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9話 ~能力の開花~

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「ぅ、うぐ……っ」

 わけがわからないうちに転移した、最初の戦場。

 あそこには、魔物ではなく人間の死体があった。

 けれど、あのときは状況把握に必死で、その惨状に目を向けるほどの余裕はなかった。

 しかし今、こうしてリアルな『死』を見てしまうと、今までただのOLとして生きてきた人間としては、かなり大きな衝撃だ。

「えっと、だ、大丈夫ですか……?」

 ブラウとグリュー少年の二人は、まだ若いせいか戦場には混ざらず、テント内で負傷者の手当てに当たっている。

 そんなせわしい対応のさなか、私にまで気をつかって声をかけてくれたことに、なさけなさとみっともなさで、グッと胸がつまった。

(こんな小さな子たちが立派に働いてるのに、私ときたら……!)

「ええ、大丈夫。……なにか、私にできることはある? 手伝うから」

「えっでも、その」

「ブラウ。……人手は足りてないんだ。手伝ってもらおうぜ」

 グリューが、てきぱきと負傷した兵士の腕に包帯を巻きつけつつ言った。

 どうやら、ゲームのように薬草を使えば即回復、ということはないようだ。

 薬液らしき小ビンの液体を包帯に浸して、傷口に巻き付けているものの、兵士たちの傷はすぐに治っていない。

 包帯にはジワジワと赤く血がにじみ出し、少年兵ふたりがせっせと汚れたものを新しいものへと取り換えている。

 横たわる兵士たちは誰も彼も辛そうな顔をしていて、見ているだけで胸が痛んだ。

「これ、どうやって使ってるの?」

「え? あ、ああ……記憶喪失、なんだっけか」

 とまどいの表情のグリューを見るに、一般常識だったみたいだ。

 詳しく説明を聞くと、小ビンには傷の治癒効果はあるものの、やはり即回復アイテムではないようだ。

 グレードの高い薬液であれば、ちぎれた腕すら復活させるものもあるらしいが、今回の任務内容では軽いケガ用のものしか配布されず、数も少ないらしい。

「今回の任務では、って……オオカミの魔物が出てるのに!?」

「おれたちの今回の任務は……この廃村の生存者の確認と、どんな魔物が出現したかの調査だ。魔物たちとの戦いは、想定されてないんだよ」

 悔しそうに歯噛みしつつ、グリューは横たわるケガ人の傷口に包帯を巻きつける。

 血のにじんだ部分を清潔な布でふき取って手助けしつつ、チラッ、とテントの外へ視線を向けた。

「あの魔物……つよいの?」
「ああ。正直、うちの隊で互角に渡り合えるのは隊長くらいだ」

 ぼそっとつぶやいたグリューのひと言に、ブラウも無言でうなづいた。
 確か、テントの合間から見たときには、あのオオカミの魔物の姿が五、六匹は見えた。

 だというのに、数十人いる部隊の中で、渡り合えるのが隊長一人、だなんて。

 それは。それはつまり、部隊全滅の危機、ということでは――?

「ぐぅっ、うぅ……っ!」

 と、バンッとテントの布がはためき、一人の男性が飛び込んできた。

「うわ……っ、ひ、ひどい……っ!」

 その場に転がるようにしてうずくまった男性のひじから先は、すでになかった。
 切り口からはボタボタと血があふれ出し、男性は苦悶に顔をゆがめている。

 一刻も早く止血しないと!!

 私は教わった通りに包帯に薬液を浸し、すぐに患部へ巻き付けた。

「うぐっ……う、うぅ……っ」

 しかし、痛みは引かないらしく、兵士はあぶら汗を流して重苦しいうめき声を上げ続けている。

 白い骨がのぞく断面は、薬液でわずかにふさがる様子を見せつつも、流れ出る血の方が多かった。

 血が、止まらない。このままでは、かなり危険だ。

(私が……私が、なにか特殊能力でも持っていれば……!!)

 包帯を追加で巻き、患部を刺激しないように抑えつつ、下唇をかみしめる。

 例えば、時間の巻き戻し、傷の修復、完全治癒。
 そういった特別な力を持つ、賢者もしくは聖女であったなら。

 現状は、ただのハダカエプロンの変な女でしかない。
 どうして神様は、もっとこう、恥ずかしくないなにか特別な力を与えてくださらなかったんだろう。

 いや、ちがう。思い出せ。

 私は、ハッとついさっきの出来事を思い返した。

 隊長が言っていたじゃないか。

 『あなたの肌の上には、強烈な魔力が流れている』と。

 つまり、私の体にはとてつもない魔力が秘められているはずだ。

 それも、服すらまともに着用できないほどの――!!

「……っ、でも、魔法なんて」

 当然ながら、前世(?)ではそんなパラメーター自体なかったし、今にいたるまで自分の体に『不思議ななにか』を感じとったことはない。

 パッと手をかざしたら火が出たとか、水がわき出したとか、風がうねったりとか、そういうこともなかった。

 流れている魔力とやらも、いわゆる異世界転移した人間に対するただの加護というだけかもしれない。

「ぅぐっ……い、痛、っ、ぐ……っ」

 目の前で、腕を失ってしまった兵士が、うめく。
 すでに唇はむらさき色に染まって、目の端から涙があふれている。

(時間がない!! やるしか……やるしか、ないんだ)

 私は焦りと緊張でぐっとだ液を飲み込むと、巻き付けた包帯の上に手をそえた。
 もし、服を着られないという理不尽きわまりない現象が、流れる魔力のせいならば。

 今、ハダカエプロンという不本意な恰好で手当てするという大恥が、まったくのムダではないのなら。

 失われてしまいそうな命を救う――そんな力を、私に!!

 ――バチッ

 まるで、全身がソーダみたいにパチパチとはじけるような。
 うたたねしていたのを、パンッと肩をたたかれたかのような。
 今までの自分のステージから、さらに上へ上がれたかのような。

 体になみなみと満ちる、活力。

 体力とも、精神力ともちがう――不思議な力が、全身にみなぎった。

 これが――これが、魔力!?

 炭酸みたいに、皮膚の表面にパチパチとパワーがはじける。

 体にまとわりつくそれを、目の前の失われた腕へと、ゆっくり柔らかく流し込んでいく。

「ぐ、うぅ……え、アレ……?」

 うめく兵士の表情から、だんだんと苦しみが消えていく。

 白とオレンジとピンクの混ざった光が、キラキラと傷の断面を覆い、不思議な輝きを発し始めた。

 きつく目をつぶっていた彼の目が、うっすらと開かれ、腕を見下ろす。

「え、お、おれの、腕が……!」
「……や、やった……!!」

 流血はまたたく間に止まり、傷口が三色に光り出した。

 ちぎれた部分がふわふわと優しくキラめき、失われたはずの腕が、根本から光とともに再生されていく。
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