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第九章 永遠に
宿にて
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「梢紗に会うことはできぬだろうか、今なら王の派閥も手薄なはずだ」
俺の言葉にセサは「ん-」と唸り、サリヴィスは心配そうに俺を見つめた。
「もしかしてですが、この宿の主人を通して梢紗様に連絡をとることが可能かもしれませんね、どうやら、ここは梢紗様の亡き母君の親戚筋らしく」
「ほう……」
「聞いてまいりましょうか!」
若さ溢れるセサは、いかにも怖いもの知らずといったふうで、あっけらかんとそう言い放った。
「そうだな……まあ、わざわざ紗国にいて手をこまねいていることもない。当たって砕けろか」
「砕けるわけにはいきませんぞ」
サリヴィスの渋面はますます深まったが、セサは「ならば!」とそそくさと部屋を出て行った。
「あれはなかなか、怖いもの知らずだな」
「……年の離れた妹が惚れた幼馴染でしてな、無鉄砲なところはあれど、ああ見えて能力の高さは折り紙付きなのですよ」
「わかっているよ、お前が選んだ後継者なのだろう? 能力に疑問などはじめからないよ」
サリヴィスは、その言葉で、恥ずかしそうに少し赤面した。
俺に褒められ信用されていることが、嬉しかったと見える。
「お前は、見た目と違ってかわいいな」
「我が君、そのようなこと」
サリヴィスの目が少しうるんだところで、バタっと戸が開き、笑顔のセサが戻ってきた。
「阿羅彦様! 梢紗様へ連絡が付きそうです、ここでお待ちになってくださいとのことで」
「失礼いたします」
セサの報告を聞いていると、廊下から静かな声掛けがされ、皆が一斉にそちらを向いた。
「ご歓談中、お邪魔でしょうが、少々お耳に入れたいことがありまして」
背が高く痩せた老人が立っていた。
人目で貴族と分かる仕立ての良い着物に、白髪ながら艶の良い髪と尾。
宿の使用人などではないのは明らかだった。
「あなたは」
「私は梢紗様の伯父にあたります」
「……なるほど……ではこの宿はあなたの」
「ええ」
「どうぞこちらへ」
サリヴィスはサッと立ち、自分の位置を老人に譲り、俺の後ろに立った。
老人はサリヴィスをじっと見つめ「ああ、イラフェの族長殿」とぽつりとつぶやき、嬉し気にほほえんで譲られた俺の真正面に座った。
「お初にお目にかかります、私は佐江之家の当主でございます」
真っすぐに見つめて来る優し気なまなざしは、どこか梢紗に似ていた。
「あなたの妹が、梢紗の母というわけだな?」
「ええ、確かに梢紗様の母は私の年の離れた妹でございます。阿羅彦様。私はあなたがもしや訪ねて来るかもしれないと、聞かされておりました、また、その際にはこの情報をあなたに伝えるようにと」
「梢紗から?」
「はい」
「それはどのような」
「はい、まず、港町で暗躍していた門矢家の裏稼業の証拠は全て手に入れ、すでに検挙済み、その嫌疑は、誘拐、人身売買、違法の薬草の栽培、違法薬の研究製造でございます」
「すげえな……人殺し以外全部やってるな」
セサの遠慮のない感想に、白髪の紳士はふふと笑い軽くうなずいた。
「誘拐とは、何目的だ、人身売買のためなのか?」
俺の問いに、佐江之は悲し気に俯いた。
「それが……各国から誘拐してきた見目の麗しい女子に子を産ませていたとのことですよ、その子を2歳少しまで育て、世界中に売りさばいていたとのことです」
「なんだって」
サリヴィスが厳しい声を出した。
「各国の要人にも顧客がいるらしく、これが明るみに出れば、かなりの騒ぎになるだろうとのことです」
「各国へ……だからいろんな国の女性が必要だったわけだな」
「ええ、しかし問題はそれだけではありません。子を産む女らは皆、魔術をかけられておりました。その魔術のかかりをよくするため、違法の薬を与えられていたそうです。また、その薬は快楽を与えるものとして売買されていたとのことです」
「めちゃくちゃじゃねえか!」
セサは思わず吐き出すように言った。
「その薬も、子と同じように、各国に顧客がいたのだな」
「はい、しかしその薬はあくまで副産物だったようで、研究の途中、偶然発見されたものだったようで」
「ああ、先ほど言っていたな、その研究というのは、何を目的にされていたのだ?」
「はい……江利紗王の治療のため……だったそうです」
「江利紗の?」
俺は、記憶にある江利紗王の姿を思い浮かべた。
立派な体の健康そうな男、そう感じたのだが……
「では……江利紗は何か病気だというのか? いや、それよりも、なぜ門矢という者が江利紗のためにそこまで危ない橋を渡るのだ」
佐江之はふうと小さなため息をついた。
「ええ、そう思われるのも無理もありません。実は江利紗王の母君と、門矢は、王母が輿入れされる前に恋仲だった二人なのです。かつての恋人が産んだ体の弱い王子を助けたい一心だったのではないか? と、そう梢紗様は推測されておりました」
「そうか」
「ええ、しかし、門矢が捕縛される一日前、王母殿下は自死されました。何か、情報を得、自分が生きていては江利紗王のためにならぬと思われたのではないかと、私は思います」
「疑問なのだが」
サリヴィスは俺の背後に立ったまま話を聞いていたが、思わずと言ったように話し出した。
「門矢は、私腹を肥やすために、そのような裏稼業をしていたのだろうか? 王母への純愛で成し得たものだったのならば……」
「ええ、ご明察ですよ、サリヴィス殿、門矢は稼いだ裏金の多くを王母に捧げておりました、それを江利紗王の資金としていたことは、言い逃れできないでしょう。梢紗様ならば、もうすでに、裏帳簿も手にいれておられるかもしれません」
「するとあれですか? また紗国は王が変わるってことですかね?」
セサの遠慮のない言葉に佐江之は苦笑したが、それには答えず、首を少し傾げた。
「これからのことはわかりません。全てを公に出すことが、必ずしも良いこととはなりませんでしょうし、それに、梢紗様も紗国が転覆しかねないこのような不祥事を、世界に発表することは、さすがに躊躇われるのではとも……思いますしね……しかし、それができるのもまた、梢紗様だけでしょうしね」
佐江之の言葉に俺は梢紗を思った。
俺の言葉にセサは「ん-」と唸り、サリヴィスは心配そうに俺を見つめた。
「もしかしてですが、この宿の主人を通して梢紗様に連絡をとることが可能かもしれませんね、どうやら、ここは梢紗様の亡き母君の親戚筋らしく」
「ほう……」
「聞いてまいりましょうか!」
若さ溢れるセサは、いかにも怖いもの知らずといったふうで、あっけらかんとそう言い放った。
「そうだな……まあ、わざわざ紗国にいて手をこまねいていることもない。当たって砕けろか」
「砕けるわけにはいきませんぞ」
サリヴィスの渋面はますます深まったが、セサは「ならば!」とそそくさと部屋を出て行った。
「あれはなかなか、怖いもの知らずだな」
「……年の離れた妹が惚れた幼馴染でしてな、無鉄砲なところはあれど、ああ見えて能力の高さは折り紙付きなのですよ」
「わかっているよ、お前が選んだ後継者なのだろう? 能力に疑問などはじめからないよ」
サリヴィスは、その言葉で、恥ずかしそうに少し赤面した。
俺に褒められ信用されていることが、嬉しかったと見える。
「お前は、見た目と違ってかわいいな」
「我が君、そのようなこと」
サリヴィスの目が少しうるんだところで、バタっと戸が開き、笑顔のセサが戻ってきた。
「阿羅彦様! 梢紗様へ連絡が付きそうです、ここでお待ちになってくださいとのことで」
「失礼いたします」
セサの報告を聞いていると、廊下から静かな声掛けがされ、皆が一斉にそちらを向いた。
「ご歓談中、お邪魔でしょうが、少々お耳に入れたいことがありまして」
背が高く痩せた老人が立っていた。
人目で貴族と分かる仕立ての良い着物に、白髪ながら艶の良い髪と尾。
宿の使用人などではないのは明らかだった。
「あなたは」
「私は梢紗様の伯父にあたります」
「……なるほど……ではこの宿はあなたの」
「ええ」
「どうぞこちらへ」
サリヴィスはサッと立ち、自分の位置を老人に譲り、俺の後ろに立った。
老人はサリヴィスをじっと見つめ「ああ、イラフェの族長殿」とぽつりとつぶやき、嬉し気にほほえんで譲られた俺の真正面に座った。
「お初にお目にかかります、私は佐江之家の当主でございます」
真っすぐに見つめて来る優し気なまなざしは、どこか梢紗に似ていた。
「あなたの妹が、梢紗の母というわけだな?」
「ええ、確かに梢紗様の母は私の年の離れた妹でございます。阿羅彦様。私はあなたがもしや訪ねて来るかもしれないと、聞かされておりました、また、その際にはこの情報をあなたに伝えるようにと」
「梢紗から?」
「はい」
「それはどのような」
「はい、まず、港町で暗躍していた門矢家の裏稼業の証拠は全て手に入れ、すでに検挙済み、その嫌疑は、誘拐、人身売買、違法の薬草の栽培、違法薬の研究製造でございます」
「すげえな……人殺し以外全部やってるな」
セサの遠慮のない感想に、白髪の紳士はふふと笑い軽くうなずいた。
「誘拐とは、何目的だ、人身売買のためなのか?」
俺の問いに、佐江之は悲し気に俯いた。
「それが……各国から誘拐してきた見目の麗しい女子に子を産ませていたとのことですよ、その子を2歳少しまで育て、世界中に売りさばいていたとのことです」
「なんだって」
サリヴィスが厳しい声を出した。
「各国の要人にも顧客がいるらしく、これが明るみに出れば、かなりの騒ぎになるだろうとのことです」
「各国へ……だからいろんな国の女性が必要だったわけだな」
「ええ、しかし問題はそれだけではありません。子を産む女らは皆、魔術をかけられておりました。その魔術のかかりをよくするため、違法の薬を与えられていたそうです。また、その薬は快楽を与えるものとして売買されていたとのことです」
「めちゃくちゃじゃねえか!」
セサは思わず吐き出すように言った。
「その薬も、子と同じように、各国に顧客がいたのだな」
「はい、しかしその薬はあくまで副産物だったようで、研究の途中、偶然発見されたものだったようで」
「ああ、先ほど言っていたな、その研究というのは、何を目的にされていたのだ?」
「はい……江利紗王の治療のため……だったそうです」
「江利紗の?」
俺は、記憶にある江利紗王の姿を思い浮かべた。
立派な体の健康そうな男、そう感じたのだが……
「では……江利紗は何か病気だというのか? いや、それよりも、なぜ門矢という者が江利紗のためにそこまで危ない橋を渡るのだ」
佐江之はふうと小さなため息をついた。
「ええ、そう思われるのも無理もありません。実は江利紗王の母君と、門矢は、王母が輿入れされる前に恋仲だった二人なのです。かつての恋人が産んだ体の弱い王子を助けたい一心だったのではないか? と、そう梢紗様は推測されておりました」
「そうか」
「ええ、しかし、門矢が捕縛される一日前、王母殿下は自死されました。何か、情報を得、自分が生きていては江利紗王のためにならぬと思われたのではないかと、私は思います」
「疑問なのだが」
サリヴィスは俺の背後に立ったまま話を聞いていたが、思わずと言ったように話し出した。
「門矢は、私腹を肥やすために、そのような裏稼業をしていたのだろうか? 王母への純愛で成し得たものだったのならば……」
「ええ、ご明察ですよ、サリヴィス殿、門矢は稼いだ裏金の多くを王母に捧げておりました、それを江利紗王の資金としていたことは、言い逃れできないでしょう。梢紗様ならば、もうすでに、裏帳簿も手にいれておられるかもしれません」
「するとあれですか? また紗国は王が変わるってことですかね?」
セサの遠慮のない言葉に佐江之は苦笑したが、それには答えず、首を少し傾げた。
「これからのことはわかりません。全てを公に出すことが、必ずしも良いこととはなりませんでしょうし、それに、梢紗様も紗国が転覆しかねないこのような不祥事を、世界に発表することは、さすがに躊躇われるのではとも……思いますしね……しかし、それができるのもまた、梢紗様だけでしょうしね」
佐江之の言葉に俺は梢紗を思った。
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