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23.教室の死神③(怖さレベル:★★☆)
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翌日の朝。
相も変わらず鎮座している死神もどきにウンザリしつつ、
席について暇つぶしに教科書をペラペラめくっていれば、
ガラリと教室のドアを開けて和田が入ってきました。
一応、昨日あれだけ話もした相手だし、
スルーするのも、と思い、
軽く手を上げてあいさつしたのですが、
「……ん」
と、目も合わせずに小さく頷いて、
スタスタと自分の席の方へと行ってしまいました。
(なんだ、アイツ……)
昨日の去り際に思ったのとまったく同じ感想がこぼれます。
あれだけ話しかけてきた昨日はなんだったのか。
内心イライラとくすぶったものの、
もともとさして仲がいいわけでもありません。
気にしないようにしよう、と思えば、
日常は何一つ変わることもなく、
その日はそれで終わりました。
それから一週間、
そして一か月が経ちました。
あいかわらず、和田は教室のあのバケモノと
よろしくやっているようで、
クラスの女子連中からは完全に気味悪がられています。
意外にもイジメの対象とならないのは、
先日オレに臆面もなく話しかけてきたように、
人見知りしない性格が幸いしているようでした。
その日も帰りのHRが終わり、
さっさと帰ろうとカバンに教科書を詰めていると、
「おーい」
教室の窓から、
上級生らしき男子生徒が声をかけてきました。
「兄貴!」
隣の席のクラスメイトの兄さんだったらしく、
体操着に着替えた彼が慌てて上級生の元へと向かっていきました。
「今日の部活の場所、変更になって、その連絡でな。
いつもの校庭じゃな……って、うわっ」
と、唐突に悲鳴が聞こえて、
オレは顔を上げました。
その上級生の目線は、教室の隅――
いつもの位置に存在するあの死神もどきの方を向いています。
「ッ……オイオイ、なんだこのクラス。
あんなんがいるとか……」
「兄貴、なに言ってんの? 和田のこと?」
そう、そこにはアレと話す和田の姿もあり、
クラスメイトはその兄さんの視線をたどって、
彼のことを言及したと思ったようでした。
「え? なになに? ボク?」
と、名を呼ばれたことに気付いた和田が、
きょとんと首をかしげて彼らの元に近寄っていきました。
「お前ッ……アレと会話してたのか!?」
「え、そうですけど……」
上級生は、血相を変えて声を荒げますが、
言われた当の和田は、
不思議そうな表情で見返しています。
それはいつか、オレが怖くないのか、
と尋ねたときとまったく同じ顔でした。
「止めとけ! ありゃあ、死神だ!
お前……魅入られてんだぞ」
ガッ、と彼の両肩をつかんだ先輩の言葉に、
オレ含め、周囲に残っていたクラスメイトたちはあっけにとられました。
「死神……? まさかぁ、そんなワケ」
「……お前、アレがどう見えてる」
シン、と教室が水を打ったかのように静まり返りました。
誰も言葉を発さぬ中、
オレは考えるよりも先に、
ポロリと声を漏らしていました。
「……大鎌を持った、ガイコツ」
「おぉ」
先輩と和田の目が、
揃ってこちらを向きました。
「見えるのか、お前も」
「あ……いや」
隠しておきたかったソレに、
アワアワと両手を振ってごまかそうとするも、
「……ウソだ。一村くん、なに言ってるの?」
和田の焦げるような怒気を孕んだ声に、
ピタリと動きが止まりました。
「あの子は……いつも優しく笑ってて、
ボクの身体を気にかけてくれていて、
このクラスの誰よりもカワイイ……女の子じゃないか」
――は?
オレは、和田の言葉にパタリと思考が停止しました。
優しく笑ってって、
――ガイコツが?
カワイイ女の子って、
――性別なんて、わかんねぇのに?
困惑するこちらを放置したまま、
上級生はグラグラと和田の肩を揺すりました。
「それは、お前が死神に取り込まれ始めてるからだ!
目を覚ませ! 連れていかれるぞ!!」
「……う、うぅ……っ」
ガクガクと揺さぶられた和田は、
両手で自らの頭を抱え込んだかと思うと、
「う、げぇっ」
ドロッ、
と口の端から赤いモノを垂らしました。
それは、
僅かに黒みがかった、血――。
「う、うわあぁっ」
「わ、和田くん!?」
「き、救急車ッ!!」
途端に阿鼻叫喚になった教室内で、
慌てて和田を落ち着く位置に移動する上級生たちを横目に、
オレはあの死神に目を向けました。
カタカタカタ……。
いつも、
まったく微動だにしなかったそのバケモノ。
そいつが、カタカタカタ、
と身体を震わせているのです。
感情のわからぬ空洞に、
隠し切れない愉悦を宿し、
口の中の骨と歯を揺らし――笑っていました。
ゾッ、と足先から頭のてっぺんに至るまで、
冷たい恐怖がかけ抜けます。
死神が笑った。
それが、
いったい何を意味するのか――。
「わ、和田くん?!」
「ねぇ、起きて! 起きてってば!」
クラスメイトたちが、
横たえられた和田に必死で呼びかけています。
しかし、目を半分開いて、うっすらと口を開いた彼には、
暗くて寒い死の匂いが、どんよりと漂っていました。
そして。
和田は、亡くなりました。
死因は急性胃潰瘍によるショック死――だそうです。
和田の年齢で、
胃潰瘍なんて。
医者が言うには、生活習慣が乱れていたり、
痛みをずっと我慢していたりすれば可能性はある、
なんて言っていましたが、
だからと言って、あんな死に方――
ぜったいに普通ではありませんでした。
あの瞬間を目撃してしまったオレ含むクラスメイトたちは、
どこかわだかまる思いを心のうちに宿したに違いありません。
死神によって、
和田は殺されたのだ、と。
そして……その、死神ですが。
いなくなったんです。
葬儀明けでクラスへ登校した日。
震える手で教室の扉を開けて、顔を上げて、
アレがいないことに気付いたんです。
あの時の、隣の席のヤツの兄さん――上級生も、
目前であんなことが起きたせいか気にしていたみたいで、
即うちのクラスへやってきて、
オレに死神のことを確認してきて。
「いなくなったみたいです」と伝えれば、
ホッとしたような、怒ったような、
複雑な表情をしていました。
オレも、クラスにアレがいなくなったことは、
とても喜ばしいことだと思います。
でも、和田は死んでしまった。
それは、動かしようのない事実です。
オレが、もっと早くに、
和田とオレとで見えてるモノが違うと気づけばよかった。
そうすれば、
忠告することも出来たかもしれないのに。
その悔恨の思いは、
これから先、一生背負っていくのでしょう。
そして、
あのバケモノが本当に死神であるのなら。
アレはまた、
誰かの元へと行ったのでしょう。
命を奪うその者にとっての、
最良の姿を演じながら。
相も変わらず鎮座している死神もどきにウンザリしつつ、
席について暇つぶしに教科書をペラペラめくっていれば、
ガラリと教室のドアを開けて和田が入ってきました。
一応、昨日あれだけ話もした相手だし、
スルーするのも、と思い、
軽く手を上げてあいさつしたのですが、
「……ん」
と、目も合わせずに小さく頷いて、
スタスタと自分の席の方へと行ってしまいました。
(なんだ、アイツ……)
昨日の去り際に思ったのとまったく同じ感想がこぼれます。
あれだけ話しかけてきた昨日はなんだったのか。
内心イライラとくすぶったものの、
もともとさして仲がいいわけでもありません。
気にしないようにしよう、と思えば、
日常は何一つ変わることもなく、
その日はそれで終わりました。
それから一週間、
そして一か月が経ちました。
あいかわらず、和田は教室のあのバケモノと
よろしくやっているようで、
クラスの女子連中からは完全に気味悪がられています。
意外にもイジメの対象とならないのは、
先日オレに臆面もなく話しかけてきたように、
人見知りしない性格が幸いしているようでした。
その日も帰りのHRが終わり、
さっさと帰ろうとカバンに教科書を詰めていると、
「おーい」
教室の窓から、
上級生らしき男子生徒が声をかけてきました。
「兄貴!」
隣の席のクラスメイトの兄さんだったらしく、
体操着に着替えた彼が慌てて上級生の元へと向かっていきました。
「今日の部活の場所、変更になって、その連絡でな。
いつもの校庭じゃな……って、うわっ」
と、唐突に悲鳴が聞こえて、
オレは顔を上げました。
その上級生の目線は、教室の隅――
いつもの位置に存在するあの死神もどきの方を向いています。
「ッ……オイオイ、なんだこのクラス。
あんなんがいるとか……」
「兄貴、なに言ってんの? 和田のこと?」
そう、そこにはアレと話す和田の姿もあり、
クラスメイトはその兄さんの視線をたどって、
彼のことを言及したと思ったようでした。
「え? なになに? ボク?」
と、名を呼ばれたことに気付いた和田が、
きょとんと首をかしげて彼らの元に近寄っていきました。
「お前ッ……アレと会話してたのか!?」
「え、そうですけど……」
上級生は、血相を変えて声を荒げますが、
言われた当の和田は、
不思議そうな表情で見返しています。
それはいつか、オレが怖くないのか、
と尋ねたときとまったく同じ顔でした。
「止めとけ! ありゃあ、死神だ!
お前……魅入られてんだぞ」
ガッ、と彼の両肩をつかんだ先輩の言葉に、
オレ含め、周囲に残っていたクラスメイトたちはあっけにとられました。
「死神……? まさかぁ、そんなワケ」
「……お前、アレがどう見えてる」
シン、と教室が水を打ったかのように静まり返りました。
誰も言葉を発さぬ中、
オレは考えるよりも先に、
ポロリと声を漏らしていました。
「……大鎌を持った、ガイコツ」
「おぉ」
先輩と和田の目が、
揃ってこちらを向きました。
「見えるのか、お前も」
「あ……いや」
隠しておきたかったソレに、
アワアワと両手を振ってごまかそうとするも、
「……ウソだ。一村くん、なに言ってるの?」
和田の焦げるような怒気を孕んだ声に、
ピタリと動きが止まりました。
「あの子は……いつも優しく笑ってて、
ボクの身体を気にかけてくれていて、
このクラスの誰よりもカワイイ……女の子じゃないか」
――は?
オレは、和田の言葉にパタリと思考が停止しました。
優しく笑ってって、
――ガイコツが?
カワイイ女の子って、
――性別なんて、わかんねぇのに?
困惑するこちらを放置したまま、
上級生はグラグラと和田の肩を揺すりました。
「それは、お前が死神に取り込まれ始めてるからだ!
目を覚ませ! 連れていかれるぞ!!」
「……う、うぅ……っ」
ガクガクと揺さぶられた和田は、
両手で自らの頭を抱え込んだかと思うと、
「う、げぇっ」
ドロッ、
と口の端から赤いモノを垂らしました。
それは、
僅かに黒みがかった、血――。
「う、うわあぁっ」
「わ、和田くん!?」
「き、救急車ッ!!」
途端に阿鼻叫喚になった教室内で、
慌てて和田を落ち着く位置に移動する上級生たちを横目に、
オレはあの死神に目を向けました。
カタカタカタ……。
いつも、
まったく微動だにしなかったそのバケモノ。
そいつが、カタカタカタ、
と身体を震わせているのです。
感情のわからぬ空洞に、
隠し切れない愉悦を宿し、
口の中の骨と歯を揺らし――笑っていました。
ゾッ、と足先から頭のてっぺんに至るまで、
冷たい恐怖がかけ抜けます。
死神が笑った。
それが、
いったい何を意味するのか――。
「わ、和田くん?!」
「ねぇ、起きて! 起きてってば!」
クラスメイトたちが、
横たえられた和田に必死で呼びかけています。
しかし、目を半分開いて、うっすらと口を開いた彼には、
暗くて寒い死の匂いが、どんよりと漂っていました。
そして。
和田は、亡くなりました。
死因は急性胃潰瘍によるショック死――だそうです。
和田の年齢で、
胃潰瘍なんて。
医者が言うには、生活習慣が乱れていたり、
痛みをずっと我慢していたりすれば可能性はある、
なんて言っていましたが、
だからと言って、あんな死に方――
ぜったいに普通ではありませんでした。
あの瞬間を目撃してしまったオレ含むクラスメイトたちは、
どこかわだかまる思いを心のうちに宿したに違いありません。
死神によって、
和田は殺されたのだ、と。
そして……その、死神ですが。
いなくなったんです。
葬儀明けでクラスへ登校した日。
震える手で教室の扉を開けて、顔を上げて、
アレがいないことに気付いたんです。
あの時の、隣の席のヤツの兄さん――上級生も、
目前であんなことが起きたせいか気にしていたみたいで、
即うちのクラスへやってきて、
オレに死神のことを確認してきて。
「いなくなったみたいです」と伝えれば、
ホッとしたような、怒ったような、
複雑な表情をしていました。
オレも、クラスにアレがいなくなったことは、
とても喜ばしいことだと思います。
でも、和田は死んでしまった。
それは、動かしようのない事実です。
オレが、もっと早くに、
和田とオレとで見えてるモノが違うと気づけばよかった。
そうすれば、
忠告することも出来たかもしれないのに。
その悔恨の思いは、
これから先、一生背負っていくのでしょう。
そして、
あのバケモノが本当に死神であるのなら。
アレはまた、
誰かの元へと行ったのでしょう。
命を奪うその者にとっての、
最良の姿を演じながら。
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