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31.首くくりの桜③(怖さレベル:★★★)

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(どうする? どうしよう?
 どうすればいい……?)

ペタペタペタ

「なあ……永島もいっしょに桜のトコ行こうぜ……?」

ペタペタペタ

「三人で首吊れば、
 ぜったい気持ちいいからさぁ……」

ペタペタペタ

「……う」

真後ろに、息づく気配。

吐息が触れるほど近くに、いる。

「ぐ、ぅ……っ」

吐き気すら催すほどの緊張感に、
僕はブルブルと震えながらえずいていました。

(死ぬ? ……殺される?)

首くくりの桜の下で、
呪い殺されるのか――?

と、
半狂乱で歯を食いしばっていると。

ポン。

頭に手が置かれました。

「あ……?」

冷えた手のひらは、
しかし、考えられないほどやさしい手つきで、
ゆっくりと頭をなでていきました。

「えっ……」

僕は、ぽかんと間抜け面を晒して
あっけにとられました。

その触れ方は、
とても幽霊が呪い殺すような、
そんなそら恐ろしい手つきではなかったのです。

ポンポン、と触れた手は、
両脇で未だ桜の元へ向かおうとする二人、
それぞれの頭上にも伸びました。

「……ふあ?」

小板橋がふやけた声と共に、
へたり、とその場で座り込みます。

「……あ、れ?」

岡が、つんのめるように
その場でコロンと転がりました。

「えっ……あ!」

僕は二人の変化にハッとして、
思わず背後を振り返りました。

ペタペタペタ

振り返った視界から遠く、
アスファルトの上を歩く老婆の姿。

それがちょうど、
二又の道の奥へ曲がっていってしまいました。

「あー……なんか、へんな夢見てた気分」

小板橋が、服についていた砂を
振り払って立ち上がりました。

「そーだなぁ。なんかまだちょっと頭がボーっとするわ。
 さっさと帰ろーぜ」

岡も、頭を押さえつつ立ち上がって、
どこかのんびりした口調で続けました。

さきほどまでの様子はどこへやら、
気の抜けた表情を浮かべた二人は、
ボリボリと頭をかきながら、
それぞれの自転車の元へ戻っていきます。

「…………」

僕は、そんな二人を呆然と見送った後、
シン、と静まり返った児童公園に一人立ち尽くし、

「……ありがとう、ございました」

老婆の消えていった道の奥へ向けて、
小さくお辞儀を返していました。



翌日。

岡と小板橋に改めて昨日のことを尋ねたのですが、
二人とも、あの桜を見に行った記憶はあっても、
あの木の下で首を吊ろうとしたことまでは覚えていないようでした。

ただ、あの桜があまりにもキレイで、
もっとよく見たい、すごく近くで、
という強迫概念に似た思いがあったのだ、とは言っていました。

「……あ、あと」
「ん?」

小板橋が額に手を当てて、
もっともらしく呟きました。

「あの桜、スッゲェキレイだったはずなんだけど……
 今思い返すと、別に……普通の桜だった、よな」
「ああ……たしかに。なんであん時、
 あんなに心惹かれたんだろうなぁ」

小板橋の台詞に、
岡も同意して首を傾げました。

その言葉に、僕も昨日の桜のことを回想しましたが、
暗い闇の中、ライトアップされた桜は、
確かに息をのむほど美しかった――はず、なのに。

「……あ、れ?」

その記憶の中の桜は、
花の数もずいぶんと少なく、
貧相な桜の木であるのです。

昨日のあの時点では確かに、
感動するほど満開に花開いていたはずなのに。

記憶の相違に、
僕は一人、ゾッと身震いしました。

「……おばあさんのこと、覚えてるか?」

そしてもう一つ、
どうしても気になっていたことを二人に尋ねました。

「バアさん? ……あー、昨日の徘徊老人?」

小板橋が、
ちょっと悩むように首を傾げて答えました。

「……桜んトコ、来てただろ」
「えっ……いや、気づかなかったけど。
 てか、ついてきてたの? あのバアさん」

うわ怖ぇ、と半笑いの小板橋と、
それを小突く岡の二人には、
昨日助けて貰った記憶はないようでした。

あの桜の木。

……あれからまた一人、
あの木で首つりが出ました。

それは奇しくも、
僕らが木を見に行った翌日。

首を吊ったのは、
若い男女の二人組であったそうです。

もしかしたら、
何か思い悩んでいることがあったのかもしれません。

首を吊らなければならないほどの、
苦しく辛い理由が。

しかし、面白半分であそこへ行って、
よくわかりました。

――あの木は人を惹きつける。

人を惑わし、呼び込み、
命を奪うほどの魔力を持っている。

今回、
理由はわかりませんが、
僕らはあの老婆に助けられました。

それはもしかしたら。
岡が偶然、あのおばあさんに礼儀を
見せたからかもしれません。

でも、もし次、
なんの準備もなく、
あの桜に魅入られてしまったら。

今度こそ逃れることはできない。

――そう、思うのです。
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