俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第八章  紗国の悪夢

春の訪れ

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 阿羅国にも遅い春が来た。
寒い冬の間、様々なことが立て続けに起こり、我ら阿羅国には色々と受難の日々だった。

 ユーチェンは本格的に寝込むようになり、起き上がれない日々が続いた。
帰国する時に義母から受け取った母の形見を枕元に置き、静かに寝る日々だ。

 百合彦は不安そうにしていたが、弟たちと共に勉強を頑張っている、なかなか優秀なようで、アオアイに留学も良いのでは?と報告があがっている。

「ユーチェン」

ベッドに眠るユーチェンを見舞うと、彼女は身を起そうとした。

「阿羅彦様、いつおいでに?」
「そのままでよい、今来たばかりだよ」
「そうですか」

ゆるやかに微笑むユーチェンの手を取った。
あきらかに痩せてきた彼女の顔は細く、死に際のイバンを思い出させた。

ふと思い立ち、彼女の寝ている体に手をかざした。
スキャンを連想しつつ、少し魔力を出した。

「……!」

とたんに体の内部が見えて来る。
日本にいた頃、当たり前に習った臓器の並びがはっきりと見え、思わず軽くのけぞった。

医学の知識があれば、この力を存分に使えるだろうに……と、そう思った、が、次の瞬間、あきらかな異物を胃の辺りに発見し、俺はそこに集中した。

「これは……」
「阿羅彦様? なにやらお腹のあたりがあたたかいのですが、何をされているのです?」
「あたたかい? そうか、あたたかく感じるか」
「ええ、とても心地よいあたたかさです」

その言葉を聞きつつ、俺はその異物をじっと見つめた。

もしかしてこれが……

「ユーチェン、すまぬが、着物をゆるめてくれんか?」
「着物を?」
「ああ、腹のあたりが見えるようにだ」

ユーチェンは不思議そうにしたが、何の躊躇もなく掛け布団を横に寄せ、着物を左右に広げた。

白い腹部が見え、俺は直接手を腹に当てた、先ほどよりも鮮明に、まるで手に取るかのように内臓が詳細に見えた。

ただれたようになって変色もしている、これが病なのはあきらかだ。
だが、俺に医学的な知識はない。
どうすれば……

「阿羅彦様? 額から汗が……、大丈夫ですか?」
「ああ……大丈夫だ」

俺は広げられた着物のあわせを閉じて、布団をかけなおした。

「ユーチェン、また来るよ」
「ええ、でも、ご無理はなさらないでくださいね、あなたはいつもお忙しいのですから」

そういって微笑むユーチェンは先ほどより少し顔色が良く感じた。







「……ということなのだが、どう思う?」

 俺はユーチェンの腹部をスキャンしたことを医師の佐加江に伝えた、彼はアオアイで医学を学んだ男で、夢を通してではなく、同じラハーム王国出身の玲陽と親交があり、阿羅国に興味を示し、阿羅国民となった者だ。

阿羅国にはそれまで医師がいなかったため、彼の訪れは喜ばしいことだった。

「その……にわかには信じられませんが……」

ユーチェンのことを書き留めたカルテを右手に、佐加江は俺に話した。

「確かに、私も胃のあたりの異変には気が付いておりました。しかし、それを手をかざして見たなどと……阿羅彦様あなたは一体……」
「俺のことはとりあえず今は良い、まずはユーチェンのことを話したい」
「ええ、そうですね、はい、わかりました」
「あれを取り除けるか?」
「取り除く……そうですね……この国にはきちんとした医療施設がまだありません。ここだってにわか仕立ての単なる診療室といったところで、処方できる薬も今は限られています、手術となるとまず色々な道具が足りませんし、いえ、足りないのはそれだけではなく、人員が足りません」
「助手がいるか?」
「ええ、もちろんそれもそうですが、やはり何人か医師は必要でしょう。それぞれに得意分野があるわけですから」

 俺はため息をつき、窓の外を見た。
うららかな春の日差し、木々にも若葉が茂り、思わず外へと誘われる、しかし案外風はまだ冷たく感じて上着がほしくなるほどだ。

そんな春の気候と似たように、見た目通りとはいかないかもしれない……
だが、やれるのではないかと、どこかで確信めいたものを感じている。

「俺はおそらく、やれる気がする。手術室はなくとも、簡易に清潔な場を作り、試してみるのはどうだろう」
「阿羅彦様が? どうやって?」

佐加江は額に汗を浮かべて俺を見つめた。

「俺が魔力であの部分を取り出そう」

佐加江は言葉なく呆然とした。
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