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第九章 永遠に
城石家
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紗国の都、サリヴィスとセサと共に移動し、迎えの馬車に乗り込むと、城石斉井がそこにいた。
「阿羅彦様……」
「斉井、良かった、元気そうだな」
「梢紗様の件……私が……」
「お前のせいではない、斉井、顔をあげよ」
ゆっくりと顔を上げ、俺の顔を見て少し微笑んだ斉井は、やつれた様子だった。
「都にお泊りならぜひ、我が家へと思いましてお迎えに」
「ああ、知らせたのはこちらだ、遠慮なく厚意に甘えるよ」
「このたびのこと……良かれと思い、口を出したばかりに、情けないことです」
「大丈夫だ、もう全ては済んだよ」
「梢紗様にお会いに?」
「ああ、話した。梢紗は貴族らを集め事の次第を話すと言っていたが……お前は行かなくていいのか?」
「私は家督を譲りました。今は息子が城石の当主となっております。城に呼ばれたというのなら、今頃出席しておりましょう」
「そうか、ゆっくり休むことだ、ユーチェンも心配している」
「娘は、どのような様子でしょう?」
「ああ、病の元は取り出せた」
「では、手術を」
「そうだ、今は少しずつ動き、元の生活を取り戻し始めている。とにかく活動的な女だ、休めと言ってもただじっと寝ていてはくれないのだよ」
俺の言葉に斉井は幸せそうな笑顔を浮かべた。
「斉井、お前に似ているのだろうな。強情で頑固、そして情が厚く働き者」
「ふふ……誉め言葉に聞こえますぞ」
「誉め言葉だよ、斉井」
「ありがたく頂戴いたしましょう」
お互いの顔を見、穏やかな時間の流れを感じた。
「このまま、梢紗様は紗国に?」
「いや、阿羅国に連れ帰る」
「そうですか……では……紗国の王は……」
「おまえ程の男が何を言う。序列通りだよ」
「つまり、更江紗様」
「ああ、そうだろうな。紗国の者が梢紗を手放したくないのはじゅうぶんにわかってはいるが、あれをくれてやるつもりはない」
「ええ、そうでしょうとも。あの方は周りに愛されるお方。阿羅国においてもあの方は重要でしょう」
「その通りだ」
馬車がゆるやかに止まった。
すでに何度も訪れ勝手知ったる城石の館、使用人たちも、以前とは違い私へのまなざしがどこか柔らかい。
白玖紗も江利紗は阿羅国を排除しようと躍起になっていたが、我らを直接知る者たちはこうやって支えてくれる、ありがたいことだと思った。
通された客間で斉井は次男を呼んだ。
「私がいなくとも、息子は二人とも、あなたのことを信頼しておりますぞ」
次男は深く頭を下げ、真剣な顔を上げて恥ずかしそうに微笑んだ。
「私はまだ学生の身分ではありますが、阿羅彦様のためになることでしたら、なんでも言いつけてくださいませ」
「学生か」
「はい、今は休暇で戻っておりますが、アオアイで医学を学んでおります」
「そうか、医学を」
「行く末は、城に勤め王族のお役に立ちたいと、そう思っております」
「ふむ、なるほどな」
「姉の具合は……」
「ああ、ユーチェンは手術もうまくゆき、今は回復途上ではあるが、まあそこそこ元気だよ」
俺は斉井と目を合わせ、思わず笑った。
「我らの国には、医師が一人しかおらんのだ。アオアイの医学生の中でうちで働く気がある者がいたら、受け入れたいものだ」
「……なるほど……実家が貴族でない場合、就職先に困る者もあると聞いています」
「ほう、医学生ともあれば、どこも引く手あまたと思っていたが」
「そうでもないのですよ、結局は実家が元々力がないことには、なかなかね」
「そうであれば、アオアイに求人でも出してみるか」
俺の適当な思い付きに、サリヴィスが膝をポンと叩き大きくうなずいた。
「それは良いお考えですぞ、我が君。今後何かあるたびに、阿羅彦様が自ら執刀をするというのも無理がありますしな」
「え……阿羅彦様ご自身が?」
斉井も、次男も驚いて目を見開き、身を乗り出した。
「ああ、今阿羅国にいる医師は優秀な者だが、きちんとした手術室がまだ完備されておらぬ上に助手もいない、ユーチェンの手術に踏み切れずにいたものだから、私が魔力でなんとかしたのだ」
「魔力で?」
「ふつうはそのようなこと……」
俺は指を二本立て、自分の腕に当てた。
「こうすれば、体の中を見通せる。そして病変を見つけそこを魔力で切り取り体の外へ出したのだ、皮膚は切らず、体の中から手のひらへ瞬間移動のようなものだな、まあそれは私の異能だが」
「そんな……そんなことが……あなた様は天才ではありませんか!」
次男の叫ぶような声に思わず笑って否定した。
「いやいや、違うよ。一緒にいた医師に相談しつつ、指示のもとだ。私は医学的な知識はないに等しいよ」
「……」
「となると、本当の意味であなたはユーチェンの命の恩人ですね」
「そう堅苦しく考えるな、やれることをやっただけだ」
「まあ、我が君の異能は、考えられないくらい有能であることは確か。医学を志す学生がこのように驚くほどに」
サリヴィスも嬉しそうにうなずく。
「アオアイで来月、医学会があるようだな」
「はい、我ら学生も動員されております。とはいえ、裏方としてあれこれ働くだけですが」
次男は恥ずかしそうに答えた。
「阿羅国の医師も出席するのだが、そこで今回のことを発表したいそうだ、今資料をまとめている。君も興味があるのなら、その発表を聞ければ良いな」
「はい!」
城石の次男は大きな声で返事をした。
「阿羅彦様……」
「斉井、良かった、元気そうだな」
「梢紗様の件……私が……」
「お前のせいではない、斉井、顔をあげよ」
ゆっくりと顔を上げ、俺の顔を見て少し微笑んだ斉井は、やつれた様子だった。
「都にお泊りならぜひ、我が家へと思いましてお迎えに」
「ああ、知らせたのはこちらだ、遠慮なく厚意に甘えるよ」
「このたびのこと……良かれと思い、口を出したばかりに、情けないことです」
「大丈夫だ、もう全ては済んだよ」
「梢紗様にお会いに?」
「ああ、話した。梢紗は貴族らを集め事の次第を話すと言っていたが……お前は行かなくていいのか?」
「私は家督を譲りました。今は息子が城石の当主となっております。城に呼ばれたというのなら、今頃出席しておりましょう」
「そうか、ゆっくり休むことだ、ユーチェンも心配している」
「娘は、どのような様子でしょう?」
「ああ、病の元は取り出せた」
「では、手術を」
「そうだ、今は少しずつ動き、元の生活を取り戻し始めている。とにかく活動的な女だ、休めと言ってもただじっと寝ていてはくれないのだよ」
俺の言葉に斉井は幸せそうな笑顔を浮かべた。
「斉井、お前に似ているのだろうな。強情で頑固、そして情が厚く働き者」
「ふふ……誉め言葉に聞こえますぞ」
「誉め言葉だよ、斉井」
「ありがたく頂戴いたしましょう」
お互いの顔を見、穏やかな時間の流れを感じた。
「このまま、梢紗様は紗国に?」
「いや、阿羅国に連れ帰る」
「そうですか……では……紗国の王は……」
「おまえ程の男が何を言う。序列通りだよ」
「つまり、更江紗様」
「ああ、そうだろうな。紗国の者が梢紗を手放したくないのはじゅうぶんにわかってはいるが、あれをくれてやるつもりはない」
「ええ、そうでしょうとも。あの方は周りに愛されるお方。阿羅国においてもあの方は重要でしょう」
「その通りだ」
馬車がゆるやかに止まった。
すでに何度も訪れ勝手知ったる城石の館、使用人たちも、以前とは違い私へのまなざしがどこか柔らかい。
白玖紗も江利紗は阿羅国を排除しようと躍起になっていたが、我らを直接知る者たちはこうやって支えてくれる、ありがたいことだと思った。
通された客間で斉井は次男を呼んだ。
「私がいなくとも、息子は二人とも、あなたのことを信頼しておりますぞ」
次男は深く頭を下げ、真剣な顔を上げて恥ずかしそうに微笑んだ。
「私はまだ学生の身分ではありますが、阿羅彦様のためになることでしたら、なんでも言いつけてくださいませ」
「学生か」
「はい、今は休暇で戻っておりますが、アオアイで医学を学んでおります」
「そうか、医学を」
「行く末は、城に勤め王族のお役に立ちたいと、そう思っております」
「ふむ、なるほどな」
「姉の具合は……」
「ああ、ユーチェンは手術もうまくゆき、今は回復途上ではあるが、まあそこそこ元気だよ」
俺は斉井と目を合わせ、思わず笑った。
「我らの国には、医師が一人しかおらんのだ。アオアイの医学生の中でうちで働く気がある者がいたら、受け入れたいものだ」
「……なるほど……実家が貴族でない場合、就職先に困る者もあると聞いています」
「ほう、医学生ともあれば、どこも引く手あまたと思っていたが」
「そうでもないのですよ、結局は実家が元々力がないことには、なかなかね」
「そうであれば、アオアイに求人でも出してみるか」
俺の適当な思い付きに、サリヴィスが膝をポンと叩き大きくうなずいた。
「それは良いお考えですぞ、我が君。今後何かあるたびに、阿羅彦様が自ら執刀をするというのも無理がありますしな」
「え……阿羅彦様ご自身が?」
斉井も、次男も驚いて目を見開き、身を乗り出した。
「ああ、今阿羅国にいる医師は優秀な者だが、きちんとした手術室がまだ完備されておらぬ上に助手もいない、ユーチェンの手術に踏み切れずにいたものだから、私が魔力でなんとかしたのだ」
「魔力で?」
「ふつうはそのようなこと……」
俺は指を二本立て、自分の腕に当てた。
「こうすれば、体の中を見通せる。そして病変を見つけそこを魔力で切り取り体の外へ出したのだ、皮膚は切らず、体の中から手のひらへ瞬間移動のようなものだな、まあそれは私の異能だが」
「そんな……そんなことが……あなた様は天才ではありませんか!」
次男の叫ぶような声に思わず笑って否定した。
「いやいや、違うよ。一緒にいた医師に相談しつつ、指示のもとだ。私は医学的な知識はないに等しいよ」
「……」
「となると、本当の意味であなたはユーチェンの命の恩人ですね」
「そう堅苦しく考えるな、やれることをやっただけだ」
「まあ、我が君の異能は、考えられないくらい有能であることは確か。医学を志す学生がこのように驚くほどに」
サリヴィスも嬉しそうにうなずく。
「アオアイで来月、医学会があるようだな」
「はい、我ら学生も動員されております。とはいえ、裏方としてあれこれ働くだけですが」
次男は恥ずかしそうに答えた。
「阿羅国の医師も出席するのだが、そこで今回のことを発表したいそうだ、今資料をまとめている。君も興味があるのなら、その発表を聞ければ良いな」
「はい!」
城石の次男は大きな声で返事をした。
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