40 / 379
19.望みを叶える本・表②(怖さレベル:★☆☆)
しおりを挟む
「……なり…………しあ……」
両手でひざを抱え、その間に頭をうずめて、
ただひたすらになにごとかをブツブツと唱えているのです。
「…………?」
そして、その膝を抱えた足の前に、
例の――『望みを叶える本』がありました。
「ニッシー……さん……?」
返しに来てくれたのだろうか、
ともう一度、
彼に声をかけ、一歩近寄りました。
「……しあ……な……」
近づくこちらに目もくれず、
彼は一心不乱になにごとかをくりかえしています。
「だ、大丈夫ですか……?」
普段の快活な様子とは大違いのそれに、
私は恐怖から心配が勝り、
更に彼に近寄りました。
そして、
ようやく彼がなんと漏らしているかわかったのです。
「……幸せになりたい」
「え……?」
彼は、
小声でありながらも明確に、
早口でその単語を発しました。
「幸せになりたい、幸せになりたい……幸せに、なりたい」
ゾッ、としました。
うつろなまなざしでひたすらそれを繰り返す、
そのニッシーの姿に。
「幸せに、幸せに……幸せに」
彼の足元に置かれた『望みを叶える本』。
それが、風などない部屋の中央で、
不意にペラリとめくれました。
「あ……」
つい視線がその中身に向こうとした、
その瞬間。
「幸せに……なれる、はずだったのに」
ギョロリ、
とニッシーがそれを遮るように首を持ち上げます。
こちらを見上げた、
彼のその顔。
その――眼。
眼球のくぼみは、
本来あるべき目の玉が消え去り、
どこまでも奈落のごとく真っ暗な空洞が、
ぽっかりとこちらを睨んでいました。
「ひ、ぃ……っ」
喉から引きつる声が漏れた、
その刹那。
――ドスッ。
腹に重しが打ち付けられる衝撃で、
私は目を覚ましました。
「あ……ゆ……夢……?」
ポカン、と開いた口が、
間抜けた言葉を呟きます。
そして、その声に反応するかのように、
腹に乗った重しがニャー、
と小さな声を上げました。
「み、ミーちゃん……?」
存在を主張するようにのんびり毛づくろいしているのは、
飼い猫のミーでした。
ゆらゆらと尻尾を揺らし、
ジィ、とこちらを睨んでいます。
「おはよ……お腹すいたの?」
いつもはつれないこの飼い猫。
撫でようと伸ばした手はヒラリとかわされ、
ミーはスタスタと逃げて行ってしまいました。
残された私は、
直前まで見ていた夢をぼんやりと思い出しつつ、
アレはいったい何だったのだろう、と考えていました。
この部屋に現れたニッシーのコト。
ひたすら繰り返された「幸せになりたい」の意味。
最後に目にした、
両目のない彼の姿。
同好会の時に本を見ていたから、
意識しすぎて申し訳ない夢を見ちゃったなぁ、
なんてため息をついていると、
ピピピ、ピピピ。
傍らに置いていた携帯電話が、
着信を告げました。
「あ、あれ?」
着信はあの同好会メンバー、
チョコからでした。
『もしもし。サカモトさん……ですか』
連絡先を交換はしていたものの、
SNS上でもめったに会話を交わさない仲です。
「あ、うん……どうかした?」
いったい何の用だろう、と不思議に思いつつ、
窓を開けながら訊ねました。
『あの本……サカモトさんがなくした例の本、
ニッシーさんが持ってます』
「えっ?」
彼女の台詞に、
昨夜の夢がフラッシュバックします。
「……って、なんでチョコさんが知って」
『あの本。……アレ、ヤバイ本です。ニッシーさんも、あれを読んで……。
サカモトさんは、まだ読んでないですよね? もう、忘れて下さい。
……どうせ、探しても見つからないはずだから』
「えっ、あっ、チョコさん?!」
プツッ。
一方的に電話が切られ、
慌ててリダイヤルしても、
電源を切られたらしく繋がりません。
「な、なんだったの……」
ヤバイ本、と言われたあの書籍。
ニッシーも、
あれを読んで……読んで?
「ニッシーさん……!」
彼とも、連絡先は交換しています。
彼女に繋がらないならばと、
どこか急くような気持ちで発信するも。
「……ダメだ……」
音は鳴っているものの、
まったく出る気配がありません。
「ど、どうすればいいの……」
私は携帯を片手に途方に暮れてしまいました。
呆然と佇む寝室を、
開いた窓の隙間から太陽が明るく照らします。
夢の中でニッシーがうずくまっていたその場所には、
なぜだかうっすらと小さな黒いススが散っていました。
結局、あの後。
どれだけチョコとニッシーに連絡を取ろうとしても、
まったく反応がなく、
あの奇妙な夢と彼女の警告ばかりが記憶の底に沈殿する、
消化不良の日々が続きました。
本を返却しなければならない期限もきて、
受付に本の紛失を届け出たのですが――
『そんな本は存在しない』ことがわかったのです。
似た名前の本はあれど、
装丁も違えば、作者も違う。
いえ――そもそもあの本に、
作者の名前なんて無かった。
そんな単純なことさえも、
私は見逃していたのです。
その後、同好会の他のメンバーたちとも連絡を交わしましたが、
やはり彼らもニッシー、チョコともども連絡がつかなくなったといいます。
私としては、まるでキツネにつままれたかのような、
現実とも夢ともつかない、そんなできごとでした。
あの本。
『望みを叶える本』。
あれを前にして、
彼はひたすらに「幸せになりたい」と呟いていました。
ニッシーは、
あの本を読んだのでしょう。
そして、
幸せになる方法を知ったのでしょうか?
しかし、両目が真っ暗な奈落であった、
あの恐ろしい姿。
そして
「幸せになれるはずだったのに」
というあの言葉。
あの中身には、
いったい何が書いてあったのでしょう。
私は、あれから数年が経った今でも、
あの本のことを思い出すのです。
両手でひざを抱え、その間に頭をうずめて、
ただひたすらになにごとかをブツブツと唱えているのです。
「…………?」
そして、その膝を抱えた足の前に、
例の――『望みを叶える本』がありました。
「ニッシー……さん……?」
返しに来てくれたのだろうか、
ともう一度、
彼に声をかけ、一歩近寄りました。
「……しあ……な……」
近づくこちらに目もくれず、
彼は一心不乱になにごとかをくりかえしています。
「だ、大丈夫ですか……?」
普段の快活な様子とは大違いのそれに、
私は恐怖から心配が勝り、
更に彼に近寄りました。
そして、
ようやく彼がなんと漏らしているかわかったのです。
「……幸せになりたい」
「え……?」
彼は、
小声でありながらも明確に、
早口でその単語を発しました。
「幸せになりたい、幸せになりたい……幸せに、なりたい」
ゾッ、としました。
うつろなまなざしでひたすらそれを繰り返す、
そのニッシーの姿に。
「幸せに、幸せに……幸せに」
彼の足元に置かれた『望みを叶える本』。
それが、風などない部屋の中央で、
不意にペラリとめくれました。
「あ……」
つい視線がその中身に向こうとした、
その瞬間。
「幸せに……なれる、はずだったのに」
ギョロリ、
とニッシーがそれを遮るように首を持ち上げます。
こちらを見上げた、
彼のその顔。
その――眼。
眼球のくぼみは、
本来あるべき目の玉が消え去り、
どこまでも奈落のごとく真っ暗な空洞が、
ぽっかりとこちらを睨んでいました。
「ひ、ぃ……っ」
喉から引きつる声が漏れた、
その刹那。
――ドスッ。
腹に重しが打ち付けられる衝撃で、
私は目を覚ましました。
「あ……ゆ……夢……?」
ポカン、と開いた口が、
間抜けた言葉を呟きます。
そして、その声に反応するかのように、
腹に乗った重しがニャー、
と小さな声を上げました。
「み、ミーちゃん……?」
存在を主張するようにのんびり毛づくろいしているのは、
飼い猫のミーでした。
ゆらゆらと尻尾を揺らし、
ジィ、とこちらを睨んでいます。
「おはよ……お腹すいたの?」
いつもはつれないこの飼い猫。
撫でようと伸ばした手はヒラリとかわされ、
ミーはスタスタと逃げて行ってしまいました。
残された私は、
直前まで見ていた夢をぼんやりと思い出しつつ、
アレはいったい何だったのだろう、と考えていました。
この部屋に現れたニッシーのコト。
ひたすら繰り返された「幸せになりたい」の意味。
最後に目にした、
両目のない彼の姿。
同好会の時に本を見ていたから、
意識しすぎて申し訳ない夢を見ちゃったなぁ、
なんてため息をついていると、
ピピピ、ピピピ。
傍らに置いていた携帯電話が、
着信を告げました。
「あ、あれ?」
着信はあの同好会メンバー、
チョコからでした。
『もしもし。サカモトさん……ですか』
連絡先を交換はしていたものの、
SNS上でもめったに会話を交わさない仲です。
「あ、うん……どうかした?」
いったい何の用だろう、と不思議に思いつつ、
窓を開けながら訊ねました。
『あの本……サカモトさんがなくした例の本、
ニッシーさんが持ってます』
「えっ?」
彼女の台詞に、
昨夜の夢がフラッシュバックします。
「……って、なんでチョコさんが知って」
『あの本。……アレ、ヤバイ本です。ニッシーさんも、あれを読んで……。
サカモトさんは、まだ読んでないですよね? もう、忘れて下さい。
……どうせ、探しても見つからないはずだから』
「えっ、あっ、チョコさん?!」
プツッ。
一方的に電話が切られ、
慌ててリダイヤルしても、
電源を切られたらしく繋がりません。
「な、なんだったの……」
ヤバイ本、と言われたあの書籍。
ニッシーも、
あれを読んで……読んで?
「ニッシーさん……!」
彼とも、連絡先は交換しています。
彼女に繋がらないならばと、
どこか急くような気持ちで発信するも。
「……ダメだ……」
音は鳴っているものの、
まったく出る気配がありません。
「ど、どうすればいいの……」
私は携帯を片手に途方に暮れてしまいました。
呆然と佇む寝室を、
開いた窓の隙間から太陽が明るく照らします。
夢の中でニッシーがうずくまっていたその場所には、
なぜだかうっすらと小さな黒いススが散っていました。
結局、あの後。
どれだけチョコとニッシーに連絡を取ろうとしても、
まったく反応がなく、
あの奇妙な夢と彼女の警告ばかりが記憶の底に沈殿する、
消化不良の日々が続きました。
本を返却しなければならない期限もきて、
受付に本の紛失を届け出たのですが――
『そんな本は存在しない』ことがわかったのです。
似た名前の本はあれど、
装丁も違えば、作者も違う。
いえ――そもそもあの本に、
作者の名前なんて無かった。
そんな単純なことさえも、
私は見逃していたのです。
その後、同好会の他のメンバーたちとも連絡を交わしましたが、
やはり彼らもニッシー、チョコともども連絡がつかなくなったといいます。
私としては、まるでキツネにつままれたかのような、
現実とも夢ともつかない、そんなできごとでした。
あの本。
『望みを叶える本』。
あれを前にして、
彼はひたすらに「幸せになりたい」と呟いていました。
ニッシーは、
あの本を読んだのでしょう。
そして、
幸せになる方法を知ったのでしょうか?
しかし、両目が真っ暗な奈落であった、
あの恐ろしい姿。
そして
「幸せになれるはずだったのに」
というあの言葉。
あの中身には、
いったい何が書いてあったのでしょう。
私は、あれから数年が経った今でも、
あの本のことを思い出すのです。
0
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる