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3.三匹の金魚①(怖さレベル:★★★)
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(怖さレベル:★★★:旧2ch 洒落怖くらいの話)
ヒッ……あ、す、すみません。
この部屋……あの、そこの、窓際。
あの金魚鉢……ちょっと、隠してもらってもいいですか。
ありがとうございます。
ええ……すみません。
私その、金魚が……ほんとに、ダメで。
というのも、これからお話する内容が……
その、金魚に関連しているから、なんです。
あれは、
私がまだ社会人になりたての頃のことでした。
新卒で入社したイベント代行の会社は、
外見の華やかさと相反して非常にハードで、
毎日へとへとになって帰宅する日々でした。
それでも、仕事自体はとても充実していて、
研修期間も終わった初夏のある日、
手伝いとして、ある中部地方の夏祭りのイベントに参加しました。
前夜遅くまでの飾りつけ、打ち合わせ、リハーサルに、
祭り当日も設備チェックやタイムスケジュールのズレにてんやわんや。
祭りの終盤にはヘロヘロ状態で、
屋台が片付けを始める夜の八時、
人通りの減った路地横のコンクリートにペタリと尻をつけて休憩をしていました。
足はパンパン、頭も寝不足でぐちゃぐちゃで、
与えられた休憩時間の15分を、缶コーヒーを片手に
ただボーッと過ごすだけで終えようとしていた時です。
ピチャン。
耳元で水の音がしました。
「えっ?」
ハッと目が覚めたような気分で周りを見回すと、
立ち並ぶ屋台の隅に、ひとつ、金魚すくいの屋台があります。
「ああ、今のはここかぁ」
その時は、かなり距離の離れた場所にある屋台の水音がなぜ聞こえたのか、
ということに何ら疑問も浮かばず、
ただその不思議と物悲しいような音色に、
ついフラフラと閉店間際の
その金魚すくいの屋台へひきよせられていったのです。
「こんばんは、おじょうちゃん」
そこに佇む店主は、
齢八十をゆうに越えたと思われる年配のおばあさんでした。
ムラサキ色の浴衣が、露天の店主だというのに、
どこか上品さをもってその人を照らしています。
「こんばんは。……うわあ、スゴイ数」
視線を店主から水槽に移し、思わず感嘆の声が漏れました。
水色の安っぽいプラの水槽の中を、
真っ赤な金魚たちがところせましと
泳ぎ回っているその姿。
初めて見るわけでは決して無いのに、
夏の夜を象徴するようなその色どりに、
なぜかとても深く感動を覚えたのです。
「おじょうちゃん、やっていくかい?」
「え? えっと……」
大小さまざまな魚の肢体に心惹かれたものの、
時計に目をやるとすでに休憩も終わる時間。
「す、すみません、仕事の休憩が終わっちゃうので」
「ああ、祭りの人間だったのかい。残念だが、がんばってくれね」
おばあさんは少しばかり眉を下げ、小さく手を振ってくれました。
あの赤い輝きに後ろ髪をひかれつつ、しぶしぶ仕事へと戻ったのです。
「おつかれさまー」
「おつかれさまでした」
夜の十時。
ようやく祭りのあと始末を終え、現地解散となりました。
ホッと肩の力が抜け、帰路につく同僚先輩方の姿をしり目に、
広場のベンチでぐったりと空を仰ぎました。
夏の夜空のキレイさも、
疲れ切った心身には少しもかすりはしません。
足音の消えた周辺に、
自分もそろそろ帰ろうかと腰を浮かせた時でした。
ピチャン。
また、あの水音が響きました。
「おじょうちゃん」
風もない宵の中、
ムラサキ色の光がぼうっと背後に立っていました。
「あ……金魚すくいの」
そう、そこにいたのはあの休憩の時のおばあさんです。
ハッと驚きに目を見張るこちらにニンマリと笑みを浮かべて、
「おじょうちゃん、よくがんばってくれてたからねぇ。
……これ、持っていきな」
ちゃぷん。
ヤナギのようにゆらりと立つその手元には、
薄いビニールの中を泳ぐ三匹の金魚の姿がありました。
「え、でも、売りものじゃ」
「気にしなさんな。あんたになら適任さ」
ビニールについた黒い紐が、スッと手首に通されました。
瞬間、触れた老婆の手のひらは、こんな熱帯夜でなお、
ヒヤリと冷たさを感じました。
「あ、ありがとうございます」
「うん。……かわいがっておくれね」
満足そうに頷いたおばあさんは、
まるで年齢に見合わぬ足取りで明かりの落ちた街中へと消えていきました。
「もらっちゃった。……キレイ、だなぁ」
夜空を透かした金魚たちは、水と空の境などないかのように、
クルクルと泳ぎ回っています。
フユフユと漂う塊は、まるで三つの炎のようにも思えたのでした。
一人、アパートへ戻れば、玄関先でどっと疲れが襲い掛かります。
このままベッドに突入したい気持ちになりながらも、
貰った金魚をそのままにはできません。
一人暮らしのアパートには、金魚鉢なんてものはありませんでした。
仕方ないので、空いた2Lペットボトルを半分に切って、
金魚たちをそこに避難させました。
明日はちょうど休みです。
ホームセンターに行って、ちょうどいい器を探してこよう。
そう頭の片隅で考え、だるい身体をバタンと布団の上に横たえたのです。
夢を、見ました。
その空間は真っ黒で、
なぜか視界はゆらゆらと揺らいでいます。
そこに、ポツン、と赤いロウソクが立っていました。
それも、三つ。
金魚の数と同じだ、と気付いた時、
ふいにロウソクの一つが揺らぎ、
フッ
まるで誰かに吹き消されでもしたかのように、
そのうちの一つの灯し火が潰えてしまったのです。
あ、とそれに駆け寄ろうとした瞬間、
パッと目が覚めました。
「夢……?」
カーテンを透かす日の光が、
全身をぼんやりと暖めています。
流れるようにそちらに視線を向け、ハッとしました。
「あ……」
プカリ。
ペットボトルの中の金魚が一匹、
腹を浮かせていました。
真っ白になった目はブキミに濁っていて、
夢との対比にゾッと背筋が冷たくなりました。
「……早く、入れ物買わなきゃ」
亡くなった金魚はティッシュにくるんで処分し、
どこか急かさる気分になりながら、
出かける準備を始めたのです。
>>
ヒッ……あ、す、すみません。
この部屋……あの、そこの、窓際。
あの金魚鉢……ちょっと、隠してもらってもいいですか。
ありがとうございます。
ええ……すみません。
私その、金魚が……ほんとに、ダメで。
というのも、これからお話する内容が……
その、金魚に関連しているから、なんです。
あれは、
私がまだ社会人になりたての頃のことでした。
新卒で入社したイベント代行の会社は、
外見の華やかさと相反して非常にハードで、
毎日へとへとになって帰宅する日々でした。
それでも、仕事自体はとても充実していて、
研修期間も終わった初夏のある日、
手伝いとして、ある中部地方の夏祭りのイベントに参加しました。
前夜遅くまでの飾りつけ、打ち合わせ、リハーサルに、
祭り当日も設備チェックやタイムスケジュールのズレにてんやわんや。
祭りの終盤にはヘロヘロ状態で、
屋台が片付けを始める夜の八時、
人通りの減った路地横のコンクリートにペタリと尻をつけて休憩をしていました。
足はパンパン、頭も寝不足でぐちゃぐちゃで、
与えられた休憩時間の15分を、缶コーヒーを片手に
ただボーッと過ごすだけで終えようとしていた時です。
ピチャン。
耳元で水の音がしました。
「えっ?」
ハッと目が覚めたような気分で周りを見回すと、
立ち並ぶ屋台の隅に、ひとつ、金魚すくいの屋台があります。
「ああ、今のはここかぁ」
その時は、かなり距離の離れた場所にある屋台の水音がなぜ聞こえたのか、
ということに何ら疑問も浮かばず、
ただその不思議と物悲しいような音色に、
ついフラフラと閉店間際の
その金魚すくいの屋台へひきよせられていったのです。
「こんばんは、おじょうちゃん」
そこに佇む店主は、
齢八十をゆうに越えたと思われる年配のおばあさんでした。
ムラサキ色の浴衣が、露天の店主だというのに、
どこか上品さをもってその人を照らしています。
「こんばんは。……うわあ、スゴイ数」
視線を店主から水槽に移し、思わず感嘆の声が漏れました。
水色の安っぽいプラの水槽の中を、
真っ赤な金魚たちがところせましと
泳ぎ回っているその姿。
初めて見るわけでは決して無いのに、
夏の夜を象徴するようなその色どりに、
なぜかとても深く感動を覚えたのです。
「おじょうちゃん、やっていくかい?」
「え? えっと……」
大小さまざまな魚の肢体に心惹かれたものの、
時計に目をやるとすでに休憩も終わる時間。
「す、すみません、仕事の休憩が終わっちゃうので」
「ああ、祭りの人間だったのかい。残念だが、がんばってくれね」
おばあさんは少しばかり眉を下げ、小さく手を振ってくれました。
あの赤い輝きに後ろ髪をひかれつつ、しぶしぶ仕事へと戻ったのです。
「おつかれさまー」
「おつかれさまでした」
夜の十時。
ようやく祭りのあと始末を終え、現地解散となりました。
ホッと肩の力が抜け、帰路につく同僚先輩方の姿をしり目に、
広場のベンチでぐったりと空を仰ぎました。
夏の夜空のキレイさも、
疲れ切った心身には少しもかすりはしません。
足音の消えた周辺に、
自分もそろそろ帰ろうかと腰を浮かせた時でした。
ピチャン。
また、あの水音が響きました。
「おじょうちゃん」
風もない宵の中、
ムラサキ色の光がぼうっと背後に立っていました。
「あ……金魚すくいの」
そう、そこにいたのはあの休憩の時のおばあさんです。
ハッと驚きに目を見張るこちらにニンマリと笑みを浮かべて、
「おじょうちゃん、よくがんばってくれてたからねぇ。
……これ、持っていきな」
ちゃぷん。
ヤナギのようにゆらりと立つその手元には、
薄いビニールの中を泳ぐ三匹の金魚の姿がありました。
「え、でも、売りものじゃ」
「気にしなさんな。あんたになら適任さ」
ビニールについた黒い紐が、スッと手首に通されました。
瞬間、触れた老婆の手のひらは、こんな熱帯夜でなお、
ヒヤリと冷たさを感じました。
「あ、ありがとうございます」
「うん。……かわいがっておくれね」
満足そうに頷いたおばあさんは、
まるで年齢に見合わぬ足取りで明かりの落ちた街中へと消えていきました。
「もらっちゃった。……キレイ、だなぁ」
夜空を透かした金魚たちは、水と空の境などないかのように、
クルクルと泳ぎ回っています。
フユフユと漂う塊は、まるで三つの炎のようにも思えたのでした。
一人、アパートへ戻れば、玄関先でどっと疲れが襲い掛かります。
このままベッドに突入したい気持ちになりながらも、
貰った金魚をそのままにはできません。
一人暮らしのアパートには、金魚鉢なんてものはありませんでした。
仕方ないので、空いた2Lペットボトルを半分に切って、
金魚たちをそこに避難させました。
明日はちょうど休みです。
ホームセンターに行って、ちょうどいい器を探してこよう。
そう頭の片隅で考え、だるい身体をバタンと布団の上に横たえたのです。
夢を、見ました。
その空間は真っ黒で、
なぜか視界はゆらゆらと揺らいでいます。
そこに、ポツン、と赤いロウソクが立っていました。
それも、三つ。
金魚の数と同じだ、と気付いた時、
ふいにロウソクの一つが揺らぎ、
フッ
まるで誰かに吹き消されでもしたかのように、
そのうちの一つの灯し火が潰えてしまったのです。
あ、とそれに駆け寄ろうとした瞬間、
パッと目が覚めました。
「夢……?」
カーテンを透かす日の光が、
全身をぼんやりと暖めています。
流れるようにそちらに視線を向け、ハッとしました。
「あ……」
プカリ。
ペットボトルの中の金魚が一匹、
腹を浮かせていました。
真っ白になった目はブキミに濁っていて、
夢との対比にゾッと背筋が冷たくなりました。
「……早く、入れ物買わなきゃ」
亡くなった金魚はティッシュにくるんで処分し、
どこか急かさる気分になりながら、
出かける準備を始めたのです。
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