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1.豹変した妹①(怖さレベル:★★☆)
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(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)
ええと、これは、すごい昔の話なんですけど。
私の妹、絵描きなんです。
といっても、たいそうなものではなくて。
ただ、自分の好きな絵――特に風景画を好んで描いていました。
しかし、うちの両親はとても厳しい人で、
夢を追うためだけに美大など、とても行かせてはくれませんでした。
更にそれだけで生活なんてできないので、
妹は中小企業に就職し、休日に道具を持って絵を描く、
という日々を送っていました。
それは、半ば趣味といって差し支えないくらいの状態で。
とはいっても、やっぱりプロになりたいという夢はあったようで、
いろいろなコンクールなどに応募はしていたようです。
そんな妹は、一人暮らしで生活をしていたので、
親と同居していた私は、
よく生活用品などを差し入れしに遊びにいくことが多かったのです。
彼女は1LDKのあまり広くない部屋に住んでいたのですが、
そのリビングには、いつも絵描き道具が置かれ、
ちょっとしたアトリエの風体となっていました。
私は、そこで妹が描いたいろいろな絵画を眺めるのが、
遊びに行く時の楽しみになっていたのです。
そして、それは冬のある寒い日だったでしょうか。
いつものように、妹の暮らすアパートのワンルームへと、
トイレットペーパーとご飯パックをお土産に、ふらりと遊びにいった日でした。
妹は、ほとんど出来上がっている風景画に、
最後の色付けをしているところでした。
「お姉ちゃん、いらっしゃい。
あ、いろいろまた買ってきてくれたんだ、ありがとね」
「ん、気にしないでよ。これ、置いておくからね……って、あれ?」
目の端に映った彼女の絵に違和感を覚えて、思わず足が止まったのです。
妹の絵は風景画がメインなので、だいたいが緑や青、
茶色などの色合いで描かれることが多いのですが、
一瞬見えた彼女の絵には、
奇抜ともいえるほどの鮮やかなムラサキ色が見えたのです。
「……花?」
そう、最初は花の色かと思ったんです。
冬に入ったとはいえ、まだパンジーなどの冬の花も見かけましたし、
自然が好きな妹ですから、きっとそういう場面を描いたのだろうと。
荷物を置いてリビングに戻れば、
妹は絵筆を片付けて、描いた絵に上から布をかぶせていました。
「あれ、どうしたの?」
「んー……なんかあんまり納得いかなくて」
普段であれば、描き終えた絵は乾燥の為さらしておくのに、
珍しいことをするなぁ、と思ったのを覚えています。
そして、またしばらくしてから、妹の家に行った時です。
妹は、リビングでまた絵をかいていました。
「……あれ?」
しかし、いつもであれば緑にあふれている絵画は、妙に薄暗い色彩です。
「あ、お姉ちゃん、いらっしゃい」
「う、うん。……ねぇ、今日は風景画じゃないのね」
そう、その絵は、どこか抽象的な……
妹のいつもの作風とは明らかに異なった画風でした。
濃い灰色の背景に、黒と白の濃淡。
渦巻のように盛り上がった油絵の具の中央に、
いつか見たあの鮮やかなムラサキが、ぽつん、と置かれているのです。
「んー……ちょっと、気分転換」
妹は、少しだけ疲れたように笑って、
またいつかのように絵筆を片付け始めました。
そしてまた、描いた絵の上にひらり、と布をかぶせて隠してしまうのです。
「え、ちょっと、よく見せてよ」
「あんまりうまく描けなかったからさ。……また今度ね」
困ったように笑う妹に、あまり強く出ることも出来ず、
仕方ないとその時は引き下がったのです。
そしてまた、妹の家に行った時のことです。
その日は本当は仕事休みで、昼くらいに妹の家に行く予定だったのですが、
ぐうぜん臨時の出勤が入ってしまい、
予定よりも大幅に遅れて彼女の家についたのです。
「ごめんねー遅れて……あれ?」
連絡はしてあったものの、
扉を開けて声を掛けても反応がありません。
不用心なことに、鍵を開けたまま、
コンビニにでも出かけて行ってしまったようでした。
仕方がないので部屋に入って、持ち込んだお土産を置いていると、
またもやリビングの中央に置かれた絵に目が行きました。
それは、やはり布でひらりと覆われていて、見ることができません。
「……ちょっとだけなら、いいよね」
僅かに湧いたいたずら心のまま、
かぶせられた布をちらり、とめくったのです。
「――ッ?!」
ムラサキ、ムラサキ、ムラサキ――。
油絵具を幾重にも重ね、
まるで山の表面をボコボコと描いてでもいるかのように、
執拗に塗り重ねられたムラサキの絵画がそこにはありました。
「なに、これ……」
思わず手からはなれた布が、バサリと床に落ちます。
その行方に目をやって、ビクリ、と身体がこわばりました。
いつもであれば、失敗作や、
途中の絵画がばらばらと置かれている部屋の隅。
その絵画の数々も――みな、すべからくムラサキ色に彩られていたのです。
「う、わ……」
「お姉ちゃん」
引いた身体の背面に、ぽん、と手のひらが乗りました。
>>
ええと、これは、すごい昔の話なんですけど。
私の妹、絵描きなんです。
といっても、たいそうなものではなくて。
ただ、自分の好きな絵――特に風景画を好んで描いていました。
しかし、うちの両親はとても厳しい人で、
夢を追うためだけに美大など、とても行かせてはくれませんでした。
更にそれだけで生活なんてできないので、
妹は中小企業に就職し、休日に道具を持って絵を描く、
という日々を送っていました。
それは、半ば趣味といって差し支えないくらいの状態で。
とはいっても、やっぱりプロになりたいという夢はあったようで、
いろいろなコンクールなどに応募はしていたようです。
そんな妹は、一人暮らしで生活をしていたので、
親と同居していた私は、
よく生活用品などを差し入れしに遊びにいくことが多かったのです。
彼女は1LDKのあまり広くない部屋に住んでいたのですが、
そのリビングには、いつも絵描き道具が置かれ、
ちょっとしたアトリエの風体となっていました。
私は、そこで妹が描いたいろいろな絵画を眺めるのが、
遊びに行く時の楽しみになっていたのです。
そして、それは冬のある寒い日だったでしょうか。
いつものように、妹の暮らすアパートのワンルームへと、
トイレットペーパーとご飯パックをお土産に、ふらりと遊びにいった日でした。
妹は、ほとんど出来上がっている風景画に、
最後の色付けをしているところでした。
「お姉ちゃん、いらっしゃい。
あ、いろいろまた買ってきてくれたんだ、ありがとね」
「ん、気にしないでよ。これ、置いておくからね……って、あれ?」
目の端に映った彼女の絵に違和感を覚えて、思わず足が止まったのです。
妹の絵は風景画がメインなので、だいたいが緑や青、
茶色などの色合いで描かれることが多いのですが、
一瞬見えた彼女の絵には、
奇抜ともいえるほどの鮮やかなムラサキ色が見えたのです。
「……花?」
そう、最初は花の色かと思ったんです。
冬に入ったとはいえ、まだパンジーなどの冬の花も見かけましたし、
自然が好きな妹ですから、きっとそういう場面を描いたのだろうと。
荷物を置いてリビングに戻れば、
妹は絵筆を片付けて、描いた絵に上から布をかぶせていました。
「あれ、どうしたの?」
「んー……なんかあんまり納得いかなくて」
普段であれば、描き終えた絵は乾燥の為さらしておくのに、
珍しいことをするなぁ、と思ったのを覚えています。
そして、またしばらくしてから、妹の家に行った時です。
妹は、リビングでまた絵をかいていました。
「……あれ?」
しかし、いつもであれば緑にあふれている絵画は、妙に薄暗い色彩です。
「あ、お姉ちゃん、いらっしゃい」
「う、うん。……ねぇ、今日は風景画じゃないのね」
そう、その絵は、どこか抽象的な……
妹のいつもの作風とは明らかに異なった画風でした。
濃い灰色の背景に、黒と白の濃淡。
渦巻のように盛り上がった油絵の具の中央に、
いつか見たあの鮮やかなムラサキが、ぽつん、と置かれているのです。
「んー……ちょっと、気分転換」
妹は、少しだけ疲れたように笑って、
またいつかのように絵筆を片付け始めました。
そしてまた、描いた絵の上にひらり、と布をかぶせて隠してしまうのです。
「え、ちょっと、よく見せてよ」
「あんまりうまく描けなかったからさ。……また今度ね」
困ったように笑う妹に、あまり強く出ることも出来ず、
仕方ないとその時は引き下がったのです。
そしてまた、妹の家に行った時のことです。
その日は本当は仕事休みで、昼くらいに妹の家に行く予定だったのですが、
ぐうぜん臨時の出勤が入ってしまい、
予定よりも大幅に遅れて彼女の家についたのです。
「ごめんねー遅れて……あれ?」
連絡はしてあったものの、
扉を開けて声を掛けても反応がありません。
不用心なことに、鍵を開けたまま、
コンビニにでも出かけて行ってしまったようでした。
仕方がないので部屋に入って、持ち込んだお土産を置いていると、
またもやリビングの中央に置かれた絵に目が行きました。
それは、やはり布でひらりと覆われていて、見ることができません。
「……ちょっとだけなら、いいよね」
僅かに湧いたいたずら心のまま、
かぶせられた布をちらり、とめくったのです。
「――ッ?!」
ムラサキ、ムラサキ、ムラサキ――。
油絵具を幾重にも重ね、
まるで山の表面をボコボコと描いてでもいるかのように、
執拗に塗り重ねられたムラサキの絵画がそこにはありました。
「なに、これ……」
思わず手からはなれた布が、バサリと床に落ちます。
その行方に目をやって、ビクリ、と身体がこわばりました。
いつもであれば、失敗作や、
途中の絵画がばらばらと置かれている部屋の隅。
その絵画の数々も――みな、すべからくムラサキ色に彩られていたのです。
「う、わ……」
「お姉ちゃん」
引いた身体の背面に、ぽん、と手のひらが乗りました。
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