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第九章 永遠に
兄という存在
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兄を待った。
港に立ち、海を見つめ、紗国の王族のための豪華客船の到着を待っていた。
総勢50人、内訳は、高位の文官10名、そして残りは騎士団だ。
騎乗のまま、海をじっと見つめるその目は鋭い。
しかし現れたのは、高速船。
最近瀬国で開発されたばかりのそれは小さいが有能だ、当然紗国所有の者もある。
まさかと思ってじっと見つめて、そこに王の旗印がたてられているのを発見し、思わずため息をついた。
あれは、王が乗って移動するような設えではない。
兄は人一倍そういうことに気をつかう。
自分が誰かよりも下であると一瞬でも思いたくないのだろう。
本当に誰よりも上であるならば、そのようなことを気にせずとも良いはずなのにと、私は思う。
速度を緩め、漁船、そして民間人が乗る中型船などの合間をするりと抜け、着岸した高速船からは、その船に似つかわしく、たった3人のお供を連れた兄が出て来た。
「兄上」
私の顔を見て、この世の終わりのような顔をした兄をじっと見つめた。
ぱくぱくと口を動かすが、声が出ていない。
どれほど慌てれば、こうなるのか。
情けなくもあり、哀れでもあった。
「梢紗……」
「どうしてそのような顔をなさいます?」
「……迎え、ご苦労……いや、母が亡くなったばかりで、私も気が動転しているのだよ」
そして、ハハっと笑った顔にまったく余裕はない。
「我は疲れておる、早速馬車で移動を」
「いえ、その前に」
私は文官らを従い一歩前に出る。
遠巻きにいる民衆がざわついた。
いくら人払いをしても、見晴らしの良いこのあたりは、どこからでも見ることができる。
声は聞こえずとも、動きは見て取れる。
「……梢紗……我は、母を弔いたい……一刻も早く城へ……」
「ええ」
「お前だってわかるだろう? 母がこの世からいなくなった息子の気持ちが」
「では、兄上にはわかりましょうか? 母が幼いころに天に召された子の気持ちが」
「お、お前は、幸せであっただろうが! 皆に愛され、健康もはじめからあった!」
「兄上、確かに私は皆に愛され、健康でありました、しかし一方、努力も怠りませんでした。母がないからと馬鹿にされぬよう、何に対しても優秀であろうとした、鍛錬も怠らず、体もさらに鍛えあげた。元々持っていた健康な体あってこそのもの、それは否定しません、しかし、その上に重ねた努力は確かに私の意思であります」
「何が言いたい」
「兄上、門矢の尋問は終わりました」
「……」
「後ろに控える文官らは、紗国の誇る優秀な者らばかり。我らが生まれる前から勘定の仕事をしている者たちです」
青ざめた兄の顔を見ると、なぜかこみあげて来るものがあった。
幼いころから親しんでいなくても、お互い兄弟としての愛情さえなくても、やはり、肉親に対しての思いは、あるのだと思い知った。
拳をきつく握りしめ、自分を叱咤した。
「……兄上、彼らは考えられない速さで、全てのことを洗い出しました。裏帳簿の検めも」
「梢紗……お前、また紗国を揺らすか」
「揺らしたのは、あなたです、兄上」
「門矢の行っていた非人道的な行い、その利益、すべて……あなたのためであったことが、明るみになりました」
潮風が吹いてきた。
美しい銀の髪と尾が揺れる。
きらきらと輝くその色は、玖羅紗兄上よりも暗い。
本物の王者の輝きではない。
「それで……どうする」
光を失いかけた兄の目が私をじっと見つめる。
喉が乾いていた、痛いほどに。
「兄上、御身を、拘束いたします……騎士団長」
馬からするりと降りた屈強な第一騎士団長は、ゆっくりと兄に近寄った。
兄は私から目を離さなかった。
私は、兄の手が魔術の縄で縛られるのを見、そして視線を外した。
「さあ、行きましょう、江利紗様」
騎士団長の声だけが、低く響いた。
港に立ち、海を見つめ、紗国の王族のための豪華客船の到着を待っていた。
総勢50人、内訳は、高位の文官10名、そして残りは騎士団だ。
騎乗のまま、海をじっと見つめるその目は鋭い。
しかし現れたのは、高速船。
最近瀬国で開発されたばかりのそれは小さいが有能だ、当然紗国所有の者もある。
まさかと思ってじっと見つめて、そこに王の旗印がたてられているのを発見し、思わずため息をついた。
あれは、王が乗って移動するような設えではない。
兄は人一倍そういうことに気をつかう。
自分が誰かよりも下であると一瞬でも思いたくないのだろう。
本当に誰よりも上であるならば、そのようなことを気にせずとも良いはずなのにと、私は思う。
速度を緩め、漁船、そして民間人が乗る中型船などの合間をするりと抜け、着岸した高速船からは、その船に似つかわしく、たった3人のお供を連れた兄が出て来た。
「兄上」
私の顔を見て、この世の終わりのような顔をした兄をじっと見つめた。
ぱくぱくと口を動かすが、声が出ていない。
どれほど慌てれば、こうなるのか。
情けなくもあり、哀れでもあった。
「梢紗……」
「どうしてそのような顔をなさいます?」
「……迎え、ご苦労……いや、母が亡くなったばかりで、私も気が動転しているのだよ」
そして、ハハっと笑った顔にまったく余裕はない。
「我は疲れておる、早速馬車で移動を」
「いえ、その前に」
私は文官らを従い一歩前に出る。
遠巻きにいる民衆がざわついた。
いくら人払いをしても、見晴らしの良いこのあたりは、どこからでも見ることができる。
声は聞こえずとも、動きは見て取れる。
「……梢紗……我は、母を弔いたい……一刻も早く城へ……」
「ええ」
「お前だってわかるだろう? 母がこの世からいなくなった息子の気持ちが」
「では、兄上にはわかりましょうか? 母が幼いころに天に召された子の気持ちが」
「お、お前は、幸せであっただろうが! 皆に愛され、健康もはじめからあった!」
「兄上、確かに私は皆に愛され、健康でありました、しかし一方、努力も怠りませんでした。母がないからと馬鹿にされぬよう、何に対しても優秀であろうとした、鍛錬も怠らず、体もさらに鍛えあげた。元々持っていた健康な体あってこそのもの、それは否定しません、しかし、その上に重ねた努力は確かに私の意思であります」
「何が言いたい」
「兄上、門矢の尋問は終わりました」
「……」
「後ろに控える文官らは、紗国の誇る優秀な者らばかり。我らが生まれる前から勘定の仕事をしている者たちです」
青ざめた兄の顔を見ると、なぜかこみあげて来るものがあった。
幼いころから親しんでいなくても、お互い兄弟としての愛情さえなくても、やはり、肉親に対しての思いは、あるのだと思い知った。
拳をきつく握りしめ、自分を叱咤した。
「……兄上、彼らは考えられない速さで、全てのことを洗い出しました。裏帳簿の検めも」
「梢紗……お前、また紗国を揺らすか」
「揺らしたのは、あなたです、兄上」
「門矢の行っていた非人道的な行い、その利益、すべて……あなたのためであったことが、明るみになりました」
潮風が吹いてきた。
美しい銀の髪と尾が揺れる。
きらきらと輝くその色は、玖羅紗兄上よりも暗い。
本物の王者の輝きではない。
「それで……どうする」
光を失いかけた兄の目が私をじっと見つめる。
喉が乾いていた、痛いほどに。
「兄上、御身を、拘束いたします……騎士団長」
馬からするりと降りた屈強な第一騎士団長は、ゆっくりと兄に近寄った。
兄は私から目を離さなかった。
私は、兄の手が魔術の縄で縛られるのを見、そして視線を外した。
「さあ、行きましょう、江利紗様」
騎士団長の声だけが、低く響いた。
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