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第九章 永遠に
紗国の森
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「阿羅彦様」
「……どうした?」
夜も更けた月夜、静かに寝室に入って来た玲陽とサリヴィスに返事し、彼らを見た。
「なにやら紗国があわただしいとの情報です」
「そうか……まだ、何があったかまではわからないのだな?」
「はい、しかし今回、紗国の一団の中に、梢紗様は不在でした。序列を考えますと、このような国際行事に、単なる臣下ではない梢紗様の姿が、ないことは不自然です……自らの意思で国に残り、動かれているのかもしれません」
儀式中、そして晩餐の時も、阿羅国と紗国は巧妙に顔を見ずに済むよう配慮された位置にあり、近くから紗国の一団を観察することはなかったが、梢紗の姿を探してもないことには気づいていた。
「それは……ありえるな」
梢紗の決意は固く、帰国しないまま再び紗国のものになった彼は、俺を夢で呼ぶこともしなかった。
彼の住む部屋の位置が正確にわかるならば、呼ばれずとも飛んでいけるのだが、他国の王である俺が、梢紗の部屋以外に現れるわけにもいかない……
今や紗国は、彼にとって生まれ故郷であるのと同時に、敵地に一人でいるようなもの。
心配は尽きないのだが、どうしようもなかった。
「今、紗国にいるのは誰だ」
俺は、念のため紗国の港町に残してきた者が誰かを、サリヴィスに尋ねた。
彼らイラフェ族は流浪の民だ、どこにでも自然になじめるため、間者の役割を得意とする。
「我が君、一番信頼のおける者を置いてまいりましたぞ、妹の婿で、セサと言うものです」
「セサはどこにいる?」
「紗国の森の中、小高い丘の一帯を買い求めたことは覚えておられるでしょう、そこに彼はおります。自然の中に目立たぬ天幕を張り寝泊りしつつ、それとなく紗国の情報も集めているはず」
「そうか……あの場所ならば俺が突然現れたとて、誰に見られることも無いな……」
「ええ、その通り。もしも今飛ばれるというのならば、ぜひお供させてください、我が君」
「サリヴィス殿、阿羅彦様を頼みました、私はアオアイに残り、阿羅彦様の行方が不自然にならぬよう工作をいたしましょう」
「頼んだぞ、玲陽」
笑顔で力強くうなずく玲陽に、俺もうなずき返した。
◆
暗い森の中、この一帯だけが伐採され、ならされている。
青い月の光がほんのりと辺りを照らしていて、誰一人いない静かな場所だ。
アオアイから一気に飛び、成功したことにホッとするとともに、やはりこのような超人めいた自分が恐ろしくもあった。
一緒に飛んだサリヴィスの顔を思わず見た。
俺はまだ、彼のたくましい腕を掴んだままだった。
「指笛を吹きます、少々お待ちを」
サリヴィスは、太い指を器用に曲げ唇にそっと当てると、澄んだ鳥の声のような音を出した。
その音を風魔法に乗せ、遠くまで響かせる。
彼がそうした後少し経って、まるで返答のような音が遠くから微かに聞こえた。
「あちらですな、移動しますぞ」
「了解した」
俺たちは木の梢すれすれを飛翔して応えのあった方向に向かった。
やがて、森が開け、街に続く道がみえてきたところで地に降り、二人並んで歩いた。
「阿羅彦様、兄上」
そう呼ばれた我らが振り向くと、ニカっと笑う若い男が立っていた。
「セサ、何かわかったことは?」
「というか兄上たちはまだアオアイのはずじゃ?」
「ああ、異変を感じて戻ってきたのだ」
「どうやってですか? 今日はもう船はないはずですけど……」
不思議そうなセサを見るに、俺の能力はまだ誰もが知るところではないと、なぜか少しほっとした。
「それよりも、何か梢紗様に起こったということはないだろうか?」
「ああ! そのことでしたら、報告しようとまとめていたところですよ」
「どんなことだ?」
「まあ、ひとまず、宿に行きましょうよ、ここで立ち話ってのもおかしいですしね」
セサは人懐っこい笑顔で俺たちを宿に連れて行こうとした。
「ちょっと待て、これは隠密行動のはずだぞ? なぜ宿など取っているのだ」
「……それが、あの場所で天幕を張っていたところ、梢紗様の部下という黒づくめの男数人が訪ねてきて、俺を見るなりイラフェ族なら阿羅国の者ということか?と」
「なんだと?」
「それで、俺がそうだと答えたら、梢紗様がこれから捕り物をするので、どうか邪魔をせぬようにということで」
「ちょっと待て、セサ、お前ほど隠密に長けた者が、簡単に見つかっただと?」
「そうなんですよ兄上、だから俺、もう最初から争わずに降参したっていうか、話を聞いて納得もしたし、何よりも、梢紗様の命令で動いている人たちだったんで、言うことを聞くことにしたんです」
「……紗国の黒づくめって……もしや」
サリヴィスは唸った。
「とにかく……ここで話は良くないですよ兄上、誰がいるかわかりません……彼らは俺に、良い宿を用意してくれたんです、そこなら安全だと」
「そうか……ならば移動しよう」
俺の言葉にサリヴィスは腑に落ちない顔でうなずいた。
「……どうした?」
夜も更けた月夜、静かに寝室に入って来た玲陽とサリヴィスに返事し、彼らを見た。
「なにやら紗国があわただしいとの情報です」
「そうか……まだ、何があったかまではわからないのだな?」
「はい、しかし今回、紗国の一団の中に、梢紗様は不在でした。序列を考えますと、このような国際行事に、単なる臣下ではない梢紗様の姿が、ないことは不自然です……自らの意思で国に残り、動かれているのかもしれません」
儀式中、そして晩餐の時も、阿羅国と紗国は巧妙に顔を見ずに済むよう配慮された位置にあり、近くから紗国の一団を観察することはなかったが、梢紗の姿を探してもないことには気づいていた。
「それは……ありえるな」
梢紗の決意は固く、帰国しないまま再び紗国のものになった彼は、俺を夢で呼ぶこともしなかった。
彼の住む部屋の位置が正確にわかるならば、呼ばれずとも飛んでいけるのだが、他国の王である俺が、梢紗の部屋以外に現れるわけにもいかない……
今や紗国は、彼にとって生まれ故郷であるのと同時に、敵地に一人でいるようなもの。
心配は尽きないのだが、どうしようもなかった。
「今、紗国にいるのは誰だ」
俺は、念のため紗国の港町に残してきた者が誰かを、サリヴィスに尋ねた。
彼らイラフェ族は流浪の民だ、どこにでも自然になじめるため、間者の役割を得意とする。
「我が君、一番信頼のおける者を置いてまいりましたぞ、妹の婿で、セサと言うものです」
「セサはどこにいる?」
「紗国の森の中、小高い丘の一帯を買い求めたことは覚えておられるでしょう、そこに彼はおります。自然の中に目立たぬ天幕を張り寝泊りしつつ、それとなく紗国の情報も集めているはず」
「そうか……あの場所ならば俺が突然現れたとて、誰に見られることも無いな……」
「ええ、その通り。もしも今飛ばれるというのならば、ぜひお供させてください、我が君」
「サリヴィス殿、阿羅彦様を頼みました、私はアオアイに残り、阿羅彦様の行方が不自然にならぬよう工作をいたしましょう」
「頼んだぞ、玲陽」
笑顔で力強くうなずく玲陽に、俺もうなずき返した。
◆
暗い森の中、この一帯だけが伐採され、ならされている。
青い月の光がほんのりと辺りを照らしていて、誰一人いない静かな場所だ。
アオアイから一気に飛び、成功したことにホッとするとともに、やはりこのような超人めいた自分が恐ろしくもあった。
一緒に飛んだサリヴィスの顔を思わず見た。
俺はまだ、彼のたくましい腕を掴んだままだった。
「指笛を吹きます、少々お待ちを」
サリヴィスは、太い指を器用に曲げ唇にそっと当てると、澄んだ鳥の声のような音を出した。
その音を風魔法に乗せ、遠くまで響かせる。
彼がそうした後少し経って、まるで返答のような音が遠くから微かに聞こえた。
「あちらですな、移動しますぞ」
「了解した」
俺たちは木の梢すれすれを飛翔して応えのあった方向に向かった。
やがて、森が開け、街に続く道がみえてきたところで地に降り、二人並んで歩いた。
「阿羅彦様、兄上」
そう呼ばれた我らが振り向くと、ニカっと笑う若い男が立っていた。
「セサ、何かわかったことは?」
「というか兄上たちはまだアオアイのはずじゃ?」
「ああ、異変を感じて戻ってきたのだ」
「どうやってですか? 今日はもう船はないはずですけど……」
不思議そうなセサを見るに、俺の能力はまだ誰もが知るところではないと、なぜか少しほっとした。
「それよりも、何か梢紗様に起こったということはないだろうか?」
「ああ! そのことでしたら、報告しようとまとめていたところですよ」
「どんなことだ?」
「まあ、ひとまず、宿に行きましょうよ、ここで立ち話ってのもおかしいですしね」
セサは人懐っこい笑顔で俺たちを宿に連れて行こうとした。
「ちょっと待て、これは隠密行動のはずだぞ? なぜ宿など取っているのだ」
「……それが、あの場所で天幕を張っていたところ、梢紗様の部下という黒づくめの男数人が訪ねてきて、俺を見るなりイラフェ族なら阿羅国の者ということか?と」
「なんだと?」
「それで、俺がそうだと答えたら、梢紗様がこれから捕り物をするので、どうか邪魔をせぬようにということで」
「ちょっと待て、セサ、お前ほど隠密に長けた者が、簡単に見つかっただと?」
「そうなんですよ兄上、だから俺、もう最初から争わずに降参したっていうか、話を聞いて納得もしたし、何よりも、梢紗様の命令で動いている人たちだったんで、言うことを聞くことにしたんです」
「……紗国の黒づくめって……もしや」
サリヴィスは唸った。
「とにかく……ここで話は良くないですよ兄上、誰がいるかわかりません……彼らは俺に、良い宿を用意してくれたんです、そこなら安全だと」
「そうか……ならば移動しよう」
俺の言葉にサリヴィスは腑に落ちない顔でうなずいた。
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