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56.吊り橋で出会った子ども②(怖さレベル:★★★)
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あのガソリンスタンドの事件の際、
あの子どもに一番接近したのは、なにを隠そう彼でした。
「ま、まぁ、それは滅多に無いことらしいし……
ともかく、メインは人魂だ。良い写真撮って、テレビ局にでも送りつけよーぜ」
と原は気を取り直すように言い放ちました。
そして、そんなこんな会話をしているうちに、
件の吊り橋の駐車場に到着します。
「おー……夜は雰囲気あるな、やっぱ」
車から降りてすぐ、水島がポツリと呟きました。
けっこうな台数の置ける広い駐車場には、俺達以外の車もなく、
人感センサーの点いている照明が、パッとこちらを照らしています。
当然ながら、この付近には民家もなく、
聞こえるのはざわざわとそよぐ木々の音。
秋に入って最後の輝きをみせるセミの物悲しい鳴き声、
それに、フクロウだかミミズクだかの、鳥の囁きくらいです。
「オイオイ、ここはまだ序の口だぜ?
なにせ、問題はあっちの橋だからな!」
原はまだ全然余裕らしく、いつの間に持参していたのかデジカメを片手に構え、
ズンズンと先へ歩いて行ってしまいます。
「お、おいコラ! 待てって!」
水島がその後を、若干慌て気味に追いかけます。
「ちょっ、お前らどんどん先に行くんじゃねぇ!」
俺はといえば、こんな場所でも一応と、車のカギをきっちりと締め、
焦りつつ二人の後に続きました。
「………ッ………」
(ん?)
二人を追っている時、不意になにかが聞こえました。
不審に思って足を止め、キョロキョロと周囲を確認しても、
背後は誰もいない駐車場、前方は友人二人の背中と、そびえたつ大橋。
横は左側が森で、右側には柵を挟んで急斜面の崖があります。
「……野良犬かなんかか?」
ほんの微かな音であったし、空耳ともとれるほどのかすかな音です。
「おーい、木ノ下! おっせえぞ!」
「早くこっち来いよー!」
オマケに、前方で一足早く橋にたどり着いた二人から、
催促の声がかかりました。
「ハイハイ……」
さっきの謎の音のことはひとまずスルーして、
俺は二人の元へと急ぎました。
「んで……火の玉は?」
吊り橋を前にして、俺は呆れ声を漏らしました。
山と山をつなぐような、その立派な大橋。
全長にして、およそ150mはあろうかというその橋は、
暗い夜の山の中で、月光でボウッと浮かび上がるような荘厳さを宿しています。
しかし。
「人魂……今日はいないみたいだな」
半笑いの水島の言う通り、
原がさんざんはやし立てていた火の玉らしきものが、
姿かたちすら無いのです。
わりと満月に近い月夜でしたから、まったくの暗闇というわけではなく、
照明もあってうっすらと橋の中ほどまで見えるのですが、
火の玉どころか、怪しい光すらもなく、ただただ何もない薄暗闇があるばかり。
「くーっ! 先輩への土産話が……」
原も、デジカメ片手にぐったりとうなだれています。
「せっかくだし、橋だけ渡ってこよーぜ。向こうに公園あるんだろ?」
来て見て終わり、ではあまりにも味気がありません。
夜の公園、というのもなかなかオツなものだし、と提案すれば、
揃って二人は頷きました。
「そーだな。めったにこんな山奥なんて来ねぇし」
「それに、行って帰ってきたら、なんかミョーなモン出てくるかもしれねぇしな!」
まだ撮影を諦めない原に、ある種感心しつつ、
「じゃ、行くぞ。……っつうか、原お前、高所恐怖症は大丈夫なのかよ」
「思い出させんなって……まぁ、下見なきゃ平気だよ」
グッと親指を立てる原に苦笑しつつ、
体重が空中に移る違和感にゴクリと唾を飲み込みました。
「……ッ、……ちょっとこれは」
これだけ立派な橋だと、グラグラ揺れることはありませんが、
それでも男三人で乗ると、わずかに振動が足に伝ってきます。
「怖ぇー……ホラーっつうか、命の危険的な意味で怖ぇえ……」
水島も、若干高所恐怖症のケがあるようで、
真っ暗な橋の下をこわごわと覗きつつ、俺の後ろを付いてきました。
「夜だしなぁ……っていうか、下、マジで真っ暗だな」
「ん、なーんも見えねぇ。昼なら爽やかな感じなんだけどなー」
と水島の言う通り、橋の下は墨汁が満ちているかのような黒がよどんでいます。
風の音の反響なのか、下からは木々のざわめきとはちがう、
くすぶるような低音が響いてきて、より恐怖感を煽ってきます。
「……原、来てなくね?」
スタート地点から半分ほど進んだところで、
ふと水島が原の姿がないことに気づきました。
「おーい、原?」
揃って振り返って様子を見ると、奴は橋の初めの方で、
進んだり戻ったりをひたすら繰り返していました。
「おーい。大丈夫かー?」
「だ……ダメかもしんねぇ……いや、無理だ。これ以上は進めん……」
やはり、本格的な高所恐怖症の原にとって、
この吊り橋は鬼門であったようでした。
「ったく、しょーがねぇなぁ」
これでは向こうの公園に行くなど、とても無理な話です。
とはいえ、あいつをあの場に放置しておくわけにもいきません。
「水島、仕方ねぇから帰ろうぜ」
と、傍らにいた友人に声をかけるも、返答がありません。
「オーイ……?」
彼の方を見やれば、俺の背後、
ちょうど橋の反対側の方へ視線を向けたまま、なにやら硬直しているのです。
「……オイ?」
両目をかっぴらき、口を半開きしたその姿。
橋の欄干にかけた手をガタガタと震わせるその様子は、どう見ても異常でした。
俺が、後ろを振り向くべきか躊躇していると、水島は小さく唇を動かしました。
「……だれか、いる」
だれかが、いる?
俺はなぜか、その台詞に反射的に振り返ってしまいました。
「な、っ……?」
向こう側、橋の先。
うすく闇がくすぶっているその場所に、小柄な影が存在しています。
「こんばんは」
と。
その影は、遠く離れた俺たちに向けて、
声をかけてきたのです。
まだ声変わりすらしていないような、幼い声。
「え……な……」
隣の水島にもその声は聞こえたらしく、奴はガチガチと奥歯を鳴らしています。
真夜中。
ろくに人もいないこんな山中で、子ども?
「こんばんは」
静かな山中。
その声は、なんの遮るものもないこちらに、まっすぐに届きます。
>>
あの子どもに一番接近したのは、なにを隠そう彼でした。
「ま、まぁ、それは滅多に無いことらしいし……
ともかく、メインは人魂だ。良い写真撮って、テレビ局にでも送りつけよーぜ」
と原は気を取り直すように言い放ちました。
そして、そんなこんな会話をしているうちに、
件の吊り橋の駐車場に到着します。
「おー……夜は雰囲気あるな、やっぱ」
車から降りてすぐ、水島がポツリと呟きました。
けっこうな台数の置ける広い駐車場には、俺達以外の車もなく、
人感センサーの点いている照明が、パッとこちらを照らしています。
当然ながら、この付近には民家もなく、
聞こえるのはざわざわとそよぐ木々の音。
秋に入って最後の輝きをみせるセミの物悲しい鳴き声、
それに、フクロウだかミミズクだかの、鳥の囁きくらいです。
「オイオイ、ここはまだ序の口だぜ?
なにせ、問題はあっちの橋だからな!」
原はまだ全然余裕らしく、いつの間に持参していたのかデジカメを片手に構え、
ズンズンと先へ歩いて行ってしまいます。
「お、おいコラ! 待てって!」
水島がその後を、若干慌て気味に追いかけます。
「ちょっ、お前らどんどん先に行くんじゃねぇ!」
俺はといえば、こんな場所でも一応と、車のカギをきっちりと締め、
焦りつつ二人の後に続きました。
「………ッ………」
(ん?)
二人を追っている時、不意になにかが聞こえました。
不審に思って足を止め、キョロキョロと周囲を確認しても、
背後は誰もいない駐車場、前方は友人二人の背中と、そびえたつ大橋。
横は左側が森で、右側には柵を挟んで急斜面の崖があります。
「……野良犬かなんかか?」
ほんの微かな音であったし、空耳ともとれるほどのかすかな音です。
「おーい、木ノ下! おっせえぞ!」
「早くこっち来いよー!」
オマケに、前方で一足早く橋にたどり着いた二人から、
催促の声がかかりました。
「ハイハイ……」
さっきの謎の音のことはひとまずスルーして、
俺は二人の元へと急ぎました。
「んで……火の玉は?」
吊り橋を前にして、俺は呆れ声を漏らしました。
山と山をつなぐような、その立派な大橋。
全長にして、およそ150mはあろうかというその橋は、
暗い夜の山の中で、月光でボウッと浮かび上がるような荘厳さを宿しています。
しかし。
「人魂……今日はいないみたいだな」
半笑いの水島の言う通り、
原がさんざんはやし立てていた火の玉らしきものが、
姿かたちすら無いのです。
わりと満月に近い月夜でしたから、まったくの暗闇というわけではなく、
照明もあってうっすらと橋の中ほどまで見えるのですが、
火の玉どころか、怪しい光すらもなく、ただただ何もない薄暗闇があるばかり。
「くーっ! 先輩への土産話が……」
原も、デジカメ片手にぐったりとうなだれています。
「せっかくだし、橋だけ渡ってこよーぜ。向こうに公園あるんだろ?」
来て見て終わり、ではあまりにも味気がありません。
夜の公園、というのもなかなかオツなものだし、と提案すれば、
揃って二人は頷きました。
「そーだな。めったにこんな山奥なんて来ねぇし」
「それに、行って帰ってきたら、なんかミョーなモン出てくるかもしれねぇしな!」
まだ撮影を諦めない原に、ある種感心しつつ、
「じゃ、行くぞ。……っつうか、原お前、高所恐怖症は大丈夫なのかよ」
「思い出させんなって……まぁ、下見なきゃ平気だよ」
グッと親指を立てる原に苦笑しつつ、
体重が空中に移る違和感にゴクリと唾を飲み込みました。
「……ッ、……ちょっとこれは」
これだけ立派な橋だと、グラグラ揺れることはありませんが、
それでも男三人で乗ると、わずかに振動が足に伝ってきます。
「怖ぇー……ホラーっつうか、命の危険的な意味で怖ぇえ……」
水島も、若干高所恐怖症のケがあるようで、
真っ暗な橋の下をこわごわと覗きつつ、俺の後ろを付いてきました。
「夜だしなぁ……っていうか、下、マジで真っ暗だな」
「ん、なーんも見えねぇ。昼なら爽やかな感じなんだけどなー」
と水島の言う通り、橋の下は墨汁が満ちているかのような黒がよどんでいます。
風の音の反響なのか、下からは木々のざわめきとはちがう、
くすぶるような低音が響いてきて、より恐怖感を煽ってきます。
「……原、来てなくね?」
スタート地点から半分ほど進んだところで、
ふと水島が原の姿がないことに気づきました。
「おーい、原?」
揃って振り返って様子を見ると、奴は橋の初めの方で、
進んだり戻ったりをひたすら繰り返していました。
「おーい。大丈夫かー?」
「だ……ダメかもしんねぇ……いや、無理だ。これ以上は進めん……」
やはり、本格的な高所恐怖症の原にとって、
この吊り橋は鬼門であったようでした。
「ったく、しょーがねぇなぁ」
これでは向こうの公園に行くなど、とても無理な話です。
とはいえ、あいつをあの場に放置しておくわけにもいきません。
「水島、仕方ねぇから帰ろうぜ」
と、傍らにいた友人に声をかけるも、返答がありません。
「オーイ……?」
彼の方を見やれば、俺の背後、
ちょうど橋の反対側の方へ視線を向けたまま、なにやら硬直しているのです。
「……オイ?」
両目をかっぴらき、口を半開きしたその姿。
橋の欄干にかけた手をガタガタと震わせるその様子は、どう見ても異常でした。
俺が、後ろを振り向くべきか躊躇していると、水島は小さく唇を動かしました。
「……だれか、いる」
だれかが、いる?
俺はなぜか、その台詞に反射的に振り返ってしまいました。
「な、っ……?」
向こう側、橋の先。
うすく闇がくすぶっているその場所に、小柄な影が存在しています。
「こんばんは」
と。
その影は、遠く離れた俺たちに向けて、
声をかけてきたのです。
まだ声変わりすらしていないような、幼い声。
「え……な……」
隣の水島にもその声は聞こえたらしく、奴はガチガチと奥歯を鳴らしています。
真夜中。
ろくに人もいないこんな山中で、子ども?
「こんばんは」
静かな山中。
その声は、なんの遮るものもないこちらに、まっすぐに届きます。
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