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第八章 紗国の悪夢
紗国という国
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執務室の扉を大きな音を立てて開け、飛翔隊の一人が転がるように現れた。
飛翔する際の制服を解きもせずに、汚れの付いたままだ。
「緊急か? どうした」
「阿羅彦様! 紗国での取引に憲兵が現われ、納品した物を没収の上、それを取りなそうとしてくださった城石様は捕縛され……」
とっさに立ち上がり、はるか上空に突き刺さるような高嶺を見る。
あのむこうで、大変なことが起ころうとしている。
斉井を助けられるか?
いや、俺が行ったところで、それは無理だろう。
逆に火に油を注ぎかねない。
それに、彼一人の命をどうにか守れたとしても、その後のほうが問題だ。
城石家に阿羅国ありと余計に印象づけてしまう……
俺は干渉すべきではない……
ーーでは、どうすれば。
「私が行きましょう。私以外には、無理でしょう」
梢紗は、手元に広げていた阿羅国の地図をくるくると巻いて片づけた。
「私ならば、兄に会うこともできるはず」
「しかし、あちらはそなたに良い感情をもっていないようだったが」
「ええ、あんなふうに言われるまで、それに気づいてもいなかった自分が情けないですが、兄は私を邪魔者だと思っていたようですね」
「ならば、お前の安全も保障されないだろう、いかに紗国の元王子だったといえ」
梢紗は唇を一文字に結び、自分の足元を見た。
「私が付きそう、安全という面ではいくらか保障できるのでは?」
サリヴィスが椅子に座ったまま、低い声でそう呟いた。
梢紗は目の前のサリヴィスを見つめた。
先ほどまで、俺は二人に葵衣のことを相談していた。
葵衣を元気づけるため、彼の好きな馬を見せ、可能ならば乗馬させて、自然を見せようと計画していたのだ。
それが、このような話し合いの場になってしまい、俺はため息をついた。
毎回、紗国が何かと邪魔をしてくる。
玖羅紗王と紅葉、あの二人が治める世ならば、こんなことにはならなかったはず。
あの二人があんなに早く逝ってしまったことが、残念でならない。
しかし、今後はこうなることが多いのだろう、もう二度と、紗国と笑いあえる日など来ない、なぜか、そう確信めいた予感がした。
「梢紗、お前は行って、兄に何を言うつもりだ?」
俺の問いに、梢紗は少し考え、そして顔を上げた。
「私が心から謝れば、少しは兄の気も晴れるかと、そう思いまして……」
「謝る……か、お前は何も悪いことはしておらんだろうに」
「そうですが……兄にとっては私は気に入らない弟だったわけですからね。そのことを詫びるのです」
「あの王には、裏稼業の者と通じている噂があります。その証拠をつかみ、交渉に利用しては?」
サリヴィスの問いに、俺は首を横に振った。
「いや、もう時間の猶予はないだろう。今、斉井の命が優先だ、とにかく、王の機嫌を取ることが彼を助けることになるのなら、梢紗の言う謝罪が、もしかして一番効くかもしれんな」
梢紗は頼りなげな笑みを浮かべ、軽くうなずいた。
「まさか、元王子の私の命までは取りますまい、そうさせぬよう、公の使者としての体裁をとって紗国に入ります、そうして、王との謁見を取り付け、兄弟としての会話をしてみます。それでもだめならば、紗国との取引はあきらめ、なんとか城石家当主の命だけでも助かるように、お願いするしかないでしょう」
「とにかく、時間がないぞ、今の紗国はかつて優雅だった紗国とは違う。どこか、踏み外してしまっている。古くから国に使える大貴族を捕縛してしまったのだ」
サリヴィスのその言葉に梢紗は悲し気に目を瞑り、痛みをこらえるような顔をした。
やがて二人は立ち上がって俺に礼をした。
「では、行ってまいります。阿羅彦様には正式な阿羅国の文をしたためていただきます、私はそれを持ち、紗国城へ上がります。ご用意よろしくお願いします」
「ああ、わかった」
「道中の人数は、俺と梢紗殿、そして俺の部下10名で、阿羅国の正装で城にあがるつもりだ」
「準備を急げ」
「ハッ」
二人を見送り、俺は助手らと共に、文を用意した。
文末に署名、そして大きな璽を押した。
助手らがそれを美しい織物と共に巻き、光沢のある組みひもで結んだ。
紗国とは……仲良く歩んでいきたかったのだがな……
俺の思いは春風の中、ちりぢりに消え去った。
飛翔する際の制服を解きもせずに、汚れの付いたままだ。
「緊急か? どうした」
「阿羅彦様! 紗国での取引に憲兵が現われ、納品した物を没収の上、それを取りなそうとしてくださった城石様は捕縛され……」
とっさに立ち上がり、はるか上空に突き刺さるような高嶺を見る。
あのむこうで、大変なことが起ころうとしている。
斉井を助けられるか?
いや、俺が行ったところで、それは無理だろう。
逆に火に油を注ぎかねない。
それに、彼一人の命をどうにか守れたとしても、その後のほうが問題だ。
城石家に阿羅国ありと余計に印象づけてしまう……
俺は干渉すべきではない……
ーーでは、どうすれば。
「私が行きましょう。私以外には、無理でしょう」
梢紗は、手元に広げていた阿羅国の地図をくるくると巻いて片づけた。
「私ならば、兄に会うこともできるはず」
「しかし、あちらはそなたに良い感情をもっていないようだったが」
「ええ、あんなふうに言われるまで、それに気づいてもいなかった自分が情けないですが、兄は私を邪魔者だと思っていたようですね」
「ならば、お前の安全も保障されないだろう、いかに紗国の元王子だったといえ」
梢紗は唇を一文字に結び、自分の足元を見た。
「私が付きそう、安全という面ではいくらか保障できるのでは?」
サリヴィスが椅子に座ったまま、低い声でそう呟いた。
梢紗は目の前のサリヴィスを見つめた。
先ほどまで、俺は二人に葵衣のことを相談していた。
葵衣を元気づけるため、彼の好きな馬を見せ、可能ならば乗馬させて、自然を見せようと計画していたのだ。
それが、このような話し合いの場になってしまい、俺はため息をついた。
毎回、紗国が何かと邪魔をしてくる。
玖羅紗王と紅葉、あの二人が治める世ならば、こんなことにはならなかったはず。
あの二人があんなに早く逝ってしまったことが、残念でならない。
しかし、今後はこうなることが多いのだろう、もう二度と、紗国と笑いあえる日など来ない、なぜか、そう確信めいた予感がした。
「梢紗、お前は行って、兄に何を言うつもりだ?」
俺の問いに、梢紗は少し考え、そして顔を上げた。
「私が心から謝れば、少しは兄の気も晴れるかと、そう思いまして……」
「謝る……か、お前は何も悪いことはしておらんだろうに」
「そうですが……兄にとっては私は気に入らない弟だったわけですからね。そのことを詫びるのです」
「あの王には、裏稼業の者と通じている噂があります。その証拠をつかみ、交渉に利用しては?」
サリヴィスの問いに、俺は首を横に振った。
「いや、もう時間の猶予はないだろう。今、斉井の命が優先だ、とにかく、王の機嫌を取ることが彼を助けることになるのなら、梢紗の言う謝罪が、もしかして一番効くかもしれんな」
梢紗は頼りなげな笑みを浮かべ、軽くうなずいた。
「まさか、元王子の私の命までは取りますまい、そうさせぬよう、公の使者としての体裁をとって紗国に入ります、そうして、王との謁見を取り付け、兄弟としての会話をしてみます。それでもだめならば、紗国との取引はあきらめ、なんとか城石家当主の命だけでも助かるように、お願いするしかないでしょう」
「とにかく、時間がないぞ、今の紗国はかつて優雅だった紗国とは違う。どこか、踏み外してしまっている。古くから国に使える大貴族を捕縛してしまったのだ」
サリヴィスのその言葉に梢紗は悲し気に目を瞑り、痛みをこらえるような顔をした。
やがて二人は立ち上がって俺に礼をした。
「では、行ってまいります。阿羅彦様には正式な阿羅国の文をしたためていただきます、私はそれを持ち、紗国城へ上がります。ご用意よろしくお願いします」
「ああ、わかった」
「道中の人数は、俺と梢紗殿、そして俺の部下10名で、阿羅国の正装で城にあがるつもりだ」
「準備を急げ」
「ハッ」
二人を見送り、俺は助手らと共に、文を用意した。
文末に署名、そして大きな璽を押した。
助手らがそれを美しい織物と共に巻き、光沢のある組みひもで結んだ。
紗国とは……仲良く歩んでいきたかったのだがな……
俺の思いは春風の中、ちりぢりに消え去った。
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