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41.病室で起きた怪異②(怖さレベル:★☆☆)
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ガラッ
「ごめんね、石川さん。待たせちゃったー」
夜でもなお元気な声と共に、
見知った看護師さんが爽やかに入ってきたのです。
「えっ?」
あたしは、今入ってきた看護師さんと、
先に部屋に入ってきた不気味な看護師さんの二人を見比べて、
呆然と間抜けな声を上げました。
「ん、あれ? ……あなたは」
彼女が、目前で子どもに抱きつかれている看護師の恰好をした人物に
不審なまなざしを向けた瞬間、
「わっ……!」
ドン! と勢いよくその看護師さんを突き飛ばし、
その女は病室から逃げ去っていったのです。
――子どもに、しがみつかれたまま。
「ッ、痛っ……え、今の人、なに?」
尻もちをついた看護師さんを前に、あたしは慌てて叫びました。
「ふ、不審者です!」
「え……う、ウソッ!?」
そして、それはもの凄い大騒ぎになりました。
例のあの女性、アレはやっぱり偽物の看護師で――
完全なる不法侵入者であったのです。
「もー、まさか、だったよねぇ」
ひと騒動おさまってから病室を訪れた看護師さんは、
疲れた顔で苦笑しました。
「怖かったでしょ? ごめんね、うちの警備の人が間違って
通しちゃったみたいで……無事捕まったから安心してね」
彼女の話した通り、例の人は病棟内を走っているところをすぐに確保され、
それ以上の何かが起きることはありませんでした。
どうやら、ちょっと頭のおかしな人だったようで、
近所に両親と共に住んでいたものの、
夜中にこっそり抜け出して徘徊していたそうです。
警備の人も看護師服を着用していたせいで外部の人とは思わず、
病棟内に入り込んでしまったようでした。
「ホント、びっくりして……まさか、
ナースコールを押したら偽物が来るなんて」
「そうだよねぇ……ああ、そうだ!
あたしが来たのは、石川さんに聞きたいことがあったんだよ」
「聞きたいこと、ですか?」
私がキョトン、と首を傾げると、彼女は小さく頷いて、
「ほら、ナースコールで子どもが……って言ってたでしょ?
それについてちょっと……ね」
「……え?」
子どもは、あの逃亡した女がくっつけていたはず。
あの後、警備員にすぐに確保されたと聞いていたので、
てっきり一緒に保護されたものだと思っていたのですが。
「えっと……確か、あの女の人にしがみついてた、って言ってたじゃない?」
「ええ……確かに。まさか、どっかいなくなっちゃったんですか!?」
不審者にくっついていってしまった時点で大問題だというのに、
その上、行方不明になったというのであれば大変です。
私がワタワタと慌て始めたのに反して、
意外にも看護師さんは冷静に答えました。
「……ええ、ただ……ね。
一つ……ちょっと気にかかるコトがあってね……」
「えっ……気にかかる、コト?」
「……その子、どんな外見だった?」
神妙な顔つきで尋ねてくる彼女に、
私は少々圧倒されつつ、記憶を振り返りながら、
「え、えぇと……5才くらいで、
クマを持ってて……あ、イルカの絵柄のパジャマみたいな服を着てました」
「……そうよね。あと、やたらママ、ママって言ってなかった?」
「え……ど、どうしてわかるんですか?」
まるで、その子どもを見ていたかのような態度に、
私が不信感満載で尋ねれば、
看護師さんは一瞬ためらいを見せた後、小声でつぶやきました。
「……石川さん、落ち着いてきいてね。
その子……たぶん、生きてる子じゃないの」
「はっ……?」
「うちの病院で、よく……その、迷っている子なのよ。
患者さんのトコに現れてね……いつの間にか消えてるの」
「え……い、いやいや、そんな、まさか」
彼女の言葉を信じられず、あたしは狼狽しました。
だって、あんなにはっきり、
幽霊って見えるものなのでしょうか?
足もあったし、透けてもいなかたったし、
何より、あの不審者だって、その子どもに近づいていましたし。
「確かよ。だって、うちの病棟内にそんな患者さんはいないし……
面会時間だってとっくに過ぎてるでしょ。
こんな夜半に、子どもが院内をうろついてるわけないわ」
「え……あ……」
言われてみれば、
付き添いの家族がそんな幼い子どもを放っておいているわけがないし、
ここは病院の四階で、うっかり外から入ってきてしまったとしても、
ここまで幼い子どもが一人でたどり着けるはずもありません。
「病室……大部屋に変えるように言っておこうか?」
「……お願い、します」
苦笑いの彼女に、かすれ声で頭を下げつつ、
あの子どものことを思い返しました。
床に引きずられていたクマのぬいぐるみ。
目に涙をいっぱいに溜めた表情。
何度も母を呼び続ける幼い声。
どれもこれもリアルで、
ホラー映画のような恐怖などいっさい感じませんでした。
「まぁ……あんまり気にしないでね。ここ……病院、だし」
と、あきらめたような笑みを浮かべた看護師さんに頷いて、
あたしは大人しくベッドに横になりました。
その後、あたしは無事に退院し――
今は、何事もなく毎日を生きています。
あの当時、あんなコトを言われたものの、
どうにも心から信じることができなくて、
病棟内の行ける範囲をさんざん探し回ったりしましたが、
ついぞあの子どもを見つけることはできませんでした。
あの夜、現れた彼は、
いったい何のために現れたのでしょう?
幽霊と聞いて想像するようなおぞましさや、
恨めしさなんて感じなかったし、
ただ、ママに会いたいだけの幼子にしか思えませんでした。
あの子はきっと今でも、
あの病棟内をさ迷っているのでしょう。
それは、あの看護師さんの言葉を借りるのであれば、
”しょうがない”ことなのでしょうか。
あの夜、声を上げて母を呼ぶあの子のことを思うと、
今でもギュッと胸が痛くなるのです。
「ごめんね、石川さん。待たせちゃったー」
夜でもなお元気な声と共に、
見知った看護師さんが爽やかに入ってきたのです。
「えっ?」
あたしは、今入ってきた看護師さんと、
先に部屋に入ってきた不気味な看護師さんの二人を見比べて、
呆然と間抜けな声を上げました。
「ん、あれ? ……あなたは」
彼女が、目前で子どもに抱きつかれている看護師の恰好をした人物に
不審なまなざしを向けた瞬間、
「わっ……!」
ドン! と勢いよくその看護師さんを突き飛ばし、
その女は病室から逃げ去っていったのです。
――子どもに、しがみつかれたまま。
「ッ、痛っ……え、今の人、なに?」
尻もちをついた看護師さんを前に、あたしは慌てて叫びました。
「ふ、不審者です!」
「え……う、ウソッ!?」
そして、それはもの凄い大騒ぎになりました。
例のあの女性、アレはやっぱり偽物の看護師で――
完全なる不法侵入者であったのです。
「もー、まさか、だったよねぇ」
ひと騒動おさまってから病室を訪れた看護師さんは、
疲れた顔で苦笑しました。
「怖かったでしょ? ごめんね、うちの警備の人が間違って
通しちゃったみたいで……無事捕まったから安心してね」
彼女の話した通り、例の人は病棟内を走っているところをすぐに確保され、
それ以上の何かが起きることはありませんでした。
どうやら、ちょっと頭のおかしな人だったようで、
近所に両親と共に住んでいたものの、
夜中にこっそり抜け出して徘徊していたそうです。
警備の人も看護師服を着用していたせいで外部の人とは思わず、
病棟内に入り込んでしまったようでした。
「ホント、びっくりして……まさか、
ナースコールを押したら偽物が来るなんて」
「そうだよねぇ……ああ、そうだ!
あたしが来たのは、石川さんに聞きたいことがあったんだよ」
「聞きたいこと、ですか?」
私がキョトン、と首を傾げると、彼女は小さく頷いて、
「ほら、ナースコールで子どもが……って言ってたでしょ?
それについてちょっと……ね」
「……え?」
子どもは、あの逃亡した女がくっつけていたはず。
あの後、警備員にすぐに確保されたと聞いていたので、
てっきり一緒に保護されたものだと思っていたのですが。
「えっと……確か、あの女の人にしがみついてた、って言ってたじゃない?」
「ええ……確かに。まさか、どっかいなくなっちゃったんですか!?」
不審者にくっついていってしまった時点で大問題だというのに、
その上、行方不明になったというのであれば大変です。
私がワタワタと慌て始めたのに反して、
意外にも看護師さんは冷静に答えました。
「……ええ、ただ……ね。
一つ……ちょっと気にかかるコトがあってね……」
「えっ……気にかかる、コト?」
「……その子、どんな外見だった?」
神妙な顔つきで尋ねてくる彼女に、
私は少々圧倒されつつ、記憶を振り返りながら、
「え、えぇと……5才くらいで、
クマを持ってて……あ、イルカの絵柄のパジャマみたいな服を着てました」
「……そうよね。あと、やたらママ、ママって言ってなかった?」
「え……ど、どうしてわかるんですか?」
まるで、その子どもを見ていたかのような態度に、
私が不信感満載で尋ねれば、
看護師さんは一瞬ためらいを見せた後、小声でつぶやきました。
「……石川さん、落ち着いてきいてね。
その子……たぶん、生きてる子じゃないの」
「はっ……?」
「うちの病院で、よく……その、迷っている子なのよ。
患者さんのトコに現れてね……いつの間にか消えてるの」
「え……い、いやいや、そんな、まさか」
彼女の言葉を信じられず、あたしは狼狽しました。
だって、あんなにはっきり、
幽霊って見えるものなのでしょうか?
足もあったし、透けてもいなかたったし、
何より、あの不審者だって、その子どもに近づいていましたし。
「確かよ。だって、うちの病棟内にそんな患者さんはいないし……
面会時間だってとっくに過ぎてるでしょ。
こんな夜半に、子どもが院内をうろついてるわけないわ」
「え……あ……」
言われてみれば、
付き添いの家族がそんな幼い子どもを放っておいているわけがないし、
ここは病院の四階で、うっかり外から入ってきてしまったとしても、
ここまで幼い子どもが一人でたどり着けるはずもありません。
「病室……大部屋に変えるように言っておこうか?」
「……お願い、します」
苦笑いの彼女に、かすれ声で頭を下げつつ、
あの子どものことを思い返しました。
床に引きずられていたクマのぬいぐるみ。
目に涙をいっぱいに溜めた表情。
何度も母を呼び続ける幼い声。
どれもこれもリアルで、
ホラー映画のような恐怖などいっさい感じませんでした。
「まぁ……あんまり気にしないでね。ここ……病院、だし」
と、あきらめたような笑みを浮かべた看護師さんに頷いて、
あたしは大人しくベッドに横になりました。
その後、あたしは無事に退院し――
今は、何事もなく毎日を生きています。
あの当時、あんなコトを言われたものの、
どうにも心から信じることができなくて、
病棟内の行ける範囲をさんざん探し回ったりしましたが、
ついぞあの子どもを見つけることはできませんでした。
あの夜、現れた彼は、
いったい何のために現れたのでしょう?
幽霊と聞いて想像するようなおぞましさや、
恨めしさなんて感じなかったし、
ただ、ママに会いたいだけの幼子にしか思えませんでした。
あの子はきっと今でも、
あの病棟内をさ迷っているのでしょう。
それは、あの看護師さんの言葉を借りるのであれば、
”しょうがない”ことなのでしょうか。
あの夜、声を上げて母を呼ぶあの子のことを思うと、
今でもギュッと胸が痛くなるのです。
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