からっぽのメッセージ。
絵文字でもスタンプでもない、空白の文章。
それですら不気味であるのに、さらに恐怖をあおるのは――
その相手のアイコンとして表示されている、時計塔の画像。
それはまさに――目の前の。
「い……いや、まさか。大学の子たちのイタズラでしょ……」
かわいた笑い声が、シラケた空気のなかを漂いました。
こころの中はまるで氷を押し当てられたように冷えていたものの、
こんな異常現象、とても認めたくありません。
私は携帯を半ば放り投げるようにして、再びテーブルの上に置きました。
「バカみたい……」
さっきの時計塔のナゾの縄。
そして今のメッセージ。
偶然。すべてただの偶然だと、なんとか自分を励ましました。
まだ、異常らしい異常も、起きていないのです。
気のせい。気にしすぎ。それでかたづく範囲のこと。
(はー……さっさと、寝よう)
ドッと疲れがおしよせた肩をやわやわと揉みながら、
布団をとりだそうと、押し入れに向かいました。
傍らには、朝、着替えた時に使った姿見が、
ぼうっと自分を映しています。
「……ん?」
ふ、と。
吸い寄せられるように、その銀板に視線が動きました。
「えっ……?」
目が、クギづけになりました。
ベランダの反対側。
押し入れの横に立てかけられたその姿見は、
夜の暮れきった光景を映しています。
その向こうに、公園の景色もいっしょに写し取られていました。
歴史ある時計塔の、美しい文字盤。
その真下でゆらゆらと風に揺れるレンガ色の縄。
その縄の先をぐるりと首に巻きつけた、恨みがましい青年の顔も――。
「ヒィ……ッ!」
ドスン、と。
腰が抜け、その場に座り込みました。
両のふとももがブルブルと震え、力が入りません。
視点が変わり、角度のズレた姿見は、
プラプラと風で揺れる青年の頭頂部だけを、こちらに見せつけてきます。
「な……ど、どうして……っ」
さっきまでは、なにもなかったのに。
空っぽだったロープの先に、
突如首つり死体が現れるなんて、ありえない――!
(……鏡!)
ピン、と脳裏に以前どこかで聞いた話が浮かびました。
幽霊は、直接目には映らない。
カメラレンズや水、ガラスなどの媒体を通じて、
こちらの世界とコンタクトをとろうとするのだ、と。
「…………っ!」
鏡のなかの青年は、首に巻きつく縄をギシギシと風に揺らし、
薄く開いた口からは、まっ赤な口腔がのぞいています。
その、この世を恨み、憎みきった眼差しは、
宙をさまよい、フラフラと焦点なく動いて――ギョロリ、とこちらを睨みました。
「ヒィ……ッ!!」
私は自分でもおどろくほど俊敏に、その姿身をひっくり返しました。
あんな――あんな、おぞましい死体。
ふせてしまえば、それが見えるはずない!
姿身を床に倒して、しばし。
私は、ピクリとも動くこともできませんでした。
「…………っ」
息を吸って、吐いて。
(なにもいない。なにもいない……いるはず、ない)
なんどか深呼吸をくり返し、
意を決して背後を――窓の方を、振り返ります。
「……っ、い、ない」
窓の外。
ガラスを透かしたむこうには、
なに一つ、怪しいものはありません。
ただ、時計塔に巻きついたロープが、
プラプラと風に揺れている、だけ。
「……はぁ」
張っていた肩からホッと力を抜き、
開きっぱなしだったカーテンを思い切りしめました。
気力がもったのはそこまでで、私はそのまま、
ズルズルとベランダを背にしてガラス戸にもたれて座り込みました。
(ほんと、なんだったの? ……疲れてた、だけ?)
すっかり冴えてしまった頭の側頭部をもみつつ、肺の奥から息をはきだします。
このままでは眠れそうもないし、気分でも変えようと、
テーブルの上のテレビのリモコンに触れると、
ピピピ……
その横に放置されていた携帯電話に、再び通知が。
「…………」
ピカ、と点灯した液晶画面に表示されたメッセージに、
冷たい汗が背中を流れ落ちました。
見知らぬ時計塔アイコンの相手から、すでに二度。
そして今回――また、三度目の。
さっさとブロックしておくべきだった、という後悔はすでに遅く、
端末はチカチカとライトを点滅させています。
「べつに……タチの悪いイタズラ……でしょ」
自分にそう言い聞かせ、どうせまた、空白メッセージのイタズラだろうと、
そうっと画面を開きました。
「……ん?」
空っぽじゃ、ない。
なにか――なにかの画像が、送られてきている。
「なに、ほんとにイタズラ……」
ポン、と。
トークルームを押下した瞬間に目に入った映像に、
「いやッ!!」
携帯を床に叩きつけました。
映っていたのは、黒い物体。
夜。暗い公園内。シンボルマークの時計塔。
その頂上で、ゆらゆらと風にそよぐ首吊り男。
その、顔が――。
「…………っ!!」
私は携帯もリビングもそのままにカバンをひっつかんで家をとびだし、
そのまま友人の家におしかけて、そのまま一夜を明かしました。
ええ……次の日、ですか。
半信半疑、というかまるっきり信じていない友人をむりやり引きずって、
自宅。もといアパートの部屋に帰りました。
部屋はでていった当初のまま。
なにひとつとして、異常はありませんでした。
問題の、送り付けられた画像ですが、
床に転がっていた携帯を友人に確認してもらったところ、
そんなメッセージどころか、時計塔アイコンの相手など、
アプリのどこにも存在していない、と言われてしまいました。
そんな出来ごとの、あった部屋です。
優雅にひとり暮らし、なんて幻想は消え、
私はそそくさと実家に戻り、残る大学四年間も、自宅から通うことになりました。
今思い返すと、あの部屋の家賃が異様に安かったのは、
日当たりが悪いから――だけではきっとなかったのでしょう。
ああ……そのアパート、ですか?
今はもう取り壊されて、立体駐車場になったと聞いています。
理由? さあ……でももしかしたら、
私が退去した以降も……なにか、あったのかもしれませんね。
私の話は以上になります。ありがとうございました。
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