上 下
30 / 371

15.一人カラオケの異形②(怖さレベル:★★☆)

しおりを挟む
それから一週間がたち、
私はあれがただの勉強疲れから来た
ただのまぼろしだったんじゃないか、
なんて思い始めてきました。

冷静に考えても、
あんな化け物が現実に存在するなんてありえないし、
ネットの口コミを見たって、
そんな曰く付きの情報などもありません。

オマケに、その日は好きな歌手がCDを発売したばかりで、
新曲を歌いたくてウズウズしていたのです。

少し躊躇もしましたが、
いつも行く遠いカラオケボックスではなく、
町内にある近い方へ行くことにしました。

幸い、知り合いに出会うことなく受付をすませ、
宛がわれた個室へ入ります。

(……寒くは、ない)

先日のあのできごとが、
フッと脳内に浮かびました。

あの幽霊は、
幻覚だったのか……?

天井にへばりついていたそれの映像が、
写真のように鮮明に記憶に蘇ります。

あの、だらんと垂れ下がった、
ドロドロと粘着質な髪。

その合間から覗く、
暗く無感情な目。

白さを通り越し、
うっすら透けている薄い肌。

節くれだった、
まるで昆虫のような手足。

赤さの際立つ、
湿った口腔――。

「……やめやめ」

思い返せば思い返すほど、
ゆううつな気分に陥ってきます。

今日はせっかくのストレス発散。

このままでは逆にストレスになってしまうと、
テンポの速い頭が空っぽになれる曲を立て続けに予約しました。

ノリノリで叫んでいると、
あのイヤな記憶などすぐに吹き飛びます。

そんな調子で何曲も歌い、
さて、一休みしてトイレでも、
とマイクを置いた時です。

――プツッ。

「あっ」

突如として、
カラオケの液晶が消えました。

「……あれ、おかしいな」

マイクもスイッチが入らなくなってしまい、
スピーカーからも一切の音がしません。

機器の故障かと、
備え付けの電話機でフロントへ電話しようと手を伸ばした、
その時です。

――ゾク。

「…………っ!?」

凍える程の冷気。

この寒さは、
憶えています。

一週間前に体験した、あの時と同じ。

「……うっ」

――視界の隅。

そこに、なにかがいる。

「……だ、だれ……?」

消えそうなほどに掠れた声が、
必死に漏らしたその言葉。

そのなにかは、まるでそれに反応するかのように、
スススッと視界の外、私の背後へと移動したのです。

後ろには、
カラオケボックスの出入り口があります。

もしかして、出ていったのだろうか?

そう、期待する心とうらはらに、
あの底冷えする寒気は未だ消えず、
するすると首筋を撫でていました。

「……う」

私は、見えないそれを確認したい気持ちと、
けっして見たくないという気持ちの合間で揺れ動いていました。

このまま、そのなにかがいなくなるのを待つ?
――でも、前のように消えてくれるとは限らない。

それとも、振り返って一目散に扉から逃げ出す?
――真正面には、あのバケモノがいるかもしれない。

(……怖い、けど)

硬直する身体を叱咤して、
一つ深呼吸した私は、バッと後ろを振り返りました。

「……あ」

歪な声がもれました。

真正面。

振り向いた視線のすぐ前に、
カパリと開いた大きな赤い口。

(食われる)

真っ白な脳内に浮かんだその言葉。

ぬるりと赤黒い舌が、
獲物を歓迎するかのようにスルリと動いた、
その瞬間。

「失礼いたします」

バタン、
と誰かが室内へ入ってきました。

「へ……え……?」
「お待たせいたしました。山盛りポテトでございます」

少々ハデな色合いの髪をした店員は、
ノックもせずに個室内に入ってきたかと思うと、
テーブルの上にドサリとポテトを起きました。

「あ……あの。私、頼んでない……」
「えっ? ……あっ、すいません。ここ、10号室でしたか。
 隣と間違えてしまったみたいで……」

軽く謝罪した金髪店員は、
入ってきた時と同様、そそくさと退出していきました。

残されたのは、
音の戻った個室に一人の私のみ。

今のバタバタの合間で、
あの幽霊は消え去っていて、
マイクも、ディスプレイも通常通り映像が写されていました。

「たす、かった……?」

ふだんであればイラつく間違いも、
今回ばかりは天の助け。

私は手早く支度をし、
今日もまた途中で個室を退出したのです。

「あ、さっきはすみませんでした」
「い、いえ……」

会計をしてくれたのは、
さきほどの金髪の店員です。

少々気まずさを覚えつつ、予定時間より早い為割引の効いた会計を終え、
さっさとカラオケボックスから出ようとドアに手をかけた時。

「……狙われてますよ。気を付けて」
「え……っ?」

小声で呟かれたその台詞に、バッと振り返るも、
休憩室へ入ってしまったのか、
かの店員はすでに受付から姿を消していました。


あんなできごとにあってからしばらくは、
家でも一人になるのが怖くて、
しばらく姉妹の部屋や、母の部屋に入り浸っていました。

しかし、幸いというべきか、
あれ以降、妙なできごとに遭遇することなく、
今のところ生きています。

あれが私についてきたものなのか、
それともそれぞれのカラオケボックスに存在するものなのか。

あれから、それぞれの店の評価をふたたび
ネットで検索しても、心霊現象のしの字もでてきませんでした。

幻覚、幻聴――夢。

片付けようと思えば、
きっとそれで片付いてしまうのでしょう。

でも、アレから私は、
もうカラオケボックスには行ってしません。

家族や友人に誘われても、
適当な理由をつけては、断っています。

どうしても、怖くて怖くて、
仕方がないのです。

また、ふいに一人になった時、
あの異形な物体に会うのではないかと。

そして、今度こそ――
あの赤い赤い口に、飲み込まれてしまうのではないか、と。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

サクッと読める♪短めの意味がわかると怖い話

レオン
ホラー
サクッとお手軽に読めちゃう意味がわかると怖い話集です! 前作オリジナル!(な、はず!) 思い付いたらどんどん更新します!

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

【本当にあった怖い話】

ねこぽて
ホラー
※実話怪談や本当にあった怖い話など、 取材や実体験を元に構成されております。 【ご朗読について】 申請などは特に必要ありませんが、 引用元への記載をお願い致します。

処理中です...