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32.屋根裏部屋の不思議な小箱③(怖さレベル:★☆☆)

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「? あれ、降りないの?」

しかし、普段であれば軽々と部屋に戻っていく彼が、
下を見たままピタリと動きを止めているのです。

「……か、片岡。な……なぁ、
 下、ちょっと見てくれねぇか」

弱弱しい声と共にこちらを見上げた彼の、
いつにもない怯えを滲ませた表情に、
とたんに緊張が走りました。

「え……なに? なにか見えるの」
「……おれ、目がおかしくなったんかもしんねぇ。
 妙なモンが見えてさ……ちょっと、代わりに確かめてくれよ」

ズリズリと後ずさる彼に、
オレもゴクリと唾を飲み込み、そっと下――
彼の部屋の中を覗き込みました。

「……う、え」

喉が奇妙な音を鳴らしました。

眼下に見えたモノ。

それは、彼の部屋の中央に鎮座する、
一人の男の姿です。

「だっ……だれ、あれ……?」
「わ、わかんねぇ……わかんねぇよ……!!」

すがりつくようにコースケ君に問いかけるも、
彼もブンブンと首を横に振ります。

「こ、コースケ君ちの人じゃないの……?」
「ち、ちげーよ! 父さんじゃねぇし、
 親戚連中だって来るなんて聞いてねぇし……
 第一、あんな服、今着ねぇだろうがっ」

目を逸らすように叫ぶ彼は、
その強気な言葉と裏腹にブルブルと全身を震わせています。

よくわからぬ黒い着物のようなものに身を包み、
きっちりと正座をし、顔を伏せているその男。

こちらからハッキリとわかるのはその頭頂部のみですが、
遠目に見ても、どこか存在感がおかしいのです。

確かにそこに見えているのですが、
不思議とぼやけているというか、
その場に本当は居ないかのような希薄感があるのです。

――生気がない。

それが、いちばんしっくりくる表現でした。

「ど……どうする!? あれ、ドロボウなのか!?
 それとも……まさか、幽霊……」

後半の言葉は、尻すぼみとなって消えていきました。

コースケ君は、目に涙を湛え、
今にも嗚咽を漏らしそうなほど口をへの字に結んでいます。

「そ……そんな訳ないって! かんがえすぎだよ」

一階二階を素通りしてここまで入ってきた時点で
ドロボウなどということがあり得ないとは思いつつも、
彼を励ますつもりで無理やり笑みを浮かべました。

「で、でも……あいつがあそこにいたら、
 オレたち下りられねぇし……」

そうなのです。

不審者であれ、幽霊であれ、
ああも部屋の中央にドンと居座られてしまっていると、
もはやどうしようもありません。

かといって、
持たされていた子ども用携帯だって下の部屋。

それに、もしコースケ君の母がここに訪れて、
万が一あの男と鉢合わせてしまったら……と考えると、
このままずっと屋根裏で待つのも憚られます。

「どう、しよう……」
「うーん……」

二人揃って、互いの顔を見合わせて、
対策を考えていた時でした。

――キンッ!

金属がこすれ合ったかのような甲高い音。

弾かれるように音源である真下を覗きこみ、
オレは早速後悔しました。

「う"っ……」

下に居座っていた男。

俯き、頭頂部しか見えていなかったその男の顔が、
ぐりん、と真上――つまりこちらを見上げていたのです。

「あ、あぁ……」

その顔。

その部分には、あの小箱の表面に描かれていたものと同じ、
般若の面が被せられていました。

「な、なんなんだよ、あれっ……!」

コースケ君の動揺する声が聞こえるものの、
真下の男から視線を外すことができません。

そいつは、正座の姿勢からスッと膝を上げると、
今まで微動だにしなかったのが何だったのかと思うくらい、
ゆっくりゆっくり、天井裏に続く脚立に近づいてきたのです。

「う、わ……」

コースケ君は完全に怯え切って、
ブルブルと身体を震わせています。

オレはといえば、じりじりと近づいてくるそいつから
目を離してはヤバイ、とろくにまばたきすらできず、
一心不乱に男のことを見つめていました。

しかし、一歩、二歩。

男は歩みを止めることなく、
じわじわと脚立の方へ迫ってくるのです。

「や……うわ……」

コースケ君が、
視界の隅でアワアワと呻いています。

これ以上、脚立に近づかれれば――
あっという間に、オレたちのいるところへアレは登ってくるでしょう。

「……だ、っ」

オレは――今となっては、
どうしてとっさにそんなコトができたのか不思議ですが、
足元に転がっていた小袋をハシッと拾い上げました。

それは、さきほど箱を開けるのに使った塩の袋。
まだほんの少し、中に塩が残っていたそれを――
バシン!! とその迫ってきていた男にぶち当てたのです。

「ぎっ、ギィッ!?」

と、そいつは獣のような呻き声を上げ――
シュン、と一瞬にして姿を消しました。

「ひっ……き、消えた……っ」

目を剥いたコースケ君が、オレを押しのけるようにして
真下の彼の部屋を覗きこみました。

「……いない……なんにも……」

呆然と呟いて、へたりとしゃがみこむ彼の傍らで、
オレも全身から緊張が抜け落ちて、
その場にヘナヘナと崩れ落ちてしまいました。



しかし。

それで無事解決……とはなりませんでした。

おそらく、あのお札のせい、なんでしょう。

今となってもまだ、
オレにはあの怪異の記憶が、色濃く残って離れません。

……ああ、
コースケ君はどうなったのか、ですか。

長い話になってしまったので、
それはまた後日にしましょう。

……オレは今でも後悔していますよ。

あの時、あの箱を開けてしまったことを。
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