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58.コテージの蝶々①(怖さレベル:★☆☆)

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(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)
『20代男性 朝倉さん(仮)』

あれは、ほんの悪ふざけみたいなものだったんです。

ほら、百物語ってあるじゃないですか。
蝋燭を立てて、複数人で怪談を語っていくっていう、あれ。

おれが大学生のとき、サークル仲間たちと一緒に、
その百物語をやろうって話になったんですよ。

とはいえ、急にやるんじゃ、
一人でいくつも怖い話をできないだろうっていうことで、
ひと月ほど準備期間を作ることになりまして。

さらに、場所が誰かの部屋だとか、
カラオケボックスとかじゃ味気ないだろうってことで、
わざわざキャンプ場のコテージをレンタルするという徹底ぶり。

怖い話が苦手だというヤツと、
バイトがどうしても外せないヤツらを除いた、
総勢8名による百物語を始めることにしたんです。

開始時刻は夜の十一時から。

とはいえ始める直前まで、
ひと気のないコテージであるのをイイコトに、
飲めや歌えやの大はしゃぎっぷり。

アルコールが入ったほろ酔い状態ということもあり、
皆やたらとハイテンションで、電気を消して懐中電灯の明かりのみにしても、
皆、どこか楽観的というか、あまり恐怖心を感じていない様子でした。

「よーし、じゃ、オレから時計回りな!」

この百物語の言い出しっぺの仲間が、
クルクルと片手を振りまわしながら元気よく宣言しました。

「もし、話が被ったらちゃーんと違う話にしろよ~」

と前置きをしてから、一つ目の怪談を語り始めました。

夏の夜、虫のさえずりや鳥のざわめきのなか、
しずしずと怖い話が綴られていきます。

コツッ、コン。

さすがに百個のロウソクは火事の危険性がある為用意できず、
代用品としてマッチを一本ずつ正の字の形で置き、
数のカウントをとっていきます。

おれは大学に入る前からけっこう怖い話が好きで、
コンビニ雑誌の怖い話のマンガだとか、
ネットのまとめサイトなどの常連であった為、

(あー、これド定番の話だなぁ)

とか、

(お、これ初耳だ。話し方うまいなぁ)

なんて、他の人の話をかなり楽しんで聞いていました。

「じゃ、次。朝倉の番な」
「ういーっす」

五番目であったおれは、やはり気に入っている話をピックアップし、
脳内でかの有名な怪談タレントを意識しながら語り部を始めたのです。

「……で、終わり、です」
「おー、なかなかだったな。……それじゃ、次~」

そして回数は重ねられて行き、二週目が終わると、
だんだんと夜闇の中の雰囲気が重苦しくのしかかってくるようになってきました。

あのギャーギャー騒いでいた皆も、懐中電灯の明かりのみの中、
立て続けにホラーを摂取すると、さすがに恐怖心が湧いてくるようです。

怪談の合間の雑談も少なくなっていき、
いまや、小さな身じろぎの音と、
外から聞こえてくる自然音くらいしか鳴るものはありません。

(……あ、れ?)

そして、いよいよ三週目に突入か、という頃合。

おれは、妙なことに気付きました。
コテージの外、窓枠の向こうにヒラヒラと蝶が何羽か舞っています。

「おい、あれ……なんだろ」

おれが思わず指さすと、何人かはビクッと大げさに反応し、
ハッと揃って同じ方を向きました。

「ッ……なんだよ~、蝶かよ」
「ビビらせんなってー、幽霊かと思ったじゃん」
「ただの虫だろ? 懐中電灯の明かりで吸い寄せられただけだろ」

とまぁ、さんざんな言われようです。

「わ、悪かったって……」

確かに、蝶が飛んでいるというくらいでは、
とても怪異とは思えません。

まだ百物語も二週目が終わったばかり、
なにか異常が起こるとしても、いくら何でも早すぎます。

若干シラケてしまった空気におれは皆に謝って、
一番手の仲間に話を振りました。

「……以上、だな」
「おう、お疲れ。じゃ、次……」

二十、三十、四十……。

だんだんと、皆の声に疲れが見えてきました。

なにせ、一人が十分くらいの話を、
何度も何回も繰り返すのです。

いくら準備期間があったとはいえ、
そんなにながながと朗読する経験なんてそうそうありません。

その上、ただのおしゃべりなどではなく内容がホラーということもあり、
七週目に入った頃、おれは思わず声を上げました。

「あー……ダメだ。一回、ちょっと休憩にしねぇ?」
「ん……いや、ここまで来たらぶっ通しでやろーぜ」

しかし、以外にも仲間の一人から、反対の声が上がりました。

「え、お前疲れてねぇの?」
「そりゃ……まあ、ちょっとは。でも、
 こういうのって間を開けたらよくねぇんじゃねぇの」
「でもさぁ、朝倉の言う通り、十分くらいゆっくりしたって……」

と、他の友人が同意の声を上げようとした時。

「う、わっ!!」

不意に大声を上げて、そいつは立ち上がりました。

「お、オイ、どうしたんだよ」
「大丈夫か、なんかあったのか?」

突然の叫び声に、皆が慌てて彼に声をかければ、

「み、みみ、みんな、あれ……!」

友人は、ガタガタと指を震わせながら、ある一点を指しました。

「わっ……」
「うわ、キモッ……」

様々な悲鳴が、いっせいに湧き上がります。

というのも、おれが初めに蝶を発見した窓辺。

そこに、外側から窓を覆いつくすかのようにびっしりと、
柔らかい腹の部分を見せた蝶々たちが密集していたのです。

「ちょっ……お、おい。あっちの窓も見てみろよ!」

誰かが、反対側に設置されている窓を向いて叫びました。

「うへぇ……」
「あっ、ありえねぇ……」

もはや言葉もなく、皆、しんと静まり返ります。

そちら側も、初めにみた窓と同じく、
羽同士が重なりあうようにして、ギュウギュウと蝶
――いや、今思えば蛾も混ざっていたかもしれません――
が、詰め合わせられていたんです。

「や、ヤベェ、これ……休憩どころか、中止したほうがいいんじゃ」

おれは思わず、皆に懇願するようにつぶやきました。

「えっ……でも、ようやく半分いったところだぜ?」
「確かに……それに、延期するにしたって、またコテージ貸切るのはなぁ……」

しかし、周りは気色悪さこそ感じてはいるようですが、
あまり危機感を持っていないようでした。

「こ、こんな虫とか来るの異常だろ?」
「まぁ……気持ち悪いけど、夏場だし……」

まるでおれだけがまるきり浮いているようで、
何を言っても、曖昧な返事しか返ってきません。

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