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第八章 紗国の悪夢
兄と弟
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城石家の当主・斉井の言った通りのことが告げられた。
華やかな宴が終わってすぐ、別室に呼ばれた我ら阿羅国の面々は、外交を担うという役人の男が読む文章に耳を傾けた。
今回、戴冠式に招待されたのは、影ながら紗国の助けとなったことへの礼、そして、俺の大切な臣下をあのように亡くしたことへの償い。
ただ、それだけだと。
今後の付き合いは白紙に戻す、大きくなりつつあった交易にも厳しく限度が設けられた。
憤慨する玲陽や梢紗、黙ったままのサリヴィス、口に手を当て顔の色をなくすユーチェン。
俺は、あらかじめ斉井から聞いていたので、冷静に受け止められた。
「わかった。では、我らはこれで失礼する」
俺はそう言うと、何か言い返されると覚悟していたらしい役人は、一瞬ぽかんとして、そして慌てて引き留めた。
「もうすぐ江利紗様がいらっしゃいます。阿羅国の方々へお言葉がございます」
「……こちらにはない」
俺のその返しに、真っ赤な顔で焦った役人はパタパタと廊下へ通じる襖の前に立ち塞がった。
「いえ! 待っていてください! 江利紗様がおいでに……」
「何を騒いでおる」
反対側の襖がするりと開き、キラキラと輝く銀髪の男が入室してきた。
すぐに梢紗が反応した。
「兄上……あんまりではございませんか? 阿羅彦様のおかげで紗国が救われたというのに」
「弟よ、少し勘違いしておるようだが、これは許しだよ? 我が国の城へ勝手に入り込み、王子を殺した暗殺国家への最大限の譲歩だ」
梢紗は言葉に詰まり、悔しげに唇を噛んだ。
「お前も、阿羅国の怪しい力に惑わされた一人なのだろう、もはや、紗国には戻ってくるつもりもないのなら、そなたの言葉を我が聞く必要はない」
「兄上……それは……怪しい力とはなんですか? 阿羅国にそのような後ろ暗いものはございませんよ」
梢紗の言葉に江利紗はククっと笑った。
「自覚がない……と」
そして、冷たい光をたたえた瞳で俺を見た。
同じ銀色の瞳なら、玖羅紗、そして梢紗もいる、だが、底知れぬ暗さを持ったその銀の光は心が凍っていくようなものだった。
「兄が、あなたの臣下を捕らえ、地下牢においたこと、我も当然知っている。だが、あれは完全にそちらの落ち度ではないか。やり方は他にやりようもあっただろうし、少々物騒ではあったものの、相手が魔物だと知れば、誰もがあの対応で正解だと言うのではなかろうか」
「魔物……とそう断定されますか」
「ええ、見ましたから、我も。あれの服を剥いだ姿をね」
「どこをどう見て、魔物と判断を?」
江利紗はスッと目を細め、楽しそうに微笑んだ。
「ええ、そうですね、まず顔です。獰猛な顔つきでしたね、額にはそう、何か角が生えていたであろう痕跡もありましたか……あとはそうですね、尾と足ですよ。あれは牛か馬か、はたまた伝説の獣か……とにかく人のそれではなかった」
「私にはお前の背にも揺れる尾が見えるぞ」
「ああ、これですか、これはね、狐の尾ですよ。あなたも我が弟を愛しているのなら、狐の尾を知らないはずないでしょう」
そうしてにんまりと笑った。
「狐は魔の者ではありませんよ」
「していることは、どうだろうな。狐の中にも悪人がおるだろう。しかし、エクトルは忠実で誠実な男だった。後ろ暗いところなど何もなかった。見かけだけで悪と判断し拷問する。それが文明国家のやり口か?」
江利紗は目を丸くし、「ほう」とつぶやいた。
「なるほど、異を唱えておられるわけですね。こちらにも落ち度があったのではないか? と」
「ああ、そうだ」
「ありませんよ、落ち度など。しかしそちらには叩けばいくらでも埃が出てくるのでは?」
「どういったことだ?」
「そうですね……紗国、アオアイ、瀬国、ラハーム……多くの国をだまし、魔物を連れ歩いた罪、そして、紗国の大切な第二王子を殺した罪、そして、紗国の第六王子を惑わし国に連れ帰った罪」
江利紗は弟に近寄って、そのほおを撫でた。
「お前、かわいそうに、こんな化け物国家にだまされて。いつでも戻ってきて良いのだよ」
梢紗は江利紗のその手をパンと叩いて避けた。
「兄上、私は惑わされたり、だまされたりなど、しておりませんよ。私は私の意思で阿羅彦様を選んだのです」
「ほう、ではお前も、化け物というわけか?」
「……兄上、どうしてそのような」
「お前は何をしても優秀だった。自慢の弟でもあったが、今となっては厄介なだけ、お前がこの国を捨て、阿羅国人となるのならば、かつて紗国の王子だったことも抹消せざるを得ないのだが、それでも良いのか?」
梢紗は目を見開き、息をのんだ。
「抹消……ですって?」
「ええ、ついで、ですけどね。白玖紗と一緒に、この国の王子として生まれたこと自体をなかったこととして、消すのです」
「私の存在を抹消……ですか……まあ、そうしたいのならば、そうすればいいでしょう。しかし、兄上、皆の心の中までは消せませんよ、私の記憶は数多くの人々の中にあるのです。城から出ず、何の公務もしていなかったあなたと違って、私は数多くの紗国の仕事をしてきました、王族としてね。その記憶は皆の心にいつまでも残ることでしょう」
江利紗は一切感情を出さず、ただじっと弟を見つめていた。
華やかな宴が終わってすぐ、別室に呼ばれた我ら阿羅国の面々は、外交を担うという役人の男が読む文章に耳を傾けた。
今回、戴冠式に招待されたのは、影ながら紗国の助けとなったことへの礼、そして、俺の大切な臣下をあのように亡くしたことへの償い。
ただ、それだけだと。
今後の付き合いは白紙に戻す、大きくなりつつあった交易にも厳しく限度が設けられた。
憤慨する玲陽や梢紗、黙ったままのサリヴィス、口に手を当て顔の色をなくすユーチェン。
俺は、あらかじめ斉井から聞いていたので、冷静に受け止められた。
「わかった。では、我らはこれで失礼する」
俺はそう言うと、何か言い返されると覚悟していたらしい役人は、一瞬ぽかんとして、そして慌てて引き留めた。
「もうすぐ江利紗様がいらっしゃいます。阿羅国の方々へお言葉がございます」
「……こちらにはない」
俺のその返しに、真っ赤な顔で焦った役人はパタパタと廊下へ通じる襖の前に立ち塞がった。
「いえ! 待っていてください! 江利紗様がおいでに……」
「何を騒いでおる」
反対側の襖がするりと開き、キラキラと輝く銀髪の男が入室してきた。
すぐに梢紗が反応した。
「兄上……あんまりではございませんか? 阿羅彦様のおかげで紗国が救われたというのに」
「弟よ、少し勘違いしておるようだが、これは許しだよ? 我が国の城へ勝手に入り込み、王子を殺した暗殺国家への最大限の譲歩だ」
梢紗は言葉に詰まり、悔しげに唇を噛んだ。
「お前も、阿羅国の怪しい力に惑わされた一人なのだろう、もはや、紗国には戻ってくるつもりもないのなら、そなたの言葉を我が聞く必要はない」
「兄上……それは……怪しい力とはなんですか? 阿羅国にそのような後ろ暗いものはございませんよ」
梢紗の言葉に江利紗はククっと笑った。
「自覚がない……と」
そして、冷たい光をたたえた瞳で俺を見た。
同じ銀色の瞳なら、玖羅紗、そして梢紗もいる、だが、底知れぬ暗さを持ったその銀の光は心が凍っていくようなものだった。
「兄が、あなたの臣下を捕らえ、地下牢においたこと、我も当然知っている。だが、あれは完全にそちらの落ち度ではないか。やり方は他にやりようもあっただろうし、少々物騒ではあったものの、相手が魔物だと知れば、誰もがあの対応で正解だと言うのではなかろうか」
「魔物……とそう断定されますか」
「ええ、見ましたから、我も。あれの服を剥いだ姿をね」
「どこをどう見て、魔物と判断を?」
江利紗はスッと目を細め、楽しそうに微笑んだ。
「ええ、そうですね、まず顔です。獰猛な顔つきでしたね、額にはそう、何か角が生えていたであろう痕跡もありましたか……あとはそうですね、尾と足ですよ。あれは牛か馬か、はたまた伝説の獣か……とにかく人のそれではなかった」
「私にはお前の背にも揺れる尾が見えるぞ」
「ああ、これですか、これはね、狐の尾ですよ。あなたも我が弟を愛しているのなら、狐の尾を知らないはずないでしょう」
そうしてにんまりと笑った。
「狐は魔の者ではありませんよ」
「していることは、どうだろうな。狐の中にも悪人がおるだろう。しかし、エクトルは忠実で誠実な男だった。後ろ暗いところなど何もなかった。見かけだけで悪と判断し拷問する。それが文明国家のやり口か?」
江利紗は目を丸くし、「ほう」とつぶやいた。
「なるほど、異を唱えておられるわけですね。こちらにも落ち度があったのではないか? と」
「ああ、そうだ」
「ありませんよ、落ち度など。しかしそちらには叩けばいくらでも埃が出てくるのでは?」
「どういったことだ?」
「そうですね……紗国、アオアイ、瀬国、ラハーム……多くの国をだまし、魔物を連れ歩いた罪、そして、紗国の大切な第二王子を殺した罪、そして、紗国の第六王子を惑わし国に連れ帰った罪」
江利紗は弟に近寄って、そのほおを撫でた。
「お前、かわいそうに、こんな化け物国家にだまされて。いつでも戻ってきて良いのだよ」
梢紗は江利紗のその手をパンと叩いて避けた。
「兄上、私は惑わされたり、だまされたりなど、しておりませんよ。私は私の意思で阿羅彦様を選んだのです」
「ほう、ではお前も、化け物というわけか?」
「……兄上、どうしてそのような」
「お前は何をしても優秀だった。自慢の弟でもあったが、今となっては厄介なだけ、お前がこの国を捨て、阿羅国人となるのならば、かつて紗国の王子だったことも抹消せざるを得ないのだが、それでも良いのか?」
梢紗は目を見開き、息をのんだ。
「抹消……ですって?」
「ええ、ついで、ですけどね。白玖紗と一緒に、この国の王子として生まれたこと自体をなかったこととして、消すのです」
「私の存在を抹消……ですか……まあ、そうしたいのならば、そうすればいいでしょう。しかし、兄上、皆の心の中までは消せませんよ、私の記憶は数多くの人々の中にあるのです。城から出ず、何の公務もしていなかったあなたと違って、私は数多くの紗国の仕事をしてきました、王族としてね。その記憶は皆の心にいつまでも残ることでしょう」
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