268 / 317
離れの宮3
しおりを挟む
蘭紗様は端的にわかりやすく事実のみを教えてくれた。
不幸な出来事だ。
わずか3才で罪の重さを背負ってしまった久利紗様を思うとつらかった。
……それから、生まれてすぐに母上を亡くしてしまった蘭紗様のことも。
そして、僕は蘭紗様の悲しみを知らずに過ごしていたのかと、呆然となった。
「蘭紗、私は……紗国にそのような悲しい過去があったと知って正直驚いている、そなたの母は体が弱く亡くなったと聞いていたからね」
「あぁ、我も王に即位するまで知らなかったことだ。何度か姉に文を出していたのだが……その中で打ち明けてくれたのだよ」
「他に知っている方はいるの?」
「叔父上と、我の他は数人の侍女と侍従だ」
「神殿長の佐良紗様も、深い事情はご存知ないでしょう。久利紗様が皆様の前に出ないのは体と心が弱いからと思っていらっしゃる。兄が、佐良紗様には全てを伝えなかったので」
喜紗さんがうっすらと微笑んだ。
きっと、亡き兄王を思い出しているのだろう。
「そうか……その、言っては何だが……難しいね。本人は自分の罪の重さに耐えきれずにそのようになさってるのだろうけど、3才なんて……赤子のようなものではないか。魔力が暴発してしまったのなら、それは事故なんだから、ご自分のせいではないだろうに」
「我もそう思っているし、叔父上もそう思っているだろう。もちろん亡き父もだ。だが、姉は『はっきりと意志を持って、弟などいなければいいのにと思った』と『あれははっきりとした私の意志であった』……と。本人からすればあれは、明確に抱いた殺意だったのだろう。今、姉は孤独になることで罪を償っておられるのだ」
蘭紗様はさみしげに呟いた。
「だが……我には会えなくても、薫には会いたいと言うのなら、ぜひ願いは叶えてあげたい。姉の初めての願いだ」
「僕……なぜ、僕なんでしょう」
「折りに触れ、何かと気にかけ贈り物やらをしてくれるそなたのことを、前から気にしていたようだ。しかも、本日の昼前に留紗に出会ったようだが、その後すぐにその文が届いたことからも、姉の気持ちは逸っているようで、薫に会えることを心待ちにしている様子が見て取れる」
僕は一度深呼吸をしてから文を開き中を見た。
美しい字が並んでいた。
蘭紗様あてに、『あなたの大切な方を呼ぶのは不安だろうが、何もせぬので安心してくれ』と書いてある。
そんな一言……いらないのに。
誰も久利紗様を疑ったりしないのに。
「わかりました、僕はもちろん久利紗様にお会いしたいです……早いほうがいいのでしょうか?いつにしましょう」
「私が侍女に返事を持たせ、日時を調整いたしましょう」
「ではおまかせします」
喜紗さんはいい笑顔で頷いてくれた。
数日後、僕は留紗と翠の手を引いて森の中を歩いていた。
馬車を出すと言ってくれたのだが、どうせなら美しい景色を楽しんで歩きたいと思ったのだ。
「おかあさま!久利紗様のお屋敷はまだですか」
「ん……僕もよくわからないけど」
「もうちょっと先だったような……」
留紗が首を傾げたところで、先導していた侍従の一人が振り向いて微笑んだ。
「この先に泉がございまして、そこの奥になります、もう少しですよ」
「わあ!楽しみ!」
翠はすっかりはしゃいで遠足気分だ。
僕も今日のために色々と用意してきていた。
市井から取り寄せた、すっかりおなじみの和菓子と、翠と二人で作った手作りの焼き菓子、それから阿羅国の緑茶だ。
お気に召してくださればいいのだけど。
「こちらです」
案内人が指し示すのは細い道だった。
そうと言わなければ気づかないようなそれは、ひっそりと森の奥に続いていて、この先にまさか王女の暮らす宮があるなどと、誰も思わないだろうと思った。
鳥がさえずる声を聞きながらその細い道に入ると、やがてチロチロと水の流れる音がしてきた。
そちらを向くと小川が流れており、両端に可愛らしい白い小花が咲き乱れていた。
「この小川は湧き水の出る泉から流れていましてね、これはそのまま城下町の方に流れる川の源流になるのです」
「なるほど、そうですか、美しい流れですね……」
しばらく歩くと急に目の前がひらけて、小さな可愛らしい建物が見えてきた。
壁も屋根瓦も白く、周りの木々に守られるようにあった。
侍女が二人玄関口に立ち、こちらを認めると頭を下げた。
「薫様、翠紗様、留紗様でございますね?久利紗様がお待ちでございます」
「出迎えありがとう」
僕は礼を言い、門をくぐった。
玄関に入ると美しい白木で作られた室内はとても清潔で、そして花の匂いで溢れていた。
見れば様々な場所に生花が飾られ、僕たちを歓迎するために飾ってくれたのかと嬉しくなった。
侍女がすっと襖を開けると、美しい四季の描かれた屏風の前に、幾重にも重ねた着物をお召の久利紗様が正座されていた。
僕はその様子に驚いて一瞬固まってしまった。
まるで雛人形をそのまま大きくしたような美しい人だった。
不幸な出来事だ。
わずか3才で罪の重さを背負ってしまった久利紗様を思うとつらかった。
……それから、生まれてすぐに母上を亡くしてしまった蘭紗様のことも。
そして、僕は蘭紗様の悲しみを知らずに過ごしていたのかと、呆然となった。
「蘭紗、私は……紗国にそのような悲しい過去があったと知って正直驚いている、そなたの母は体が弱く亡くなったと聞いていたからね」
「あぁ、我も王に即位するまで知らなかったことだ。何度か姉に文を出していたのだが……その中で打ち明けてくれたのだよ」
「他に知っている方はいるの?」
「叔父上と、我の他は数人の侍女と侍従だ」
「神殿長の佐良紗様も、深い事情はご存知ないでしょう。久利紗様が皆様の前に出ないのは体と心が弱いからと思っていらっしゃる。兄が、佐良紗様には全てを伝えなかったので」
喜紗さんがうっすらと微笑んだ。
きっと、亡き兄王を思い出しているのだろう。
「そうか……その、言っては何だが……難しいね。本人は自分の罪の重さに耐えきれずにそのようになさってるのだろうけど、3才なんて……赤子のようなものではないか。魔力が暴発してしまったのなら、それは事故なんだから、ご自分のせいではないだろうに」
「我もそう思っているし、叔父上もそう思っているだろう。もちろん亡き父もだ。だが、姉は『はっきりと意志を持って、弟などいなければいいのにと思った』と『あれははっきりとした私の意志であった』……と。本人からすればあれは、明確に抱いた殺意だったのだろう。今、姉は孤独になることで罪を償っておられるのだ」
蘭紗様はさみしげに呟いた。
「だが……我には会えなくても、薫には会いたいと言うのなら、ぜひ願いは叶えてあげたい。姉の初めての願いだ」
「僕……なぜ、僕なんでしょう」
「折りに触れ、何かと気にかけ贈り物やらをしてくれるそなたのことを、前から気にしていたようだ。しかも、本日の昼前に留紗に出会ったようだが、その後すぐにその文が届いたことからも、姉の気持ちは逸っているようで、薫に会えることを心待ちにしている様子が見て取れる」
僕は一度深呼吸をしてから文を開き中を見た。
美しい字が並んでいた。
蘭紗様あてに、『あなたの大切な方を呼ぶのは不安だろうが、何もせぬので安心してくれ』と書いてある。
そんな一言……いらないのに。
誰も久利紗様を疑ったりしないのに。
「わかりました、僕はもちろん久利紗様にお会いしたいです……早いほうがいいのでしょうか?いつにしましょう」
「私が侍女に返事を持たせ、日時を調整いたしましょう」
「ではおまかせします」
喜紗さんはいい笑顔で頷いてくれた。
数日後、僕は留紗と翠の手を引いて森の中を歩いていた。
馬車を出すと言ってくれたのだが、どうせなら美しい景色を楽しんで歩きたいと思ったのだ。
「おかあさま!久利紗様のお屋敷はまだですか」
「ん……僕もよくわからないけど」
「もうちょっと先だったような……」
留紗が首を傾げたところで、先導していた侍従の一人が振り向いて微笑んだ。
「この先に泉がございまして、そこの奥になります、もう少しですよ」
「わあ!楽しみ!」
翠はすっかりはしゃいで遠足気分だ。
僕も今日のために色々と用意してきていた。
市井から取り寄せた、すっかりおなじみの和菓子と、翠と二人で作った手作りの焼き菓子、それから阿羅国の緑茶だ。
お気に召してくださればいいのだけど。
「こちらです」
案内人が指し示すのは細い道だった。
そうと言わなければ気づかないようなそれは、ひっそりと森の奥に続いていて、この先にまさか王女の暮らす宮があるなどと、誰も思わないだろうと思った。
鳥がさえずる声を聞きながらその細い道に入ると、やがてチロチロと水の流れる音がしてきた。
そちらを向くと小川が流れており、両端に可愛らしい白い小花が咲き乱れていた。
「この小川は湧き水の出る泉から流れていましてね、これはそのまま城下町の方に流れる川の源流になるのです」
「なるほど、そうですか、美しい流れですね……」
しばらく歩くと急に目の前がひらけて、小さな可愛らしい建物が見えてきた。
壁も屋根瓦も白く、周りの木々に守られるようにあった。
侍女が二人玄関口に立ち、こちらを認めると頭を下げた。
「薫様、翠紗様、留紗様でございますね?久利紗様がお待ちでございます」
「出迎えありがとう」
僕は礼を言い、門をくぐった。
玄関に入ると美しい白木で作られた室内はとても清潔で、そして花の匂いで溢れていた。
見れば様々な場所に生花が飾られ、僕たちを歓迎するために飾ってくれたのかと嬉しくなった。
侍女がすっと襖を開けると、美しい四季の描かれた屏風の前に、幾重にも重ねた着物をお召の久利紗様が正座されていた。
僕はその様子に驚いて一瞬固まってしまった。
まるで雛人形をそのまま大きくしたような美しい人だった。
16
お気に入りに追加
921
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
今日から始める最強伝説 - 出遅れ上等、バトル漫画オタクは諦めない -
ふつうのにーちゃん
ファンタジー
25歳の春、転生者クルシュは祖国を出奔する。
彼の前世はしがない書店経営者。バトル漫画を何よりも愛する、どこにでもいる最強厨おじさんだった。
幼い頃の夢はスーパーヒーロー。おじさんは転生した今でも最強になりたかった。
その夢を叶えるために、クルシュは大陸最大の都キョウを訪れる。
キョウではちょうど、大陸最強の戦士を決める竜将大会が開かれていた。
クルシュは剣を教わったこともないシロウトだったが、大会に出場することを決める。
常識的に考えれば、未経験者が勝ち上がれるはずがない。
だがクルシュは信じていた。今からでも最強の座を狙えると。
事実、彼の肉体は千を超える不活性スキルが眠る、最強の男となりうる器だった。
スタートに出遅れた、絶対に夢を諦めないおじさんの常勝伝説が始まる。
二度目の異世界に来たのは最強の騎士〜吸血鬼の俺はこの世界で眷族(ハーレム)を増やす〜
北条氏成
ファンタジー
一度目の世界を救って、二度目の異世界にやってきた主人公は全能力を引き継いで吸血鬼へと転生した。
この物語は魔王によって人間との混血のハーフと呼ばれる者達が能力を失った世界で、最強種の吸血鬼が眷族を増やす少しエッチな小説です。
※物語上、日常で消費する魔力の補給が必要になる為、『魔力の補給(少しエッチな)』話を挟みます。嫌な方は飛ばしても問題はないかと思いますので更新をお待ち下さい。※
カクヨムで3日で修正という無理難題を突き付けられたので、今後は切り替えてこちらで投稿していきます!カクヨムで読んで頂いてくれていた読者の方々には大変申し訳ありません!!
*毎日投稿実施中!投稿時間は夜11時~12時頃です。*
※本作は眷族の儀式と魔力の補給というストーリー上で不可欠な要素が発生します。性描写が苦手な方は注意(魔力の補給が含まれます)を読まないで下さい。また、ギリギリを攻めている為、BAN対策で必然的に同じ描写が多くなります。描写が単調だよ? 足りないよ?という場合は想像力で補って下さい。できる限り毎日更新する為、話数を切って千文字程度で更新します。※
表紙はAIで作成しました。ヒロインのリアラのイメージです。ちょっと過激な感じなので、運営から言われたら消します!
髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜
あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。
そんな世界に唯一現れた白髪の少年。
その少年とは神様に転生させられた日本人だった。
その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。
⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。
⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる