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第九章 永遠に
不遇
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かつて、港町には大元締めがいた。
彼は船舶の会社を営み、港のことすべてを牛耳っていた。
だが、その男はいつしか一人の男に入れ込んだ。
門矢喜九間……彼は母が身分が低いため、旧家である実家ではひどい扱いだったという、しかし、持ち前の粘り強さ、そして頭の良さで頭角を表し、母の実家を継ぐ形で門矢の当主となった。
門矢はいつも孤独だった。
たった一人愛した少女は王の元に輿入れし、手の出せない天上人となった。
だが、その少女が産んだ王の子は3番目、王になる順位としては低い。
可能性はまずない、そしてなによりも、子の体が弱すぎた。
ほぼ寝たきり、1歳を過ぎても歩くことはおろか、腕にも足にも力が入らず、このまま布団の上で一生を過ごすのかと嘆いていた。
私は居ても立っても居られず、城を訪ねた。
ありもしない用事を仕立て、彼女がどうか私に会いたいと少しは思ってくれることを願った。
「喜九間……」
かつて少女だった愛しい人の美しい姿を見て、門矢は男泣きに泣いた。
この人のためならなんでもしたいと、そう誓ったのだ。
「息子の……江利紗の足は萎えています。魔術も効きません、アオアイから呼んだ研究者でさえ、無理だと顔を横に振るのです」
震えながら話す愛しい人の手を取り、その柔らかさに感激しながら門矢は言った。
「私が必ず……なんとかしてみせましょう」
◆
「変わりはいくらでもいるんだよ」
言葉は時に刃のように人の心を切り裂く。
僕が発したそれも、相手を傷つけ、そしてどくどくと血を流すことだろう。
「す、すみません」
血の気の引いた青白い顔で、必死にすがりつく男を蹴り上げた。
「うぅ」とうなり体を丸めるその男を白けた気持ちで見つめ、もう一度言った。
「お前がやっていたことは誰でもできることなんだよ、でもね、もう終わりだ、お前がへまをしたのは2度目だからね」
僕のその言葉を合図に、壁に控えていたヒリヤが男を縛り上げてゆく。
「後は任せたよ、ヒリヤ」
僕はまだ終わらない仕事をするために扉を開き、出ようとした。
後ろからヒリヤの冷えた声が響いた。
「はい、旦那様」
ちらりと振り返り、ヒリヤを見た、僕のことをはじめて旦那様と呼んだ。
無表情で、何を考えているのかさっぱりわからない。
僕と同じ孤児だった男、年は僕よりも10も上で優秀なのに、使用人として育った。
顔だ……どう、着飾ろうと、隠しきれない平凡さ。
彼を貴族の息子としてお披露目などできるはずもない。
ーー磨けば光る、そう言われた僕のようには。
「良い返事だね、ヒリヤ」
そう言うと僕はその小屋を後にした。
迎えの馬車に乗り込み、書類に目を通す。
そして僕は見逃したのだ、木の陰から僕を見つめる二人に。
「……やはり、通りに家にむかってほしいのだが、御者に伝えてくれるか?」
「お仕事はお済みで?」
「いや、済んではいないが、家の書斎ですることにするよ、なんだか疲れてね」
僕を思いやってくれる付き人は、無表情のヒリヤとは違うものだ。
門矢に来てからは離れることのなかったヒリヤだったが、僕は彼を見ると息が詰まる思いがして、落ち着かない。
自分に実権が渡った今、思い切って優しく気の利く少年を付き人とした。
彼は御者に通じる小さな窓を開け、僕の希望を伝えてくれた……その時。
ほんの小さな音だった。
パシンと何か小枝でも踏んだかのような微かな音……
付き人の少年の軽く小さな体が一瞬浮いた、そしてズサリと僕の膝に倒れこんできた。
白目をむき、口を開けたその表情に恐怖し、「ヒッ」と短く悲鳴を上げた。
そして体がぐるんと回るの感じ、とっさにどこかにつかまろうとするが出来ず、床にたたきつけられた。そして僕は意識を手放した。
彼は船舶の会社を営み、港のことすべてを牛耳っていた。
だが、その男はいつしか一人の男に入れ込んだ。
門矢喜九間……彼は母が身分が低いため、旧家である実家ではひどい扱いだったという、しかし、持ち前の粘り強さ、そして頭の良さで頭角を表し、母の実家を継ぐ形で門矢の当主となった。
門矢はいつも孤独だった。
たった一人愛した少女は王の元に輿入れし、手の出せない天上人となった。
だが、その少女が産んだ王の子は3番目、王になる順位としては低い。
可能性はまずない、そしてなによりも、子の体が弱すぎた。
ほぼ寝たきり、1歳を過ぎても歩くことはおろか、腕にも足にも力が入らず、このまま布団の上で一生を過ごすのかと嘆いていた。
私は居ても立っても居られず、城を訪ねた。
ありもしない用事を仕立て、彼女がどうか私に会いたいと少しは思ってくれることを願った。
「喜九間……」
かつて少女だった愛しい人の美しい姿を見て、門矢は男泣きに泣いた。
この人のためならなんでもしたいと、そう誓ったのだ。
「息子の……江利紗の足は萎えています。魔術も効きません、アオアイから呼んだ研究者でさえ、無理だと顔を横に振るのです」
震えながら話す愛しい人の手を取り、その柔らかさに感激しながら門矢は言った。
「私が必ず……なんとかしてみせましょう」
◆
「変わりはいくらでもいるんだよ」
言葉は時に刃のように人の心を切り裂く。
僕が発したそれも、相手を傷つけ、そしてどくどくと血を流すことだろう。
「す、すみません」
血の気の引いた青白い顔で、必死にすがりつく男を蹴り上げた。
「うぅ」とうなり体を丸めるその男を白けた気持ちで見つめ、もう一度言った。
「お前がやっていたことは誰でもできることなんだよ、でもね、もう終わりだ、お前がへまをしたのは2度目だからね」
僕のその言葉を合図に、壁に控えていたヒリヤが男を縛り上げてゆく。
「後は任せたよ、ヒリヤ」
僕はまだ終わらない仕事をするために扉を開き、出ようとした。
後ろからヒリヤの冷えた声が響いた。
「はい、旦那様」
ちらりと振り返り、ヒリヤを見た、僕のことをはじめて旦那様と呼んだ。
無表情で、何を考えているのかさっぱりわからない。
僕と同じ孤児だった男、年は僕よりも10も上で優秀なのに、使用人として育った。
顔だ……どう、着飾ろうと、隠しきれない平凡さ。
彼を貴族の息子としてお披露目などできるはずもない。
ーー磨けば光る、そう言われた僕のようには。
「良い返事だね、ヒリヤ」
そう言うと僕はその小屋を後にした。
迎えの馬車に乗り込み、書類に目を通す。
そして僕は見逃したのだ、木の陰から僕を見つめる二人に。
「……やはり、通りに家にむかってほしいのだが、御者に伝えてくれるか?」
「お仕事はお済みで?」
「いや、済んではいないが、家の書斎ですることにするよ、なんだか疲れてね」
僕を思いやってくれる付き人は、無表情のヒリヤとは違うものだ。
門矢に来てからは離れることのなかったヒリヤだったが、僕は彼を見ると息が詰まる思いがして、落ち着かない。
自分に実権が渡った今、思い切って優しく気の利く少年を付き人とした。
彼は御者に通じる小さな窓を開け、僕の希望を伝えてくれた……その時。
ほんの小さな音だった。
パシンと何か小枝でも踏んだかのような微かな音……
付き人の少年の軽く小さな体が一瞬浮いた、そしてズサリと僕の膝に倒れこんできた。
白目をむき、口を開けたその表情に恐怖し、「ヒッ」と短く悲鳴を上げた。
そして体がぐるんと回るの感じ、とっさにどこかにつかまろうとするが出来ず、床にたたきつけられた。そして僕は意識を手放した。
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