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アオアイの町5 音色
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目覚めてみると朝だった……
しかも太陽の位置が高い……
あのあと馬車の中で心地よい揺れと蘭紗様の良い香りですやすやと寝てしまったみたいで。
きちんと寝間着に着替えさせられていたので、侍女達がしてくれたのか……もしかして蘭紗様?
ベッドに座って一人で真っ赤になる僕。
まあ、今日は会議に向けて最終調整日なので蘭紗様は当然のようにそちらだろう。
僕は取りあえずベッドから降りて背伸びをした。
この白亜の広くて美しい迎賓館は、南側の山肌に階段状に作られているのでとても明るくて、そして解放感がある。
ふと外を見ると、眼下に広がる迎賓館の連なり、そしてその先のアオアイ本島の貴族街、そしてその周りの林に、海沿いに広がる色とりどりの屋台街、それに重なるように各国の王族が乗船してきた豪華客船が停泊している。港はとても広いのにほとんど隙間なくびっしりだ。
出港するときぶつからないかな?と余計な事考えてしまう。
その時扉がスッと開いて、仙が遠慮がちに入室してきた。
「薫様……お加減は?」
心配気に近寄ってくる。
「うん、もうすっかり元通りだよ!」
僕は開け放たれたバルコニーに近寄って大きく深呼吸した。
仙は嬉しそうに微笑んでいる。
きっと心配かけたよね、ごめんね。
「顔洗いたいなあと思って」
「あ、はい少々お待ちを」
仙は嬉しそうに洗面の用意をしてくれる。
日本にいたころはこんなことは自分ですることだったけど……
それは蛇口をひねれば思う通りの温度で水がいつでも出て、それが当たり前だったからなんだろうなと思う。
始めは侍女たちがお湯を用意してくれる姿に申し訳ないと思っていたし、自分でやると言ったこともあったけど、これは侍女の仕事なのだ。
彼女たちが誇りをもってしている仕事の邪魔をしてはいけない。
仙は優雅な仕草で洗面の準備を整えてくれた。
美しい青い花が描かれた陶器の洗面器には、花の香りのちょうどいいぬるま湯、そしてふわふわのタオルを持ってその横に立つ仙。
「うん、ありがとう」
僕はわしゃわしゃと顔を洗って、そして鏡をジッと見る。
実は……僕はちょっとした悩みがあった。
それは……おひげが伸びないんですよ……
元々体毛が薄い僕は、手足のムダ毛もほとんどなくて女子にうらやましがられたりしたし、
脇も……それから……お股の方も……ほとんど産毛のようなかわいい感じのもので。
顔のおひげも下手したら10日ぐらいはほったらかしても気にならなかったけど……
まだ19才でもさすがに全くお手入れなしだと、まばらにでも不精髭になるぐらいは僕だって男だったはず。
それなのに……この世界に来てこちらの時間でまもなく4か月経とうとする今まで、一度もお手入れしていないのだ。
……なぜなんだろう?
まあ、楽でいいけど……今度僑先生に聞いてみよう。
仙が差し出してくれたふわふわタオルで顔を拭くと、いつものようにミント水を渡されて口をゆすぐ。
そして、さっぱりした僕に着替えを用意してくれて、着つけてくれる。
今日の着物も南国仕様で紗のきれいな絹の着物を2枚重ねる。
一番下の白の着物に映えて美しく発色するのは今日も水色だ。
ポイントに金色のタッセルのついた美しい首飾りを付けてくれる。
足元は軽やかなサンダルで、それも金色だった。
「ねえ仙、蘭紗様と涼鱗さんは朝早く出たの?」
「そうでございますよ、お二人もですが、他の高官の方々もみなさまお出掛けです。カジャル様とお二人でお食事を取って先にお休みにとご伝言がございます」
「まあ、そうなるよねえ」
僕は溜息をついた。
昨日のことさえなければ、今日もカジャルさんと散策を楽しむつもりだったけど、さすがにやめておこうと思う。
カジャルさんに何事かあれば、涼鱗さんに顔向けできないし。
また蘭紗様にあんな顔をさせるのも嫌だし……
一日ぽっかり空いちゃったな。
「よろしければ、お食事の後はバイオリンを楽しまれては?お持ちいたしますよ?」
仙はニコニコ笑顔である。
一度手にしたときに弾いたあれが、実は城内で働く人たちの耳に届き大騒ぎになっていたらしいのだ。
初めて聞く音色が、あんなに上等で素晴らしいバイオリンの音なんだからそれはもう人の心を打つだろう。
僕があれに相応しい演奏ができていたか?は疑問だけど……
プロの人ならもっと美しい音を出せたのかも……
「ああ、そうか……持ってきてたんだよね?」
以前は生活に染みつくほど弾いていたけど、今は違う。
単なる楽しみのために弾ける幸せに僕の心は浮き立つ。
練習を再開するにしても、心は楽だ。
「それじゃそうしようかな……でも……船の上ならともかく、うるさくない?この山肌にずっと続く迎賓館は各国の王族の皆様がいらっしゃるんじゃないの?」
「うるさいだなんてことありませんよ?各国の王妃様や王女様方はそれぞれに弦楽器や横笛など旅にお持ちになるのが普通ですから、皆さま良く奏でられるのですよ」
「そうなの?じゃあ大丈夫かな……」
僕はそのまま促されるままに部屋を出て食堂に向かった。
時間は朝も遅くなってそろそろ昼という頃だ、ブランチだね!
食堂はとても広くて豪華でちょっとしたパーティーにも対応できるようになっているそうだ。
そう聞いてちょっと思ったのは。
各国の王妃様方との交流はした方がいいのかな?ということ。
外交のことはサヌ羅さんに聞きたかったんだけど、全然会えない……みんな忙しいのだ。
「あ、カジャルさん」
食堂にはすでにカジャルさんが座っていた。
「もう食べたのですか?」
「いや、俺もさっき起きたんだ。こんな長時間寝たのは子供の時以来だ」
「そうですか、やっぱり昨日の影響でしょうかね?」
「かもしれんな……分析とやらは、いつ結果がでるんだろうか?」
「んー……」
給仕がにこやかに持ってきてくれたのは冷製のスープにさっぱりめのサラダ。
それからやわらかそうな白いパンだ。
卵の焼き方を聞かれて、2人で注文すると、お肉とお魚何が良いかも聞かれる。
僕はハムが食べたくなったので、ベーコンをお願いした。
この世界にも香りの高い燻製肉があるのだ。
それが運ばれてくるまでスープを一匙飲んでみる。
魚介類の塩味スープは日本のお吸い物にも似ていて、とても体に優しい。
2人とも昨日はおかしなことに巻き込まれたから、こういう優しい食事はとても嬉しい。
「薫様」
「どうしたの?」
僕はパンに手を伸ばしながら首を傾げた。
「ん……と、昨日は本当に迷惑かけてしまった、許してくれ」
しょんぼりしたカジャルさんが僕にちょこんと頭を下げた。
思いがけなくて僕は固まってしまってすぐに声が出ない。
でもそうか……カジャルさんは自分のせいで僕らがあんなふうになったと思ってたんだ……
一人で責任を感じてしまってるのか……
「カジャルさん、止めてよそんな風に言うの」
「でも」
「だってあの時、僕だって断れずにアーメ王子の邸宅に行くことを選んだじゃないの。それにアーメ王子だってこんなことになるとは思ってなかったようだし、誰も悪くないじゃない?」
「でも、それとこれとは違うだろ……俺は家臣だ、主人の薫様の身に危険を近づけてしまったんだから、本当なら罰を受けたっておかしくない」
「そこまで思いつめてるの?」
僕は手に持っていた白パンを一口食べて甘くておいしいことにびっくりした、そしてカジャルさんにも勧めた。
「ねえ!このパンすっごいおいしい!甘くてやわらかくって!食べて食べて!」
「へ?」
カジャルさんは口を開けて僕の顔を凝視したので、ささっと席を立ってパンをカジャルさんの口に押し込んだ。
「ぐ……むほ……」
びっくりしたカジャルさんがむせたので、笑いながらお水も勧めておく。
「ね?おいしいでしょ?このパン、紗国に帰っても食べたいな!」
「んむ……っ……んむ」
カジャルさんは苦労しながらパンを全部飲み込んだようだ。
水を飲んで一息ついてから睨んでくる。
「なんだよ急に……」
「おいしかったでしょ?なんか甘くて!」
「まあ……な」
カジャルさんは溜息をつきながら籠にもられたパンをじっと見る。
「薫様は怒ってないってことか?」
「怒るも何も……カジャルさんを責めるなんて、そんなこと思いもしなかった……蘭紗様だってそんなこときっと考えてないと思うよ」
「……そうか」
その時、給仕がおいしそうなスクランブルエッグとベーコンの乗ったお皿を持ってきてくれた。
カジャルさんは、お魚のグリルと茹で卵だ。
「でも、昨日のあれで、今日は外にも出れない……本当なら今日は海岸を案内するつもりだったんだが」
「海岸?」
「ああ……」
カジャルさんはお魚を食べながら返事をした。
姿勢もきれいだし、食事の作法も完璧で本当に黙っていれば貴族感がすごいんだよなあ……
「海に行けば泳ぎが達者な薫様なら喜ぶかと思って、料理長にも軽食を頼んでたんだがな」
「むー……それは残念すぎる」
「まあ、しかたないな……」
「ですねえ……」
「もう蘭紗様と涼鱗さんに余計な心配かけたくないですしねえ」
「あぁ……」
カジャルさんは遠い目をして窓の外を眺めた。
「なんかあったんです?」
「……聞くな」
「はい」
僕は笑ってしまった。
きっとこれは……涼鱗さんにねちっこく絞られたに違いない。
涼鱗さんはカジャルさんが可愛くて仕方ないんだから。
ものすごく心配したはずだ。
「まあ、今日はゆっくり過ごそうね」
食事のあと、僕はカジャルさんに「後でバイオリンを聞きに来て」って伝えて部屋に一度戻った。
◆
少し時間を置いてお茶の用意をしながらバイオリンの調弦をしていると、カジャルさんがフルーツを侍女に持たせてやってきた。
さすが南国というだけあってトロピカルフルーツが満載だ。
どれもこの庭で今朝取れたというから驚いたけど……
「フルーツまで植わってるんですか?」
「ああ、山側にあるぞ、料理長が便利なようにそこに香草畑などもある」
「なるほど……」
「ところでその……バイオリンとやらはパーリィヤに似ているな」
「ええ、形は似てますかね?弦がありますし……でも音の趣は結構違うんじゃないかな?」
この世界にはパーリィヤというリュートに似た楽器がある。
蘭紗様が得意だと聞いて、いつか弾いてほしいなと密かに思っているのだ。
でもお忙しい蘭紗様に無理は言えないよね。
「ふむ……」
難しい顔をするカジャルさんにソファーを勧め、僕は肩にバイオリンを置いて、深呼吸をした。
南国のゆったりした時間を感じる空気が美味しく感じる。
僕は目を瞑り大好きな小曲を弾いた。
楽しく弾むような曲で、なんだかこの空気にピッタリな気がして。
日本にいる頃はこういう曲調が実は苦手だった。
体力がなくて弱い僕には眩しすぎて……
でもアオアイにはぴったりだ!
極彩色の鳥が飛んで、そして舞い降りて、僕の肩に。
そんなイメージで弾いて……弾きおわって目を開けてみると、驚愕の表情で固まるカジャルさんと、真っ赤な顔で音を鳴らさずに小さく拍手する侍女たち数名の姿が見えた。
扉前には興奮した様子の近衛二名の姿もあった。
「……すごいな……びんって響いてくるようなのびやかな素晴らしい音だ……しかもその曲は……なんというかとても素晴らしい!」
カジャルさんはぎこちなく立ち上がって大きく拍手して破顔した。
カジャルさんにこんな風に手放しでほめられるのは初めてじゃないのかな?
僕は嬉しいけどちょっとくすぐったくて、恥ずかしくなってしまった。
「ふふ……ありがとう!」
僕はもう一曲弾こうとして弓を構えた……その時。
バサっとバルコニーから音が聞こえて、部屋の隅に控えていた近衛が顔色を変えサッと動いたのが視線の端に見えた。
僕は「ん?」と思いながらゆっくり顔をバルコニーに向けると……
逆光を浴びた黒い人影が一人、そこに立っていた。
「おや?ここだよね?……何今の音楽、素晴らしいねえ……誰が奏でていたの?」
聞いたことのない声がして僕の体が跳ねる。
カジャルさんも慌てて僕のそばに駆け寄ってきて僕を背後に隠そうとする。
でも僕はしっかり見えていた。
バルコニーの男がゆっくりと室内に入ってくる。
影の部分が薄れて段々とはっきり顔が見えてきた。
男はものすごく高身長でたくましい体を持った大男だった。
……そして、射貫くような視線で僕をまっすぐに見つめてくる。
……僕はその男と目が合った瞬間、冷たい氷で背筋を撫でられたように寒気を感じて、動けなくなってしまった。
しかも太陽の位置が高い……
あのあと馬車の中で心地よい揺れと蘭紗様の良い香りですやすやと寝てしまったみたいで。
きちんと寝間着に着替えさせられていたので、侍女達がしてくれたのか……もしかして蘭紗様?
ベッドに座って一人で真っ赤になる僕。
まあ、今日は会議に向けて最終調整日なので蘭紗様は当然のようにそちらだろう。
僕は取りあえずベッドから降りて背伸びをした。
この白亜の広くて美しい迎賓館は、南側の山肌に階段状に作られているのでとても明るくて、そして解放感がある。
ふと外を見ると、眼下に広がる迎賓館の連なり、そしてその先のアオアイ本島の貴族街、そしてその周りの林に、海沿いに広がる色とりどりの屋台街、それに重なるように各国の王族が乗船してきた豪華客船が停泊している。港はとても広いのにほとんど隙間なくびっしりだ。
出港するときぶつからないかな?と余計な事考えてしまう。
その時扉がスッと開いて、仙が遠慮がちに入室してきた。
「薫様……お加減は?」
心配気に近寄ってくる。
「うん、もうすっかり元通りだよ!」
僕は開け放たれたバルコニーに近寄って大きく深呼吸した。
仙は嬉しそうに微笑んでいる。
きっと心配かけたよね、ごめんね。
「顔洗いたいなあと思って」
「あ、はい少々お待ちを」
仙は嬉しそうに洗面の用意をしてくれる。
日本にいたころはこんなことは自分ですることだったけど……
それは蛇口をひねれば思う通りの温度で水がいつでも出て、それが当たり前だったからなんだろうなと思う。
始めは侍女たちがお湯を用意してくれる姿に申し訳ないと思っていたし、自分でやると言ったこともあったけど、これは侍女の仕事なのだ。
彼女たちが誇りをもってしている仕事の邪魔をしてはいけない。
仙は優雅な仕草で洗面の準備を整えてくれた。
美しい青い花が描かれた陶器の洗面器には、花の香りのちょうどいいぬるま湯、そしてふわふわのタオルを持ってその横に立つ仙。
「うん、ありがとう」
僕はわしゃわしゃと顔を洗って、そして鏡をジッと見る。
実は……僕はちょっとした悩みがあった。
それは……おひげが伸びないんですよ……
元々体毛が薄い僕は、手足のムダ毛もほとんどなくて女子にうらやましがられたりしたし、
脇も……それから……お股の方も……ほとんど産毛のようなかわいい感じのもので。
顔のおひげも下手したら10日ぐらいはほったらかしても気にならなかったけど……
まだ19才でもさすがに全くお手入れなしだと、まばらにでも不精髭になるぐらいは僕だって男だったはず。
それなのに……この世界に来てこちらの時間でまもなく4か月経とうとする今まで、一度もお手入れしていないのだ。
……なぜなんだろう?
まあ、楽でいいけど……今度僑先生に聞いてみよう。
仙が差し出してくれたふわふわタオルで顔を拭くと、いつものようにミント水を渡されて口をゆすぐ。
そして、さっぱりした僕に着替えを用意してくれて、着つけてくれる。
今日の着物も南国仕様で紗のきれいな絹の着物を2枚重ねる。
一番下の白の着物に映えて美しく発色するのは今日も水色だ。
ポイントに金色のタッセルのついた美しい首飾りを付けてくれる。
足元は軽やかなサンダルで、それも金色だった。
「ねえ仙、蘭紗様と涼鱗さんは朝早く出たの?」
「そうでございますよ、お二人もですが、他の高官の方々もみなさまお出掛けです。カジャル様とお二人でお食事を取って先にお休みにとご伝言がございます」
「まあ、そうなるよねえ」
僕は溜息をついた。
昨日のことさえなければ、今日もカジャルさんと散策を楽しむつもりだったけど、さすがにやめておこうと思う。
カジャルさんに何事かあれば、涼鱗さんに顔向けできないし。
また蘭紗様にあんな顔をさせるのも嫌だし……
一日ぽっかり空いちゃったな。
「よろしければ、お食事の後はバイオリンを楽しまれては?お持ちいたしますよ?」
仙はニコニコ笑顔である。
一度手にしたときに弾いたあれが、実は城内で働く人たちの耳に届き大騒ぎになっていたらしいのだ。
初めて聞く音色が、あんなに上等で素晴らしいバイオリンの音なんだからそれはもう人の心を打つだろう。
僕があれに相応しい演奏ができていたか?は疑問だけど……
プロの人ならもっと美しい音を出せたのかも……
「ああ、そうか……持ってきてたんだよね?」
以前は生活に染みつくほど弾いていたけど、今は違う。
単なる楽しみのために弾ける幸せに僕の心は浮き立つ。
練習を再開するにしても、心は楽だ。
「それじゃそうしようかな……でも……船の上ならともかく、うるさくない?この山肌にずっと続く迎賓館は各国の王族の皆様がいらっしゃるんじゃないの?」
「うるさいだなんてことありませんよ?各国の王妃様や王女様方はそれぞれに弦楽器や横笛など旅にお持ちになるのが普通ですから、皆さま良く奏でられるのですよ」
「そうなの?じゃあ大丈夫かな……」
僕はそのまま促されるままに部屋を出て食堂に向かった。
時間は朝も遅くなってそろそろ昼という頃だ、ブランチだね!
食堂はとても広くて豪華でちょっとしたパーティーにも対応できるようになっているそうだ。
そう聞いてちょっと思ったのは。
各国の王妃様方との交流はした方がいいのかな?ということ。
外交のことはサヌ羅さんに聞きたかったんだけど、全然会えない……みんな忙しいのだ。
「あ、カジャルさん」
食堂にはすでにカジャルさんが座っていた。
「もう食べたのですか?」
「いや、俺もさっき起きたんだ。こんな長時間寝たのは子供の時以来だ」
「そうですか、やっぱり昨日の影響でしょうかね?」
「かもしれんな……分析とやらは、いつ結果がでるんだろうか?」
「んー……」
給仕がにこやかに持ってきてくれたのは冷製のスープにさっぱりめのサラダ。
それからやわらかそうな白いパンだ。
卵の焼き方を聞かれて、2人で注文すると、お肉とお魚何が良いかも聞かれる。
僕はハムが食べたくなったので、ベーコンをお願いした。
この世界にも香りの高い燻製肉があるのだ。
それが運ばれてくるまでスープを一匙飲んでみる。
魚介類の塩味スープは日本のお吸い物にも似ていて、とても体に優しい。
2人とも昨日はおかしなことに巻き込まれたから、こういう優しい食事はとても嬉しい。
「薫様」
「どうしたの?」
僕はパンに手を伸ばしながら首を傾げた。
「ん……と、昨日は本当に迷惑かけてしまった、許してくれ」
しょんぼりしたカジャルさんが僕にちょこんと頭を下げた。
思いがけなくて僕は固まってしまってすぐに声が出ない。
でもそうか……カジャルさんは自分のせいで僕らがあんなふうになったと思ってたんだ……
一人で責任を感じてしまってるのか……
「カジャルさん、止めてよそんな風に言うの」
「でも」
「だってあの時、僕だって断れずにアーメ王子の邸宅に行くことを選んだじゃないの。それにアーメ王子だってこんなことになるとは思ってなかったようだし、誰も悪くないじゃない?」
「でも、それとこれとは違うだろ……俺は家臣だ、主人の薫様の身に危険を近づけてしまったんだから、本当なら罰を受けたっておかしくない」
「そこまで思いつめてるの?」
僕は手に持っていた白パンを一口食べて甘くておいしいことにびっくりした、そしてカジャルさんにも勧めた。
「ねえ!このパンすっごいおいしい!甘くてやわらかくって!食べて食べて!」
「へ?」
カジャルさんは口を開けて僕の顔を凝視したので、ささっと席を立ってパンをカジャルさんの口に押し込んだ。
「ぐ……むほ……」
びっくりしたカジャルさんがむせたので、笑いながらお水も勧めておく。
「ね?おいしいでしょ?このパン、紗国に帰っても食べたいな!」
「んむ……っ……んむ」
カジャルさんは苦労しながらパンを全部飲み込んだようだ。
水を飲んで一息ついてから睨んでくる。
「なんだよ急に……」
「おいしかったでしょ?なんか甘くて!」
「まあ……な」
カジャルさんは溜息をつきながら籠にもられたパンをじっと見る。
「薫様は怒ってないってことか?」
「怒るも何も……カジャルさんを責めるなんて、そんなこと思いもしなかった……蘭紗様だってそんなこときっと考えてないと思うよ」
「……そうか」
その時、給仕がおいしそうなスクランブルエッグとベーコンの乗ったお皿を持ってきてくれた。
カジャルさんは、お魚のグリルと茹で卵だ。
「でも、昨日のあれで、今日は外にも出れない……本当なら今日は海岸を案内するつもりだったんだが」
「海岸?」
「ああ……」
カジャルさんはお魚を食べながら返事をした。
姿勢もきれいだし、食事の作法も完璧で本当に黙っていれば貴族感がすごいんだよなあ……
「海に行けば泳ぎが達者な薫様なら喜ぶかと思って、料理長にも軽食を頼んでたんだがな」
「むー……それは残念すぎる」
「まあ、しかたないな……」
「ですねえ……」
「もう蘭紗様と涼鱗さんに余計な心配かけたくないですしねえ」
「あぁ……」
カジャルさんは遠い目をして窓の外を眺めた。
「なんかあったんです?」
「……聞くな」
「はい」
僕は笑ってしまった。
きっとこれは……涼鱗さんにねちっこく絞られたに違いない。
涼鱗さんはカジャルさんが可愛くて仕方ないんだから。
ものすごく心配したはずだ。
「まあ、今日はゆっくり過ごそうね」
食事のあと、僕はカジャルさんに「後でバイオリンを聞きに来て」って伝えて部屋に一度戻った。
◆
少し時間を置いてお茶の用意をしながらバイオリンの調弦をしていると、カジャルさんがフルーツを侍女に持たせてやってきた。
さすが南国というだけあってトロピカルフルーツが満載だ。
どれもこの庭で今朝取れたというから驚いたけど……
「フルーツまで植わってるんですか?」
「ああ、山側にあるぞ、料理長が便利なようにそこに香草畑などもある」
「なるほど……」
「ところでその……バイオリンとやらはパーリィヤに似ているな」
「ええ、形は似てますかね?弦がありますし……でも音の趣は結構違うんじゃないかな?」
この世界にはパーリィヤというリュートに似た楽器がある。
蘭紗様が得意だと聞いて、いつか弾いてほしいなと密かに思っているのだ。
でもお忙しい蘭紗様に無理は言えないよね。
「ふむ……」
難しい顔をするカジャルさんにソファーを勧め、僕は肩にバイオリンを置いて、深呼吸をした。
南国のゆったりした時間を感じる空気が美味しく感じる。
僕は目を瞑り大好きな小曲を弾いた。
楽しく弾むような曲で、なんだかこの空気にピッタリな気がして。
日本にいる頃はこういう曲調が実は苦手だった。
体力がなくて弱い僕には眩しすぎて……
でもアオアイにはぴったりだ!
極彩色の鳥が飛んで、そして舞い降りて、僕の肩に。
そんなイメージで弾いて……弾きおわって目を開けてみると、驚愕の表情で固まるカジャルさんと、真っ赤な顔で音を鳴らさずに小さく拍手する侍女たち数名の姿が見えた。
扉前には興奮した様子の近衛二名の姿もあった。
「……すごいな……びんって響いてくるようなのびやかな素晴らしい音だ……しかもその曲は……なんというかとても素晴らしい!」
カジャルさんはぎこちなく立ち上がって大きく拍手して破顔した。
カジャルさんにこんな風に手放しでほめられるのは初めてじゃないのかな?
僕は嬉しいけどちょっとくすぐったくて、恥ずかしくなってしまった。
「ふふ……ありがとう!」
僕はもう一曲弾こうとして弓を構えた……その時。
バサっとバルコニーから音が聞こえて、部屋の隅に控えていた近衛が顔色を変えサッと動いたのが視線の端に見えた。
僕は「ん?」と思いながらゆっくり顔をバルコニーに向けると……
逆光を浴びた黒い人影が一人、そこに立っていた。
「おや?ここだよね?……何今の音楽、素晴らしいねえ……誰が奏でていたの?」
聞いたことのない声がして僕の体が跳ねる。
カジャルさんも慌てて僕のそばに駆け寄ってきて僕を背後に隠そうとする。
でも僕はしっかり見えていた。
バルコニーの男がゆっくりと室内に入ってくる。
影の部分が薄れて段々とはっきり顔が見えてきた。
男はものすごく高身長でたくましい体を持った大男だった。
……そして、射貫くような視線で僕をまっすぐに見つめてくる。
……僕はその男と目が合った瞬間、冷たい氷で背筋を撫でられたように寒気を感じて、動けなくなってしまった。
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