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55.東屋のマネキン①(怖さレベル:★★★)
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(怖さレベル:★★★:旧2ch 洒落怖くらいの話)
森林浴、ってよく耳にしませんか?
なんでも、世界的にみても日本人というのは、
森林浴が好きな傾向にあるんだそうですよ。
自然の中で過ごすというのは、マッサージやカラオケなどに
負けないストレス発散の効果があるそうで、ストレス過多な現代社会。
皆、癒しを求めているのかもしれませんね。
……と、話が脱線してしまいました。
私は前述した通り、森林浴――。
というか、散歩が趣味でして。
特に、人の少ない、早朝散歩が好きでねぇ。
うちの地元は山ばかりで、自然公園が規模の小さなものから、
県で管理しているような面積の広い公園まであちこちにあって、
休みの日などは気ままに車を走らせて、
夜と朝の混ざる特別な空気を味わったもんです。
そんな、ある日のことです。
私が、あんな目に遭ったのは。
その日、朝の四時。
私はいつものように県内のとある名山の中腹にある、
自然公園を訪れていました。
季節は四月の中旬。
ほどよく涼しく、わずかに桜の残る、一番良い季節です。
二十四時間開放されている、イノシシ注意の看板のある広い駐車場に車を停め、
私はいつも通りに万歩計と飲料水をウエストポーチに収め、
懐中電灯を片手に公園へと突入しました。
「……少し寒いな」
暖かくなってきた時期とはいえ、まだ日も昇らぬ時間帯。
上着を羽織ってはいるものの、吹く風がヒヤリと首元を冷やします。
バサバサバサッ
薄暗闇の中。
活動を始めた鳥たちが、懐中電灯の明かりに驚いて飛び去って行きます。
ザッ、ザッと自分の足音が山のざわめきに混ざって、暗い夜道に一人きり。
これが、雑踏の中でもみくちゃにされる日常とは
かけ離れた特別感を感じさせてくれるのです。
ザッ、ザッ
星明りがほのかに差し込む、
自然公園とは名ばかりの山道をゆうゆうと歩いていると、
途中、休憩用に建てられている東屋に差し掛かりました。
(……ん?)
ふだんであれば、ただ素通りするその東屋。
しかし今回、ふと目を止めたのは、
何やらそこに人影が見えたからです。
(こんな時間に……?)
自分のことを棚に上げ、私は警戒しつつ足を速めました。
なにせ、今までこの早朝散歩で人とすれ違うことなどほぼほぼなく、
同時の可能性もゼロではありませんが、
自殺志願者やホームレスの場合、関わり合いになると厄介です。
(微動だにしないな……)
距離はだいぶ近づきましたが、向こうはこちらに気づいていないのか、
完全にノーリアクションを貫いています。
東屋のベンチにもたれている様は、どうやら女性の姿に見えます。
(まさか……死んでるんじゃ)
一瞬、嫌な想像が脳裏をよぎります。
そこに佇む人影は、長い髪を風に揺らすのみで、まったく動く様子を見せません。
自殺、事件、事故。
頭の中をぐるぐると不穏な単語が巡ります。
放っておいてしまおうか、と悪魔が囁きましたが、
もしそうした場合、この人が本当に死んでいたら、
逆に私自身が疑われてしまうかもしれません。
私はぐっと恐怖を噛み殺し、携帯を取り出そうとして、
「あっ……」
それを車の中に放置していたことに気付きました。
「う……」
私は前方を見つめ、少し逡巡しました。
このままここでマゴついていても仕方ありません。
私はジリジリと後退し、慌てて駐車場にとって返しました。
私はこのままなにごとも無かったことにして帰りたい欲求を抑え、
携帯を握りしめて再びあの東屋のそばまで戻りました。
「……あ、れ?」
人影が、消えています。
遠目に眺めるも、ベンチに腰掛けていた姿が見えないように思います。
「……よ、良かった……」
おそらく、私がバタバタと駆けていった物音に気付いて、
きっとどこかへ移動したのでしょう。
私はホッとしたような、どこか疲れたような気分で、
今日はもう散歩は中止しようと身を翻した、その時です。
ビュオッ
「うわっ」
ひときわ強い突風が吹き付けたかと思うと、
ガタガタガタンッ
東屋の方角から、ものすごい音が響いてきました。
「な、なんだ!?」
異様な音に思わず振り返れば、
「う、えっ?!」
東屋のベンチの上、人影が倒れているのが見えました。
それも、どうも五体満足の状態ではなく、
手、足、胴体が寸断された、バラバラの状態で――。
「い、っ!?」
私は足裏からしびれが湧き上がり、
一歩も動けなくなってしまいました。
さっきの、女性?
こんな僅かな間に、身体が切断されたのだとしたら、
それを行った犯人も、きっとどこかに――。
と。
ピチチチ……
小鳥のさえずりと、ともに。
「……あ?」
朝日が、差し込んできました。
暗がりが、ダイアモンドの光を浴びて、
パアっと空が黒から白へと色を変えていきます。
東屋の内部も、その陽光によって鮮やかに照らし出され――
あっさりと、その正体が明らかとなったのです。
「にっ……人形……?」
そう、それは、
バラバラに崩れた、マネキンの身体であったのです。
「な……なんだ……」
恐ろしい想像が現実とならなかったことに、
私は心底脱力して、力の抜けた手で額を押さえました。
ベンチの上に散らばる四肢、それに頭部。
近づいてよくよく見れば、その人形は
よく女性ものの服売り場で目にするようなのっぺらぼうのタイプで、
洋服こそ着用しているものの、
ずいぶん長く放置されているようなボロボロ具合です。
指先など、五本あるはずのうちのひとつが欠けている上、
あちらこちらに砂が付着していました。
「……イタズラ、か?」
なんとも悪質な蛮行です。
いや、もしかしたら、不法投棄といった方が正しいのかもしれません。
夜の闇の中では人と間違っても仕方ないくらいに精巧な造りをしています。
「やれやれ……」
すっかり散歩の気分も削がれてしまいました。
このまま再び再開するのも難だし、今日はもうこのまま帰ってしまおうと、
明るくなって不要となった懐中電灯、それに携帯をしまい、その東屋に背を向けました。
>>
森林浴、ってよく耳にしませんか?
なんでも、世界的にみても日本人というのは、
森林浴が好きな傾向にあるんだそうですよ。
自然の中で過ごすというのは、マッサージやカラオケなどに
負けないストレス発散の効果があるそうで、ストレス過多な現代社会。
皆、癒しを求めているのかもしれませんね。
……と、話が脱線してしまいました。
私は前述した通り、森林浴――。
というか、散歩が趣味でして。
特に、人の少ない、早朝散歩が好きでねぇ。
うちの地元は山ばかりで、自然公園が規模の小さなものから、
県で管理しているような面積の広い公園まであちこちにあって、
休みの日などは気ままに車を走らせて、
夜と朝の混ざる特別な空気を味わったもんです。
そんな、ある日のことです。
私が、あんな目に遭ったのは。
その日、朝の四時。
私はいつものように県内のとある名山の中腹にある、
自然公園を訪れていました。
季節は四月の中旬。
ほどよく涼しく、わずかに桜の残る、一番良い季節です。
二十四時間開放されている、イノシシ注意の看板のある広い駐車場に車を停め、
私はいつも通りに万歩計と飲料水をウエストポーチに収め、
懐中電灯を片手に公園へと突入しました。
「……少し寒いな」
暖かくなってきた時期とはいえ、まだ日も昇らぬ時間帯。
上着を羽織ってはいるものの、吹く風がヒヤリと首元を冷やします。
バサバサバサッ
薄暗闇の中。
活動を始めた鳥たちが、懐中電灯の明かりに驚いて飛び去って行きます。
ザッ、ザッと自分の足音が山のざわめきに混ざって、暗い夜道に一人きり。
これが、雑踏の中でもみくちゃにされる日常とは
かけ離れた特別感を感じさせてくれるのです。
ザッ、ザッ
星明りがほのかに差し込む、
自然公園とは名ばかりの山道をゆうゆうと歩いていると、
途中、休憩用に建てられている東屋に差し掛かりました。
(……ん?)
ふだんであれば、ただ素通りするその東屋。
しかし今回、ふと目を止めたのは、
何やらそこに人影が見えたからです。
(こんな時間に……?)
自分のことを棚に上げ、私は警戒しつつ足を速めました。
なにせ、今までこの早朝散歩で人とすれ違うことなどほぼほぼなく、
同時の可能性もゼロではありませんが、
自殺志願者やホームレスの場合、関わり合いになると厄介です。
(微動だにしないな……)
距離はだいぶ近づきましたが、向こうはこちらに気づいていないのか、
完全にノーリアクションを貫いています。
東屋のベンチにもたれている様は、どうやら女性の姿に見えます。
(まさか……死んでるんじゃ)
一瞬、嫌な想像が脳裏をよぎります。
そこに佇む人影は、長い髪を風に揺らすのみで、まったく動く様子を見せません。
自殺、事件、事故。
頭の中をぐるぐると不穏な単語が巡ります。
放っておいてしまおうか、と悪魔が囁きましたが、
もしそうした場合、この人が本当に死んでいたら、
逆に私自身が疑われてしまうかもしれません。
私はぐっと恐怖を噛み殺し、携帯を取り出そうとして、
「あっ……」
それを車の中に放置していたことに気付きました。
「う……」
私は前方を見つめ、少し逡巡しました。
このままここでマゴついていても仕方ありません。
私はジリジリと後退し、慌てて駐車場にとって返しました。
私はこのままなにごとも無かったことにして帰りたい欲求を抑え、
携帯を握りしめて再びあの東屋のそばまで戻りました。
「……あ、れ?」
人影が、消えています。
遠目に眺めるも、ベンチに腰掛けていた姿が見えないように思います。
「……よ、良かった……」
おそらく、私がバタバタと駆けていった物音に気付いて、
きっとどこかへ移動したのでしょう。
私はホッとしたような、どこか疲れたような気分で、
今日はもう散歩は中止しようと身を翻した、その時です。
ビュオッ
「うわっ」
ひときわ強い突風が吹き付けたかと思うと、
ガタガタガタンッ
東屋の方角から、ものすごい音が響いてきました。
「な、なんだ!?」
異様な音に思わず振り返れば、
「う、えっ?!」
東屋のベンチの上、人影が倒れているのが見えました。
それも、どうも五体満足の状態ではなく、
手、足、胴体が寸断された、バラバラの状態で――。
「い、っ!?」
私は足裏からしびれが湧き上がり、
一歩も動けなくなってしまいました。
さっきの、女性?
こんな僅かな間に、身体が切断されたのだとしたら、
それを行った犯人も、きっとどこかに――。
と。
ピチチチ……
小鳥のさえずりと、ともに。
「……あ?」
朝日が、差し込んできました。
暗がりが、ダイアモンドの光を浴びて、
パアっと空が黒から白へと色を変えていきます。
東屋の内部も、その陽光によって鮮やかに照らし出され――
あっさりと、その正体が明らかとなったのです。
「にっ……人形……?」
そう、それは、
バラバラに崩れた、マネキンの身体であったのです。
「な……なんだ……」
恐ろしい想像が現実とならなかったことに、
私は心底脱力して、力の抜けた手で額を押さえました。
ベンチの上に散らばる四肢、それに頭部。
近づいてよくよく見れば、その人形は
よく女性ものの服売り場で目にするようなのっぺらぼうのタイプで、
洋服こそ着用しているものの、
ずいぶん長く放置されているようなボロボロ具合です。
指先など、五本あるはずのうちのひとつが欠けている上、
あちらこちらに砂が付着していました。
「……イタズラ、か?」
なんとも悪質な蛮行です。
いや、もしかしたら、不法投棄といった方が正しいのかもしれません。
夜の闇の中では人と間違っても仕方ないくらいに精巧な造りをしています。
「やれやれ……」
すっかり散歩の気分も削がれてしまいました。
このまま再び再開するのも難だし、今日はもうこのまま帰ってしまおうと、
明るくなって不要となった懐中電灯、それに携帯をしまい、その東屋に背を向けました。
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