俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

文字の大きさ
上 下
189 / 196
第九章  永遠に

紗国の新王

しおりを挟む
 城に戻ると、残る兄が二人とも私を待っていてくれた。
先に到着した江利紗王は、魔術でかけられた捕縛を解かずに自室に幽閉となった、さすがに現王を地下牢に押し込められないと、貴族らが私の説明を待っているからだ。

「梢紗、すまなかったね」
「お前にばかり頼る結果になってしまって」

二人は私に頭を下げた。
驚いた私は兄達に駆け寄った。

「やめてください、そんなこと……兄上たちは何も悪くないではないですか」
「しかし」

二人は顔を上げ、それぞれの顔をじっと見つめあった。
二人ともよく似ている、この二人の兄は母がいとこ同士なのだ。

「悪くはないと言えば、そうかもしれんが、何もしなかったともいえるではないか、それは逃げていたと同じことだ……」
「その通りだ、我ら二人は玖羅紗兄が身罷った後、白玖紗兄、そして江利紗兄……二人の兄の暴挙を何もせず、ただ見ているだけだった……」
「お前はすでに阿羅国にて要職につき、あちらで身を立てていたというのに、帰国してまで立て直そうと……」
「同じ王を父に持つ身として、自分が情けないよ、梢紗」
「……私もだ」

二人の兄は交互にそう話し、私に再び頭を下げ、そして手を取ってくれた。

「この後、お前はどうしたい?」
「……とりあえずは、説明がございます。私が暴いた事実をこの国を支える高位の貴族にまずは話し、その後」

部屋がシンと静まり返った。
私は渇きを覚え、つばを飲み込んだ。

「阿羅国に帰国したく思います」
「……梢紗……」
「お前こそが王にふさわしいのではないのか?」
「ああ、私もそう思うよ」

二人はよく似た面差しで、銀色の結わえた髪を揺らした。

「いえ、私が今回紗国に戻ったのは、阿羅国のためでした。もっと言えば……阿羅彦様のためでした。阿羅国に嫁いでこられたユーチェン様のご実家を助けるため、交換条件として私が残ったのです、城石家が阿羅国のためにお取りつぶしになったり、当主が死刑になったりすれば、阿羅彦様のお心が傷つく……私はそれを恐れていたにすぎません。紗国を憂い、紗国を救うために残ったわけではないのです……とはいえ……紗国に対してはなじみ深い生まれ故郷であり、もちろん愛はございますが……」
「……そうか、あくまでお前の心の故郷は、もう……あちらなのだね」
「はい、兄上」

私の震える手を、二人の兄は優し気にさすってくれた。

「私達はともに、王になるべく必要な教育を放棄してきた……」
「はは……ほんとうに笑えるね、まさか順番が回ってこようとは」
「ああ、ほんとうに」

二人はまた互いの顔を見合い、そして今度は微笑みあった。

「つまり、父王や、玖羅紗兄のような立派な王にはほど遠いものだろうが、ここにいる弟が支えてくれるのなら、やってみよう」

4番目の兄は静かにそう呟くように言って、横にいる5番目の兄を見つめた。

「兄上、私は、領地を返上し、城に戻ります、そばにいて支えてゆけるよう、努力いたします。梢紗のようには優秀ではありませんが……私にもやれることがありましょう」
「城には、頼れる臣下が幾人もおります。このような国を揺るがすことが続けざまに起ころうとも、紗国は立て直せる、そう信じております。積み重ねた歴史がありますから」

私の言葉に二人は深くうなずき、そして3人はほぼ同時に立ち上がった。

廊下に待たせてある侍従を呼び、皆で支度を改める。
4番目の兄には王に準ずる支度を、5番目の兄には臣下の最高位の支度を、そして私自身は阿羅国の衣装に再び身を包んだ。
張りのある重厚な織り、手を当て、目をつむり、阿羅国の皆を心に思い描いた。





 一番大きな謁見の間、高位の貴族らがずらりと並ぶ中、4番目の兄はゆっくりと入室し、その後に5番目の兄が続いた。
私は最後に入室し、集まった者に事の経緯を伝えた。

皆驚きのあまり声も発せない様子で、話に聞き入った。
すでに門矢、そして王母、江利紗王の調べは済んでいる。
王母は自死したが、証拠は残っていた。
門矢からの文を、彼女は焼かずに全て保存していたのだ。

「梢紗様……今後、紗国はどうなりましょう……このような暗部があったことが世界に知られ、それでなくとも、近年、紗国は良いことが無く……」

そう漏らしたある貴族に私は静かに答えた。

「そうだね、しかし、私はもう阿羅国の民だ、江利紗兄に脅され、一時紗国に身を置いていただけでね。だから私は帰国する。後のことは、4番目の兄……『更江紗』が王となり、国を必ず立て直してくれると信じているよ」

そこまで伝え、私は一歩下がった。

代わりに更江紗が前に進み、皆に伝えた。

「あなた方に私が紗国の新しい王となることをお認めいただきたい」

その一言に場がざわついた。

「認める? そのようなこと……そもそも王子であられた更江紗様が王になられることに何の疑問がございましょうか?」
「いや、紗国を支えているのは、そなたらであって、王ではない。不祥事続きの我ら王族を、あなた方に許してもらわねば、私もそして紗国も先に進めぬ、そう思っている」
「許すなど……とんでもございません……このような苦境に立った紗国を背負ってくださるのならば、我らはどこにでも着いてゆきますぞ」
「そうでございます、更江紗様……更江紗王!」
「更江紗王!」

更江紗兄は、静かに頭を下げた。
通常、王は臣下に頭など下げない。

皆は驚きつつもうなずき、そして歓喜の声を上げた。

新しい紗国になってくれる、私はそう感じ、素直に喜びを感じたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

冥府への案内人

伊駒辰葉
BL
 !注意!  タグはBLになってますが、百合もフツーも入り交じってます。  地雷だという方は危険回避してください。  ガッツリなシーンがあります。 主人公と取り巻く人々の物語です。 群像劇というほどではないですが、登場人物は多めです。 20世紀末くらいの時代設定です。 ファンタジー要素があります。 ギャグは作中にちょっと笑えるやり取りがあるくらいです。 全体的にシリアスです。 色々とガッツリなのでR-15指定にしました。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺

ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。 その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。 呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!? 果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……! 男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?) ~~~~ 主人公総攻めのBLです。 一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。 ※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。

処理中です...