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第九章 永遠に
紗国の新王
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城に戻ると、残る兄が二人とも私を待っていてくれた。
先に到着した江利紗王は、魔術でかけられた捕縛を解かずに自室に幽閉となった、さすがに現王を地下牢に押し込められないと、貴族らが私の説明を待っているからだ。
「梢紗、すまなかったね」
「お前にばかり頼る結果になってしまって」
二人は私に頭を下げた。
驚いた私は兄達に駆け寄った。
「やめてください、そんなこと……兄上たちは何も悪くないではないですか」
「しかし」
二人は顔を上げ、それぞれの顔をじっと見つめあった。
二人ともよく似ている、この二人の兄は母がいとこ同士なのだ。
「悪くはないと言えば、そうかもしれんが、何もしなかったともいえるではないか、それは逃げていたと同じことだ……」
「その通りだ、我ら二人は玖羅紗兄が身罷った後、白玖紗兄、そして江利紗兄……二人の兄の暴挙を何もせず、ただ見ているだけだった……」
「お前はすでに阿羅国にて要職につき、あちらで身を立てていたというのに、帰国してまで立て直そうと……」
「同じ王を父に持つ身として、自分が情けないよ、梢紗」
「……私もだ」
二人の兄は交互にそう話し、私に再び頭を下げ、そして手を取ってくれた。
「この後、お前はどうしたい?」
「……とりあえずは、説明がございます。私が暴いた事実をこの国を支える高位の貴族にまずは話し、その後」
部屋がシンと静まり返った。
私は渇きを覚え、つばを飲み込んだ。
「阿羅国に帰国したく思います」
「……梢紗……」
「お前こそが王にふさわしいのではないのか?」
「ああ、私もそう思うよ」
二人はよく似た面差しで、銀色の結わえた髪を揺らした。
「いえ、私が今回紗国に戻ったのは、阿羅国のためでした。もっと言えば……阿羅彦様のためでした。阿羅国に嫁いでこられたユーチェン様のご実家を助けるため、交換条件として私が残ったのです、城石家が阿羅国のためにお取りつぶしになったり、当主が死刑になったりすれば、阿羅彦様のお心が傷つく……私はそれを恐れていたにすぎません。紗国を憂い、紗国を救うために残ったわけではないのです……とはいえ……紗国に対してはなじみ深い生まれ故郷であり、もちろん愛はございますが……」
「……そうか、あくまでお前の心の故郷は、もう……あちらなのだね」
「はい、兄上」
私の震える手を、二人の兄は優し気にさすってくれた。
「私達はともに、王になるべく必要な教育を放棄してきた……」
「はは……ほんとうに笑えるね、まさか順番が回ってこようとは」
「ああ、ほんとうに」
二人はまた互いの顔を見合い、そして今度は微笑みあった。
「つまり、父王や、玖羅紗兄のような立派な王にはほど遠いものだろうが、ここにいる弟が支えてくれるのなら、やってみよう」
4番目の兄は静かにそう呟くように言って、横にいる5番目の兄を見つめた。
「兄上、私は、領地を返上し、城に戻ります、そばにいて支えてゆけるよう、努力いたします。梢紗のようには優秀ではありませんが……私にもやれることがありましょう」
「城には、頼れる臣下が幾人もおります。このような国を揺るがすことが続けざまに起ころうとも、紗国は立て直せる、そう信じております。積み重ねた歴史がありますから」
私の言葉に二人は深くうなずき、そして3人はほぼ同時に立ち上がった。
廊下に待たせてある侍従を呼び、皆で支度を改める。
4番目の兄には王に準ずる支度を、5番目の兄には臣下の最高位の支度を、そして私自身は阿羅国の衣装に再び身を包んだ。
張りのある重厚な織り、手を当て、目をつむり、阿羅国の皆を心に思い描いた。
◆
一番大きな謁見の間、高位の貴族らがずらりと並ぶ中、4番目の兄はゆっくりと入室し、その後に5番目の兄が続いた。
私は最後に入室し、集まった者に事の経緯を伝えた。
皆驚きのあまり声も発せない様子で、話に聞き入った。
すでに門矢、そして王母、江利紗王の調べは済んでいる。
王母は自死したが、証拠は残っていた。
門矢からの文を、彼女は焼かずに全て保存していたのだ。
「梢紗様……今後、紗国はどうなりましょう……このような暗部があったことが世界に知られ、それでなくとも、近年、紗国は良いことが無く……」
そう漏らしたある貴族に私は静かに答えた。
「そうだね、しかし、私はもう阿羅国の民だ、江利紗兄に脅され、一時紗国に身を置いていただけでね。だから私は帰国する。後のことは、4番目の兄……『更江紗』が王となり、国を必ず立て直してくれると信じているよ」
そこまで伝え、私は一歩下がった。
代わりに更江紗が前に進み、皆に伝えた。
「あなた方に私が紗国の新しい王となることをお認めいただきたい」
その一言に場がざわついた。
「認める? そのようなこと……そもそも王子であられた更江紗様が王になられることに何の疑問がございましょうか?」
「いや、紗国を支えているのは、そなたらであって、王ではない。不祥事続きの我ら王族を、あなた方に許してもらわねば、私もそして紗国も先に進めぬ、そう思っている」
「許すなど……とんでもございません……このような苦境に立った紗国を背負ってくださるのならば、我らはどこにでも着いてゆきますぞ」
「そうでございます、更江紗様……更江紗王!」
「更江紗王!」
更江紗兄は、静かに頭を下げた。
通常、王は臣下に頭など下げない。
皆は驚きつつもうなずき、そして歓喜の声を上げた。
新しい紗国になってくれる、私はそう感じ、素直に喜びを感じたのだった。
先に到着した江利紗王は、魔術でかけられた捕縛を解かずに自室に幽閉となった、さすがに現王を地下牢に押し込められないと、貴族らが私の説明を待っているからだ。
「梢紗、すまなかったね」
「お前にばかり頼る結果になってしまって」
二人は私に頭を下げた。
驚いた私は兄達に駆け寄った。
「やめてください、そんなこと……兄上たちは何も悪くないではないですか」
「しかし」
二人は顔を上げ、それぞれの顔をじっと見つめあった。
二人ともよく似ている、この二人の兄は母がいとこ同士なのだ。
「悪くはないと言えば、そうかもしれんが、何もしなかったともいえるではないか、それは逃げていたと同じことだ……」
「その通りだ、我ら二人は玖羅紗兄が身罷った後、白玖紗兄、そして江利紗兄……二人の兄の暴挙を何もせず、ただ見ているだけだった……」
「お前はすでに阿羅国にて要職につき、あちらで身を立てていたというのに、帰国してまで立て直そうと……」
「同じ王を父に持つ身として、自分が情けないよ、梢紗」
「……私もだ」
二人の兄は交互にそう話し、私に再び頭を下げ、そして手を取ってくれた。
「この後、お前はどうしたい?」
「……とりあえずは、説明がございます。私が暴いた事実をこの国を支える高位の貴族にまずは話し、その後」
部屋がシンと静まり返った。
私は渇きを覚え、つばを飲み込んだ。
「阿羅国に帰国したく思います」
「……梢紗……」
「お前こそが王にふさわしいのではないのか?」
「ああ、私もそう思うよ」
二人はよく似た面差しで、銀色の結わえた髪を揺らした。
「いえ、私が今回紗国に戻ったのは、阿羅国のためでした。もっと言えば……阿羅彦様のためでした。阿羅国に嫁いでこられたユーチェン様のご実家を助けるため、交換条件として私が残ったのです、城石家が阿羅国のためにお取りつぶしになったり、当主が死刑になったりすれば、阿羅彦様のお心が傷つく……私はそれを恐れていたにすぎません。紗国を憂い、紗国を救うために残ったわけではないのです……とはいえ……紗国に対してはなじみ深い生まれ故郷であり、もちろん愛はございますが……」
「……そうか、あくまでお前の心の故郷は、もう……あちらなのだね」
「はい、兄上」
私の震える手を、二人の兄は優し気にさすってくれた。
「私達はともに、王になるべく必要な教育を放棄してきた……」
「はは……ほんとうに笑えるね、まさか順番が回ってこようとは」
「ああ、ほんとうに」
二人はまた互いの顔を見合い、そして今度は微笑みあった。
「つまり、父王や、玖羅紗兄のような立派な王にはほど遠いものだろうが、ここにいる弟が支えてくれるのなら、やってみよう」
4番目の兄は静かにそう呟くように言って、横にいる5番目の兄を見つめた。
「兄上、私は、領地を返上し、城に戻ります、そばにいて支えてゆけるよう、努力いたします。梢紗のようには優秀ではありませんが……私にもやれることがありましょう」
「城には、頼れる臣下が幾人もおります。このような国を揺るがすことが続けざまに起ころうとも、紗国は立て直せる、そう信じております。積み重ねた歴史がありますから」
私の言葉に二人は深くうなずき、そして3人はほぼ同時に立ち上がった。
廊下に待たせてある侍従を呼び、皆で支度を改める。
4番目の兄には王に準ずる支度を、5番目の兄には臣下の最高位の支度を、そして私自身は阿羅国の衣装に再び身を包んだ。
張りのある重厚な織り、手を当て、目をつむり、阿羅国の皆を心に思い描いた。
◆
一番大きな謁見の間、高位の貴族らがずらりと並ぶ中、4番目の兄はゆっくりと入室し、その後に5番目の兄が続いた。
私は最後に入室し、集まった者に事の経緯を伝えた。
皆驚きのあまり声も発せない様子で、話に聞き入った。
すでに門矢、そして王母、江利紗王の調べは済んでいる。
王母は自死したが、証拠は残っていた。
門矢からの文を、彼女は焼かずに全て保存していたのだ。
「梢紗様……今後、紗国はどうなりましょう……このような暗部があったことが世界に知られ、それでなくとも、近年、紗国は良いことが無く……」
そう漏らしたある貴族に私は静かに答えた。
「そうだね、しかし、私はもう阿羅国の民だ、江利紗兄に脅され、一時紗国に身を置いていただけでね。だから私は帰国する。後のことは、4番目の兄……『更江紗』が王となり、国を必ず立て直してくれると信じているよ」
そこまで伝え、私は一歩下がった。
代わりに更江紗が前に進み、皆に伝えた。
「あなた方に私が紗国の新しい王となることをお認めいただきたい」
その一言に場がざわついた。
「認める? そのようなこと……そもそも王子であられた更江紗様が王になられることに何の疑問がございましょうか?」
「いや、紗国を支えているのは、そなたらであって、王ではない。不祥事続きの我ら王族を、あなた方に許してもらわねば、私もそして紗国も先に進めぬ、そう思っている」
「許すなど……とんでもございません……このような苦境に立った紗国を背負ってくださるのならば、我らはどこにでも着いてゆきますぞ」
「そうでございます、更江紗様……更江紗王!」
「更江紗王!」
更江紗兄は、静かに頭を下げた。
通常、王は臣下に頭など下げない。
皆は驚きつつもうなずき、そして歓喜の声を上げた。
新しい紗国になってくれる、私はそう感じ、素直に喜びを感じたのだった。
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