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82.盗聴の罪②(怖さレベル:★★☆)

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いえね……彼女はべつだん、
独り言が多いタイプでもはないんですよ。

でも、音から得られる情報って、案外多くて。

食事、風呂、就寝のタイミング。
好きなテレビ番組、音楽、ネット動画。

無意識で漏らすであろうため息や、ちょっとした愚痴。

まだ数日間しか聞いていなくとも、
まるで彼女の全てを知ったかのような、得も言われぬ満足感。

そんなですから、止めようなんて気にはならず、
その日も新しい彼女を知れるかもしれないと、
ドキドキしながら自宅の通信傍受機器の電源をONにしました。

『……ザッ……ん~……』

と、何やら初めから、小さな唸り声のようなものが聞こえます。

(何を悩んでるんだろう?)

内容を調べて、後日それとなくアドバイスでも
すれば、自分の株も上がるかもしれない。

そんなよこしまな下心を抱き、
聞き取りやすいように受信機の音量を上げました。

『ん~……』

彼女は、相変わらずうんうんと呻くのみで、
特にそれ以上の言葉を漏らしません。

(今日、会社じゃあ普段通りだったけどな……)

事務所での彼女は、いつも通りの明るさで、
思い悩んでいるような素振りはいっさいありませんでした。

ここ数日の盗聴でも、深刻な内容の愚痴もなく、
今回、かなり心の深層に迫るものが聞けるかもしれない、
といよいよボリュームをマックスまで上げた時。

『……ただいまー』

遠くから、ガチャッ、という蝶番の音。
続いてすぐに、朗らかな女性の声が飛び込んできました。

「あ……えっ?」

今まさに聞こえたその声こそ、
私の焦がれている女性その人の声です。

ただいま、と言ったということは、今帰ってきたところなのでしょう。

『はぁ~……女子会、疲れたなぁ』

と呟きつつ、下駄箱で靴でも脱いでいるのか、
ガタガタと木の棚が揺れるような音が聞こえています。

(え……じゃあ、さっきのは……?)

あの『ん~』という悩ましい声。
あれは、彼女本人の声ではなかったのか。

掠れ気味ではありましたが、確かに女性の声で、
機械の誤作動や環境音とは思えない、確かな抑揚も感じられました。

となれば、家族か友人でも来ているのか?

盗聴を初めて一週間、他人が彼女の家にいるのは
初なので、私はウキウキと耳をそばだてました。

『あぁ……もうこんな時間!』

ペタペタとスリッパがフローリングを叩く音と、
彼女の独り言らしき呟きが届きます。

そのまま、彼女はテキパキと荷物を片付けて、
湯沸かし器の音がピコピコと聞こえてきたことから、
いつものルーティンである風呂場へと向かったようでした。

(中の誰かと……一言も交わさないのか?)

そこで、初めて私の心に疑念が生まれました。

もし誰か、遊びに来ているのなら。

それが友人にしろ家族にしろ、
挨拶のひとつでもかけるのが普通ではないでしょうか。

『…………』

傍受機器からは、遠く浴室から漏れ聞こえる水音が
かすかに入るばかりで、あの女性らしき声は聞こえてきません。

(……空耳、だったのか?)

人の声が聞こえたような気がした、だけ。
もしくは――ただの、幻聴?

こうやって盗聴を毎日の習慣とし始めて、
睡眠時間が極端に短くなっているのは確かです。

「……ちょっと、控えよう、かな」

もう一つ。

考えられる恐ろしい可能性がよぎり、
私は思わず、ブツンッと通信を切断しました。

(いや……ハハ。幽霊なんて……まさか。
 このご時世に……そんな)

暗い個室にかかる暗闇が、しずしずと背中にのしかかってきます。

それを振り払うことも出来ぬまま、私はむしり取るようにイヤホンを外し、
少々乱暴にノートバソコンを閉じました。

きっと、疲労による耳の不調。

そう強く自分に言い聞かせ、私はそれから、
しばやく盗聴するのをやめることにしたのです。



「……え、今日もお休み?」

それは、あの盗聴をやめた日から、
おおよそ一か月が経過した頃のことでした。

ここのところ、梅雨時期に入ったためか体調を崩す社員が多く、
彼女も例にもれず、風邪で数日間の休みをとっていました。

(心配だ……)

なにせ、あの子は一人暮らし。
その上、体調もかんばしくないとなれば、気にもかかるというもの。

同じ部署の女性社員たちが、見舞いに行こうかどうか話し合っている中、
私はあの出来事から封印していた、
例の盗聴器を再び使ってみようか、などと考えていました。

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