上 下
111 / 317

出会い4

しおりを挟む
 カジャルさんの気持ちは嬉しかったけど、そうするわけにはいかなかった。
自分だけ逃げるみたいに外に行くなんて。

「いえ、一緒にいます」
「大丈夫か?」

僕は頷き、子供に聞いた。

「さっき、お出迎えしてくれた子はみんなここにいるの?」
「うん」
「じゃあ、歩けない子とか怪我してる子とか、まだ歩けない幼児とか、そんな子はいないってことなんだね?」

子どもたちは顔を見合わせていたが、やがて一番年長者らしい子が前に来て話しだした。

「僕たち以外っていうか……人じゃないけど、まざりなら今園に行ってる」
「人じゃない?」
「……っ」

カジャルさんと近衛の柵がハッとして身構えた。

「まざり?園?」

僕は初めて聞く言葉に戸惑ってカジャルさんを見つめて説明を求めた。
「そういえば……まだ話してなかったかもな……まざりってのは時々なぜか生まれる、どの種にも属さないというか、全部の種類をごちゃごちゃにしたような子の事だ。大抵体が弱くて生まれてすぐ死ぬのだが……たまに生きる事ができて、そういう子は恥だと言って捨てられるのだ」
「ではその……まざり?の子がここにもいるんだね?何人?」
「一人だよ、でもそいつは人じゃないから」
「違うよそれは……その子だって生きているんだよ、僕たちと同じ人だよ」

僕の言葉に子供らは揃って不思議そうな顔をした。
すぐに理解させるのは無理だと悟る。
ずっとそういう考えの中で生きてきたんだから……

「で、園というのは?」
「この裏山の農園があるんだ、そこに朝から暗くなるまで働いて、寝る時だけここに戻る」
「この部屋で寝るの?」
「まさか!あいつは人じゃないんだ、家畜と一緒さ」

僕は胸が苦しくてうまく息ができなくなりそうだった。

この子達の境遇はとても悲惨だ。
でも……さらに……もっともっと悲惨な子が一人いるらしい。
院長は、そうやってコントロールしていたんだ……不満がでないように、皆より下の身分を作って優越感を持たせたんだ……。

「その子を……」
「わかったから、すぐに迎えを向かわせるから、少し休むんだ。顔色がひどい」

カジャルさんは僕を支えてくれた。
そして、明かりと持つ近衛が照らしてくれて、少しは明るくなった廊下を引き返した。
外に出ると、やっぱり日の光がまぶしく感じた。

思った以上の現状にどう考えたらいいのかわからない。
わからないけど、どうにかしなくては……

「院長はこのまま塔に入れ、尋問をする、いいな」
「……はい、お願いします、あの、まざりの子は」
「今……ああ、飛翔して戻ってきているな、あの近衛が連れているのがそうだろう」

空を見ると、2人の近衛が飛翔していて片方の腕に小さな黒いものが抱えられている。
やがて地に降りた近衛が丁寧な仕草で抱えていた子を下ろした。

なにが起きているのか理解できていないだろうその子は、怯えた様子でガタガタ震えている。
5歳ぐらいだろうか……痩せていてもう骨と皮のギスギスした体つきに、一度も洗ったことのないようなもつれた茶色の髪、ボロ布でしかない着物をなんとか体に巻き付けていて、足は裸足だ。

他の子達も痩せていると思ったが……この子を見ると、他の子達がまるで健康であるかのように見える……

「あ……」

か細い声で何かを発声したその子は、なにも言わずにじっと見つめるだけの知らない大人達から隠れようと、じりじりと後ろに下がる。
しかし近衛は静かにその子を僕の方へまた差し出すようにした。

「あなたの名前は?」

僕はなるべく優しく尋ねた、絶対に怖がらせてはいけない。

「な……まえ?」

その子はキョトンとして首を捻る。
僕は周りの子供を見渡す。

「名前なんてあるわけない、こいつはまざりだ」
「人じゃないんだ」

そんな言葉を浴びせられても、特に反応せず下を向くその子に近づく。
汗の匂いと土の臭い、そして垢の臭い……すべての悪臭を合わせたような臭いがしたが、澄んだ目が美しい。

「今から、体をキレイにしようか、気持ち悪いよね?」
「?」

言葉がわかっていないわけではなさそうだが、体を洗うということ自体にピンと来ていない様子だ。

「私が」

近衛の一人が子供に聞いて水場に向かった。
他の子達もびっくりしていたが、ようやくこのまざりを洗うのだと気づいてザワザワし始めた。

「なんであらうの?」
「まざりはそのままでいいんだよ、また汚れるんだから」
「それは違うよ、あの子も子供だ、紗国の子供なんだよ、ちゃんと人なんだ」

子供達は皆、驚いて僕を見つめる。

「だからね、まずキレイにしてあげないとね、君たちの院長はちょっと……考え方がおかしかったみたいだね、ちゃんとあの子も自分たちの仲間だと思ってくれたらうれしいな」
「嫌だよ」
「ばかみたい、あの子が人なんて」

皆が嫌悪感丸出しの顔でぺっとツバを横に吐き出す子さえいる。
あの子をここにおいていくわけにはいかなそうだ。

館の横の水場でザパザパと洗われる子を遠目に見た。
ぼろきれだった着物をはぎ取られ、小さな体は外気に晒されて、骨の浮き出た裸が見えている。

背に小さいが翼のような形に羽毛があるようだ。
飛べるのかはわからないけど……
それはまるで、天使にように僕には見えた。

それと、お尻からは短い白い尾も見える。
服を着れば見えない短さだ。

その様子を馬鹿にしたような目で見る子供に僕は話しかける。

「もうすぐ嵐の季節だね、それが過ぎたら冬だよ、君たちのお部屋のベッドにはお布団がなかったけど、寒くないのかな」
「おふとん?」
「ああ、寝る時にかけるものじゃねえか?」
「ないよそんなもん」
「……そう……ならそれはすぐに差し入れようね、それから食事は朝と昼と夜に毎日3回食べようね」
「3回?」
「そうだよ、新しい院長を誰にするかはこれから決めるけど……今度は優しい人を選ぶから……ね」

子供達の表情が目に見えて和らいだ。
人を殺しそうなきつい目をした子もいたのに、日に3回食べられると聞いただけでこんなにも違うのか……

「薫様……髪の毛のもつれはどうにもならず、短く切りましたが、なんとか石鹸で何度も洗って、それなりに清潔にはなったかと」

近衛の呼びかけに、僕は振り向いて驚いた。
なんてキレイな子なんだろう……
汚れていた時から澄んだ目をしていたけど……ここまで顔立ちがキレイだったなんて。

ほんとうの天使がここにいる……そう思った。

黄緑色の魅力的なアーモンド型の目に、白い肌……それは残念ながら傷だらけのようだけど。
そして茶色だと思っていた髪の毛は、石鹸を使うと元の色が出てきて、くすんだ金色だとわかった。
そして小さめの三角の耳の横には小さい羊のような角がついている。
ブルブル震えながら近衛の風魔法で乾かされて、どこかから調達してきた着物を着せられている。


「君は……これからは、ちゃんと人として生きれるからね、安心して」
「……人?」
「うん、君は人だよ」
「でも……」
「僕がいれば……君はもう大丈夫だよ」

その子の黄緑色のきれいな瞳がとたんに潤み、大粒の涙が幾筋も流れる。
きっと……苦しかったよね。
想像もつかないほどに。
胸が苦しくなって、そしてよくわからない愛しさがこみ上げてくる。
庇護欲なのか……な。

「一緒に行こう」
「薫様っ」
「ここには置いていけないよ」

慌てた役人の声を制して、その子の手を引く。
小さくて僕の手のひらにすっぽりと入る。
本当に小さい子だ。

「ここでは……この子は家畜と一緒の扱いなんだよ?そんなところに置いていけないでしょう?」
「しかし!」
「大丈夫、ここの権限は僕にあるのです……あなたの役割は、後任の院長が来るまでにここの掃除と備品の入れ替え、そして子どもたちへの食事をつくる人を何人でも良いからすぐに用意すること、わかりましたね」

役人は青い顔をして必死の形相で頷いた。

僕はゆっくりと、かわいらしい手を引いて馬車に乗り込んだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

今日から始める最強伝説 - 出遅れ上等、バトル漫画オタクは諦めない -

ふつうのにーちゃん
ファンタジー
25歳の春、転生者クルシュは祖国を出奔する。 彼の前世はしがない書店経営者。バトル漫画を何よりも愛する、どこにでもいる最強厨おじさんだった。 幼い頃の夢はスーパーヒーロー。おじさんは転生した今でも最強になりたかった。 その夢を叶えるために、クルシュは大陸最大の都キョウを訪れる。 キョウではちょうど、大陸最強の戦士を決める竜将大会が開かれていた。 クルシュは剣を教わったこともないシロウトだったが、大会に出場することを決める。 常識的に考えれば、未経験者が勝ち上がれるはずがない。 だがクルシュは信じていた。今からでも最強の座を狙えると。 事実、彼の肉体は千を超える不活性スキルが眠る、最強の男となりうる器だった。 スタートに出遅れた、絶対に夢を諦めないおじさんの常勝伝説が始まる。

二度目の異世界に来たのは最強の騎士〜吸血鬼の俺はこの世界で眷族(ハーレム)を増やす〜

北条氏成
ファンタジー
一度目の世界を救って、二度目の異世界にやってきた主人公は全能力を引き継いで吸血鬼へと転生した。 この物語は魔王によって人間との混血のハーフと呼ばれる者達が能力を失った世界で、最強種の吸血鬼が眷族を増やす少しエッチな小説です。 ※物語上、日常で消費する魔力の補給が必要になる為、『魔力の補給(少しエッチな)』話を挟みます。嫌な方は飛ばしても問題はないかと思いますので更新をお待ち下さい。※    カクヨムで3日で修正という無理難題を突き付けられたので、今後は切り替えてこちらで投稿していきます!カクヨムで読んで頂いてくれていた読者の方々には大変申し訳ありません!! *毎日投稿実施中!投稿時間は夜11時~12時頃です。* ※本作は眷族の儀式と魔力の補給というストーリー上で不可欠な要素が発生します。性描写が苦手な方は注意(魔力の補給が含まれます)を読まないで下さい。また、ギリギリを攻めている為、BAN対策で必然的に同じ描写が多くなります。描写が単調だよ? 足りないよ?という場合は想像力で補って下さい。できる限り毎日更新する為、話数を切って千文字程度で更新します。※ 表紙はAIで作成しました。ヒロインのリアラのイメージです。ちょっと過激な感じなので、運営から言われたら消します!

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

使い捨ての元神子ですが、二回目はのんびり暮らしたい

夜乃すてら
BL
 一度目、支倉翠は異世界人を使い捨ての電池扱いしていた国に召喚された。双子の妹と信頼していた騎士の死を聞いて激怒した翠は、命と引き換えにその国を水没させたはずだった。  しかし、日本に舞い戻ってしまう。そこでは妹は行方不明になっていた。  病院を退院した帰り、事故で再び異世界へ。  二度目の国では、親切な猫獣人夫婦のエドアとシュシュに助けられ、コフィ屋で雑用をしながら、のんびり暮らし始めるが……どうやらこの国では魔法士狩りをしているようで……?  ※なんかよくわからんな…と没にしてた小説なんですが、案外いいかも…?と思って、試しにのせてみますが、続きはちゃんと考えてないので、その時の雰囲気で書く予定。  ※主人公が受けです。   元々は騎士ヒーローもので考えてたけど、ちょっと迷ってるから決めないでおきます。  ※猫獣人がひどい目にもあいません。 (※R指定、後から付け足すかもしれません。まだわからん。)  ※試し置きなので、急に消したらすみません。

処理中です...