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6.バイト先の先輩②(怖さレベル:★★☆)

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次の日の朝方のことです。

昨日のあのできごとがあったせいか、
イヤな夢を見て目が覚めました。

内容はまったく覚えていないものの、
ひたすらに恐怖を感じる内容だったことを覚えています。

異様に脈打つ心臓を落ち着かせようと、
布団の中で深呼吸をくりかえしていると。

ピリリリ……

唐突に携帯が着信を知らせました。

反射的に手にとれば、
ディスプレイに映ったのは『柿田さん』という名前です。

一瞬昨日のことが脳裏をよぎったものの、
こんな早朝に電話です。

無視するわけにはいきません。

「……はい、もしもし」
『…………』

通話ボタンを押したにも関わらず、
電話の向こうからは物音ひとつしません。

「もしもし? 柿田さん?」

もしや寝ぼけて発信してしまったのかと、
確認のために名前を呼ぶと、

『……フフッ』

あの、
耳の底に刻まれた笑い声が聞こえました。

フラッシュバックした記憶に
思わず耳元から携帯を取り落とすと、

「死ね」

耳元に、直に吹き込まれた
その単語に似つかわしくない、朗らかな声。

固まったこちらの視界の右端から、
チラチラと黒いものが入り込みます。

「アハッ」

じりじりと、
視界を侵食するかのように
這いずり出てくるその物体。

見てはいけない、
見てはいけないと、
必死で眼球を反対へ動かそうとするも、

金縛りのように動かない身体は満足に動作せず、
ついに――。

「アハッ……死ね」

それは。

女性の声を発しているものの、
その姿は――まごうことなき、
柿田そのものでした。

泥濘の中から現れたかのようにドス黒い肌をして、
薄く開いた唇は血液を塗ったかのように朱に染まっていて、
その様は、とても現実のものとは思えません。

「か、柿田……さん……?」

か細く漏れた声にそれは反応して、
クイッと頭を上げました。

「死ね」
『死ね』
「死ね」
『死ね』

地に落ちた電話機と、
目前の男の口からまるで共鳴するかのように、
言葉が重なり合います。

「死ね」
『死ね』
「死ね」
『死ね』
「う……うわ……」

ガタガタと震える右足が、
誤って携帯を踏んづけてしまいました。

「アハッ……」
『ブツッ』

一瞬でパッと部屋の電気が点灯しました。

「え……あれ……」

それに驚いてまばたきした瞬間、
あの影が消え去ったのです。

残されたのは、蛍光灯の光の下、
ボケっと突っ立ったままの僕。

それに、
落下して液晶にヒビが入った携帯のみでした。

そんな光景を目にしてしばし、
僕は動くことすらできなかったのです。



そしてその日。

ものすごく嫌でしたが、
仕事は仕事。

昼過ぎからのバイトへ
重い足取りで向かいました。

更衣室へ入ると、
本来シフト組であったはずの柿田の姿はなく、
年下の大学生がごそごそと準備をしていました。

「あれ? 柿田さんは?」
「なんか、休みらしいッスよ。体調わりぃとかで」

柿田と顔を合わせずにすんでホッとしたものの、
体調が悪いという言葉にどこか引っ掛かりを覚えつつ、
その日は何も考えないようにバイトに勤しみました。

――しかし、
柿田はそのまま、
バイトを辞めてしまったのです。

アレ以来、けっきょく一度も
バイト先には顔を出さず終いでした。

僕はそれに申し訳ないながらも安堵する思いがありつつ、
あのできごとが一体なんであったのか、
結論を出すことができずにいます。

ただ、バイト仲間たちに後でコッソリ聞かされたのは、
あの柿田は、実は女性関係で何股もしていたらしく、
どうやらそのうちの一人に暴行されただとかで、
病院に担ぎ込まれたのだそうです。

さらに、どうやらその何股もしていたのは
今に始まったことではなかったらしく、
かなりの数の女性から恨みを買っていたようでした。

しかし、だからといって、
なぜ僕のうちに”アレ”が現れたのかはわかりません。

が、あの柿田の姿をしたなにかは、
女性の恨みを買いすぎた柿田に取りついた、
生霊かなにかだったのでしょう。

現れたのは後にも先にもあれ一度きり。

死ね、と呟いていたのは、
僕に対してではなく、
あの柿田に対してだったのかもしれません。

すでに機種を変えた僕の携帯電話には、
柿田の連絡先が、どうしても消せずに残っています。

でも――未だ、
かける勇気はありません。
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