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第九章 永遠に
雨
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美しいエルフの琴の音が響く、アレクシスが奏でるそれは、どこか物悲しかった。
俺と葵衣は馬に乗り、イバンの作った花が咲き乱れる丘まで来た。
「葵衣は乗馬をどこで覚えた?」
馬から降り、首のあたりを優しく撫でる葵衣は振り向いて俺をじっと見て、微笑んだ。
まだうまく動ない左腕と左足をかばいながら、彼は器用に馬に乗りこなす。
「僕の祖父が馬主で、よく牧場に行っていたのですよ、僕自身も乗馬は習っていたのです、小さいころから」
黒い髪に黒い瞳、この世界ではこの色は案外珍しい。
俺の知る限り、自分以外には俺の息子達、そして今は亡き紅葉だけだ。
紅葉を見た時感じた郷愁の念は、その色が起こしたものだったのかもしれない。
だが、今……葵衣を見て思うのは『似ている』という思い。
かつて、日本人の少年として過ごしたあの時期、心に宿した初恋の人『薫』
誰よりも優しくて、静かなあの人も、こんな笑顔だった。
薄れていく微かな記憶の中で、君の笑顔だけは今でもはっきりと思い出せる。
ーーもう二度と、会うことはないだろうに。
「そうか、身についているのがよくわかる、うまいものだ」
「はい、阿羅彦様もお上手です、こちらで覚えられたのですか?」
「俺のことをアラトと呼んでくれないか? 日本にいたころの名だ」
「アラト……」
葵衣はハッとしたように目を見開いて俺を凝視した。
「どんな漢字ですか?」
「新しいに人と書いて、新人だ、姓は澄川だった」
「そうですか……ほんとに、日本人として日本で暮らしていたのですね……僕から見たあなたは、どこからどう見てもこちらの世界の人ですよ」
「それはどのあたりが?」
「そうですね……なんていうかとても人間離れしているような……もし日本にいたのなら、俳優とかになってそうな雰囲気です、普通の人って感じじゃないんですよね、オーラがあるっていうんでしょうか?」
そういってフフっと笑う葵衣は可愛らしかった。
君に重なる幼馴染も、今の俺を見たら、そう言うのだろうか?
「アラトという名は他の者がいる前では言わないようにな、二人でいる時だけにしてくれ。俺はこの国を作った時決めたんだ、阿羅彦という王になるとな」
「はい、わかりました」
二人でもう一度馬上の人となり、阿羅国を守るようにそびえる山に向かって二人で駆けた。
街を過ぎ、田畑が見え、家畜たちの舎を横切り、俺たちはずっと無心に馬を走らせた。
何も語らずとも、心が通じているかのように、ただ、ただ、真っすぐに。
やがて、周囲が深い森に差し掛かろうとするころ、ぽつりと雨が頬を打った。
ハッとした俺は手綱を軽く引き、愛馬のスピードを緩めた。
同じように葵衣も手綱を引き、俺の横に馬を寄せた、二匹の馬はぴたりと横並びに止まった。
「雨ですね」
少し息をはずませた葵衣は気持ちよさそうに笑って、そして空を見上げた。
落ちて来る雨を嬉しそうに眺める葵衣を見ていると、胸が締め付けられるような気持ちになる。
いつか、薫ともこんなことがあったような、そんな気がする。
薫がよくいた公園の東屋、彼もこんな風に雨を眺めていた。
「……薫」
「え?」
キョトンとした顔で俺を見上げる葵衣を馬上のまま抱き寄せ、腕の中にきつく抱いた。
俺の前に座る形となった葵衣は抵抗せず、俺の背中に細い腕を回してきた。
「アラト様」
俺の名を呼び、彼は自分から俺の唇に口づけた。
「葵衣、つい抱きしめてしまった……すまない……お前は今傷ついているのに」
「……確かに、僕はあの男のしたことに傷つきました、でもあれは……」
そういってぶるっと体を震わせた、俺は葵衣を抱きしめ、背を撫でた。
「あれは……あの男を僕が拒否したからです……」
「拒否? どうして、あれは確かにお前の運命の人だろうに」
葵衣は悲し気な顔で笑った。
「いえ、あの人に会う前に、僕は……とっくに恋に落ちていましたから……あなたに」
「え?」
「気が付くと、あなたはもういなくて、僕は知らない部屋に寝かされていて、あなたではない誰かに手を握られていました」
「それは……江利紗か」
葵衣はこくりとうなずいた。
ざーっと雨が強くなってきた。
俺は羽織を脱ぎ、葵衣を頭から覆って馬を走らせた、葵衣が乗ってきた馬に口笛を吹くと一緒についてくる。
「あっ僕だけ濡れないようにしてくれてるんですか? 大丈夫ですからアラト様こそ濡れないようにしてください」
「俺は大丈夫だ、お前はまだ病み上がりだ、おとなしく被っていろ」
羽織を俺にかけようとする葵衣を、手綱を取ってない左手でぎゅっと抱きしめる。
葵衣は小さな悲鳴と共に真っ赤になって、ポスンと俺の胸に小さな頭を預けた。
俺と葵衣は馬に乗り、イバンの作った花が咲き乱れる丘まで来た。
「葵衣は乗馬をどこで覚えた?」
馬から降り、首のあたりを優しく撫でる葵衣は振り向いて俺をじっと見て、微笑んだ。
まだうまく動ない左腕と左足をかばいながら、彼は器用に馬に乗りこなす。
「僕の祖父が馬主で、よく牧場に行っていたのですよ、僕自身も乗馬は習っていたのです、小さいころから」
黒い髪に黒い瞳、この世界ではこの色は案外珍しい。
俺の知る限り、自分以外には俺の息子達、そして今は亡き紅葉だけだ。
紅葉を見た時感じた郷愁の念は、その色が起こしたものだったのかもしれない。
だが、今……葵衣を見て思うのは『似ている』という思い。
かつて、日本人の少年として過ごしたあの時期、心に宿した初恋の人『薫』
誰よりも優しくて、静かなあの人も、こんな笑顔だった。
薄れていく微かな記憶の中で、君の笑顔だけは今でもはっきりと思い出せる。
ーーもう二度と、会うことはないだろうに。
「そうか、身についているのがよくわかる、うまいものだ」
「はい、阿羅彦様もお上手です、こちらで覚えられたのですか?」
「俺のことをアラトと呼んでくれないか? 日本にいたころの名だ」
「アラト……」
葵衣はハッとしたように目を見開いて俺を凝視した。
「どんな漢字ですか?」
「新しいに人と書いて、新人だ、姓は澄川だった」
「そうですか……ほんとに、日本人として日本で暮らしていたのですね……僕から見たあなたは、どこからどう見てもこちらの世界の人ですよ」
「それはどのあたりが?」
「そうですね……なんていうかとても人間離れしているような……もし日本にいたのなら、俳優とかになってそうな雰囲気です、普通の人って感じじゃないんですよね、オーラがあるっていうんでしょうか?」
そういってフフっと笑う葵衣は可愛らしかった。
君に重なる幼馴染も、今の俺を見たら、そう言うのだろうか?
「アラトという名は他の者がいる前では言わないようにな、二人でいる時だけにしてくれ。俺はこの国を作った時決めたんだ、阿羅彦という王になるとな」
「はい、わかりました」
二人でもう一度馬上の人となり、阿羅国を守るようにそびえる山に向かって二人で駆けた。
街を過ぎ、田畑が見え、家畜たちの舎を横切り、俺たちはずっと無心に馬を走らせた。
何も語らずとも、心が通じているかのように、ただ、ただ、真っすぐに。
やがて、周囲が深い森に差し掛かろうとするころ、ぽつりと雨が頬を打った。
ハッとした俺は手綱を軽く引き、愛馬のスピードを緩めた。
同じように葵衣も手綱を引き、俺の横に馬を寄せた、二匹の馬はぴたりと横並びに止まった。
「雨ですね」
少し息をはずませた葵衣は気持ちよさそうに笑って、そして空を見上げた。
落ちて来る雨を嬉しそうに眺める葵衣を見ていると、胸が締め付けられるような気持ちになる。
いつか、薫ともこんなことがあったような、そんな気がする。
薫がよくいた公園の東屋、彼もこんな風に雨を眺めていた。
「……薫」
「え?」
キョトンとした顔で俺を見上げる葵衣を馬上のまま抱き寄せ、腕の中にきつく抱いた。
俺の前に座る形となった葵衣は抵抗せず、俺の背中に細い腕を回してきた。
「アラト様」
俺の名を呼び、彼は自分から俺の唇に口づけた。
「葵衣、つい抱きしめてしまった……すまない……お前は今傷ついているのに」
「……確かに、僕はあの男のしたことに傷つきました、でもあれは……」
そういってぶるっと体を震わせた、俺は葵衣を抱きしめ、背を撫でた。
「あれは……あの男を僕が拒否したからです……」
「拒否? どうして、あれは確かにお前の運命の人だろうに」
葵衣は悲し気な顔で笑った。
「いえ、あの人に会う前に、僕は……とっくに恋に落ちていましたから……あなたに」
「え?」
「気が付くと、あなたはもういなくて、僕は知らない部屋に寝かされていて、あなたではない誰かに手を握られていました」
「それは……江利紗か」
葵衣はこくりとうなずいた。
ざーっと雨が強くなってきた。
俺は羽織を脱ぎ、葵衣を頭から覆って馬を走らせた、葵衣が乗ってきた馬に口笛を吹くと一緒についてくる。
「あっ僕だけ濡れないようにしてくれてるんですか? 大丈夫ですからアラト様こそ濡れないようにしてください」
「俺は大丈夫だ、お前はまだ病み上がりだ、おとなしく被っていろ」
羽織を俺にかけようとする葵衣を、手綱を取ってない左手でぎゅっと抱きしめる。
葵衣は小さな悲鳴と共に真っ赤になって、ポスンと俺の胸に小さな頭を預けた。
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