俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

文字の大きさ
上 下
166 / 196
第九章  永遠に

魂  葵衣視点

しおりを挟む
 風が強く日差しは強くなってきた、初夏が訪れようとしている阿羅国は緑が美しかった。

「葵衣様、本当にお上手です」

僕の手元をのぞいて、ユーチェン様は嬉しそうに微笑んだ。

僕は今、彼女の仕事である阿羅国産の布地のデザイン、そして、様々なものの特徴などを教えてもらっている。

植物の図案が多く、自然豊かなこの世界によく似合っていると思った。

それに、ロウで線が引かれている布地に彩色していく作業はとても興味深い。
左腕は相変わらずしびれているけれど、少しずつ握ったりすることができるようになってきた、筆をとる右手が無事でよかったと心から思った。

 先生である彼女を見るーー今にも折れそうに細いが、肌の張り艶は悪くない、病気も阿羅彦様が手術されたと聞いた。
回復途上なのだろうが、早く元気になってほしいとそう思った。

「僕は、お勉強ができるほうではないのですが、こういう工作や絵が得意なのですよ」

その言葉に「まあ」と言って面白そうに眉を上げたユーチェン様は、ゆっくりと立ち上がり、戸棚から素晴らしい光沢の布地を取り出した、緻密に描かれているのは葉模様だ。

「これは、思い出の品なのです。この国を建国した阿羅彦様の2番目の恋人、イバン様に捧げたものなのです」
「……イバン様」
「ええ、あの方は、阿羅彦様にとっては特別なお方でした。この地ははじめ、水のない干からびた荒地でした。生命の息吹が感じられない、そんなところだったと聞いています」
「荒地……」

僕は思わず窓の外を見る、美しい木々が若葉をつけ、風にゆれている。
想像がつかずに戸惑った。

「阿羅彦様はまず、土地を耕し、川を引き、木々を植え、この土地に実りをもたらしました。その時に、植物の豊富な知識をお持ちだったイバン様が国中に緑を植えられたのです」
「……川を引く? そんなこと、できるのでしょうか?」
「ええ、私もそれは疑問に思いましたわ、ですけども、あの方のそばにいて、能力を見るに、ああ、この方ならば、枯れた土地に水をもたらすことも出来るに違いない、そう信じられるようになりました」

ユーチェン様は静かに微笑んだ。

「葵衣様も紗国のお嫁様としてこの世界に渡ってこられた方。きっと、阿羅彦様のように特殊な能力をお持ちのはず」
「い、いや、僕はそんな……平凡ですから」

ゆっくりと頭を振って僕の手をきゅっと握った。
細く白い手は暖かで、母を思い出して涙がでそうになった。

「いえ、これから発現していくのではないでしょうか? 阿羅彦様もそうなのです、ご自分でもいつのまにかあれもこれも出来るようになっていったと……」
「で、でも僕は……」
「私はね、紗国の出身なのです、耳を見てください。これは狐族の耳ですよ」
ユーチェン様のふさふさな灰色の獣耳を見つめた。
耳はくるくるっと動いた、それがとてもかわいかった。

「紗国では、お嫁様にまつわるいろんな伝説があります。それらは本当に、不思議なお話なのですよ」
「そうですか……でも、実感はありませんが……」
「大丈夫ですよ、万が一何も力がなくとも、あなた様の存在が阿羅彦様を勇気づけるでしょう」

悲し気にそう呟くように言うユーチェン様は、今にも消えてなくなりそうに見えて、焦った。

「あ、あの。ユーチェン様、どうしてそんなことを? 阿羅彦様の横にはすでにあなたがいるではありませんか?」
「……私が王妃なのは、形だけです、今あの方の最も近いところにいて支えているのは、玲陽様、そして、アレクシス様、それから、サリヴィス様に梢紗さま。まあクレイダ様は別格ですけどね、国興しの時からのお仲間ですから」
「ですが、王子様もいらして」
「……百合彦は確かに阿羅彦様のお子ですが、あの方は私のお腹にこう手を当てて、魔力を送っただけなのですよ、通常の夫婦生活ではないのです、一晩を共にしたことすらありませんよ」
「ええ?! 魔力を?手で送る?」

僕は本気でわからなくて、じっとユーチェン様のお腹を見た。
くすくすと笑ってユーチェン様はそのお腹に自分の細い手を当てた。

「あの方の魔力は暖かく感じました、すぐにわかりましたよ、命が宿ったなと」
「そうなんですか?」
「ええ、つまり……阿羅彦様は男性しか愛しません」

僕は思わず目を見開いて、そして固まってしまった。

「あなた方はお互い、強く惹かれあっておられる、違いますか?」
「えっと……いえ、それは……えっと」

焦っ僕は、手に持っていた筆で袖口を汚してしまった、ああ!っと小さく叫ぶと、ユーチェン様は笑いながら拭いてくれた。

「あなた様はまだまだお若い……けれども、阿羅彦様はもう、2000年近く生きておられます。親しい方との別れをたくさん重ねて、心がそのたびに傷ついて……」

 僕たちはしばらくの間、静かに見つめあった。
不思議な時間だった。

 言葉はなくとも、通じて来るものがあった。
彼女は確かに、肉体的に触れることも無く、そして女性としては愛されていないかもしれない、だけど、燃えるように熱くてそして深い愛を感じた。
阿羅彦様の幸せだけを祈り、そして信じて、彼女は生きているのだと、僕は知った。

「私は、自分が男であればどれほどよかったかと、はじめ、そう思ったんですよ」
「……」
「ですけど、命をお腹に宿せるのは女だから、そう思ったら、私が女に生まれてきたそのわけも理解できますよね……私は、あの方に王子を産んで差し上げるために、生まれてきたのです」
「……その、それだけというわけでは……」
「もちろん、私は私の地位を確立するために、今お教えしているような阿羅国の工芸の数々を生み出してまいりましたよ……ですけど、心の支えにはなれないのです、私はあの方の愛しい人にはなれませんから」
「愛しい人……」
「ええ、それに、寿命が短すぎます。阿羅彦様の永遠のような命を支えるには、私たち普通の者の命は短すぎるんですよ」
「でも、それは……僕だってそうかもしれません。寿命だなんてわからないじゃないですか」
「あなたの魂は、阿羅彦様のそばにあって、徐々に完全になりつつある、そう見えると、アレクシスが言ってました」
「魂?」
「ええ、魂の形で寿命がある程度わかるのですよ。はじめ出会ったとき無くなりそうだった魂が、再生してきていると、そう、言っていました」
「アレクシスには、見えるのですか?」
「ええ、彼は、エルフですからね」

僕はそっと手のひらを胸にやった。
とくとくと心臓が脈打つのがわかる。
魂と心臓は同じではないだろうけど……力強く感じた。

もう一度外を眺める。
爽やかな風、そして美しい緑。
僕にできることがあるならば、やってみよう。
そう思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

冥府への案内人

伊駒辰葉
BL
 !注意!  タグはBLになってますが、百合もフツーも入り交じってます。  地雷だという方は危険回避してください。  ガッツリなシーンがあります。 主人公と取り巻く人々の物語です。 群像劇というほどではないですが、登場人物は多めです。 20世紀末くらいの時代設定です。 ファンタジー要素があります。 ギャグは作中にちょっと笑えるやり取りがあるくらいです。 全体的にシリアスです。 色々とガッツリなのでR-15指定にしました。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

確率は100

春夏
BL
【完結しました】【続編公開中】 現代日本で知り合った2人が異世界で再会してイチャラブしながら冒険を楽しむお話。再会は6章。1話は短めです。Rは3章の後半から、6章からは固定カプ。※つけてます。5話くらいずつアップします。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

処理中です...