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61.廃マネキン工場探索④(怖さレベル:★★☆)

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「……あ、え?」

彼の目は、ふわりと女性から宙に向かい、

「おい、どうした!?」

異変に気付いた金髪が慌てて駆け寄ってくるも、
真っ暗な地下室をハチャメチャに照らすように懐中電灯を振りまわし、
喚き散らします。

「……く、来るなぁ! こっちに来るなぁ!!」
「バカ、どこ行くんだよ!!」

金髪の呼びかける声には一切反応せず、
階段を駆け上がっていってしまいました。

「……い、今のうちっ」
「あ、おいっ!」

と、あっけに取られている金髪と、
泡を吹いて転がっている白髪男の横をすり抜けて、
ボブヘアがロングヘアの女性を起こし、揃って階段の方へ逃亡していきました。

「クソっ……おい、起きろ!」
「が……ひぎっ……」

金髪が転がる男の背を蹴飛ばすも、
白髪は意味をなさぬ言葉を吐くばかりです。

「チッ……サツに通報されちゃ面倒だな」

しぶしぶといった様子で白髪を肩に引っかけ悪態をつきつつ、
地下から逃れようとした男の背に――ボウッ、と白いものが絡みつきました。

(ひ、えっ……)

おれはあまりのおぞましさに、両手で口を覆いました。

「あ?」

金髪の男は違和感を覚えたのでしょう。

くるり、と背後を振り向き――その背にすがる、それを目に入れたのです。

「は……あ?」

黒ずんだ関節。

歪に接合された手足。

のっぺりとデコボコのないつるりとした顔。

そんな古びたマネキン人形が――男の身体に、
クモの捕食を思わせるさまでしがみついていたのです。

「ギャッ、くそ、なんだコイツっ!」

男がそれを振り払おうと全身を揺するものの、
マネキンはまるで微動だにせず、その背にへばりついています。

「ふっざけんな! 気持ち悪ィんだよっ!!」

ベシャッ

男が後ろ足で蹴り飛ばし、
マネキンはライトの届ぬ部屋の奥へすっ飛んでいきました。

「チッ……ビニールシートん中にみんなしまっといたってのに……くそっ」

昏倒した白髪の男は未だ白目をむいたまま、
金髪の男は重い足取りで地下から逃れようと階段へ向かっています。

(あっ……う、わっ)

おそるおそる蹴飛ばされたマネキン人形の方を見やり、即後悔しました。

ギシリ、ギイィ……

人形は、まるで軟体動物であるかのように、
折れた腕や足をウネウネと脈動されていました。

(ばっ、バケモン……!?)

おれは吐き気すら催しつつ、慌てて地上に向かいました。

「……えっ」

そして、そこのあまりの惨状に言葉を失ったのです。

広い工場内。

胴体と手足がバラバラに転がるそこに、
三人の男がうずくまっています。

一人は白髪の男。
地下で倒れた時と同様、白目を晒して、
口元から泡をこぼしながら煤けた地面に伏しています。

もう一人、真っ先に地下を飛び出した緑髪が、
何かに対して謝罪でもするかのように、
身体を折りたたんだ土下座の姿勢で失神でしていました。

そして、あの金髪の男。

彼は半狂乱でなにごとかを喚き散らしながら、
ゴロゴロと床をのたうち回っているのです。

「なっ……な……?」

おれはその現状に言葉を失い、身動きできずに立ち尽くしていると、

キィ、カタン

地下の方から、何者かの足音。

(……ま、さか)

カタン、キィ、ギシッ

キィキィと。

人体の鳴らす音ではない、奇怪な音が徐々に近づいてきています。

ギッ、キィ

一歩ずつ、確実に。

(……う、っ)

振り向いたら、それを直視してしまうかもしれない。

しかし、逃げようにも身体はしびれたかのように硬直して、
かろうじて動かせるのは首と眼球くらいです。

(……み、見たくない。見たら……見たくない、のに)

何故だか、身体は心に逆らって、
ゆっくり、ゆっくりと後ろへ動こうとしています。

必死に首を背けて、その方向を見ないようにするものの、
少しずつ、少しずつ、身体は回転していきます。

(ダメだっ……!)

ギシッ、カタン、キィ

あと少しで、向かい合ってしまう――
そう思い、ギュッと強く両目を閉じた、その瞬間。

「オーイ」
「う、わあぁっ」

突如として耳に吹き込まれた声に、
おれは大声を上げて飛び起きました。

「っ、おいおい……どうしたんだよ」
「あっ……兄貴……?」

目を見開いたおれの視界には、
両耳を押さえてしかめ面をする兄の姿がありました。

「俺の部屋までドンドンって壁を蹴る音してたんだぞ。
 お前……寝てる時めっちゃ暴れてたな」
「あっ……暴れ……?」
「おう。なんかスゲー必死の形相でな。今日のアレで悪夢でも見たか?」

からかい半分、心配半分といった表情の兄に、
ふだんであれば何かしら言い返すのですが、
あの目覚めるまでの夢の内容――マネキン工場での夢が、
まるで現実の出来事かのようにありありと脳内によみがえり、
思わず正直に目を伏せました。

「……悪夢、見た」
「へっ……ホントか?」
「……今日行ったマネキン工場の」

ボソリと呟けば、兄は苦笑いでポン、とこちらの頭を撫でました。

「そーかぁ……悪いコトしたなぁ」
「別に。……所詮夢、だし」

頭に触れる大きな手のひら。

その感触に、強ばっていた身体から緊張が抜け、
おれは大きくため息を吐きました。



翌日。

昨夜の夢――あまりにも生生しく不気味なあれは、
もしかして本当にあったことなのではないか。

一晩たち、おれの中にじわりとにじんだ懸念を消す為に、
SNSのニュース欄や、父の新聞を覗き見したりしたものの、
それらしき記事はありませんでした。

幾日か気にして調べはしたものの、
あんな山奥の廃工場、そうそう訪れる人もいないのか、
未だにそれらしきニュースを目にすることはありません。

かといって、再びあんな思いをした場所に行きたいとも思えず、
結局真偽はわからず終いです。

あれ以降も、兄の廃墟探索に付き合わされていますが、
今では事前に訪問地を必ずチェックしてから行くようにしています。

しかし、それでも、
一度あんなものを見てしまったせいなのか、
奇妙なモノを目にすることは多々ありまして……。

それはまた、おいおいお話させて頂きたいと思います。
今日は聞いて下さってありがとうございました。
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