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25話 ~仮初めの死~

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(呪い……これが……!!)

 黒い紋様が、怪しく赤く輝いている。

 ズズッ、ズズッ、と、まるでツタのように、彼の皮膚の表面に広がって。

 任務失敗。
 私の脳裏にその四文字が浮かぶ。

 彼を、彼を――殺そうと、している!!

「え、エリアスさん!! こ、これ、どうしたら……!?」
「っ、これが本当に呪いなら……呪った当人なら解けるかもしれないけど、部外者のあたしたちじゃどうしようもないわ……!!」
「そ、そんな……っ!!」

 どう考えても、呪った当人は国の中だろう。

 今から彼を抱えて戻ったところで、きっと間に合わない。

(どうしよう……どうしたら……!!)

 目の前で、土の上で苦しむ男性を見つめ、呆然とする。
 ギリッ、と強くかみしめた唇から、赤い血が滴った。

***

「うっわ……なんだ、コレ」

 くさりかたびらを身に着けた、大小五人ほどの兵士たちが木々をかき分け進んでいた。

 魔の森。
 城の裏側から進んで、半分ほどの場所だろうか。

 そのうちの一人が、ぎゅっと眉をしかめて声を上げたのは。

「オイ、なんだよ。どうし……って、うわぁ!!」

 すぐ後ろを歩いていたもう一人が、立ち止まった前の男の視線を追う――が、すぐに大声で悲鳴を上げてしりもちをついた。

 そこは、まさに血の惨劇だ。

 茶色の土の地面が吸いきれないほどの、あふれるほどの血の海。

 その真上には、バラバラに四散した、日本刀の残骸が残されていた。

「うっ……こ、この、血は」

 口をおさえる他の兵士たちの後ろから、五人の中で一番小さな影が歩きでた。

「……に……にい、さん?」

 スカイブルーの瞳を黒く濁らせた少年が、おぼつかない足取りで、地面に落ちた日本刀の柄を持ち上げる。

「お、おい、ブラウ……お前」

 仲間がブラウの肩を叩くも、彼はいっさい反応せず、ジッと折れた柄を凝視した。

「………………」

 震える小さな手のひらが、その柄に刻まれた名前をなぞる。

 ――昔。もっと、幼い頃。

 ほんのイタズラで刻んだ、兄と自分の名前。

 つたない手つきで彫り込んだその文字が、ここで命を落としたのは、この大量の血痕の主が、間違いなく兄である。その事実を示していた。

「にい、さ……う、そ、ウソ、だ」

 ガクガクと震える指先が、血に濡れた柄を抱きしめた。

***

「まぁまぁ、あんたいい加減、機嫌を直しなさいよ」
「……べつに、怒ってるわけじゃねぇさ。混乱してるだけだ」

 あの開けた森の中から、徒歩の距離にして約一時間ほど離れた場所にて。
 チョロチョロと力なく流れる小川のそばで、三人して顔を突き合わせていた。

 そう、三人。
 私と、エリアスと、すっかり目の下の不気味な文様が消えた黒髪の男性の、三人だ。

「っていうか、ハナ。あんた功労者なのに、なんでそんな引っ込んだ位置にいるのよ」
「え……いや、なんか、いたたまれなくって……」

 三人のトライアングルの中で、一番遠く、離れた水辺のそばに座って、チラチラと二人へ視線を向けた。

 功労者。
 エリアスがそう言ってくれた通り、この男性の【呪い】とやらは、私がスッカリ消し去ったのだ。

 どういう流れだったか、というと――
 けっこうグロテスクな場面もあったため、ザックリと説明する。

 彼の紋様は、あの後、腕や足にいたるまで、全身にブワッと広がってしまったのだ。
 肌色の上に、黒く赤く光る紋様が、まるでマダラ模様のように広がって、それはもう、恐ろしい光景だった。

 ただ、呪いは、それでは収まらなくて。

 その、広がった紋様の部分が、裂け始めてしまったのだ。

 皮膚が、紋様にそっと裂け、そこからあり得ないほどの量の血液があふれ出す。

 もう、とんでもないスプラッター映像。
 直視し続ければ卒倒してしまいそうなほどの。

 そんな恐ろしいことが眼前で起きるさなか、エリアスが叫んだんだ。

『ハナ!! あんた、あの回復の力、使えるんじゃないの!?』

 と。

 それからは、早かった。

 彼を、死なせたくない。
 ブラウの兄を、みすみす見殺しにしたくない!!

 目の前で進行する恐ろしい呪い。
 それに、グッと頬の内側をかみしめつつ近づき、治癒の力を全力で行使した。

 すべての魔力を、彼に注ぐように。

 呪いを、傷を、命を――すべて、救うように。

 そうして、向き合い続けること、約一時間。
 恐ろしい紋様は空気に溶けるようにして消え、黒髪の男性は血まみれになりながらも、五体満足、完全な健康体で生き残ったのだった。

 そうして、彼を救った、はいいものの。
 私はひざを抱えつつ、おそるおそる、男性に問いかけた。

「あのぅ……えっと、記憶、大丈夫ですか?」
「き、おく? ……意味がわからねぇ。どういうことだ?」
「え、えぇと……なんか、私の回復能力の副作用で、ケガをした付近の記憶が、フッ飛ぶことがあるみたいなんですよ」

 男性は、がりがりと頭を掻いたあと「う~~ん?」と首をかしげたが、

「いやぁ……べつに。呪いで死にかけたことも覚えてるし、その前後のやり取りも忘れてはいねぇな」
「え……あれぇ? ……よかったですけど、どうしてだろう……?」

 治療したら、必ず記憶が消える、というわけではないのだろうか。

 パシャパシャと川の水で遊びつつ、頭を空へ向けて考え込んでいると、エリアスが神妙な表情で言った。

「ねぇ。……よくよく考えると、あたしも何度か、あんたに回復してもらってるわよね」
「あ、そっか……そうですよね。オオカミの襲撃の時……」
「それなのに、あたしには、記憶の消失は起きていない。……この男とおんなじようにね」
「あ……そういえば、確かに」

 よくよく思い返せば、その通りだ。
 むしろ、なぜ今まで、そんな初歩的なことに気づかなかったんだろう。

(記憶が消えるのに、なにか条件がある……?)

 エリアスも、この男性も、命に係わるほどの重症だった。

 けれど、戦場のときだって同じだ。
 軽いケガから、死にかけ一歩手前の兵士も治したはず。

 ふつうであれば、重いケガを治したときにこそ、副作用はでるはずだ。
 だから、ケガの大小は関係ないはず。

 ――いや、違う。

 もしかしたら、私は考え違いをしているんじゃないだろうか。

(も、もしかして……私が、ケガを治したから記憶がなくなったんじゃなくって……)

 明確な違いが、ひとつだけある。

 オオカミの襲撃の後、あのナゾの魔物がやってきたこと。
 子どものような魔物が【ボクの仕事は、もう終わってる】と言っていなかっただろうか。

 あれが。あれが、記憶操作のことだったなら――。

「それで……どうすんだよ、今後」

 動揺と混乱がひとしきり収まったらしく、男性は静かに言った。
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