1 / 7
1. 大事の決行
しおりを挟む
――あのような大事を明日にでも決行しようとしているのに、このような小事で疲れるとは!
刀川は大学の読書同好会の活動中に、うまいこと例の計画を悟られずに過ごした。
ただし、そのことで体力を使い果たした自分自身を、午後6時ごろの電車の中で今のように戒めていた。
彼は空腹だった。確かについ先ほどまでは、何も食べる気になっていなかった。
妙に思考がもつれていたからだ。
しかし、大学の読書同好会を無事終えて幾分心が落ち着いたことで、身体の芯が焼けつくような飢えを感じていた。
空腹のあまり、空を歯噛みする寸前だった。
だから目下、彼は6号車の座席に腰を下ろし、コーヒーとパンを口に入れている。
期末試験も近いうだる暑さの7月、駅から少し離れた場所にある、この地域唯一のコンビニで購入したものだ。
彼は周囲の乗客の目も気にせずに、車内で飢えを満たしていった。
――くよくよと迷妄にとらわれることはなかったのだ!
――珈琲一杯にパン一つで、うむ、この通り、たちまち頭はしっかりする、考えもはっきりするではないか!
――第一、あの計画が悟られることなどない。
パンを貪りつつ、いつもの哲学的な独語癖で小さくぶつぶつと呟いていたその時、大学に派手な帽子を忘れたことを思い出した。
読書同好会の活動で利用していた、蒸し暑い教室に置き忘れたようだ。
だが、この時彼の頭に浮かんだのは「しまった、取りに戻ろう」という考えではなかった。
――うむ、うむ。まあ、あの帽子は、あの時には目立ちすぎる。取りに戻らなくても良かろう。
――それに、あの時には、あの時には、今日のように太陽が私を照らすこともない。従って、帽子は不要である。
午後6時6分。夕焼けが始まり、広い空が朱色と金色に染まっていく。
都会から遠く離れたこの場所だからこそ、こんな風景が電車の窓から臨める。
しかし、青白くやや細身の彼は、いつものように、その風景を楽しむわけにもいかず、向かいの席でおしゃべりをしている部活帰りの女子高生たちを凝視するわけにもいかなかった。
風景が嫌いなわけでも、女子高生が嫌いなわけでもない。考え事をしなければならないからだ。
彼は呟きながら思案する。例の空想に近い計画の際の服装について。
――あの時にはどのような服装が良いだろうか。とっくりと考量する必要がある。失敗する訳には……。
――おや……あの娘たち、こちらを見ているではないか。
――読唇術を通信教育で学んだから、会話はお見通しである。
――「なんかあの人、食べながら一人でぶつぶつしゃべってるんだけど」と隣の友人にこそっと言っているではないか。
――「チラチラこっち見てきてない? キッモw」
――………。……。…。否、否、日本人にとって、言語は思想を隠す技術にすぎない。
――つまり「気持ち悪い」と言うということは、反対に私のことを好きなのではないか? そうに違いない。
彼はこういう青年だ。
他人からどう思われるか、という視点で物事を考えることが少しだけ苦手で、ポジティブに結論付けることが得意だ。
もちろん彼女が出来たことはない。
刀川は大学の読書同好会の活動中に、うまいこと例の計画を悟られずに過ごした。
ただし、そのことで体力を使い果たした自分自身を、午後6時ごろの電車の中で今のように戒めていた。
彼は空腹だった。確かについ先ほどまでは、何も食べる気になっていなかった。
妙に思考がもつれていたからだ。
しかし、大学の読書同好会を無事終えて幾分心が落ち着いたことで、身体の芯が焼けつくような飢えを感じていた。
空腹のあまり、空を歯噛みする寸前だった。
だから目下、彼は6号車の座席に腰を下ろし、コーヒーとパンを口に入れている。
期末試験も近いうだる暑さの7月、駅から少し離れた場所にある、この地域唯一のコンビニで購入したものだ。
彼は周囲の乗客の目も気にせずに、車内で飢えを満たしていった。
――くよくよと迷妄にとらわれることはなかったのだ!
――珈琲一杯にパン一つで、うむ、この通り、たちまち頭はしっかりする、考えもはっきりするではないか!
――第一、あの計画が悟られることなどない。
パンを貪りつつ、いつもの哲学的な独語癖で小さくぶつぶつと呟いていたその時、大学に派手な帽子を忘れたことを思い出した。
読書同好会の活動で利用していた、蒸し暑い教室に置き忘れたようだ。
だが、この時彼の頭に浮かんだのは「しまった、取りに戻ろう」という考えではなかった。
――うむ、うむ。まあ、あの帽子は、あの時には目立ちすぎる。取りに戻らなくても良かろう。
――それに、あの時には、あの時には、今日のように太陽が私を照らすこともない。従って、帽子は不要である。
午後6時6分。夕焼けが始まり、広い空が朱色と金色に染まっていく。
都会から遠く離れたこの場所だからこそ、こんな風景が電車の窓から臨める。
しかし、青白くやや細身の彼は、いつものように、その風景を楽しむわけにもいかず、向かいの席でおしゃべりをしている部活帰りの女子高生たちを凝視するわけにもいかなかった。
風景が嫌いなわけでも、女子高生が嫌いなわけでもない。考え事をしなければならないからだ。
彼は呟きながら思案する。例の空想に近い計画の際の服装について。
――あの時にはどのような服装が良いだろうか。とっくりと考量する必要がある。失敗する訳には……。
――おや……あの娘たち、こちらを見ているではないか。
――読唇術を通信教育で学んだから、会話はお見通しである。
――「なんかあの人、食べながら一人でぶつぶつしゃべってるんだけど」と隣の友人にこそっと言っているではないか。
――「チラチラこっち見てきてない? キッモw」
――………。……。…。否、否、日本人にとって、言語は思想を隠す技術にすぎない。
――つまり「気持ち悪い」と言うということは、反対に私のことを好きなのではないか? そうに違いない。
彼はこういう青年だ。
他人からどう思われるか、という視点で物事を考えることが少しだけ苦手で、ポジティブに結論付けることが得意だ。
もちろん彼女が出来たことはない。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる