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63.側溝の中に潜むモノ①(怖さレベル:★★☆)

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(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)

それは、ある日のことでした。

アスファルトの照り返しも残る、夏本番の帰り道。

陸上部の部活で遅くなった夜の道を、
友人の皆木と自転車で走っていました。

夏のけぶった夜の空気の中、
人通りの少ない道路をポツリポツリと
街灯だけが照らす光景は見慣れたもので、

もうすぐテスト期間に入るからダルいだとか、
部活の誰が先輩と付き合っているだとかそんなたわいもない会話をしつつ、
夜の暗さだけではないどんよりした雲に、
雨に降られたらヤバいなぁと、かなり急ぎ足でペダルを漕いでいました。

「うっわ、いつ降り出してもおかしくねぇなぁ」

友人が空を見上げてしんどそうにつぶやくと同時に、

――ポツッ

「あちゃーっ……ついてねぇ」

ポツポツと降り出した雨は、ほんの合間に大粒の雫となり、
バシャバシャと地面を湿らせ始めました。

「ひえーっ、濡れるーっ!」

友人もおれも無精なモンで、傘はおろか、
合羽すら持参していません。

しみ込んでくる水滴に身を震わせつつ、
一刻も早く帰ろうと、全力で自転車をすっとばしていると。

「……ん?」

道中、いつも通る道端の側溝に何やら人影が見えたのです。

「おい、あれ……じいさんが落っこちてねぇ?」

思わず皆木に声をかければ、彼も気づいたらしく頷きを返してきました。

「ありゃ、ヤベぇよな……助けねぇと」

その側溝は幅も広く、明るいうちでは滅多に落ちぬような存在感ですが、
夜、そしてこの雨ではひどく見辛かったのでしょう。

自分たちのように、傍らに自転車がひっくり返っていて、
落ちたお爺さんらしき人影がパタパタともがいているのが見えました。

「おれ、救急車呼ぶわ!」
「おお。おれは引き上げられるか声かけてみる」

友人が携帯を取り出しているのを横目に、
自転車を壁に立てかけてその人の傍に近づきました。

雨のせいか、妙にその人影は見にくく、
うっすらと黒い霧だかモヤだかが周囲に立ち込めています。

「大丈夫ですかー!?」

雨音に負けぬよう大声を上げながら、
お爺さんに手を振ります。

すると向こうも気づいたらしく、濡れた前髪のせいで口元しか見えないものの、
なにごとがパクパクと喋りながら、こちらに手を振り返してきました。

「こっち、上がれそうですかー!?」

見る限り、水の流れの中に両足が入ってしまっている状況です。

もし、水に体温を奪われて動かせないのであれば、
素人判断でもなかなかに危険な状況とわかりました。

おじいさんは相変わらず何かをもごもごと言っていますが、
雨音にかき消されて一言たりとも聞こえてきません。

「手ぇ貸すんで! つかまって下さい!」

とにかく自力では這いあがれぬようだしと、
軽くジェスチャーを交えて掴まるように指示し、片腕を伸ばしました。

(うっ、冷たっ……!)

ヒタリ、と。

掴まれた手には、凍えるほどに冷えた老人の手の感触。

雨に体温を奪われているとはいえ、
まるで氷のようなその冷たさに、ゾクリと背筋に嫌なものが走りました。

「あ、慌てないで、ゆっくり上がって下さいねー」

いつだか学校で習った救急活動を思い返しつつ、
ぐいっ、とあまり力を込めずにおじいさんを持ち上げようとします。

呻きをもらす老人は、にちゃ、ねちゃ、と
妙にネバついたドロ水から必死に足を上げようともがきます。

「ぐっ……」

やはり、いくら老人とはいえ人一人。

助け出すには学生の身ではキツいかと、
電話にかかり切りになっている友人に助けを求めようと振り返ろうとした時。

グッ、とおじいさんに引っ張られるように身体が傾ぎました。

「うわっ……!?」

全身が一気に引き込まれそうになり、慌てて足を踏ん張ります。

どうして突然、と掴まれた腕の先、老人へと視線を戻せば、
まっ白い濡れた髪で顔が覆われた老人の足の太ももまでが、側溝に沈んでいます。

(さっき、ひざくらいまでだったのに……)

一気に水量が増えたのか、老人の動きも妙に緩慢です。

ひしっとしがみつくように握られたシワだらけの手のひらが、
雨のせいか妙にブヨブヨと水気を帯びていて、少々薄気味悪さすら覚えるほど。

「おじいちゃん、足、上げて!」

必死で指示を出すものの、水かさが増えたせいか、
老人はちっとも自力で身体を上げる様子を見せません。

バシャバシャと打ち付ける雨粒がどんどんと身体の体温を奪っていき、
まばたきするごとに目に水が入ってきます。

(くそっ……どうしたら……)

なんとかできないかと頭を巡らせている最中、
ふとイヤな考えがよぎりました。
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