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73.マンションでの失踪事件①(怖さレベル:★☆☆)
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(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)
『70代女性 柳さん(仮)』
ああ……あの事件、ご存知なんですか。
住宅街で起こった小さな事件なのに、やはり記者の方というのは
よくリサーチなさっているんですね。
そう……あれは今から十年前、
とある子どもの失踪事件で私が体験した、話です。
私が当時住んでいたのは、それなりに賑わいのあるとある街で、
人口が多いがゆえに、人付き合いが希薄な土地でした。
人の出入りが激しい都会のマンション。
私は夫が他界して、すでに自分も仕事から引退した身分。
田舎暮らしに憧れがないでもなかったけれど、
今更終の棲家を変える気にもなれず、
ほとんど惰性のようにそこに暮らしていました。
そのマンションの下、空きスペースをどうにか
有効活用しようとしたのか、狭い公園がありまして。
三角形の土地の中央に滑り台、空いた隙間に丸く砂場があるという、
ただそれだけの空き地のような場所です。
案外、マンションに住む子どもたちが滑り台をしたり、
どこかへ遊びに行くのに集合場所にしたりして、
夕方頃にはいつも人影がありました。
独り身でロクに趣味もない私にとって、遠く離れた地で
暮らす孫たちを彷彿とさせる彼らの元気な姿を見るのが、
唯一の癒しのようなものであったのです。
「あっ、柳のおばあちゃん!」
その日。スーパーの買い物から帰った夕暮れ時。
その公園の滑り台の上でブラブラと足を揺らしていた少女が、
こちらに気づいて大きく手を振ってきました。
「おや、ミエちゃん。今日はひとりかい?」
その子はこのマンションに二年前に越してきた隣室の子どもで、
年齢はまだ八歳のかわいらしい女の子です。
いくら近所付き合いがほとんどないとはいえ、
隣の部屋であるせいか、唯一この子のうちだけは交流があり、
かつこのミエちゃんが私に非常に懐いてくれていたせいもあり、
よく家に上げたりもしていたのです。
「みんなもう帰っちゃったんだ。……うち、まだ二人とも仕事だし」
プス、と頬を膨らませて俯く彼女。
「一人じゃ寂しいものねぇ」
共働きの世帯は今や珍しくありませんが、
特に彼女のご両親は二人とも役職持ちらしく、
会議やら残業やらで、いつも帰りが遅いようでした。
「うん。……おばあちゃんを待ってたの」
ひょこ、と座っていた滑り台のてっぺんから勢いよく滑り降りて、
私のしわだらけの手のひらをギュッと掴みました。
「ねー、おばあちゃんのうち、行っていい?」
「はいはい、もちろん。ミエちゃんなら大歓迎だよ」
「やった!」
無邪気に飛び跳ねる姿は、本当の孫のように可愛らしくて。
私は最近ようやく覚えたメールで彼女のお母さんに
うちで預かっていることを伝え、いっしょに部屋へと帰りました。
毎回ではありませんでしたが、たまにこうやって、彼女のご両親が遅い時、
私はミエちゃんのことを預かるようになっていたんです。
そして、その翌日のことです。
私はいつものように買い物の帰り道、
半ば無意識にいつもの公園に彼女の姿を捜しました。
(……さすがに今日はもう帰っちゃったかねぇ)
ガラン、と静まり返った空き地には、誰の姿もありません。
彼女を預かるのは毎日ではなかったし、
いつだったか、お母さんが最近はやく帰ってくることが増えたのだと、
楽し気に話していたのはつい数日前。
そろそろお役御免かねぇ、なんてボーっと考えながら、
その公園の脇を通りすがろうとした時です。
ビィイイン
(……あれ?)
踏み出した足に感じる、しびれのような張り。
(まさか……脳?)
まっさに考えたのは脳梗塞。
突如足がしびれるなんて初めての経験です。
思わずザッと一歩後ろに下がれば、
「おや……?」
下げた足を軽く揺らしても、何の不調もありません。
(頭痛もない……手のしびれもない……)
恐る恐る足を再び踏み込んでも、
先ほどのような奇妙なしびれはありません。
(……なんだったのかねぇ)
首を傾げた私の横を、マンションの子どもたちがタタタタッとかけていきます。
その子たちの群れの中にも、やはりミエちゃんの姿はありません。
(せっかくだし、今度精密検査でもしてもらおうかねぇ……)
うーん、と自分の身体の不調に首を傾げつつ、
私はそのまま帰途についたのでした。
『70代女性 柳さん(仮)』
ああ……あの事件、ご存知なんですか。
住宅街で起こった小さな事件なのに、やはり記者の方というのは
よくリサーチなさっているんですね。
そう……あれは今から十年前、
とある子どもの失踪事件で私が体験した、話です。
私が当時住んでいたのは、それなりに賑わいのあるとある街で、
人口が多いがゆえに、人付き合いが希薄な土地でした。
人の出入りが激しい都会のマンション。
私は夫が他界して、すでに自分も仕事から引退した身分。
田舎暮らしに憧れがないでもなかったけれど、
今更終の棲家を変える気にもなれず、
ほとんど惰性のようにそこに暮らしていました。
そのマンションの下、空きスペースをどうにか
有効活用しようとしたのか、狭い公園がありまして。
三角形の土地の中央に滑り台、空いた隙間に丸く砂場があるという、
ただそれだけの空き地のような場所です。
案外、マンションに住む子どもたちが滑り台をしたり、
どこかへ遊びに行くのに集合場所にしたりして、
夕方頃にはいつも人影がありました。
独り身でロクに趣味もない私にとって、遠く離れた地で
暮らす孫たちを彷彿とさせる彼らの元気な姿を見るのが、
唯一の癒しのようなものであったのです。
「あっ、柳のおばあちゃん!」
その日。スーパーの買い物から帰った夕暮れ時。
その公園の滑り台の上でブラブラと足を揺らしていた少女が、
こちらに気づいて大きく手を振ってきました。
「おや、ミエちゃん。今日はひとりかい?」
その子はこのマンションに二年前に越してきた隣室の子どもで、
年齢はまだ八歳のかわいらしい女の子です。
いくら近所付き合いがほとんどないとはいえ、
隣の部屋であるせいか、唯一この子のうちだけは交流があり、
かつこのミエちゃんが私に非常に懐いてくれていたせいもあり、
よく家に上げたりもしていたのです。
「みんなもう帰っちゃったんだ。……うち、まだ二人とも仕事だし」
プス、と頬を膨らませて俯く彼女。
「一人じゃ寂しいものねぇ」
共働きの世帯は今や珍しくありませんが、
特に彼女のご両親は二人とも役職持ちらしく、
会議やら残業やらで、いつも帰りが遅いようでした。
「うん。……おばあちゃんを待ってたの」
ひょこ、と座っていた滑り台のてっぺんから勢いよく滑り降りて、
私のしわだらけの手のひらをギュッと掴みました。
「ねー、おばあちゃんのうち、行っていい?」
「はいはい、もちろん。ミエちゃんなら大歓迎だよ」
「やった!」
無邪気に飛び跳ねる姿は、本当の孫のように可愛らしくて。
私は最近ようやく覚えたメールで彼女のお母さんに
うちで預かっていることを伝え、いっしょに部屋へと帰りました。
毎回ではありませんでしたが、たまにこうやって、彼女のご両親が遅い時、
私はミエちゃんのことを預かるようになっていたんです。
そして、その翌日のことです。
私はいつものように買い物の帰り道、
半ば無意識にいつもの公園に彼女の姿を捜しました。
(……さすがに今日はもう帰っちゃったかねぇ)
ガラン、と静まり返った空き地には、誰の姿もありません。
彼女を預かるのは毎日ではなかったし、
いつだったか、お母さんが最近はやく帰ってくることが増えたのだと、
楽し気に話していたのはつい数日前。
そろそろお役御免かねぇ、なんてボーっと考えながら、
その公園の脇を通りすがろうとした時です。
ビィイイン
(……あれ?)
踏み出した足に感じる、しびれのような張り。
(まさか……脳?)
まっさに考えたのは脳梗塞。
突如足がしびれるなんて初めての経験です。
思わずザッと一歩後ろに下がれば、
「おや……?」
下げた足を軽く揺らしても、何の不調もありません。
(頭痛もない……手のしびれもない……)
恐る恐る足を再び踏み込んでも、
先ほどのような奇妙なしびれはありません。
(……なんだったのかねぇ)
首を傾げた私の横を、マンションの子どもたちがタタタタッとかけていきます。
その子たちの群れの中にも、やはりミエちゃんの姿はありません。
(せっかくだし、今度精密検査でもしてもらおうかねぇ……)
うーん、と自分の身体の不調に首を傾げつつ、
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