149 / 196
第八章 紗国の悪夢
嫉妬
しおりを挟む
広い室内、皆、言葉少なく難しい顔をして座していた。
美しい日本風庭園が見える。
ここは城石家、今日の出来事がよほどショックだったのか、ユーチェンは体調を崩し、別室にて横になっている。
男ばかりで何も言わず、茶を飲んだ。
「酒の用意をしましょうか?」
「いや、酒に酔ってしまえば、話もできなくなるだろう……」
「そうですな」
梢紗は悔し気に顔を歪め、今にも泣きそうになっていた、俺は膝の上で強く握りしめられた彼の拳に手をやった。
「梢紗、自分を責めるな」
「しかし、兄は私が憎くて、余計に阿羅国を遠ざけようとしているように感じるのです」
斉井はフゥとため息をついて、開け放った障子から見える中庭を見つめた。
「梢紗様のおっしゃること、確かに一理あると言わざるを得ませんな」
「というと」
玲陽は身を乗り出した。
「江利紗様も白玖紗様も、長兄である前王があまりに完璧なため、比べられて育ちました、あの方々はそれぞれ母が違い、年も近い。母君の出自、下を見れば、素直で能力も高く誰にでも愛される梢紗様……先々代はお子に恵まれた分、それぞれの王子たちの競争は苛烈でした。王子らの側近を含め、心理戦でのやりとりも多くあった……あのお二方にとっては常に比べられ、勝手に落胆され、心の休まることはなかったのかもしれません……梢紗様のように愛されて生きることができなかったのが最も悔やまれるところですが……それはもう、生まれ持った心の持ちようの差……としか、言いようがありませんな」
「つまり、優秀な兄弟への嫉妬でしょうか」
サリヴィスの問いに、斉井はうなずいた。
「ええ、そうでしょう」
「嫉妬……?」
梢紗は頭を振った。
「私はそんな、羨まれるような事は何一つ……兄弟でも末、能力もそれほどではなく……」
「そういうことではありませんよ、あなた様ほど愛された王子は他にはいません。玖羅紗様も、あなたのことは特別にかわいがっておられた、だからこそ紅葉様の教育係にも任命されていたのでしょう」
梢紗は困ったような顔で俺を見た、その視線に軽くうなずいて、微笑みを返した。
「兄弟が跡目を争うことは古今東西どこにでもあること。同じ親から生まれたとして、互いに愛情を感じられる仲になれるかどうかは、わからない。お互い近しい関係だからこそ生まれる憎しみも多い」
「であれば、やはり私ではないですか! 私が憎くて阿羅国を!」
「落ち着くんだ梢紗、そればかりではないはずだ。あの一見凡庸に思える新王はもっと遠くを見据えているのかもしれん」
「というと?」
玲陽が俺に尋ねた。
「嫉妬しながらも能力を認めていた弟が、国を捨ててまで一緒にいたいと思った男を恐れているのではないか?」
「阿羅彦様の能力の高さに気づいていると」
「俺の能力は、自分でもまだわかっていないところが多い。まだ出現していないだけで他の異能もありそうだ」
「紗国が今まで通り、世界の中心となるには王の力が必要、しかし今回の王はあまりにも凡庸。しかし、一方、新興国の阿羅国には阿羅彦様が……というわけですか」
「たしかに、そう考えますと、うまくいっていた国交自体が白紙になったこと……これは、世界的に見て紗国が阿羅国に疑問を感じているとみなされるでしょう。紗国は阿羅国が中原に来るための玄関口、そこがそういう態度であるとすると……」
「他にも紗国にならう国が出て来るでしょう、そして、阿羅国は危険だという評判が広がる……」
玲陽が唇をかんだ。
「そんな……そんなはずはありません。阿羅国の者は皆誠実で、取引される物品の品質も良いと、どの国も……」
「玲陽、そなたの働きには感謝している、それがすべて覆るわけではないだろう、そして、そうならないよう、俺は努力する」
皆がうなずいた。
……その時、微かな異変を感じ、俺はハッと顔をあげた。
森の方から、強い光を感じた。
「今……」
「はい?どうかされましたか? 阿羅彦様」
「皆、異変を感じなかったか?」
俺の言葉にサリヴィスがサッと動き腰の刀に手を当て、ずっと黙ったままのアレクシスが障子の陰から外を見た、エルフの視力は人の数倍だ。
「いえ、何も……どういう異変でしたか?」
「……」
俺はなおもその光を見つめ、他の誰も気づいていないことに愕然としつつ、どこかなつかしさを感じる気配に身が震えた。
「……もしや……」
そして、パンと何かが引き裂かれるような音を感じ、俺は同時にその場へ瞬間移動した。
美しい日本風庭園が見える。
ここは城石家、今日の出来事がよほどショックだったのか、ユーチェンは体調を崩し、別室にて横になっている。
男ばかりで何も言わず、茶を飲んだ。
「酒の用意をしましょうか?」
「いや、酒に酔ってしまえば、話もできなくなるだろう……」
「そうですな」
梢紗は悔し気に顔を歪め、今にも泣きそうになっていた、俺は膝の上で強く握りしめられた彼の拳に手をやった。
「梢紗、自分を責めるな」
「しかし、兄は私が憎くて、余計に阿羅国を遠ざけようとしているように感じるのです」
斉井はフゥとため息をついて、開け放った障子から見える中庭を見つめた。
「梢紗様のおっしゃること、確かに一理あると言わざるを得ませんな」
「というと」
玲陽は身を乗り出した。
「江利紗様も白玖紗様も、長兄である前王があまりに完璧なため、比べられて育ちました、あの方々はそれぞれ母が違い、年も近い。母君の出自、下を見れば、素直で能力も高く誰にでも愛される梢紗様……先々代はお子に恵まれた分、それぞれの王子たちの競争は苛烈でした。王子らの側近を含め、心理戦でのやりとりも多くあった……あのお二方にとっては常に比べられ、勝手に落胆され、心の休まることはなかったのかもしれません……梢紗様のように愛されて生きることができなかったのが最も悔やまれるところですが……それはもう、生まれ持った心の持ちようの差……としか、言いようがありませんな」
「つまり、優秀な兄弟への嫉妬でしょうか」
サリヴィスの問いに、斉井はうなずいた。
「ええ、そうでしょう」
「嫉妬……?」
梢紗は頭を振った。
「私はそんな、羨まれるような事は何一つ……兄弟でも末、能力もそれほどではなく……」
「そういうことではありませんよ、あなた様ほど愛された王子は他にはいません。玖羅紗様も、あなたのことは特別にかわいがっておられた、だからこそ紅葉様の教育係にも任命されていたのでしょう」
梢紗は困ったような顔で俺を見た、その視線に軽くうなずいて、微笑みを返した。
「兄弟が跡目を争うことは古今東西どこにでもあること。同じ親から生まれたとして、互いに愛情を感じられる仲になれるかどうかは、わからない。お互い近しい関係だからこそ生まれる憎しみも多い」
「であれば、やはり私ではないですか! 私が憎くて阿羅国を!」
「落ち着くんだ梢紗、そればかりではないはずだ。あの一見凡庸に思える新王はもっと遠くを見据えているのかもしれん」
「というと?」
玲陽が俺に尋ねた。
「嫉妬しながらも能力を認めていた弟が、国を捨ててまで一緒にいたいと思った男を恐れているのではないか?」
「阿羅彦様の能力の高さに気づいていると」
「俺の能力は、自分でもまだわかっていないところが多い。まだ出現していないだけで他の異能もありそうだ」
「紗国が今まで通り、世界の中心となるには王の力が必要、しかし今回の王はあまりにも凡庸。しかし、一方、新興国の阿羅国には阿羅彦様が……というわけですか」
「たしかに、そう考えますと、うまくいっていた国交自体が白紙になったこと……これは、世界的に見て紗国が阿羅国に疑問を感じているとみなされるでしょう。紗国は阿羅国が中原に来るための玄関口、そこがそういう態度であるとすると……」
「他にも紗国にならう国が出て来るでしょう、そして、阿羅国は危険だという評判が広がる……」
玲陽が唇をかんだ。
「そんな……そんなはずはありません。阿羅国の者は皆誠実で、取引される物品の品質も良いと、どの国も……」
「玲陽、そなたの働きには感謝している、それがすべて覆るわけではないだろう、そして、そうならないよう、俺は努力する」
皆がうなずいた。
……その時、微かな異変を感じ、俺はハッと顔をあげた。
森の方から、強い光を感じた。
「今……」
「はい?どうかされましたか? 阿羅彦様」
「皆、異変を感じなかったか?」
俺の言葉にサリヴィスがサッと動き腰の刀に手を当て、ずっと黙ったままのアレクシスが障子の陰から外を見た、エルフの視力は人の数倍だ。
「いえ、何も……どういう異変でしたか?」
「……」
俺はなおもその光を見つめ、他の誰も気づいていないことに愕然としつつ、どこかなつかしさを感じる気配に身が震えた。
「……もしや……」
そして、パンと何かが引き裂かれるような音を感じ、俺は同時にその場へ瞬間移動した。
0
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

確率は100
春夏
BL
【完結しました】【続編公開中】
現代日本で知り合った2人が異世界で再会してイチャラブしながら冒険を楽しむお話。再会は6章。1話は短めです。Rは3章の後半から、6章からは固定カプ。※つけてます。5話くらいずつアップします。

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺
ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。
その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。
呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!?
果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……!
男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?)
~~~~
主人公総攻めのBLです。
一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。
※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる