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第2話 史上最悪の魔王、不殺の誓いを立てる-①
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オルレアン城。
魔王ターリの居城から二十キロほど離れた場所にその城はあった。
城といっても、箱型で、見た目は要塞にちかい。
四角い壁には、ほとんど装飾といったものがなく、また、窓がほとんどない。
あっても小さな明かり取りで、外から中の様子をうかがい知ることは、難しい。
また、外には見張りの兵士があちこちに立っていることが、遠くからでも確認できる。
この城が物々しい雰囲気に包まれているのには理由がある。
ここは人類と魔族との戦争における、重要拠点に位置づけられていたからだ。
この城の最深部の広間に、大きな円卓がもうけられ、人種、種族、国籍、老若男女様々な人々、十数名が座り、それぞれに従者が数名ついている。
部族間連盟。文字通り、部族や、国の垣根を超え、魔族の討伐を画策してきた。
各国の国王、大臣、将軍や、宗教指導者。種族で言えば、人間、エルフ、ドワーフ、獣人。
これほどの面子が一堂に会するのは、極めて珍しい。
連盟は、今回の作戦を対魔族戦争の最重要にして、最終のものになると捕らえていた。
今までどこにあるかも分からなかった、魔王ターリの城が一ヶ月ほど前に見つかった。
「史上最悪の魔王」と恐れられたターリの討伐は人類の悲願だ。連盟はあらゆる作戦を検討し、導き出された最も有効な作戦は、少数精鋭による奇襲。
人類の大部隊がターリの軍に別の場所で激突し、気を引く。その間に、精鋭達は、誰にも気づかれることなくターリの懐に入っていく。
選ばれたのは、勇者ストラムの一行。これまでも魔王の手下を、何人も討ち取った実績を買われた。
「遅い、魔王ターリの城に到達したと報告が届いてから、もう一日経った。なぜなんの報告も上がってこない」
ドワーフの将軍がいらだった様子でつぶやいた。
「誰かに様子を見に行かせた方が良いのではないか」
「様子を見に行く?誰に行かせるんだ。魔王の城だぞ、半端な者を行かせればミイラ取りがミイラになるだけだ」
エルフの族長が反論する。
「だが、戦いに勝利したが、怪我で動けなくなっているのかも知れないじゃないか。救援にいかなくては」
「あるいは、ターリにやぶれ、殺されたかもしん。もしそうなら、行かせるだけ無駄というもの」
「なんてことを言うんだ!」
「ふたりとも、やめてください」
反対側から女性の声が上がった。リトラ教の女大司教だ。彼女の一喝で、言い争っていた二人は互いの蛮行を恥じるように、黙り込んだ。
「もう、賽は投げられているのです。信じて、待ちましょう。彼らが勝利の報告を持って帰る、そのときまで」
「残念だが、全滅だ」
穏やかな口調で、邪悪な台詞が発せられるまで、誰もその存在に気づかなかった。
「……ッ!ターリ」
本当に、いつの間に現れたのか。くだんの史上最悪の魔王が、そこにいた。よりにもよって、魔族と対峙する立場にある、リトラ教の女大司教の真後ろに。
慌てて側にいた者が、女大司教を引っ張って、魔王から遠ざける。
「報告が遅れて悪かった。決着は昨日着いたが、きみらの居場所を探すのに苦労したんだ」
ターリは身長185cm程、後ろに撫でつけられた黒髪。耳の代わりにとぐろを巻いた長い角が後頭部まで伸びていなければ、気品のある、若くハンサムな上流貴族に見える出で立ちだ。
「勇者ストラムたちを、どうしたのですか?」
悲鳴に近い声で、女大司教が尋ねる。
「死んだよ」
その絶望的な報告を、疑う者はいなかった。人類の、すべてを掛けたといっていい作戦は、ここに失敗した。
受け止めるには、あまりにもあっけなく、一方的な敗北だった。
夢であればどれほどいいか。だが、否定しようのない現実として、史上最悪の魔王が目の前にいる。
「……」
部屋にいる者全員、黙ってしまった。
口を開けば、次に待っているのは、敗者の指導者である、自分たちの処遇に話は移るだろう。
ターリが直々に自分たちの元に現れたのは、その話をするために違いない。
もしかしたら、交渉の余地があるかもしれない。
だが、少なくとも人類に交渉に役立つカードは何もなかった。
「……大変、残念ですが、私たちの負けです」
初めに口を開いたのは、やはり女大司教だった。
「もう、有効な手は残ってないと考えて良いんだね」
「はい」
「結構。それじゃあ、話しをしよう。まあ、座りなさい」
つい先ほどまで女大司教の座っていた場所を示す。
断るわけにもいかず、おそるおそる、女大司教は席に着く。
ターリの方は、立ったままで、部屋にいる大物たちを見回し、円卓のまわりをゆっくりと歩き出す。
ターリが主導権を握る、重い沈黙がしばらく場を支配した。
魔王はその様子を楽しむように、すぐには口を開かなかった。
「せっかく、この場には、人類の代表者たちが勢揃いしてるんだ。きみたちに訊いてもらいたい話がある」
「その前に一つ」
女大司教が口を挟んだ。
「負けは認めます。私の命はどうなっても構いません。なので、どうか、ここにいる者達や外で戦っている兵士たちのことを助けてはいただけないでしょうか」
迷いのない口調で彼女はターリにいった。
「その必要はない。きみたちに宣言することがあるんだ」
ターリはゆっくりと周回を続けながら、一同を見渡した。
「今後、俺は人を殺さない、それを誓うために、ここにきた」
魔王ターリの居城から二十キロほど離れた場所にその城はあった。
城といっても、箱型で、見た目は要塞にちかい。
四角い壁には、ほとんど装飾といったものがなく、また、窓がほとんどない。
あっても小さな明かり取りで、外から中の様子をうかがい知ることは、難しい。
また、外には見張りの兵士があちこちに立っていることが、遠くからでも確認できる。
この城が物々しい雰囲気に包まれているのには理由がある。
ここは人類と魔族との戦争における、重要拠点に位置づけられていたからだ。
この城の最深部の広間に、大きな円卓がもうけられ、人種、種族、国籍、老若男女様々な人々、十数名が座り、それぞれに従者が数名ついている。
部族間連盟。文字通り、部族や、国の垣根を超え、魔族の討伐を画策してきた。
各国の国王、大臣、将軍や、宗教指導者。種族で言えば、人間、エルフ、ドワーフ、獣人。
これほどの面子が一堂に会するのは、極めて珍しい。
連盟は、今回の作戦を対魔族戦争の最重要にして、最終のものになると捕らえていた。
今までどこにあるかも分からなかった、魔王ターリの城が一ヶ月ほど前に見つかった。
「史上最悪の魔王」と恐れられたターリの討伐は人類の悲願だ。連盟はあらゆる作戦を検討し、導き出された最も有効な作戦は、少数精鋭による奇襲。
人類の大部隊がターリの軍に別の場所で激突し、気を引く。その間に、精鋭達は、誰にも気づかれることなくターリの懐に入っていく。
選ばれたのは、勇者ストラムの一行。これまでも魔王の手下を、何人も討ち取った実績を買われた。
「遅い、魔王ターリの城に到達したと報告が届いてから、もう一日経った。なぜなんの報告も上がってこない」
ドワーフの将軍がいらだった様子でつぶやいた。
「誰かに様子を見に行かせた方が良いのではないか」
「様子を見に行く?誰に行かせるんだ。魔王の城だぞ、半端な者を行かせればミイラ取りがミイラになるだけだ」
エルフの族長が反論する。
「だが、戦いに勝利したが、怪我で動けなくなっているのかも知れないじゃないか。救援にいかなくては」
「あるいは、ターリにやぶれ、殺されたかもしん。もしそうなら、行かせるだけ無駄というもの」
「なんてことを言うんだ!」
「ふたりとも、やめてください」
反対側から女性の声が上がった。リトラ教の女大司教だ。彼女の一喝で、言い争っていた二人は互いの蛮行を恥じるように、黙り込んだ。
「もう、賽は投げられているのです。信じて、待ちましょう。彼らが勝利の報告を持って帰る、そのときまで」
「残念だが、全滅だ」
穏やかな口調で、邪悪な台詞が発せられるまで、誰もその存在に気づかなかった。
「……ッ!ターリ」
本当に、いつの間に現れたのか。くだんの史上最悪の魔王が、そこにいた。よりにもよって、魔族と対峙する立場にある、リトラ教の女大司教の真後ろに。
慌てて側にいた者が、女大司教を引っ張って、魔王から遠ざける。
「報告が遅れて悪かった。決着は昨日着いたが、きみらの居場所を探すのに苦労したんだ」
ターリは身長185cm程、後ろに撫でつけられた黒髪。耳の代わりにとぐろを巻いた長い角が後頭部まで伸びていなければ、気品のある、若くハンサムな上流貴族に見える出で立ちだ。
「勇者ストラムたちを、どうしたのですか?」
悲鳴に近い声で、女大司教が尋ねる。
「死んだよ」
その絶望的な報告を、疑う者はいなかった。人類の、すべてを掛けたといっていい作戦は、ここに失敗した。
受け止めるには、あまりにもあっけなく、一方的な敗北だった。
夢であればどれほどいいか。だが、否定しようのない現実として、史上最悪の魔王が目の前にいる。
「……」
部屋にいる者全員、黙ってしまった。
口を開けば、次に待っているのは、敗者の指導者である、自分たちの処遇に話は移るだろう。
ターリが直々に自分たちの元に現れたのは、その話をするために違いない。
もしかしたら、交渉の余地があるかもしれない。
だが、少なくとも人類に交渉に役立つカードは何もなかった。
「……大変、残念ですが、私たちの負けです」
初めに口を開いたのは、やはり女大司教だった。
「もう、有効な手は残ってないと考えて良いんだね」
「はい」
「結構。それじゃあ、話しをしよう。まあ、座りなさい」
つい先ほどまで女大司教の座っていた場所を示す。
断るわけにもいかず、おそるおそる、女大司教は席に着く。
ターリの方は、立ったままで、部屋にいる大物たちを見回し、円卓のまわりをゆっくりと歩き出す。
ターリが主導権を握る、重い沈黙がしばらく場を支配した。
魔王はその様子を楽しむように、すぐには口を開かなかった。
「せっかく、この場には、人類の代表者たちが勢揃いしてるんだ。きみたちに訊いてもらいたい話がある」
「その前に一つ」
女大司教が口を挟んだ。
「負けは認めます。私の命はどうなっても構いません。なので、どうか、ここにいる者達や外で戦っている兵士たちのことを助けてはいただけないでしょうか」
迷いのない口調で彼女はターリにいった。
「その必要はない。きみたちに宣言することがあるんだ」
ターリはゆっくりと周回を続けながら、一同を見渡した。
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