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消えた?

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「木田さん」

蒸し蒸しとして暑い朝だった。下敷きで顔を仰いでいた詩音は席についてすぐ、隣のクラスの男子に名前を呼ばれた。顔には見覚えがあった。
雨村と仲がいい子だ。

「昨日雨村の様子がおかしかったんだけど、何かあったの?」

「え、さあ……」
詩音は昨日、雨村と話していなかった。

「何で私に聞くの?」

「だって、雨村と木田さんって……そういうことでしょ?」

男子はせわしなく手振りをして言葉を上ずらせた。

「違うよ」

「え、マジで?」心なしか嬉しそうだ。

「うん。それで雨村がどうしたって?」

「顔を蒼白にして、俺なんか死ぬしかないって。あいつがそんなこと言うのって結構珍しいから、喧嘩したのかなって」

「今日は学校に来てる?」
「いや、まだ来てない」

話は思いのほか深刻そうだった。

「分かった。教えてくれてありがとう」

一体なんだろう。増田さんの身にもしもがあったのだろうか。とにかくまず由羅ちゃんに話を聞こう。
結局その日は、雨村は学校に姿を見せなかった。


 戸坂家のインターホンを鳴らすと、紺色のワンピースを着た由羅が現れた。

「あ、由羅ちゃん。それ着てくれてるんだ。似合ってる」

「ありがとう!」
ふわふわの髪の毛を触りながら由羅が言う。

「また由羅と一緒に買い物行こうね」

「うん、でもその服、今日はちょっと暑くない?」

今日はいよいよ夏の本番ともいえる気温になっていた。

「全然平気! 可愛いもん」

由羅は全く気にならないようだった。

「ああ、それなら良かった」

苦笑いする詩音に、由羅はぐっと詰め寄ってきた。

「それと前の美容室にも一緒に行こうね」

「うん、そうだね」

「約束だね? 絶対だよ?」
指先を強く握られる。

重い、と詩音は思った。

「それより由羅ちゃん」
やんわりと手をほどいて詩音は聞く。

「雨村のこと見てない?」

すると由羅は眉をひそめた。

「ついさっき、家に来た。それでなんか意味わかんないこと言って帰っていった」

「なんて言ってたの?」

「由羅が詩音とね、一緒に服買いに行って高級な美容室行ったって聖に話したら、『戸坂は愛咲と仲良くしているんだな。俺がどこか別の世界に行っても元気にするんだぞ』って」

「それ別れの挨拶?」

「そー。また頭おかしくなっちゃったみたい。由羅が厨二かって言ったら『中二だ。いい人生だった』って。ねえ詩音、あいつのこと殴ってきていいよ」

呆れた様子で由羅は言う。詩音はそれを聞いて胸騒ぎを強くした。
由羅ちゃんは雨村が何に苦しみ、どんな葛藤を抱えているかを知らない。もしかしたら、本当に大変なことになっているのかもしれない。

「私、様子を見てくる」

詩音は由羅に手を振って走り出す。日差しは熱いが体は妙に冷たい。

「顔殴ってもいいよー」

のんびりした由羅の声が、ひどく遠いものに感じられる。


 雨村は家にはいなかった。
詩音は雨村がいるとすればどこだろうと考える。
やすらぎの橋、が心に浮かんだ。それはあまり考えたくない場所だった。けれど、もし彼がやすらぎの橋にいるならば、それこそ事態は急を要する。

詩音は自らの直感を信じ、橋に向かって駆け続ける。
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