上 下
5 / 371

3.三匹の金魚①(怖さレベル:★★★)

しおりを挟む
(怖さレベル:★★★:旧2ch 洒落怖くらいの話)


ヒッ……あ、す、すみません。

この部屋……あの、そこの、窓際。
あの金魚鉢……ちょっと、隠してもらってもいいですか。

ありがとうございます。
ええ……すみません。

私その、金魚が……ほんとに、ダメで。

というのも、これからお話する内容が……
その、金魚に関連しているから、なんです。

あれは、
私がまだ社会人になりたての頃のことでした。



新卒で入社したイベント代行の会社は、
外見の華やかさと相反して非常にハードで、
毎日へとへとになって帰宅する日々でした。

それでも、仕事自体はとても充実していて、
研修期間も終わった初夏のある日、
手伝いとして、ある中部地方の夏祭りのイベントに参加しました。

前夜遅くまでの飾りつけ、打ち合わせ、リハーサルに、
祭り当日も設備チェックやタイムスケジュールのズレにてんやわんや。

祭りの終盤にはヘロヘロ状態で、
屋台が片付けを始める夜の八時、
人通りの減った路地横のコンクリートにペタリと尻をつけて休憩をしていました。

足はパンパン、頭も寝不足でぐちゃぐちゃで、
与えられた休憩時間の15分を、缶コーヒーを片手に
ただボーッと過ごすだけで終えようとしていた時です。

ピチャン。

耳元で水の音がしました。

「えっ?」

ハッと目が覚めたような気分で周りを見回すと、
立ち並ぶ屋台の隅に、ひとつ、金魚すくいの屋台があります。

「ああ、今のはここかぁ」

その時は、かなり距離の離れた場所にある屋台の水音がなぜ聞こえたのか、
ということに何ら疑問も浮かばず、

ただその不思議と物悲しいような音色に、
ついフラフラと閉店間際の
その金魚すくいの屋台へひきよせられていったのです。

「こんばんは、おじょうちゃん」

そこに佇む店主は、
齢八十をゆうに越えたと思われる年配のおばあさんでした。

ムラサキ色の浴衣が、露天の店主だというのに、
どこか上品さをもってその人を照らしています。

「こんばんは。……うわあ、スゴイ数」

視線を店主から水槽に移し、思わず感嘆の声が漏れました。

水色の安っぽいプラの水槽の中を、
真っ赤な金魚たちがところせましと
泳ぎ回っているその姿。

初めて見るわけでは決して無いのに、
夏の夜を象徴するようなその色どりに、
なぜかとても深く感動を覚えたのです。

「おじょうちゃん、やっていくかい?」
「え? えっと……」

大小さまざまな魚の肢体に心惹かれたものの、
時計に目をやるとすでに休憩も終わる時間。

「す、すみません、仕事の休憩が終わっちゃうので」
「ああ、祭りの人間だったのかい。残念だが、がんばってくれね」

おばあさんは少しばかり眉を下げ、小さく手を振ってくれました。
あの赤い輝きに後ろ髪をひかれつつ、しぶしぶ仕事へと戻ったのです。

「おつかれさまー」
「おつかれさまでした」

夜の十時。
ようやく祭りのあと始末を終え、現地解散となりました。

ホッと肩の力が抜け、帰路につく同僚先輩方の姿をしり目に、
広場のベンチでぐったりと空を仰ぎました。

夏の夜空のキレイさも、
疲れ切った心身には少しもかすりはしません。

足音の消えた周辺に、
自分もそろそろ帰ろうかと腰を浮かせた時でした。

ピチャン。

また、あの水音が響きました。

「おじょうちゃん」

風もない宵の中、
ムラサキ色の光がぼうっと背後に立っていました。

「あ……金魚すくいの」

そう、そこにいたのはあの休憩の時のおばあさんです。
ハッと驚きに目を見張るこちらにニンマリと笑みを浮かべて、

「おじょうちゃん、よくがんばってくれてたからねぇ。
 ……これ、持っていきな」

ちゃぷん。

ヤナギのようにゆらりと立つその手元には、
薄いビニールの中を泳ぐ三匹の金魚の姿がありました。

「え、でも、売りものじゃ」
「気にしなさんな。あんたになら適任さ」

ビニールについた黒い紐が、スッと手首に通されました。

瞬間、触れた老婆の手のひらは、こんな熱帯夜でなお、
ヒヤリと冷たさを感じました。

「あ、ありがとうございます」
「うん。……かわいがっておくれね」

満足そうに頷いたおばあさんは、
まるで年齢に見合わぬ足取りで明かりの落ちた街中へと消えていきました。

「もらっちゃった。……キレイ、だなぁ」

夜空を透かした金魚たちは、水と空の境などないかのように、
クルクルと泳ぎ回っています。

フユフユと漂う塊は、まるで三つの炎のようにも思えたのでした。



一人、アパートへ戻れば、玄関先でどっと疲れが襲い掛かります。

このままベッドに突入したい気持ちになりながらも、
貰った金魚をそのままにはできません。

一人暮らしのアパートには、金魚鉢なんてものはありませんでした。
仕方ないので、空いた2Lペットボトルを半分に切って、
金魚たちをそこに避難させました。

明日はちょうど休みです。
ホームセンターに行って、ちょうどいい器を探してこよう。

そう頭の片隅で考え、だるい身体をバタンと布団の上に横たえたのです。



夢を、見ました。

その空間は真っ黒で、
なぜか視界はゆらゆらと揺らいでいます。

そこに、ポツン、と赤いロウソクが立っていました。

それも、三つ。

金魚の数と同じだ、と気付いた時、
ふいにロウソクの一つが揺らぎ、

フッ

まるで誰かに吹き消されでもしたかのように、
そのうちの一つの灯し火が潰えてしまったのです。

あ、とそれに駆け寄ろうとした瞬間、
パッと目が覚めました。

「夢……?」

カーテンを透かす日の光が、
全身をぼんやりと暖めています。

流れるようにそちらに視線を向け、ハッとしました。

「あ……」

プカリ。

ペットボトルの中の金魚が一匹、
腹を浮かせていました。

真っ白になった目はブキミに濁っていて、
夢との対比にゾッと背筋が冷たくなりました。

「……早く、入れ物買わなきゃ」

亡くなった金魚はティッシュにくるんで処分し、
どこか急かさる気分になりながら、
出かける準備を始めたのです。

>>
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

サクッと読める♪短めの意味がわかると怖い話

レオン
ホラー
サクッとお手軽に読めちゃう意味がわかると怖い話集です! 前作オリジナル!(な、はず!) 思い付いたらどんどん更新します!

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

意味が分かると怖い話 考察

井村つた
ホラー
意味が分かると怖い話 の考察をしたいと思います。 解釈間違いがあれば教えてください。 ところで、「ウミガメのスープ」ってなんですか?

処理中です...