【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~

榊シロ

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19.望みを叶える本・表②(怖さレベル:★☆☆)

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「……なり…………しあ……」

両手でひざを抱え、その間に頭をうずめて、
ただひたすらになにごとかをブツブツと唱えているのです。

「…………?」

そして、その膝を抱えた足の前に、
例の――『望みを叶える本』がありました。

「ニッシー……さん……?」

返しに来てくれたのだろうか、
ともう一度、
彼に声をかけ、一歩近寄りました。

「……しあ……な……」

近づくこちらに目もくれず、
彼は一心不乱になにごとかをくりかえしています。

「だ、大丈夫ですか……?」

普段の快活な様子とは大違いのそれに、
私は恐怖から心配が勝り、
更に彼に近寄りました。

そして、
ようやく彼がなんと漏らしているかわかったのです。

「……幸せになりたい」
「え……?」

彼は、
小声でありながらも明確に、
早口でその単語を発しました。

「幸せになりたい、幸せになりたい……幸せに、なりたい」

ゾッ、としました。

うつろなまなざしでひたすらそれを繰り返す、
そのニッシーの姿に。

「幸せに、幸せに……幸せに」

彼の足元に置かれた『望みを叶える本』。

それが、風などない部屋の中央で、
不意にペラリとめくれました。

「あ……」

つい視線がその中身に向こうとした、
その瞬間。

「幸せに……なれる、はずだったのに」

ギョロリ、
とニッシーがそれを遮るように首を持ち上げます。

こちらを見上げた、
彼のその顔。

その――眼。

眼球のくぼみは、
本来あるべき目の玉が消え去り、
どこまでも奈落のごとく真っ暗な空洞が、
ぽっかりとこちらを睨んでいました。

「ひ、ぃ……っ」

喉から引きつる声が漏れた、
その刹那。

――ドスッ。

腹に重しが打ち付けられる衝撃で、
私は目を覚ましました。

「あ……ゆ……夢……?」

ポカン、と開いた口が、
間抜けた言葉を呟きます。

そして、その声に反応するかのように、
腹に乗った重しがニャー、
と小さな声を上げました。

「み、ミーちゃん……?」

存在を主張するようにのんびり毛づくろいしているのは、
飼い猫のミーでした。

ゆらゆらと尻尾を揺らし、
ジィ、とこちらを睨んでいます。

「おはよ……お腹すいたの?」

いつもはつれないこの飼い猫。

撫でようと伸ばした手はヒラリとかわされ、
ミーはスタスタと逃げて行ってしまいました。

残された私は、
直前まで見ていた夢をぼんやりと思い出しつつ、
アレはいったい何だったのだろう、と考えていました。

この部屋に現れたニッシーのコト。
ひたすら繰り返された「幸せになりたい」の意味。

最後に目にした、
両目のない彼の姿。

同好会の時に本を見ていたから、
意識しすぎて申し訳ない夢を見ちゃったなぁ、
なんてため息をついていると、

ピピピ、ピピピ。

傍らに置いていた携帯電話が、
着信を告げました。

「あ、あれ?」

着信はあの同好会メンバー、
チョコからでした。

『もしもし。サカモトさん……ですか』

連絡先を交換はしていたものの、
SNS上でもめったに会話を交わさない仲です。

「あ、うん……どうかした?」

いったい何の用だろう、と不思議に思いつつ、
窓を開けながら訊ねました。

『あの本……サカモトさんがなくした例の本、
 ニッシーさんが持ってます』
「えっ?」

彼女の台詞に、
昨夜の夢がフラッシュバックします。

「……って、なんでチョコさんが知って」
『あの本。……アレ、ヤバイ本です。ニッシーさんも、あれを読んで……。
 サカモトさんは、まだ読んでないですよね? もう、忘れて下さい。
 ……どうせ、探しても見つからないはずだから』
「えっ、あっ、チョコさん?!」

プツッ。

一方的に電話が切られ、
慌ててリダイヤルしても、
電源を切られたらしく繋がりません。

「な、なんだったの……」

ヤバイ本、と言われたあの書籍。

ニッシーも、
あれを読んで……読んで?

「ニッシーさん……!」

彼とも、連絡先は交換しています。

彼女に繋がらないならばと、
どこか急くような気持ちで発信するも。

「……ダメだ……」

音は鳴っているものの、
まったく出る気配がありません。

「ど、どうすればいいの……」

私は携帯を片手に途方に暮れてしまいました。

呆然と佇む寝室を、
開いた窓の隙間から太陽が明るく照らします。

夢の中でニッシーがうずくまっていたその場所には、
なぜだかうっすらと小さな黒いススが散っていました。



結局、あの後。

どれだけチョコとニッシーに連絡を取ろうとしても、
まったく反応がなく、
あの奇妙な夢と彼女の警告ばかりが記憶の底に沈殿する、
消化不良の日々が続きました。

本を返却しなければならない期限もきて、
受付に本の紛失を届け出たのですが――
『そんな本は存在しない』ことがわかったのです。

似た名前の本はあれど、
装丁も違えば、作者も違う。

いえ――そもそもあの本に、
作者の名前なんて無かった。

そんな単純なことさえも、
私は見逃していたのです。

その後、同好会の他のメンバーたちとも連絡を交わしましたが、
やはり彼らもニッシー、チョコともども連絡がつかなくなったといいます。

私としては、まるでキツネにつままれたかのような、
現実とも夢ともつかない、そんなできごとでした。



あの本。

『望みを叶える本』。

あれを前にして、
彼はひたすらに「幸せになりたい」と呟いていました。

ニッシーは、
あの本を読んだのでしょう。

そして、
幸せになる方法を知ったのでしょうか?

しかし、両目が真っ暗な奈落であった、
あの恐ろしい姿。

そして
「幸せになれるはずだったのに」
というあの言葉。

あの中身には、
いったい何が書いてあったのでしょう。

私は、あれから数年が経った今でも、
あの本のことを思い出すのです。
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