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11.人形に魅入られた男①(怖さレベル:★★☆)

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『20代男性 佐藤さん(仮名)』

……魅入られた、
っていうんですかね。

私があの子と出会ったのは、
社会人三年目のとある冬の日でした。

会社員の三年目、
ってなんとも微妙な時期でしょう?

新人でもないが、
とてもベテランとはいえない。

後輩に教える立場でありながら、
先輩には怒鳴られ、なじられる。

世間一般の方は、そんな理不尽な中でも
懸命に生きていくんでしょうが、
私はそんな生活の毎日で、
もう心が折れかかっていたんですよ。

その日も、木枯らし吹きすさぶさなか、
疲れ切った身体を引きずってトロトロと駅までの
道のりを歩いていた時でした。

「兄ちゃん、ずいぶん疲れた顔してるねぇ」

年の頃、60~70代くらいのお爺さんが、
露天商をやっているところに出くわしたのです。

「……そんなに疲れてるように見えます?」

ふだんであれば無視するような声掛けでしたが、
疲労困憊だった私は、
思わずすがるようにお爺さんを見返しました。

「ああ。もう死んじまいたいってな風に見えるねぇ」
「……ハハ、そうかもしれません」

その時は心底疲れ切っていたので、
そんなある種失礼な言葉にも、笑みすら零れました。

その日は、苦手な女先輩につかまって、
さんざんどやされたせいもあったでしょう。

今まで半笑いだったお爺さんは、
とたんにキュッと眉をひそめました。

「そりゃあイカンな、兄ちゃん。恋人は?」
「いたら、こんな疲れ切ってませんって」
「ほお。……そりゃあちょうどいい」

言うに事欠いてなにがちょうどいいだなんて、
とイラっときて老人をにらむも、
その人はゴソゴソと奥の方から一体の人形を取り出してきました。

「兄ちゃん、これ買わんか?」
「え、この年で人形なんて……」

大の男、それも社会人が、
と固辞しようとした手がピタリと止まります。

お爺さんが取り出してきた人形は、
西洋風の女の子の姿をしていました。

翡翠のまなざしは柔らかく、
着ている衣装も薄緑のほんわかしたドレス。

和風の市松人形や、リカちゃん人形くらいしか
知識の無かった私は、その人形に一目ぼれしてしまったのです。

「あ、あの……おいくらで」
「んー、兄ちゃんだいぶ参ってるみたいだから……これくらいで」

と、老人に提示された金額はけっして安くないものでしたが、
一目見て気に入ったこの人形を手に入れるには惜しくないと、
節制して貯めていた貯金をはき出して購入することに決めました。
(幸い、近くにコンビニATMもありました)

「大切にしてくれよ、兄ちゃん。
 ……あ、あとこの子、嫉妬するからね。
 あんま他の女の子と仲良くしちゃいかんよ」
「え? は……はぁ」

丁寧にガラスケースに入れなおしてもらったその子を
抱えてそうそうそんなことを言われ、私は半笑いでした。

幼い頃から怪奇現象なんてものには懐疑的なたちです。
この時も、冗談好きな爺さんだな、
くらいにしか考えてしませんでした。


そして私は人形を独り暮らしの寝室へ連れていき、
サイドボードに飾ることにしました。

彼女の名前は「サンドラ」。
ガラスケースの床材に彫られていたので、
それが名前なのだろうと思います。

なんとも不思議なもので、
「おはよう」「おやすみ」を言う相手ができただけで、
生活にハリが出るのです。

人形と暮らす(といっても、
寝室にいるその子にひと言ふた言話すだけですが)
ことがこんなにも楽しいとは知らず、
私はこの人形を手に入れられたことを心から感謝していました。

あの露天商のお爺さんにぜひ礼を言いたいと
仕事帰りにあの辺りをうろつき回ったりもしましたが、
場所を変えてしまったのか、未だ出会えていません。


ところでその頃、私の勤めている会社の同じ部署に、
一つ年下の女の子がおりまして。

私が一方的に好意を寄せていた、
ふわふわとしたかわいらしい女性でした。

物腰も穏やかで、部署のみんなに好かれていて、
年下ながら私もいろいろ教えてもらうことも多かったのです。

彼氏がいないらしい、ということも聞き及んでいて、
もう玉砕覚悟で告白してしまおうか、と
人形を手に入れる前は考えていたほど、
かなり盲目的に恋していました。

が、しかし。

その人形、サンドラがやってきてからというもの、
妙にその気持ちが萎えてしまうようになりました。

もちろん、良い子だなぁとは思うのですが、
あの焦がれるほどの恋慕の感情が、
いっさい湧き上がってこないのです。

それこそ、奥深いところで
押さえつけられでもしているかのように――
と、考えたところで、サンドラの存在に思い当たりました。

あの老人は「嫉妬する」なんて
かわいらしい言い方をしていたけれど、
まさかそういう心の力を奪うような、
呪いの人形かなにかだったんじゃ、と。

しかし、そうかもしれぬと思いはしても、
かわいくって仕方のないその人形。

最近では着せる服まで寸法を
きっちり測ってネット注文をしたり、
ロングヘアーを櫛ですいてリボンをつけてあげたりと、
もうとても手放すことなど考えられません。

それに、女の子への興味が薄れたのだって、
仕事疲れか、なにか別の原因の可能性だって
おおいにあり得ます。

考えすぎなのだと自分を慰めながらも、
人形の処遇をどうにかするべきかと悩む日々が
しばらく続きました。

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