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17.縦じまTシャツの男③(怖さレベル:★★☆)
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「ん……?」
彼の両目が凝視するその先。
一番奥の個室のトイレ。
ふだんは閉じているその扉が、
ほんのわずかに開いています。
しかし、その隙間の間から見える個室内は、
なんてことのない、白い便器がひとつ、
ただ存在するだけです。
何も変なところなんてないじゃないか、
と視線を外そうとした時。
ふと、
天井の方に目が行きました。
「ん……?」
ぼやっ、と。
なにか、うっすらとモヤがかかっているかのように、
その個室の上部、天井付近がピンぼけしているのです。
(……なんだ、コレ?)
そのかすみの意味がわからず、
もっとよく見ようと目を凝らそうとしたその時――、
「なにしてる!!」
大声を張り上げて現れたのは、
コンビニへ行っていた社長でした。
「し、社長、その、渡辺くんがトイレに行きたいって、
あの……会社のカギはかけましたけど!」
突然どなられたことに動揺して、
言い訳とも説明ともつかぬことをまくしたてるも、
「戸塚、お前はこっから出てろ!
渡辺はオレが連れ出す」
「はっ……はい!」
普段は好々爺然としている社長のキツイ口調に気圧され、
私は言われるがままに廊下に飛び出しました。
ハラハラしながら待っていると、
渡辺を引きずるように背負った社長が中から出てきます。
「し、社長……あの、渡辺くんは」
「……私の家で介抱するよ。きみはもう帰りなさい。
事情は……明日にでも説明するから」
そう言いきると、社長は渡辺を連れたまま、
私を追い出すようにしてビルを出て行ってしまったのです。
「……えぇっとね。どう言えばいいかな」
翌日、憂鬱な気分で出社した私は、
社長に呼ばれて別室へと連行されました。
昨日のアレコレで、
もしかして退職勧告されるのでは、
と別の意味で恐怖を抱いていた私は、
困ったように笑う社長の表情に、どこか気が抜けたのです。
「あ、あの……彼は、渡辺くん、どうなったんですか」
私は、ずっと気になっていたことを単刀直入に尋ねました。
今朝から、彼は会社に出社していません。
ならば昨日のアレが関係しているに違いない、と。
それを聞いた社長は、苦笑の色を更に濃くして
ポツリ、と答えました。
「幽霊。……幽霊のせいだよ、縦じまTシャツの、ね」
「えっ? ……それって、給湯室に出るんじゃあ」
そうです。
先日事務の女性や、宮下に聞いた時は、
確かにそう話していたはずなのです。
……いや、違う。
宮下はあの時確か、
トイレは使うな、と言っていた……!
「うん。給湯室に出るときは大丈夫、無害な時なんだ。
たいてい昼間だし、すぐ消えちゃうしね。
……問題なのは、あの男子トイレに出た時」
社長は、
呻くように手を額に当てました。
「前もね。……見ちゃった子がいて。
多分、渡辺くんも同じものを見たんだろう」
「見た……って、なにを」
「……わからないんだ。
前の子もね……昨日の渡辺くんのように、
”見たくない”って連呼するばかりで」
――見たくない。
昨夜の渡辺の、
あの無感情な声で繰り返した様子を思い返しました。
ピタリと気をつけをして、
ピーンと両手両足をそろえて、
ただひたすらに繰り返す、あの単語。
「あの……お祓い、とかは」
「したよ。お札を貼ったり、お神酒を撒いたり、盛り塩もした。
……でもダメだね。気休めにもならなかったよ」
寂しそうに呟く社長に、
一瞬、かける言葉もなく黙り込む。
「……あっ、あの。わ、渡辺くんは」
「ん、大丈夫。彼、昨日のことは覚えてないよ。
……ま、辞めて貰うことになっちゃうんだけど」
「えっ」
「一回魅入られちゃうとね……よくないんだよ」
フ、と寂寥を滲ませる社長に、
いったい何がよくないのか、
と詰め寄ることはできませんでした。
退職の引継ぎになんどか現れた渡辺はたしかに元気そうで、
それとなく探りをいれても、
あの夜のことはスッポリ記憶から抜け落ちているようでした。
そして、私の給与はなぜか二倍となり、
これまたなぜか、客から多く指名が入るようになりました。
こんな恐ろしい職場、
さっさと辞めてしまおう。
そう考えていたのに、
まるでなにかに引き留められでもしているかのように。
いくら売り手市場とはいえ、
齢五十を越えた男性を正社員で雇ってくれる職場など
そうそうない上に、給料は良い。
だから私は未だ、
あの会社に勤めています。
でも……
決して、うちのフロアのトイレに入ろうとは思いません。
彼の両目が凝視するその先。
一番奥の個室のトイレ。
ふだんは閉じているその扉が、
ほんのわずかに開いています。
しかし、その隙間の間から見える個室内は、
なんてことのない、白い便器がひとつ、
ただ存在するだけです。
何も変なところなんてないじゃないか、
と視線を外そうとした時。
ふと、
天井の方に目が行きました。
「ん……?」
ぼやっ、と。
なにか、うっすらとモヤがかかっているかのように、
その個室の上部、天井付近がピンぼけしているのです。
(……なんだ、コレ?)
そのかすみの意味がわからず、
もっとよく見ようと目を凝らそうとしたその時――、
「なにしてる!!」
大声を張り上げて現れたのは、
コンビニへ行っていた社長でした。
「し、社長、その、渡辺くんがトイレに行きたいって、
あの……会社のカギはかけましたけど!」
突然どなられたことに動揺して、
言い訳とも説明ともつかぬことをまくしたてるも、
「戸塚、お前はこっから出てろ!
渡辺はオレが連れ出す」
「はっ……はい!」
普段は好々爺然としている社長のキツイ口調に気圧され、
私は言われるがままに廊下に飛び出しました。
ハラハラしながら待っていると、
渡辺を引きずるように背負った社長が中から出てきます。
「し、社長……あの、渡辺くんは」
「……私の家で介抱するよ。きみはもう帰りなさい。
事情は……明日にでも説明するから」
そう言いきると、社長は渡辺を連れたまま、
私を追い出すようにしてビルを出て行ってしまったのです。
「……えぇっとね。どう言えばいいかな」
翌日、憂鬱な気分で出社した私は、
社長に呼ばれて別室へと連行されました。
昨日のアレコレで、
もしかして退職勧告されるのでは、
と別の意味で恐怖を抱いていた私は、
困ったように笑う社長の表情に、どこか気が抜けたのです。
「あ、あの……彼は、渡辺くん、どうなったんですか」
私は、ずっと気になっていたことを単刀直入に尋ねました。
今朝から、彼は会社に出社していません。
ならば昨日のアレが関係しているに違いない、と。
それを聞いた社長は、苦笑の色を更に濃くして
ポツリ、と答えました。
「幽霊。……幽霊のせいだよ、縦じまTシャツの、ね」
「えっ? ……それって、給湯室に出るんじゃあ」
そうです。
先日事務の女性や、宮下に聞いた時は、
確かにそう話していたはずなのです。
……いや、違う。
宮下はあの時確か、
トイレは使うな、と言っていた……!
「うん。給湯室に出るときは大丈夫、無害な時なんだ。
たいてい昼間だし、すぐ消えちゃうしね。
……問題なのは、あの男子トイレに出た時」
社長は、
呻くように手を額に当てました。
「前もね。……見ちゃった子がいて。
多分、渡辺くんも同じものを見たんだろう」
「見た……って、なにを」
「……わからないんだ。
前の子もね……昨日の渡辺くんのように、
”見たくない”って連呼するばかりで」
――見たくない。
昨夜の渡辺の、
あの無感情な声で繰り返した様子を思い返しました。
ピタリと気をつけをして、
ピーンと両手両足をそろえて、
ただひたすらに繰り返す、あの単語。
「あの……お祓い、とかは」
「したよ。お札を貼ったり、お神酒を撒いたり、盛り塩もした。
……でもダメだね。気休めにもならなかったよ」
寂しそうに呟く社長に、
一瞬、かける言葉もなく黙り込む。
「……あっ、あの。わ、渡辺くんは」
「ん、大丈夫。彼、昨日のことは覚えてないよ。
……ま、辞めて貰うことになっちゃうんだけど」
「えっ」
「一回魅入られちゃうとね……よくないんだよ」
フ、と寂寥を滲ませる社長に、
いったい何がよくないのか、
と詰め寄ることはできませんでした。
退職の引継ぎになんどか現れた渡辺はたしかに元気そうで、
それとなく探りをいれても、
あの夜のことはスッポリ記憶から抜け落ちているようでした。
そして、私の給与はなぜか二倍となり、
これまたなぜか、客から多く指名が入るようになりました。
こんな恐ろしい職場、
さっさと辞めてしまおう。
そう考えていたのに、
まるでなにかに引き留められでもしているかのように。
いくら売り手市場とはいえ、
齢五十を越えた男性を正社員で雇ってくれる職場など
そうそうない上に、給料は良い。
だから私は未だ、
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